エアスケブ「ジェイが酒のアテを作る話」
龍門晩酌
 あくびをかみ殺しながら厨房に立つのは慣れているが、今日はいつもと事情が違う。龍門の市場にあるジェイの屋台は漁師や仲買人を相手にしているため、朝日も昇らない朝早くから営業している。深夜と言って差し支えのない時間から起きてせっせと仕込みをするので、寝ぼけ眼で鋭い魚の鰭によって指先を怪我することも少なくなかった。
 だがここロドスではそんな早起きは必要がない。早朝まで仕事をしているオペレーターなどもいるが彼らのために食事を作る料理人は無理がないようにシフトがきちんと決まっているし、ジェイが住んでいた荒屋を十個合わせたよりも広いこの食堂はジェイ一人が切り盛りしている屋台とは勝手が違う。
 だからこうして深夜に厨房の灯りだけをぼんやりとともして眠い目を擦りながら立っているのは少し新鮮で、むしろ早朝仕事の染みついた身は夜遅くに冷蔵庫の食材で何か適当につまむものを、などというリクエストは今まで受けたことがなかった。
 一度確認したはずなのに何も思いつかなかったので、もう一度冷蔵庫を開けてみる。彼の得意とする海鮮は鮮度の問題で燻製や塩漬けに加工されたものばかりで、野菜に至っては産地なのか品種改良なのかさえよくわからないとげとげした野菜だの黄色い大きなまるい野菜だの見慣れないものが多かった。龍門を離れて久しいロドス本艦の冷蔵庫は、今はジェイが馴染みのない食材ばかりだ。だが龍門料理以外をまったく口にしたことがないというわけではないので、案外実際作ってみればなんとかなるのだろうか。
 最悪何もできなければ、少し外に出てオリジムシを探してくればいいだろう。意を決して野菜を二、三個適当に掴み上げると、愛用している包丁を蛍光灯に煌めかせた。彼自身は習慣的に寝ている時間であるためちっとも腹は減っていないが、リクエストがあれば腕を振るうのが料理人というものだ。
 戦場の優秀な指揮官としてではなくロドス製薬の役員としてジェイにはよくわからない企業の偉い人たちと会食にいったはずのドクターがロドスに帰ってきたのが、半刻ほど前である。優秀な秘書官兼ボディーガードとして何人かを連れて発ったドクターは、その日食堂のシフトに入っていて後片付けをひとりでやっていたジェイの顔を見るなり腹が減ったと言い出したのだ。
 疲れていたのでもう帰って寝たかったジェイは食べてきたんだろうと確認してみても、普段からインスタント麺だとか変な菓子だとかジャンクなものに慣れているドクターの舌には上品ぶった量の少ない食事はたいそう合わなかったようだ。
 いかに食べた気がしないと喚こうと一食きちんと食べて帰ってきているので、彼のリクエストした通りのにんにくを効かせたインスタント麺なんかを出した日には医療部からジェイが怒られてしまうだろう。だからジェイ自身も作り慣れている魚団子のスープにしようかと思ったら、どうにも冷蔵庫の中身と相性が良くないという具合だった。
「なんでもいいよ。お茶漬けみたいな簡単なもので」
「……簡単だと思うならたまにはご自分で作ったらどうなんすか」
「厨房への立ち入りが禁止されているオペレーターはケーちゃんの他にもたくさんいるんだよ。私とかね」
 食事とともに少しばかり酒が入っているのか、ドクターはいつになく上機嫌で饒舌だ。どうせ何を言っても口ではかなわないので、聞こえるくらいの音量でため息をついてみせドクターの存在を一度忘れることにした。
「味は保証できやせんけど、まあ好きなだけ食ってください」
 とりあえず何も考えずに作った卵焼きと、ロドス艦内の温室で栽培されているなんだかよくわからない色をした茄子や正体不明の野菜を焼いて甘酢の漬け汁に浸して冷やしたもの、燻製の魚をほぐしてチーズなんかとクラッカーに乗せたもの。それから常備菜にしている煮物を拝借して適当に見繕うと、ドクターは聞いたことのない歓喜の声をあげた。以上行動が目立つドクターといえども明らかにテンションが高いので、少しばかりではなく結構飲んだのかもしれない。
 龍門料理以外は見様見真似のジェイであるが、厨房に立つようになって覚えた献立が並べばそれなりに見栄えはよかった。ついでに酒も用意したので、万が一口に合わなかったらこれで流し込んでもらってさっさと寝てもらおうという魂胆だ。
 深夜といっていい時間に食べさせるには作りすぎたような気がしなくもないが、作れといったのはドクターの方である。作りはじめたらつい楽しくなってあれもこれも使おうかと思ってこうなったことは否定しないが、肉を焼こうとした段階でケルシーを筆頭に医療部の面々の顔を思い出して途中でとどまったのだからこれについては感謝をしてもらいたい。
「おや、ドクター。こんな時間に飲み食いしてたら、またアーミヤに怒られるんじゃないか?」
「ぎゃっ!」
 ジェイが目を離した隙に手酌でひとり始めようとしていたところに声をかけられて、誇張でもなくドクターの身体は十センチほど飛び上がった。しかし声をかけてきたのがどちらかといえばこういったことに寛容な人物であったため、すぐに安心したように息をついている。
「やあホシグマ。これは正当な晩酌だから大丈夫だよ」
「晩酌に正当も不当もあるんですかね……」
「いや、ないだろうな」
 思わず呟いたジェイに笑って返しながら、大柄の女性はドクターの隣に腰を下ろす。龍門の路地裏で商売をしていたジェイをロドスに推薦したのはこの人である。あの生活が辛く苦しいものであったかといえばそんなことはないのだが、ジェイはホシグマに対して少なからず恩を感じている。
 ホシグマはジェイに目配せをして追加のグラスと酒を持って来させると、ジェイにも座るように勧めて酒を注いでくれた。縁の近くまでなみなみと注がれたそれは、飲みやすいがきつい龍門の酒だ。
「晩酌はすべからく正当なものであるべきだ。さあ、乾杯をしようじゃないか」
「はあ。それじゃあいただきやす」
 こぼさないように気をつけながら乾杯した酒は喉を焼くような心地がして、先程まで眠い目を擦っていたジェイはきっと今日はたいそうよく眠れるだろうなと諦める他なかった。
カット
Latest / 65:11
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
20210920
初公開日: 2021年09月20日
最終更新日: 2021年09月20日
ブックマーク
スキ!
コメント
0920ノアの休日
エアスケブ「ジェイが酒のアテを作る話」
202108012024
0801エアスケブ「miniちゃんのホラー」
hine
202108011816
エアスケブ「人を好きになると無自覚に甘いものをたくさんあげたくなってしまう舞田」
hine
ブルロ351話について思うことを書き出す
ブルーロック第351話(最新回)について自分の考えを書き出して行くライブです ※ がっつりネタバレで…
シロタビ