どこを見ても砂、砂、砂……。
 俺はヘレとともに、双子の星から洞窟を通って蠍の星へとやってきていた。
「……前に読んだ書物にはオアシスと、レンガで作られた四角錐形の建造物があるって書いてあったはずだけど……」
 ここからだと何も見えない。砂がところどころで小高い丘になっているから、見通すことができないんだ。
「私もアリエス様に聞いたよ。オアシスがたくさんあって、そこを中心にところどころ村があるって。数百年前の情報だけど」
 牡羊の神の情報は古い。と、いうのも双子の神の神殺し事件があってから、牡羊は人間への関与をなるべくしないようにしていたらしい。放置に近い状態だったと聞いた時には、牡羊の星の状況に妙に納得した。だから、加護を受けた人間が何百年も前とかだったのか……。
 しかも、星々との関係性も牡羊の星は絶っていたらしい。一人でのんびり過ごしたかったんだよね。と言っていたらしい。引きこもりかっ。そのせいで、アリエスで得られる情報はだいぶ古かった。
 数百年前の情報しか、牡羊の星で育った俺とヘレには知りようがない。でも、双子の星でも、牡羊の星でも、神殺しの後に状況が変化しているのを鑑みれば、蠍の星も変化しているはずだ。
「うーん、やっぱりスピカに、いろいろ聞いておくんだったなぁ」
 俺は、乙女の騎士スピカと別れた時のことを思い出す――。
「嘘をついたことに関しては、しっかりと説明してもらおうか」
 という、乙女の騎士の圧に負けて、俺はオフィウクスの加護を与えられたこと、自分がその加護を望んでいなかったから嘘をついたことを話した。
「――で、あのフードの男に声をかけられて仲間になるように言われたところで、あなたが助けてくれたんです」
「なるほど。オフィウクスの加護を持っていたから、その年でアスクはあの男に勧誘を受けていたのか」
「はい……」
 説明を聞き終わると、スピカはすぐに剣を鞘へと収めてくれる。納得してくれたようで、よかった。
「アスクは、その加護を解いてもらうために蛇遣いの星を目指すのだな」
「そうです。スピカさんも、蛇遣いの星に行きたいんでしたよね?」
 やっと緊迫した空気が和らいで、話が先に進んだ。
 安心したせいか、とたんに好奇心が顔を出した。どうしてスピカは蛇遣いの星に行きたいのだろうか?
 前に話を合わせた際、スピカは俺に同意して蛇遣いの星に行きたいと、そのために加護を集めていると言った。あの時は、オフィウクスの加護を隠すために話を合わせてしまったから、どうして彼女が蛇遣いの星に行きたいのか俺にはわからない。
 だから、気になってしまった。
「よければ、理由を聞いても……?」
「ああ。私の場合は乙女の神ペルセポネの使命で蛇遣いの星の調査行っている」
 なるほど。だからあの時、俺がアリエスの使命を受けたと思ったのか。
 俺が頷くと、スピカは説明を続ける。
「不穏な動きをペルセポネ様は感知しておられる。オフィウクスの気配が強くなっているそうだ。そのせいで、神殺しが再度行われるのではないか。と懸念されていた」
「アリエス様も言ってたよ。オフィウクスの気配を間近に感じたから、様子見と人間が対抗できるように加護を授けに出て来たって」
 スピカの説明に、ヘレが補足するように牡羊の神アリエスの言葉を繋げた。
 それはもしかして、俺みたいに勝手に加護を与えられた奴が増えてるんじゃないか……? だって、マルフィクだってオフィウクスの加護を持ってたし……。
 一抹の不安を覚える。
「オフィウクスの意図はわからない。ただ、アスクの話を聞く限り、オフィウクスの加護持ちが増えている可能性は高い」
「ですよね……」
 はっきりと懸念していたことを言われてしまうと、鳩尾辺りが痛みをきりきりと訴えてきた。オフィウクスの加護が増えると言うことは、あの男の考えに同意する人間が出てくるということ。
「オフィクスの加護を受けし者は神を殺すことができるのだから」
 あの男の台詞が頭で再生された。
 双子の神ジェミニの兄カストールを殺した人間のように、神を殺そうとする人間が増えるなんて……。
 俺は、そんな人間は増えてほしくない。老婆から話を聞いた時に覚えた憤りが、ふつふつと思い出される。
「俺は、神殺しはしたくない……」
「それは、あの男と敵対するということでいいか?」
 俺のこぼした言葉を、スピカが拾った。
 たしかにあの男と同じ考えにはなりたくはない、だけど敵対なんて考えても見なかった。だから、困惑した声がでた。
「えっ?」
「あの男の目的は、人間を自由にすることだ」
 スピカは諭すように、静かにあの男の目的を告げる。
 そうだ、フードの男もそう言っていた。自分に酔いしれながら「さあ、すべてを知った暁には、共に人々を自由にしよう」と。
 つまり、あの男はその目的を達成させるためにーー
「神のいない世界で人間の自由を望んでいるあいつは……神殺しを決行するだろう」
 スピカの強い声は、確実にそれが実行されると訴えかけてきた。
 神殺しがイヤな俺にとっては、たしかに敵対するべき相手だ。
 今の俺と根本的に違う考え方。マルフィクと話してた時に感じた違和感と同じ感覚。あの男を理解できない。
「だから、アスクが神殺しをよしとしないなら、あの男と敵対することになるだろう」
「もちろ――……」
 もちろんそうだ。と言う言葉は途中で止まった。さっきまでは、それが当たり前だと思っていた。
 けれど、マルフィクのことを思い出して、躊躇してしまったんだ。
 言い合いになった時、「話し合いで済むんだッたらッ、神殺しなンか誰もやらねェ!!」というマルフィクは叫んだ。あれは本心だと思う。彼は神殺しを好き好んでしたいと思ってなかった。
 なら、誰もしないはずの神殺しをあの男は、マルフィクは、なぜしようとしているのか。その理由はきっと俺が知らない情報にある。
 マルフィクは、俺が知らないことを知っていると言った。あの男も「オフィウクスのことを知れば、自ずと私たちが正しいとわかるだろう」と言った。
 もし、俺があの二人が知っていることを知ってしまったら……その時はどうなるのだろうか?
「……わからない」
 思ったよりも低い声が出た。
 迷った言葉にスピカは、そっと俺を覗き込んで肩に手を置く。優しいぬくもりが肩越しに伝わってきた。
 ヘレが心配そうに俺の手を握り、じっと俺の話の続きを待ってくれる。
 2人に促されるように俺は定まらない心のまま、おそるおそる口を開いた。
「あいつらが知っていることを……神殺しをする理由を知らないんだ」
 と吐露し、震える手でヘレの手を握り返した。
「だから、その理由を知った時……俺はどうするかわからない」
 俺は考えが一変することを知っている。ポルックスの過去を知る前と後で、俺は考えが一変したから。だから知ってしまった後、俺の考えがどう変わるかなんて、今の俺には予測がつかない。
 はっきりとあいつは敵だ。と言えてしまったらどんなに楽だろう。いまの状況が歯がゆくて、胸の辺りがもやもやした。
「アスクは私が守るから、大丈夫だよ」
 ヘレが強く握り返していた俺の手を、両手で優しく包み込んだ。
「アスクがどんな結論を出しても……私はまた追いかけるから。隣にいるよ、いまみたいに!」
 何度だってね! というヘレの笑顔と、手から伝わる温もりにもやもやが少しだけ晴れたような気がした。
 どんな結論を出してもいい。隣にいてくれる。その言葉は、心強かった。
「アスク、頼もしい仲間がいるのだな」
 スピカが微笑まし気に俺とヘレを見比べ、それから深々と頭をさげた。
「問い詰めるような真似をしてすまなかった。正直に話してくれてありがとう」
 俺の煮え切らない結論について、文句を言うどころから謝られ、礼まで言われて瞠目する。
 彼女の青い瞳がまっすぐに俺へと向けられた。
「迷いは誰にでもあるものだ。それに向き合う貴方は、信頼に値する」
 俺への肯定に、どっと胸が熱くなった。さっきまで重く居座っていたもやもやは、もうどこかへいってしまって……
「ありがとう……」
 お礼が口をついて出ていた。
 2人は笑ってくれた。ヘレはいつもの満面の笑みで、スピカは優しく微笑むような笑い方で。
 心から頼りになる2人だ。そう思うと、いままでずっと張りつめていたものが途切れた。
 涙が頬を伝う。
「アスクは頑張ったよね」
「ああ、そうだな」
 ヘレとスピカに両方から頭を撫でられて、なんだか急に恥ずかしくなってきた。なんだ、この状況……。
「……子ども扱いするな……」
 やっと抗議を口にする。口にしたことでよけいに恥ずかしくなって目元をぬぐい、視線を下に落とす。
 しかし抗議の声も空しく、結局は二人にひとしきり頭を撫でられ続けた。
「……あの、俺はもう大丈夫なんで」
 本当にこそばゆいからやめてくれと、二人の手を遠慮がちに払う。おとなしく引かれる二つの手にほっとした。
「アスクが元気になってよかった!」
「すまない……」
 相反する反応に、苦笑してしまう。
 俺は、ふっと息を吐いて気持ちを切り替える。
 信頼してくれた頼りになる二人に、俺からはまだ礼しか返せてない。
「……ヘレ、スピカさん。俺は、二人を信じたいと思う」
 二人が俺を信じて、肯定してくれたから。それだけじゃない。ヘレの自分の夢に向かって頑張るところも、スピカの自分の信念にまっすぐなところも、尊敬しているから。
 二人は、俺にとって”憧れ”だ。
「だから、二人とは敵対したくない」
「うん、私も!」
「私もだ」
 俺の真剣な言葉に、二人は迷うことなく頷いてくれた。
「ありがとう……」
 笑い合えることがこんなにうれしいことだとは思わなかった。幸せをかみしめる。
「では、共闘関係といこう」
「はい!」
「みんなで仲良くしようってことだね!」
 スピカの差し出した手を握ると、その上からヘレが俺たち二人の手を握る。しばらくお互いの体温を確認すると、自然と手を離した。
「ああ、共闘関係になったからには、アスク。かしこまらなくていいぞ」
「わ、わかり……わかった」
 スピカの提案に戸惑いながらも頷く。スピカは俺の返答に満足そうに笑うと、すぐに話題を切り替える。
「では、まず情報交換と行こうか。アスク、双子の神について近状を聞かせてくれないか?」
 場を仕切るのが上手い。俺は、双子の神について簡潔に答えた。
「ああ、双子の神については、俺が加護を受け取って……あいつは眠りについた」
「眠りに……?」
 俺は、ポルックスから聞いた話をした。元々、兄の代わりの加護に力を消費して一時期しか活動できず数年は眠っていたこと。今回その加護を俺が受け取ったものの、星の再生に力を使ったために力が尽きたこと。そのために長くて数年は眠りにつくということを伝えた。
「なるほど。それで、受け取った加護とは?」
「こいつなんだけど……」
 俺はポケットから手のひらサイズになった人型の加護を取り出す。そこにはぐっすりと眠りこけてるジェミニの加護がいた。
「わぁ、かわいい~!」
「眠っているな?」
「実は、俺が加護の適合性が低すぎるらしくて。双子の加護は大きな力を持ってるんだけど、今のままだとほぼ使えないんだって。使って瞬発的に大きな技一回だけだとか……」
 自分の適正のなさを話すのは、恥ずかしい……。そのせいか、説明がどんどん尻すぼみになっていく。
「だから、危機的状況に陥るまでは眠って力を温存してくれるって……」
 最後の説明をなんとか言い切った。
「……オフィウクスの加護もか?」
「あ、うん。オフィウクスの加護にいたっては実体化すらできてなくて。条件下で少しだけ加護の力を引き出せる程度なんだ」
 ぐむ……。使えないと言ってるようなものだ。自分で言ってて、ぐさぐさと心臓がえぐられていく。
「安心してくれ。戦いにおいては自信がある、アスクのことは私が守ろう」
 俺の頭を撫でながら、子どもに言い聞かせるように言うのをやめてほしい。
「わ、私が守るよ! さっき約束したでしょ!」
 対抗して、ヘレが俺の手を握って主張してくる。
 デジャブする、この状況。ついさっき似たようなことになってなかったか?
「だから、俺は子どもじゃないし、守ってもらわなくてもイイデス」
 お断りの気持ちを込めて、思わず敬語になりながら二人の手から体を離す。
「でも! アスクは加護使えないんだよね……?」
「神に挑むにしろ、加護の人間に協力を求めるにしろ、危険はあるんだぞ?」
 よく言い聞かせてわからせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐスピカは、完全に俺を子ども扱いしている。ヘレも、心配を前面に押し出して来ていて、これ以上何か言っても聞き入れてもらえそうにない。
「……じゃあ、お願いします……」
 二人の押しに負けて、俺は守ってもらうことをしぶしぶ了承した。
 悲しい事に加護もろくに使えない俺には、選択肢などなかったのだ。
「うん! 任せて! 私もアリエル様の加護をもらってるから、戦えるし!」
「ああ、安心してくれ。私は強さで乙女の騎士の称号を得ているから、そんじょそこらの輩に負けはしない」
 ヘレもスピカも満足そうに笑って、頷く。
 改めて二人との力量の差を言われてしまうと、やっぱり悔しい……。
「でも、アスクは二つの加護を受け入れる力があるんだから、すごいよね」
 悔しさが顔に出ていたようで、付き合いの長いヘレがフォローをいれてくる。
「ああ、そうか。そうだな。牡羊の神アリエスが言うには、人の特性によっては複数の加護を受け入れられると言ってた。珍しくはないそうだが」
 一瞬喜んだ俺の気持ち返してほしい。珍しくはないのかよっ。
「でも、頻繁でもないんだよ?」
 なんとかフォローしようとするヘレだが、スピカに粉砕された俺の心を奮起させることはできていない。
 これ以上俺の話をしても、また容赦のない言葉に刺されそうだったので、無理やり話題を変えることにした。おれのこころがもたない。
「俺の話はもういい。牡羊の星であったことを今度は教えてくれ。スピカはアリエス……様と話してきたんだろ?」
 ジェミニの加護をポケットに戻しながらスピカに問いかける。
「ああ、そうだ。残念ながら加護は与えてもらえなかったがな。お前宛てに伝言を受けているぞ」
「伝言?」
 牡羊の星の神から伝言とはなんだろうか? え、星から追放とかないよな……?
「悪い話じゃ――」
「その話は、私もじっくりと聞きたいねぇ」
 邪魔するように割って入ってきた声に、スピカはすぐに反応した。
「貴様――っ!」
 俺が声の方へ振り向くより早く、ガキンっ! と、金属がぶつかり合う音がする。
 遅れて振り向けば、スピカの剣はフードを被っている男には届かず、銀色の三叉槍によって受け止められていた。
「師匠に手ェ、出すンじゃねェよ」
 同じくフードに身を包んだ黒髪黒目の青年――マルフィクが三叉槍を手にスピカを阻み、カンっと槍で剣を上に弾いた。そして槍を構えて警戒の体制を取る。完全に戦う姿勢だ。
 なんでマルフィクと、あいつがここに……?
「――っ、惑わされた者かっ」
 スピカが悔しそうにつぶやくと、いったん引いて俺とヘレの前に立つ。俺達を庇うようにマルフィクに剣を向けて、こちらも警戒の体制を維持する。
「惑わすなんてひどいなぁ。真実を知っただけだよ、乙女の騎士殿」
「……何をしに来た?」
 黒いフードを被り赤い目をチラつかせている男の挑発には乗らずに、スピカは声を低くして問いかけた。
「僕の目的はその子の勧誘さ。ついでに双子の神の加護も欲しかったんだけど、それは失敗しちゃってね」
 にこにこと笑いながら、フードの男は横に立つマルフィクに視線を向けた。マルフィクはスピカから視線を離さず、一度頭を下げて男に応える。
「まあ、勧誘もどうやら失敗みたいだしねぇ。どう? 乙女の騎士殿は私と一緒に来ないかい?」
 完全に茶化すようにスピカに言葉を投げかけるフードの男。
「断る」
「残念だなぁ。そっちの牡羊の巫女殿は?」
「い、行きません!」
 一刀両断するスピカと、怯えを見せるもはっきりと断るヘレ。フードの男は肩をすくめると、さして期待してなかったくせに「残念」とこぼした。
 ずっと聞いていた男の返答に、俺は納得しなかった。
「……本題は、なんだ?」
 俺は陽気に話す褐色の男に、目を細めて問いかけた。今、ここに現れたのは“勧誘“が目的じゃない。だって、マルフィクは「師匠ンとこには、気が向いたら来い」と俺に言った。男も『オフィウクスのことを知れば、自ずと私たちが正しいとわかるだろう。待っている、同胞よ』と言っていた。
 二人とも俺が会いに行くのを待っていると言っていたのだから、俺に会いに来る理由がない。
「おや、本題? ふぅむ……一つ土産話を乙女の騎士殿に話そうと思ってさ」
 わざとらしく考え込むフリをしてから、男が赤い目を眇めてスピカに視線を向ける。剣を握る手からギリっと力のこもる音がした。いつ斬りかかってもおかしくないほど、スピカは気迫に満ちている。
「私に、だと?」
「私は別に敵対する気はないからね。ちょっと新しい情報が入ったから、共有しようと思っただけさ」
 男は、スピカを諌めるようにまあまあと手のひらを見せてひらひらとさせる。スピカはその様子に明らかな嫌悪感を表し、声が厳しくなる。
「もったいつけてないで早く言え!」
「いやぁ、心の準備をさせてあげようと思ったのになぁ」
「貴様の口から聞かされることなど、よくないものに決まっている。覚悟もなにもない」
 男とスピカの口調はまるで逆で噛み合ってない。軽い口調でいう男と、嫌悪感を露わにしているスピカ。
 2人の間には緊張の糸が見えるくらい張り詰めている。
「ふーん? それはそれは、聞いた後が楽しみだね?」
「いい加減にしろっ、早く言えっ!」
 スピカが声を荒げ、イラつきのまま足に力を込める。男は、すぐさま牽制するように口を開く。
「うん、乙女の神が――」
 男の口角がニヤッと気味悪く上がった瞬間、鳥肌が立った。これ以上先は――聞いてはいけない。
「殺されたよ」
 止める間もなく、一言で場が静まり返った。
 スピカが地面を蹴った。マルフィクの身体が反応するが、男が手で制した。そして、微動だにせずに彼女のなすがままを受け入れる。
 避けようとしない男の喉元に、剣の切っ先がすれすれで止まった。スピカの金色の目はギラギラと俺が見た事のない光を放っている。
「貴様が、殺したのだろうっ!?」
「私が? ここから乙女の星に行くのに時間がかかるのはわかってるよね?」
「ぐっ、貴様の仲間の可能性もある!」
「うぅん? 疑い深いね。でも、今の乙女の星が部外者を入れてないのは君が1番よく知ってるよね?」
「くっ……」
 声を荒げながら矢継ぎ早に質問するスピカに、男は平然と答えていく。
「昔からの信頼おける取引先か乙女の星の住人しか入れない星に、どうやって私や私の仲間が入れるっていうんだい?」
「――っ!」
「まあ、君が驚くのも無理はないさ。私も驚いているんだから」
 俺には男が言っている言葉はわからないけど、スピカにはどれも心当たりがあるようで言葉を失っていた。
 男は、そんな彼女に畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
「でもね、この話が本当なのかどうかは“わからない“んだよね。ほら、私たちは乙女の星に行けるわけじゃないからさ」
 ――なぜか嘘だと思った。
 けれど、スピカを説得するのは十分だったようで、剣を持つ手が密かに震えている。面前の敵の意図が見えず、困惑しているようだ。
「さて、誤解が解けたならこの剣を下ろしてくれないか? まさか、何もしていない私をこの場で斬り捨てはしないだろう?」
「くっ……」
 スピカは男に言われるまま仕方なく剣を下ろす。男も一歩下がると、やれやれと肩をすくめた。
「証拠を掴んだら、必ず私が屠るっ!」
「うんうん、わかったよ。蛇遣いの加護を受けている男というだけで殺されてはね? そこの子と同じなのだから」
 俺を目で指して、これ以上の追撃をしないようにと案に言っている。スピカは、歯の奥をぎりっと鳴らして仕方なく剣を腰の鞘に収めた。マルフィクも彼女の行動に倣い、槍を背に片付ける。
 俺は動けもせず、かといって話にもついていけずに成り行きを見守るしかなかった。
 男はすべての視線を受けると、柔和に笑みを浮かべる。
「まあ、そういうわけだから、私たちはこれで失礼するよ」
 そう言って、俺、スピカ、ヘレと一人一人にゆっくりと視線をむけ、
「また君たちを何度でも勧誘しに来るから、ね?」
 にこりと笑って軽く手を振った。そして、踵を返しマルフィクを連れて彼は去っていった。
「…………」
 ただ、呆然と彼らを見送った俺たちは気まずさから話を切り出せない。
 男たちが去った先を睨みつけているスピカは、誰から見てもいらだっていた。乙女の星で神殺しがあったと聞けば、心中穏やかなはずがない。
「……あの、スピカさん。大丈夫ですか?」
 俺がどう声をかけようか迷っていれば、先にヘレが彼女におそるおそる声をかけた。
「……すまない。取り乱した。まさか、神殺しがもう始まるなんて思っても見なかったから……」
 声をかけられたことに慌ててスピカは顔の表情を緩めると、心配ない。と弱弱しく微笑んだ。言葉とは裏腹に、ショックが隠しきれていない表情は物悲しい。
 できれば、スピカには気がかりを拭い去ってほしい。そう思って口をはさむ。
「スピカ……乙女の星に戻って確かめないか?」
「そうですよ、あの人が言っただけで、本当に神殺しが起きてるかどうかなんてわからないですし!」
「……いや、乙女の星には戻らない。これから行く星を決めなくては」
 ヘレが俺の言葉に合わせて援護を放つ。しかし、スピカは首を振り否定した。
「え、でも――」
「今は加護を集めるのを優先すべきだ」
 俺は信じられなくてもう一度問いかけようとしたけど、スピカがそれを遮ってはっきりと断言した。鋭い瞳は、もう決めたとでも言うような雰囲気を醸し出している。
 迷いを見せない彼女に俺の方がぎょっとして、狼狽してしまう。絶対に気になってるはずなのに、なんで……?
「もし、神殺しが本当だった場合。すべての星の神が動くだろう。どの神も加護を集め、蛇遣いの星に行くことを最重要事項にするはずだ」
 スピカは俺の動揺を見て、理由をゆっくりと語り出す。
「なぜなら、乙女の神のいや、このまま神殺しが続くようならば複数の神の”合意”が得られなくなるからだ」
「……合意?」
 知らない単語にさらに戸惑うと、ヘレがスピカと入れ替わるように口を開いた。
「アスクは習わなかったんだっけ?」
 ヘレの質問に考えを巡らせる。しかし、途中で勉強をやめた俺には、心当たりがなかった。
 首を横に振る。
「えっと、じゃあ。星の移動ができる道のことは知ってるよね?」
「ああ、星に13の道があるんだろ? たしか、星によっては神がその道を封鎖とか閉鎖してるとか……」
「うん。通れるようにするには神の”合意”が必要なの。だから、双方の神の”合意”がないとその道は使えないんだ」
 双子の星の行き先が限定されていたのはそのせいか。相手の”合意”が得られてないから向こう側から封鎖されていたわけだ。
「でも、蛇遣いの星だけは特別でね、道を開くには12の神の合意が必要なんだ。オフィウクスの神は、昔の神殺しの時に”合意”の権利をはく奪されて、その代わりに12の神すべての”合意”があった場合特例として星の移動が可能となるようにルールが制定されたの」
 ヘレがわかりやすく説明してくれる。
「有事があった時ように、加護を持っていれば”合意”を示すことができる。っていうのも一緒に制定されたんだよ」
「だから、神殺しが行われたのであれば”合意”を証明できるのは加護のみとなる」
 スピカが最後に話をまとめた。
 それで、人間が蛇遣いの星に行くには12の加護を必要とするのか。加護を集めるのが重要なのはよくわかった。
 でも、俺の心の中はもやもやしていた。さっきからずっと無表情を貫いているスピカの様子に、他の星の加護を優先して乙女の星に戻らないのが正しいとは思えなかったから。理屈はわかるけど、本当にそれでスピカの憂色が晴れるのだろうか?
「スピカは本当に乙女の星に戻らなくていいのか?」
「……必要がない。乙女の加護はすでに私が持っているのだから、他の星を優先すべきだ」
「俺は……優先とかそういうんじゃなくて、スピカの気持ちを大事にしてほしい」
 どうにかスピカに乙女の星に戻って欲しかったが、これ以上どう説得していいのか言葉が浮かばず、俺は思ったことをそのまま伝えた。
 すると、スピカが目を見開いて固まった。
「……私の気持ち?」
「うん。だってスピカは乙女の星が心配だろ? その気持ちを無視したまま過ごすとしても、ずっと気にかかってしまうと思うんだ」
 必要ないと切り捨てて、見ないふりをするのは簡単だけど、ずっと後悔が付きまとう。それは、ずっと逃げていた俺がよくわかる。
「俺は自分がしたいことから逃げて、ずっと後悔して前に進めなかったから……スピカには同じように後悔してほしくない」
「……後悔、か」
 心のままに吐露した俺の言葉を、スピカは静かに反芻した。スピカは何かを考えるように目を閉じた。
「……私は、逃げているように見えるのか?」
「それは……」
 答えていいものか迷った。フードの男に乙女の神が神殺しにあったと聞いた時のスピカの激しい激情、けれどその後に自分を必死に律しようとした姿勢。それは、とても理性的で大人の対応だと思う。
 だけど……
「自分の気持ちからは……逃げてるように思う」
「そうか……そうだな。そのとおりかもしれない」
 スピカは怒るどころか、俺の言葉を肯定した。顔をあげてスピカを見ると、彼女は俺を見てふっと表情を崩す。
「ずっと使命を優先しなければならない。と言い聞かせていた。だが、その反面……私は怖かったのだろうな」
 怖かった。その言葉は、オレの胸を締め付けた。
 そうだ、抗えない現実を直視することはとても勇気がいる。イヤなことにもちゃんと向き合わないといけないから。
「乙女の神が本当に神殺しにあっていたら、戻ったところで何もできない、すでにすべてが遅い……無意識にその怖さから目を背けていたようだ」
 自分の気持ちの整理をするようにスピカは語る。
 そしていままできつくつむっていた目を開き、青い瞳で俺をまっすぐに見つめた。
「まさか、自分でも気づかない気持ちに気づかされるとは思わなかった」
 彼女は泣きだしそうな表情で笑った。いつもより幼く見える表情に、ぐっと喉が鳴る。
「そんな表情をするな。気づけてよかった。感謝する、アスク」
 スピカが俺に向けて片手を差し出す。俺は彼女の決意を無駄にしないように、複雑な気持ちを振り払ってその手を強く握り返した。
「じゃあ、次の目的地は乙女の星に決まりだね!」
 ヘレが握り合った俺達の手に、手を重ねてにっこりと笑う。雰囲気が和らいで、俺も落ち着くことができた。
「ああ、そうだな。乙女の星に行って、あの男の真意を突き止めよう!」
「……二人とも感謝する。だが、それは私に任せてくれないか?」
 スピカは笑って、もう一方の手をヘレの手に重ねて、強く芯が見える瞳で俺達を射貫いた。初めてあった時と同様の凛々しい表情に、彼女の心が決まったことがわかる。
「任せるって?」
「言ったはずだ。加護を集めるのは最優先事項だと。だから、ここは二手に分かれて行動をしよう。そうすれば、二つの情報が同時並行で集められる」
「なるほど、たしかに。でも、スピカは一人で大丈夫なのか?」
「私の心配をしてくれるのか? アスクは優しいな。だが、私はこれまで一人で旅をしてきたんだ、いままでとなんら変わらない。それよりも、アスクたちの方が私は少々気にかかるが……」
 心配を口にしたら、そのまま返しされた。
 そうだよな、スピカの強さなら大丈夫だよな。かたや、加護をほとんど使えない俺の方がたしかに気がかり要員ではある。
「えぇっと、スピカが戻るまでは危ない事はしないさ」
「……何かあってもすぐに逃げるんだぞ?」
 あんまり心配かけるのもよくない。スピカには安心して乙女の星に戻って欲しいのだが、スピカの顔は曇る。
「大丈夫です、私が守るから!」
 ヘレが意気込めば、スピカは少し安心した様子で表情を緩めた。
「わかった。ヘレ、後はよろしく頼む。私は早々に乙女の星へ戻ろう」
「任せて!」
「じゃあ、俺達は蠍の星に行く」
 スピカはすぐに次の行動を決断した。彼女の宣言に、俺は最初に決めていた次の行き先を返す。
「またあとで」
「スピカさん、待ってますからね!」
「ああ。私は戻るついでに水瓶の加護を持つ人間にも協力を仰いでこよう」
「わかった、心強いよ」
 こうして、俺たちは乙女の騎士スピカと別れ、蠍の星へと向かったのだ。
「うーん、やっぱりスピカに、いろいろ聞いておくんだったなぁ」
 俺がスピカと別れたことを惜しんでいると、ヘレが口先を尖らせて抗議する。
「スピカさんは乙女の星のことで忙しいの」
「わかってるよ。でも、聞き込もうにも……こう人がいないんじゃなぁ」
「ふふん。私に任せなさい!」
 ヘレが胸を張って主張してくる。できるなら、初めからやってくれ。と言いたかったが、機嫌を損ねて解決が遅れるのもイヤだったのでやめた。
「何するんだ?」
「アリエスの加護の”あっちゃん”に空から周りを見てもらいます!」
 上機嫌で、ヘレは右手を空に翳した。腕輪が光を帯びるとクリーム色の仔羊が飛び出し、ふよふよと宙に浮かぶ。
「腕輪から加護……?」
「うん。ずっとお外にいるのも大変かなと思ってアリエス様に相談したら、加護が気に入った小物か何かなら出入りできるって。加護にとってはお家みたいな感じ? らしいよ」
「へー……」
 俺も何か用意しようかな。ずっとポケットの中なのも、ちょっとかわいそうだし……。
「じゃあ、あっちゃん。お空から周り見てくれる? 建物とか湖? があったら教えて」
 クリーム色の子羊はヘレの言葉に頷くと、飛び上がってぐるりと周りを見渡す。ある一点を見て子羊は動きを止め、ゆっくりと降下する。
「あっちに何かあったのね? 建物? わかった、そのまま案内して」
 ヘレの言葉に頷きで答えたあと、子羊はゆっくりと宙を浮いたまま動き出す。
「……それ、しゃべらないのか?」
「え? うん。話せる加護は相当力がいるらしいよ」
 そうなのか、オフィウクスの加護はあったヤツほとんどしゃべってたし、ジェミニの加護もしゃべってたから、加護はしゃべるものだと思ってた……。
「でも、加護が体に馴染むと、心の声で会話できるんだって。だから、私もいつか会話してみたいなぁ。あ、歩きながら話そうか!」
 嬉しそうに笑うヘレに俺も笑って相槌を打つと、ヘレは子羊が追って歩き出した。俺も習って歩き出す。
「ところでアスク。なんで、蠍の星にしたの?」
「ん? ああ、蠍の星が双子の星からしか行けないらしくて」
 まあ、双子の星から行ける星が極端に少なくて選択肢は元々狭かったんだけど。他に行けたとして山羊の星か、射手の星だった。でもこの二つの星は他からでも行けるんだよなぁ。
「え、そうなの?」
「そう。ジェミニ様がいうには、双子の星を通せば他から人が来ないからって」
「そっか、蠍の神は双子の神としか星の移動を合意してないんだね」
「たぶんな」
 ジェミニが言ってた封鎖っていうのが、昔制定された規定の合意・不合意のことなのだろう。
「だから、きっと蠍の加護を持つ人間は少ないだろ? それなら、加護を手に入れとかないとかな。って」
「そっか、たしかに蠍の星は重要だね!」
 そんなこんなで、いろいろと話をしながら先へと進んだ。
 しかし、じょじょに会話はなくなっていく。しゃべればしゃべるほど、口の中に細かい砂が入り込んで、喉がからからに乾いたからだ。
「んー!」
 ヘレは目を細めてから、先を指さした。暑さに滴る汗を拭きとりながら、俺がその先を見ると小さな四角錐が砂から顔を出している。すぐにそれが埋まっててっぺんだけが出ているレンガでできた建物だとわかった。
「…………」
 え、埋まってるって……? どういうことだ?
 口に出したいが、口の中は乾ききっていて開きたくない。
「……ん!」
 ヘレも口を利きたくないらしく、喉で出した音で俺を呼ぶ。ヘレは四角錐から遠のき、先にある砂丘に立っていた。俺がその丘を登れば、視界ががらっと変わり、茶色と白のレンガの建物、その中心にみずみずしい青色の水が太陽を反射して煌めいていた。
 目の前に現れた光景に、目を見開く。
「ん!」
 ヘレが俺の手をとって引っ張る。
 ちゃんとオアシスがあったことに安堵して、引っ張られるままにそこへと向かった。
 辿り着くと、そこは賑やかな街だった。人々が行き交い、市場では活気もあって砂漠で人がいなかったのが嘘のようだった。
 暑さによるだるさが吹っ飛ぶくらい、俺はその景色にくぎ付けになる。茶色と白のレンガの建物は思ったよりも高くずっしりとして、行き交う人々の服装はゆったりとした通気性の良さそうな服に綺麗な石をちりばめて……。
 牡羊の星とは違う。見慣れた木々を組み合わせた簡素な家や、麻で作った動きやすい服装とはまったく違う……本当に別の星にいるのだと身体の奥が熱くなった。
 感動に打ち震えていれば、ヘレが街の人に声をかけて俺を呼ぶ。近づけば、街の人から聞いた情報を教えてくれる。
「湖の近くに宿がいくつかあるみたい。それで、あの広場の真ん中に立っている銅像がこの星の神様だって」
 入り口の広場にある中道を指すヘレに、俺もそちらを見た。豊満な肉体に長い髪、 艶っぽい目つきは美しさで人を魅了するといわれる蠍の神のイメージに合っている。
「へー。話に聞いた通り綺麗だなぁ。さすが蠍の神だ」
「ほんとうに、綺麗……お話から出てきたみたい」
 俺の感想にヘレもうんうんと頷いてくれる。
「さ、観光は後にして、宿で一息つこう? 砂だらけで動きづらいし」
「そうだな」
 ヘレの提案で、俺達は湖に面する宿で部屋を取り一息つくことになった。
 砂だらけの身体をキレイにして水と簡素な食事をした後、各々必要なものを買うためにヘレとは分かれた。
「まさか、牡羊の星の通貨がそのまま使えるなんてな」
 昔はもっと盛んに星同士の交流があったんだから当たり前か。その名残で通貨は、どの星でも同じように使えるのだとヘレが教えてくれた。
 そして、ヘレが持ってきてくれた通貨をもらって俺は自分の服を一着購入した。と、いうのも、服が砂と汗だらけで非常に動きづらかったからだ。一枚の布で組み立てられたこの星特有の服に着替えれば、日差しの強さも、暑さもいくぶん和らいだ。
 おかげで、ゆっくりと市場を見て回ることができる。
「宝石の店が多いのは、牡羊の星で読んだ本の通りだな」
 蠍の星では、透き通った宝石がよくとれる。星の形成は神が好きなものが反映されることが多く、蠍の神はきらきらとしたキレイなものが好きらしい。砂漠も宝石を作るためのものだとか。原理までは書いてなかったから、どう作られるのかわからないけど……。
 あと、他の星に比べて日照時間が長く、小麦色に肌を焼く習慣があるらしい。これについては、美しさで人を魅了するといわれる蠍の神が褐色の肌を持っていることから、憧れる人が多いんだとか。
「双子の星は、荒れてさえなければ牡羊の星に似てたからなぁ。ここまで別世界だと、テンション上がるなっ」
 双子の星ではテンションあげられるほどの状況じゃなかったっていうのもあるけど。
 この街に来た時に感じた衝撃を思い出す。本当に俺は神の加護を得て、別の星に来てるんだ……!
「まずは、ポルックスからもらった加護の家でも探してみようかな」
 スピカに危ない事をしないと約束した手前、ヘレに目立つことはしないように釘を刺されてるし、買い物くらいしかできるようなことが思いつかない。
 俺は道に立ち並ぶ露店をひとつ一つ見ていくことにした。
「どうだい彼女に綺麗なネックレスでも買っていかないかい?」
 ひとつ目の店ですぐに声をかけられる。驚いてみあげれば、商人特有の笑顔が俺を出迎える。
「ほら、さっき可愛い彼女と一緒にいただろ? きっと喜ぶよ~!」
 どうやら、ヘレと一緒にいたところを見られたらしい。風貌の違いからすでに目立っていたようだ。
「いや、間に合ってるんで……」
 そもそも彼女ではない。という言葉は飲み込んで、順繰りと思考を巡らせたあとにやんわりと断りの言葉を告げる。
「そんなこと言わずに、どうせここに来るの初めてだろ~? 旅の土産にぴったりのがあるんだ」
 さらに食い下がられる。内心、どう断ればここから離れられるのか? と焦燥感を覚え始めた。
「ええと、大丈夫です」
「ほら、これなんてどうだ?」
 しかし、矢継ぎ早に商人は宝石が収まって輝いている箱を差し出してくる。
 首を横に振るが、商人の勢いとまらずにあれはどうだ、これはどうだと自慢の宝石を次から次へと見せてくる。
 しかも、少し反応すると話がどんどん勝手に進んでしまう始末で、このままだと何かしら買わされそうだ。やばい。
「そうだな、さっき同じようなやつが向こうでもっと安値で売ってたぜ」
 焦る俺の横から快活な声が割り込んできた。驚いて隣を見れば、金色の髪と瞳が眩しい青年が、にかっと愛想よく笑ってみせる。くせ毛のように上に跳ね上がった髪のせいで見える右額には、一筋の傷跡が生々しく刻まれている。目を奪われるほど印象的だ。
 うん、まったく知らない顔だ。
「異星のお兄さん、商売の邪魔はしないでくださいよー」
「押しつけはダメだろー。警備兵が来ちまうぜ?」
 商売人が文句を言うも、青年は笑顔のまま返す。すると、その一言で商売人は買わないなら帰ってくれと手のひらを返してきた。
「んじゃあ、行こうか。まだ慣れてないんだろ? 買い物付き合ってやるよ」
「は、はあ……」
 青年は断れるとは微塵も思ってないらしく、俺の肩を軽く叩くと進路を示して歩き出した。俺もこのままここにいても気まずいので、青年の後へとついていく。
 店から離れた湖の畔で一息つく。
「ありがとうございました」
「いいって、ここの商人は商売魂たくましいから、目を付けられるとなかなか抜け出せないんだよな」
 俺は、まだ隣にいる青年にお礼をつげた。彼は笑って、手をひらひらとさせる。額の傷は気になるが、助けてくれたし悪い人ではなさそうだ。
 落ち着いてみれば、服装はこの星の人たちの通気性のよいゆったりした服とは違い、ポケットの多い上着にズボンだ。この星の服が白が多いのに対してカーキ色なので目立つ。これはたしかに異星の人間だとわかる。
「俺はレグルス。そっちは?」
「アスクです」
「アスクか。俺は獅子の星から来たんだが、お前はどっから来たんだ?」
「……牡羊の星です」
 ずいぶんと気さくに話す相手にどう答えようかと悩む。しかし、先にすべての情報を開示されるので、答えないのは気まずくて素直に返答をした。
 獅子の星の人ってことは、スピカが言ってた獅子の加護を持つ人だろうか? 情報が不確かだったって言ってたはずだけど……。
「へー、牡羊の星か。過ごしやすい気候らしいな?」
「まあ、そうですかね? 獅子の星は熱帯のジャングルって聞いてますから、それよりは過ごしやすいかと思います」
「そうそう、ここも熱いけど、湿気がないぶんまだ熱くはないなぁ」
 そして世間話のように星の話に流れる。獅子の星はそんなに代わり映えしていないようだ。うん、ジャングルって木々が生い茂ってるらしいし、いろんな動物がいるんだよな。ここよりも暑いっていうのは不安だけど、でも行ってみたい……。
 興味を惹かれる話をするレグルスとの会話は、終わりがないようにしばらく続いた――。
 ――話が盛り上がる。
「へー、これが獅子の星の銃か」
「ジャングルの中は危険な動物が多いからな。遠距離型の武器はずいぶんと発展してるぜ」
 レグルスが持っていた銃は銀色で、太陽の光を鈍く反射させていた。牡羊の星にも銃はあるけど、話を聞く限り一発だけじゃなくて何発も打てるらしい。それに片手で持てるくらいに小型だ。すごい。
「持ってみるか?」
「え、い、いまはいいかな」
 さすがになれない武器に困惑してしり込みしてしまう。安全装置がかかっているから大丈夫だとレグルスは笑うが、興味半分、怖さ半分の俺にはなかなか踏ん切りがつかない。
 何かごまかそうと周りを見回せば、太陽の傾きに気がつく。
「あ、ごめん。そろそろ戻らないと」
「ああ、連れがいるんだっけか?」
 思ったよりも話が合い、打ち解けたレグルスに俺は話の終わりを告げた。いくらなんでもヘレと分かれてからずいぶんと時間が経ちすぎている。
「そう。服とか買うのに分かれたから、戻らないと心配するだろうし」
「そりゃあ戻った方がいいな! そうだ、夜にでも飯一緒に食わないか?」
「いいのか?」
「まだ話足りないしなー。牡羊の話もっと聞きたいし」
「俺も獅子の星の話聞きたいっ」
「じゃあ、決まりだな!」
「わかった!」
 とんとん拍子で、どこで待ち合わせするとかまで決め、俺はレグルスと一時別れを告げた。
 このせいでスピカとの約束を破ることになるとは、この時は――思わなかった。
 宿に戻ると、部屋の前でヘレが立って待っていた。俺が戻るとほっとしたように胸を撫でおろす。
「遅くなってごめん」
「ううん、無事でよかった。何かあったのかと思っちゃった」
 さ、入ろう。と笑顔で部屋へ促してくれるので、俺も部屋へと入った。ヘレも俺と同様にこの星の服装に着替えていたが、栗色の髪は馴染んでいてぱっと見はこの星の人に見えなくもない。この星の人の髪は黒に近い色が多くて、俺のような赤毛の方が目立つだろう。レグルスの金髪も目立つだろうけど。
「それで、どうして遅くなったの?」
 椅子に腰を下ろして向かい合うと、ヘレは俺に説明を求めてきた。
「実は、獅子の星の人に会って……」
「獅子の星……? 蠍の星は双子の星からしか行けないんじゃなかったっけ?」
 ヘレが目を瞬いて不思議そうに首を傾げる。
 双子の神ジェミニはたしかに蠍の星は双子の星からしかいけないと言ってた。でも、蠍の星の方針が変わって他の星と繋がっててもおかしくはない。
「蠍の神が他の星との移動を合意したのかもな」
「どうやって来たとか聞かなかったの?」
 ヘレの言葉に、そうか、聞けばよかったのか。と今更気づく。
「あー、うん。星の話で盛り上がっちゃって……」
「……アスクらしい」
 ヘレはくすっと笑う。他の星について興味津々なのは想像に難くないらしい。
「でも、話は聞けるかも。夕飯の約束したから、また会うし」
「えー、もうそんなに仲良くなったの!?」
「あいつも星の話好きみたいで話が合ったんだよ」
「ふぅん? アスクみたいな人なんだ?」
「ある意味?」
 普通の会話に和んで思わず笑うと、ヘレも同じように笑った。
「そっかー、じゃあ大丈夫だね。獅子の星の加護に出会えるなんて、ラッキーだったね!」
「ああ、スピカが来る前に事情説明して協力してもらおうと思う」
 そうだ。12の星の加護を集めるなら、レグルスの獅子の加護があれば心強い。もし断られても獅子の星の情報は今後に役に立つ。
 本当に会えたのは運がよかったと思う。
「ヘレも一緒に来るだろ?」
「うん! なんたってアスクのこと守るからね」
 ヘレはえっへんと胸を張る。
 はいはい。と流してから、買い物の報告を互いに行えば時間はあっという間にすぎて、すぐにレグルスとの約束の時間になった。
 約束の場所にヘレとともに向かえば、目立つ金髪が出迎えてくれた。
「レグルス!」
「よう、アスク! 彼女も一緒か!」
「彼女じゃないっ!」
「彼女じゃありません!」
 レグルスの軽快な口調に、思わず突っ込むとヘレと声が被った。それにレグルスはぷっと噴き出して豪快に笑った。
「あっはっは、そうかそうか」
「幼なじみのヘレだよ。昼間に説明しただろ」
「ああ、ヘレちゃんね。俺はレグルス、獅子の星から来たんだ。よろしく頼むよ」
「は、話は聞いてます。ヘレです、よろしくお願いします」
 笑いが収まると、穏やかな笑みでレグルスは丁寧に自己紹介をヘレにした。ヘレもきちんとした挨拶に慌てて返す。
「こっちだ」
 レグルスは先頭に立つと、店の中へと案内してくれた。明るく、賑やかな食堂といった印象。
 奥の方の窓際につくと、レグルスはヘレに椅子を勧め、その後に俺へとヘレの隣に座るよう促した。
 目の前にレグルスは腰をかけ、店員を呼び注文をしてくれる。
 何から何まで自然としてくれるレグルスに、任せきりになってしまう。いいんだろうか……。
「慣れてるから気にするなよ?」
 俺の表情から読み取ったのか、片目をつぶって声をかけてくれるレグルスに、ただ頷いて返すことしかできなかった。
「レグルスさんって、大人っぽいね」
 ヘレがこそっと俺に耳打ちをするが、昼間話してた印象で言えばこんなに落ち着いた感じではなかった。たしかに今は大人っぽい。
「うん、普段はしっかりした人みたいだな」
 個人的には昼間の盛り上がった時の方が話しやすいんだけど。
「あのなー、大人だぞ?」
 笑いながらレグルスは店員が持ってきた飲み物を俺たちに手渡す。俺は苦笑いした、聞こえてたのか。
「だって、昼間は子供っぽかったから」
「夢語る時は少年だな」
 さらっと肯定するレグルスにいまいちピンとこずにうーんと唸るも、
「そういうところは、アスクと一緒ですね」
 ヘレが俺に代わって笑いながら答える。そうやって言われれば、昼間はたしかに自分も子供っぽかったかもしれないと思ってしまう。
 でも、レグルスの雰囲気か言葉なのか、そんな風についつい素で話してしまうのだからしょうがない。
 そうそう。と頷くレグルスと横で笑っているヘレにイヤな感じはしなくて、まあいいか。と思う。
 俺の気持ちの整理が着いたと同時に、レグルスが飲み物の入ったグラスを上に掲げた。
「出会いに乾杯!」
『乾杯!』
 レグルスの掛け声に、俺とヘレはグラスを掲げて同時に応えた。
 喉を冷たい飲み物が通り心地よい。
「アスクとヘレちゃんは二人で何しに来たんだ?」
 さっそくレグルスが話を切り出してくる。話しながらも店員が持ってくる料理を俺達に勧める手際の良さはすごい。
「レグルスさんも加護持ちならわかると思いますが、牡羊の神アリエス様から使命を受けて来たんです」
「ああ、使命ねぇ」
 ヘレが返答すると、感心したようにレグルスは頷き話の続きを待つ。俺はその牡羊の星から逃げてきたから、返答できる内容じゃない。ヘレへと視線を投げると、ヘレはこくんと首を縦に振る。
「オフィウクスの星に行くように言われました」
 さすがはヘレだ。俺を追ってきたとか、そういうのを伏せてくれる。
「蛇遣いの星か? なんかあったのか?」
 レグルスもオフィウクスの名前に眉をしかめて真剣な表情になる。
「まだわからないんです……オフィウクスの加護を持った人がいろいろな星に現れているとか、そういう情報しかなくて。だから、レグルスさんの獅子の星のお話も聞きたいんです」
 まだわからない。という言葉でヘレは見事に乙女の神殺しの話を伏せた。本当かどうかも詳しい内容もわかっていないので、嘘じゃないし、いますぐ話すにはレグルスとの心の距離は空きすぎている。
 ヘレの会話の上手さに感心してしまう。俺だったら、絶対にボロを出しそうだ……。
「獅子の星かー。しばらく帰ってないからどうかな」
「え、帰ってないって?」
 レグルスの言葉に驚きの声をあげる。
「俺は加護をもらった後、見聞を広めるために各星々を回ってるんだ」
「ああ、そういえば……」
 獅子の星では王様というのがいるらしい。というのを思い出した。ジャングルでは危険で獰猛な動物がいるから、ねじ伏せられる力こそが求められる。特に獅子の神は力が至高という考えだったはずで、王になる器の者と認めると加護を与えて別の星に放り出すらしい。
 別の星をすべて回り、戻ってきた者が次の王になる。という風習だ。
「え、ってことは王様候補……?」
「そうそう。アスクってよく勉強してるなぁ」
 軽い。でも、王様って俺の星でいうと村長……みたいな感じで人々を束ねるんだよなぁ。村じゃなくて星全体らしいけど。
 その候補に選ばれるって、レグルスはすごいんじゃないのか……?
「まあ、獅子の星では珍しくないから。結構な人数が星から追い出されるんだよ。戻ってくるやつがいなくて」
 少し緊張した空気の中、ははっと軽快に笑うレグルスに場が緩む。
「なんで戻ってこないんだろう……?」
「そりゃあ、獅子の星より住みやすい場所が多いからさ」
 なんかあんまりよくない話じゃないか? それ。
 額にたらりと汗が流れた。
「まあ、だから獅子の星からの情報はあんまり期待しないでくれ、ヘレちゃん」
「は、はい」
 ヘレは何度も頷いた。
 獅子の星のことを思い出して、俺は何かひっかかりを覚える。
「んで、オフィウクスの加護持ちを捜しに蠍の星に来たのか?」
 レグルスがすぐに話を切り替えたので、頭の片隅にそのひっかかりは追いやられる。
「いや、12の星の加護を集めに来たんだーー」
 俺は、調べるためにオフィウクスの星に行きたいこと、12の加護がないとオフィウクスの星に行けないことをレグルスに話した。
「なるほどなー。じゃあ、蠍の神か蠍の加護を持つ人間に会いに来たのか」
「そうなるな。加護持ちの情報がないから、直接蠍の神に会おうと思ってはいるんだけど……」
「危険だから躊躇してる。と」
 痛いところをつかれる。
「やっぱり危険なんですか? 牡羊の星の文献には蠍の神についての情報が少なくて……」
「ああ、この街に長い事滞在してるから、だいたいこの星の現状はわかってるが……今は引きこもっているから相当無理しないと会えないぞ」
「引きこもってるって……それフラれたってこと?」
 蠍の神について記載されている牡羊の星での資料は少ない。ただ、あまりにも有名であまりにも語り継がれている蠍の神の話がある。
 蠍の神は愛情深い。好きになった人間に加護を与え、ずっと傍に置くのが彼女の星では習わしだった。しかし、ある時一人の加護を受けた人間が別の星へとでかけてしまった。それにショックを受けた蠍の神はピラミッドという神の家に引きこもってしまったのだ。それからの星は砂嵐が日常となりオアシスの水も徐々に減っていったという。人々が困り果てていた時、加護を持った人間がひょっこり戻り、ピラミッドへと戻ったことで星は救われたらしい。
 要するに、蠍の神は愛が重い。
「ああ、久しぶりに加護を与えようとしたら、別の星の人間でフラれたんだ」
「そんな……っ」
 レグルスの言葉にヘレが小さく悲鳴をあげる。俺も事の重大さに頭を抱えたくなる。
「え、もしかしてそれで双子の星からしか行き来できないとか?」
「ああ、その前までは繋がってたんだけどなぁ」
 ガチの引きこもりだ……。
「やっぱりスピカさんたちを待ってから作戦立てた方が良さそうだね……」
「そうだな……」
「スピカさん……?」
 ヘレと俺で納得してると、レグルスが不思議そうに目を瞬いた。俺は簡単に乙女の騎士であるスピカも一緒に加護集めをしていること、事情があっていったん別れ、後から水瓶の加護持ちを連れて合流することを簡単に説明した。
「仲間が多いんだな」
「もしよければレグルスも一緒に来てくれると心強いんだけど」
 初めてレグルスの顔が曇る。片方の口端をひきつらせて、返答に困っているようだ。
「あ、無理にとは言わないから!」
「うーん……いや、そうだなぁ。アスクが俺のこと手伝ってくれるなら考えるぞ」
「え、本当か!?」
「ああ、ほんとうほんとう」
 ぱっとすぐに笑顔に戻ったレグルスに安堵して、俺は頷いて了承した。
「私も手伝いますよ!」
「いやー、ヘレちゃんにはちょっと難しいかなぁ。アスク一人にお願いしたいんだ」
 ヘレの申し出を断ると、レグルスが椅子を寄せて俺の肩をぽんぽんと叩く。ヘレが眉尻を下げ不安そうな表情をみせる。
「え? アスクだけにですか? どんな手伝いを……?」
「秘密♪」
 しかし、レグルスから返答は得られなかった。ヘレは困ったように俺の顔を見上げ、手を握ってくる。俺にレグルスの手伝いをさせるのを迷っているようだ。
「俺はレグルスについてきてもらいたいから……話を聞いてみたい」
「……危ないことしない?」
「危なそうなら辞めるし」
「そっか……」
 ヘレが首を垂れる。まだ心配ではあるようだけど、納得してくれたかな?
「レグルス、話は聞くけど危ないことはしないよ?」
「大丈夫大丈夫、ちょっと今夜付き合ってほしいだけだからさ」
 俺の言葉にレグルスは頷く。そしてヘレの方へと顔を向けると優しく声をかける。
「今夜借りるだけだから、すぐ返すよ」
 お願いと両手を合わせるレグルスをじっと見て、ヘレはしぶしぶ頷いた。
 その後は食事もゆっくりとして、自分たちの星の話やレグルスが訪れた星の話で盛り上がった。
 食事も済み、宿に戻ろうという話になってから、俺たちはいつの間にかレグルスが会計を済ませていたことに気づいた。
「アスクを借りるしねー。ここぐらいおごらせてよ」
 疑問を口にする前に、言葉で封殺される。そんな風に言われたらのむしかない。
「……わかりました。ごちそうさまです」
 ヘレがレグルスに頭を下げるから、俺も合わせて頭を下げる。
「いいのいいの。じゃあ、まずはヘレちゃんを送って行こうか」
 レグルスは軽く手を振ってから、俺達を促して店を出た。
 ヘレを先に宿へ送ると、俺はレグルスにつきあうために湖のほとりへとついていく。冷たい夜風を感じながらぶらぶらとするのは、心地よかった。
「それで、何を手伝ってほしいって?」
「蠍の神のいる……ピラミッドの入り口を開けてほしい」
「はっ?」
 おい、危なくなかったんじゃなかったのか? なんで引きこもってる神の場所に行く話になってんだ?
「開けてくれるだけでいいんだ。中には俺が入るから」
「開けるだけって、自分で開ければいいだろ?」
「いや、開けられないんだ」
 立ち止まって、じっとレグルスの顔を見た。笑ってなかった。引き締めた表情が月明かりに照らされて、きらきらと金色の髪が揺れている。
 先ほどよりも落ち着いた低い声が真剣さを物語っていた。
「昔と違って、蠍の神が住むピラミッドは砂の中に埋まっている。蠍の神がフラれる度に砂嵐が起きて埋もれたそうだ」
 レグルスは俺にわかりやすいように説明を始める。
 街に来る途中に埋まってた四角錐を思い出す。あれがピラミッドだったんだろう。
「埋もれはしたが、地上にいくつか入る扉がある。いや、正確には”扉が出現する”。日によって出現場所は変わるが、必ずピラミッドに入る扉が砂漠のどこかに発現しているんだ」
「蠍の神が扉をそういうふうに作ってるってこと?」
 引きこもりのわりには、扉はしっかり地上に作ってるってことだろうか?
「そんなことができるのは神だけだからな。厄介なことに、その扉を開けられるのは足首に蠍のマークがある人間だけなんだ」
「蠍のマーク?」
「ああ。蠍の神に気に入られると付くらしい」
 レグルスが俺の足首を指さすから、驚いて足元を見た。たしかに、足首に何かの赤い印があるのが見て取れた。よく見ればレグレスが言っていた通り、書物で見た蠍という毒を持つ動物のようだ。
 いつ付いたんだろう?
「俺は今日、運がいい事に扉を発見して、しかも蠍のマークを持つアスクにも会えた。だから、今日が最大のチャンスなんだ」
 小さな疑問を持つ俺をよそに、レグルスの声は高揚して大きくなっていく。楽しそうに煌めく瞳は月よりも明るかった。
 難解な扉を開けるチャンスがあると言われれば、疑問よりもそっちの方に気持ちが持ってかれて、俺もドキドキしてくる。
「アスク。今日を逃せば、次はいつこのチャンスがくるかわからない……」
 レグルスが足を止めて、金色の瞳を向けてくる。
「ピラミッドの入り口を開けてくれないか?」
 もう一度言われた願い事に、俺はことりと喉を鳴らした。真剣な相手に、適当に返しちゃいけないと思ったから。
 日ごとに場所を変えるピラミッドの扉。開けられるには蠍のマークが必要な扉。ピラミッドの中は神の領域、侵入者への何かしらの対策があるのは明らかで。だからきっと、中に入るのは危険だ。
 スピカを乙女の星に送る際に危ない事はしないでスピカを待つと言った手前、ここで断るべきだとは思うけど……。
 開けるだけなら、大丈夫じゃないだろうか? 昼間助けてくれたレグルスの頼みを断るのも気が引けるし、できるなら俺だって役に立ちたいから……。
 だから、結論を出した。
「開けるだけなら……協力するよ」
「! 助かる! ありがとな、アスク!」
 昼間と同じ、眩しい笑顔でレグルスは笑ってくれた。
「アスクはいいヤツだな」
「うーん、なんかそれ他の人にも言われたな」
「お人好しがすぎるってやつかー? ……気をつけろよ」
「なんて?」
 レグルスが顔を背けたせいか、最後の方は小さすぎて聞き取れなかった。
「いや、さっさと行って、さっさとアスクをヘレちゃんところに帰さないとな!」
 にかっと大きな口を広げて笑い、レグルスは俺に背を向けて歩き出した。
 一瞬、彼の表情がこわばったように思えたけど、明るく俺を呼ぶから、気のせいだと俺は彼の後を追った――。
 レグルスに案内されて、夜の砂漠をひた歩く。昼間と違って、日が沈んだ砂漠はとても寒い。一応レグルスが用意した厚めの布を被って、寒さ対策はしているけど肌寒いくらいだ。
 まあ、昼間の暑さよりは夜の寒さの方が、牡羊の星に近いから動きやすいけど。
 しばらく行けば、レグルスが足を止める。街からだいぶ離れたけど、遠くに街並みの灯りが見えるから戻るのに迷うことはないだろう。
「ここだ」
 砂丘の淵でレグルスが屈んで砂を払いのける。すると、斜めに設置された大きな赤色の扉が顔を出した。綺麗な紋様が彫られている扉は月夜に照らされてきらきらと輝いている。
「この扉を開けてほしい」
「わ、わかった」
 レグルスに促されて、俺はおそるおそるその扉へと近づいた。宝石のように煌めく扉は、綺麗だ。綺麗すぎて惹きつけられる一方、少し怖さも覚える。
 でも、いつまでも眺めているわけにはいかない。時間が経てば日付が変わる。それは扉の消失を意味しているのだから。
「……いくぞ」
 息を呑んで心を決めると、俺は扉に手をかけた。
 ぎぎぎっと鈍い音を立てて扉が開く。開ききれば、中は真っ暗で奥がまったく見えない。
「うわぁ……この中がピラミッド……」
「どこまで続いてんのかわかんねー」
 レグルスがランタンの灯りで洞窟の中を照らすが、照らせたのはごく一部で奥はやっぱり真っ暗で見えない。
 レグルスはぽいぽいっと、荷物を洞窟の中に放り込んでるので、俺は好奇心に勝てずにしげしげと洞窟の中を見ようと身を乗り出した。
「ーーっ! アスク、下がれ!」
「えっ?」
 レグルスの鋭い声と、腕に衝撃を覚えたのは同時だった。ぐっと扉の方に強い力で引っ張られる。
 ガキンという鈍い音が聞こえる。けど、視界はほぼ真っ暗。
『……待っておる』
 引っ張られるがままに倒れ込んだ俺の耳元に高い女性の悲しげな声が響いた。ばっと顔をあげるも、目の前は暗くて何もわからない。
 今の声はいったい……? なんだか、泣きそうな声だった……。
「アスクーー! 無事か!?」
 あの声が気になってぼーっとしていたら、レグルスの呼びかけにはっと引き戻された。
 慌てて俺はレグルスの声、後方へと振り返った。一筋の光が扉の隙間から外の月と砂漠の世界を映し出している。視線を下げれば、レグルスが自分の銃を扉に挟んで扉が閉まりきるのを防いでいた。
「アスク!?」
「レグルス! どうなってるんだ!?」
 俺は駆け寄って、扉を押す。けど、びくともしない。
「よかった、無事か。どうなってるかなんて俺にもわからない。洞窟の方から手が出てきてお前を引っ張ったんだっ」
「っ!」
 やっぱり誰かいるのか!?
 さっきは声が悲しそうだったからそっちばかっり気になってたけど、暗闇に誰か潜んでいると思うと背中にイヤな汗が伝った。
 慎重に、辺りを見回す。でも、やっぱりほとんどが暗闇でわからない。
「アスク、そっちから開けられないのか!?」
「開かないっ!」
 必死に目は暗闇に何かいないかと動かしながら答える。
「くそっ! アスク! とりあえずカバンの中にある予備のランタンを使え!」
「わ、わかったっ」
 暗闇の恐怖から逃げ出したかった俺は、すぐにしゃがみこんで手探りでレグルスの荷物を捜す。見つけて、震える手でなんとかランタンを取り出して、次にマッチをつかって火を灯す。時間はかかったけど、灯りがついたことで少し安堵した。
 周りを灯りで照らすが、特に何もない。レンガでできた壁が奥の暗闇に続いている。
「アスク! 誰かいたか?」
「いない……」
「アスク、それなら周りにレバーとかスイッチみたいなものないか?」
 レバー、スイッチ……周りを見回すが、壁しかない。レグルスがいうようなものはなかった。
「……壁ばっかりで、何もないよ」
「そうか……扉を開けるのは無理かもしれない……」
 レグルスの言葉が重くのしかかる。不安がどっと込み上げてきて、また手が震えそうになる。
「アスク、いいか、よく聞け。このピラミッドの中は迷路になってる。そして、道は進めば進むほど罠が複雑に設置されて――」
 レグルスは一つひとつ、ピラミッドの中の危険性を説明していく。恐怖を煽ってくるのはやめてほしい。
「――だから、そこから絶対に動くな。すぐに人を呼んでくるから、ここで待ってろ。いいな?」
「…………」
 レグルスの説明を半ば聞いてなかった俺は、どうしようか考えていた。
 俺はわかってる。もしレグルスが誰か蠍のマークを持つ人物を見つけて連れてきても、間に合わないってことを。日付が変わる時間とここまで来るのにかかった時間、どうがんばっても日付の変更時間にレグルスが戻ってくるのは難しいんだ。
 そしたら日付の変更と同時に、扉は別の場所に移動してしまう。だから、ここで待っていても、いつこの扉が開くのかはわからない。
「アスク……?」 
「……わかった。待ってる」
 レグルスの不安そうな声に、ここで待ってろという言葉の返答を返した。
 俺の返答を聞き終わると、レグルスは「悪い」とすまなそうな声を絞り出して、ゆっくりと扉から銃を引き抜く。同時に見えていた外の景色も徐々に見えなくなって、消えた。
 心細さが顔を出す。
 それを振り払うように、ランタンで奥を照らすが壁しかみえない。こんなことになるなら、レグルスについてくるべきじゃなかった。
「……ダメだ、そんなこと考えちゃ」
 マイナスな方向に落ち込みそうになって、首を横に振って払う。違う、レグルスの役に立ちたいと思って扉を開けるのを了承したのは俺だ。ヘレが心配してたように、俺はもっとちゃんと状況を最初に確認しておくべきだったんだ。今更後悔したって遅いけど……。
 たぶんレグルスもこんなことになるなんて思ってなかった。あの焦り方、獅子の星から持ってきた銃を扉の間にとっさに入れたところから、俺を助けようとしていたのはわかってる。レグルスは必ず誰かを呼んできてくれるだろう。時間はかかるだろうけど……。
 だから、俺が考えるべきなのはこれからのことだ。「ここに残って助けを待つ」か、「この先に進んで蠍の神に会う」かの選択。蠍の神に会えば、ピラミッドからの出かたも教えてくれるはずだが、レグルスがいうにはピラミッドは迷路になっててそのうえ罠がところどころにあるらしい。その道を進むってことは、当然危険がつきまとう。
「なんで気に入られてんのに、罠があるところに引きずり込まれるんだよ……」
 蠍のマークは蠍の神に気に入られてる証拠で、それがないとこの扉は開かなくて、おそらく引きずり込んだ手も蠍の神によるもので。
 来てほしいのと来てほしくないのとで、矛盾している感情があるように思う。それにあの声……。
『……待っておる』
 泣き出しそうな声は助けを求めているように聞こえた。
 あの言葉は嘘じゃない。やっと言えた本音のような、そんな”確信”があって……だからこそ俺は迷っている。
 待っているなら、行かなきゃいけない。もう誰かに手を差し伸べられなければどうにもできないほどの殻にこもってしまったなら。俺がヘレに手を差し伸べてもらったように、俺も手を差し伸べたいと思ってしまったんだ。
「……スピカにああいった手前かっこ悪いけど」
 でも、俺だって何か役に立てるなら、手遅れになる前に行動したい。
「後でヘレには謝らないとな」
 たぶん一番心配してる。だから、ちゃんと無事に蠍の神に会って戻る。それが、俺の選択だ。
 俺はランタンを片手に、レグルスが放り込んでいた荷物を背負って奥へと歩を進めた――。
カット
Latest / 821:30
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
オフィウクスの謎―加護を受けたと思ったら存在しない神だった―2章01
初公開日: 2021年08月31日
最終更新日: 2021年10月23日
ブックマーク
スキ!
コメント
双子の神の加護を得たアスクは牡羊の加護を持つヘレと再会。二人で蠍の星へとやってきたが……
1章のFIX稿は小説家になろうにUPしてあります。
https://ncode.syosetu.com/n1652he/