miniちゃんのホラー
生態調査
 君は、Miniと呼ばれているそれらが葬式をするのを知っているだろうか。そうだ、あの、事務所におみやを置いているとどこからともなくあらわれる、小さいアイドルに似た生き物たちだ。
 ならば彼らが出現するたびに別の個体であることは? そうか、そこから説明をしなくてはいけないのか。
 彼らはアイドルの姿を模しているが、同じアイドルに見えてもその個体は複数いるようで性質は全く異なる。信じ難いか? まあ最後まで聞いてくれたまえ。
 かつて私は彼らの生態を調査し、この結論に辿り着いた。Miniが出現するたびにその体長や体重を測定すると、同じ見た目に見えても体長にして最大三センチ、体重に関しても二十グラムほどの開きがあるのだ。次第に数値が増加しているのであれば成長しているのだと解釈できるが、増減に規則性は見られなかったのだ。
 無論おみやの種類や発見時に摂取していた量についても記録してある。体格の大小に、それらの影響は考えられなかった。そして何より、協力者……舞田くんと山下くんとも申し合わせて、同時間帯に事務所内の複数箇所でMiniを召集したのだ。結果は同時に複数の場所に同一のアイドルの姿をしたMiniが出現した。これで信じてもらえただろうか。……それは何よりだ。話を先へ進めよう。
 私はこの結果をもとに、彼らの容姿のバリエーションがいわば動物の品種に近いものであると定義した。犬という生き物のうちチワワはおおよそ似通った外見をしているように、例えば硲道夫に似たMiniという生き物はおおよそ似通っているのだ。だがそこには個性がある。
 ここからは私の仮説のようなものだが、Miniの出現の瞬間は未だ誰も見ていない。消失する瞬間も同様だ。このMiniという生き物がどこから侵入してくるのかという、当然の疑問だな。
 社長に許可を得て監視カメラの映像を確認したが、これについてははっきりとはわからないのだ。元々ただの防犯カメラなのだから、あのサイズのものを事細かに観測できるほどの精度がないのはそうなのだが、それにしたって目を離した瞬間に突然あらわれるのだ。
 ……いや、なにも煙のように忽然とそこにいて消えるなどといったことはない。要するに物陰や隙間などからあらわれるのだ、まあゴキブリなどと一緒だな。いや、まがりなりにも自分たちに似た容姿のものを例えるのにあまり良い気分はしないが、ニュアンスとして伝わればと思って。
 細かいことは置いておいて、まあつまり彼らは普段から私たちに見えないところにも確かに生息しているのだろう。少なくとも私はそう解釈した。不思議なことに彼らにはある程度の知能がある。いや、明確に知性があるのかはわからないが、言語のようなものを用いて会話のようなものをしているのは見たことがあるだろう。彼らは独自の社会を形成している。
 さて、ここで最大の疑問なのだが、何故彼らがこの事務所所属のアイドルに似通った姿形をしているのだろうか。これについても真相を知りたければ彼らに直接訊くほかない、まあ、「オー!」としか答えないが。状況証拠から推測していくしかないのだが、ここで私はひとつの仮説を立てた。すなわち、もしかすると彼らはその姿形を変えることができるのかもしれない、と。
 先ほどMiniの個体差について、犬で例えただろう。はじめに私はそう結論づけたのだが、ここにきてもしかしたら犬ではないのかも知れないと思い立った。犬ではなく、彼らはカメレオンに近い生態なのではないか、と。即ち彼らは姿形を変えることができて、体長十三センチ、体重三十二グラムの硲道夫に似ている個体と、体長十三センチ、体重三十二グラムの舞田類に似ている個体は同一なのではないかということだ。
 この仮説を検証するために、数種類のおみやを用いて異なるアイドルに似たMiniを片っ端から計測した。そして五から八体ほどの個体で構成されていると結論づけるに足るデータを収集したのだ。姿形を変えられるのであれば、忽然として出現したり消失するのも頷けるだろう。可能かどうかはともあれ、床や壁などに擬態すればいい。
 この仮説が説得力を持ったことで、もうひとつの疑問についても解消された。彼らはこの315プロダクション事務所のみに出現し、おみやを別の場所へ設置しても現れないのだ。これはやはり彼らがこの事務所内に棲息しているからだろう。
 それがどうした、とでも言いたそうだな。まあもう少しだから聞いてくれ。つまり彼らはこの事務所内のみに存在し、餌であるおみやを設置するとアイドルの姿になってそれを食べに来る。おみやによって外見が変わるのは、私たちの好みをよく観察しているからだろう。そう、彼らは私たちを観察しているのだ。
 それから、ああ、彼らは葬式をするのだ。象がそのようなことをするという話は聞いたことがあるか? 結論から入ってしまうが、Miniたちは少なくともその程度の知能……つまり死を認識し、感傷をもち、あるいは衛生上の観点からそれを適切に処理することができる知能があるのだ。どうしてそんなことを知っているか、だろう。私がこの目で見たからだ。
 あれは昨日の夜遅くのことだ。撮影が予定よりおしてしまったので終電を逃し、また食事にもありつけなかったので事務所で簡単に何か食べてからタクシーで帰ろうと思っていたのだ。ついでにもしかしたらまだ君も残業をしているかもしれないので、ほどほどにして帰るように言おうと思ってな。結局昨日は君も帰宅していたようで事務所に人の気配はなかったので、コンビニで購入した軽食を食べて帰ろうと思っていたのだ。
 事務所に人の気配はなかったが、人ではないものの気配はあった。そうだ、Miniたちがいたのだ。電子レンジを借りに給湯室へ行こうとした私は、通りかかったこの応接スペース付近に形容し難いものがあることに気がついた。テーブルの上にいくつかの……適切な例えが見当たらないな、白くて弾力があり柔らかそうな不定形のもの、マシュマロに近いような、まあそういった何かが置いてあった。テーブルの中心に置かれているそれを取り囲むように大きさのことなる同じようなものがいくつかあって、その取り囲んでいる方が私に気づいたときに露骨に狼狽えたのだ。
 本当に狼狽えたのかはわからないが、少なくとも私にはそのように感じられた。何故なら彼らは急に色や形状を変えて、みるみるうちに何人かのMiniになったからだ。私はこれがMiniの真の姿であると、そして中心で動かないそれは死んでしまった個体なのだと、彼らが死した仲間を弔っているのだと理解した。
 ああ、理解はした。だがそれだけだったのだ、それがいけなかった。
 私は目の前の彼らに気をとられて、自身の足元に別の個体が近づいていることに気がつかなかったのだ。そして己の油断と不注意を知った。私は彼らを特殊な性質を持つ生命体だと定義したわりに、大事なことを見落としていたのだ。
 プロデューサー、彼らは生きていて、知恵があり、そして死を迎える。ならば彼らはどのようにしてその個体数を増やして、その生態を維持していると思うだろうか?
「プロデューサー、君は彼らをどう思う?」
 そう言うと硲さんはおもむろに立ち上がり、呆然としている僕を見下ろした。彼の話がほとんど理解できなくて、というかそもそもはじめから何を言っているのかわからなかった。小さいアイドルとかMiniってなんのことだ?
 硲さんは馬鹿みたいに口を半開きにして呆然としている僕へ一歩近寄る。眼鏡のレンズが蛍光灯の白々しい光を反射して、表情はよくわからなかった。
 けれども硲さんの状態が普通じゃないことはわかる。これは何かの演技プランの提案だろうか、彼にこの先こんな役の仕事が入っていただろうか。いや、それともどこか体調が悪いなら休養をとってもらうべきだろうか……
 僕が何も答えられないでいると、不意に硲さんの身体に縦に一直線に亀裂が入った。服とか眼鏡とかそういったものも関係なしに、とにかく一直線に。まるで彼がそこから裂けてしまったかのような光景は、特殊メイクにしたって出来すぎている。
「プロ、デューサー、プロ、プププロ、ォ、ォオ、オー……」
 壊れた機材のような気味の悪い音を発しながら、硲さんの裂け目から小さい何かが飛び出してきて落ちた。
 それはいうなれば頭身を低めにデフォルメした硲さんにそっくりで、広がった裂け目から見える硲さんの内側には溢れるくらいにみっちりとつまっている、その、生き物のようななにかがガラス玉のような目で、一斉に僕を、見た。
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初公開日: 2021年08月01日
最終更新日: 2021年08月01日
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