都内の廃屋調査。空き家が年々増加している東京では、なんてことない住宅街での怪異の報告を受け取るとまずその土地周囲の空き家を探すというくらいには空き家に住み着いている怪異は多いのだ。事実念縛霊だか怨霊だかあるいはたまたまそこに家があったからと住み着く怪異なんてのもいたりして、そのたびに特捜零課は捜査に人員を割いていた。
今回の『きっかけ』もその空き家から発見されたものであった。ある収集癖の女が千葉県内の駅で心筋梗塞により死亡し、その女が持っていたという一軒家の付近で真夜中に泣き声が聞こえるという報告を受けたものだった。実際そこにいたのはいずれ消えるような幽霊であり、ツマビラ捜査官と阿出屋コンサルタントによってその霊が成仏されるという形で捜査は無事終了した。
しかしその際ツマビラ捜査官が言うには。「彼女の霊は『これ』の頭部にしがみつきながらずっと泣いているようであった」という。
「――で、これがその押収品ってところやな」
「ふぅん。これ立派だねぇ。でもこの家主女の人じゃなかった?」
零課捜査官のきた南東西うえぬき、そしてコンサルタントはみなみ繰数くるす。彼等は資料室に置かれている、一装いの立派な五月人形を前に関心やらなにやらの声をあげていた。二人とも経緯が芸能関係に由来するものだから純粋に審美眼というものがそれなりにあって、それゆえに人形のよしあしくらいはわかる。それゆえ関心していたのだが、南の疑問を聞いた北はあまりよくない顔をしている。
「それがなぁ。どうやらこの家難儀やったみたいで。元々この家の女の人、家族と暮らしてたんやけどな。その女の人の親っちゅうのが昔男の子を、堕ろしとったみたいでな」
「ああ、なるほどね。せめて五月人形くらいは――ってところ?随分子煩悩だったみたいだねぇ」
「で、や。実際どない?霊験とかいうんはあるんか」
彼女はしばらくその五月人形をじろじろ眺めている。ただの兜だけじゃない。白髭をこしらえた黒い面が兜をかぶっていて鎧から小手までついた、要するに子煩悩と南が評しても仕方ないくらいに本当に立派なものだった。ぺたぺたと触ってみたり、エイヤッと首ごと兜を抜いてみたりして。一緒に飾ってある弓も触ってみて。最後にはいつも眼帯で隠している蒼い目で全体をじっと見たが、やがて首を横に振った。
「なんもないね。でもこれに抱きついてたのは理解できるよ。だってこれ、その家にとっちゃ――仏像みたいなものなんだろう?だったら無理はないと南ちゃんは思うな」
「せやろ、うか、まぁせやなぁ。資料の写真見ても物びっしりやったけど、これが置いてるところだけ見事に周りなんもなかったもんな」
「相当だ。顔も知らないお兄ちゃんに思い入れねぇ。ボクは兄も妹も多いけど、わかんないや」
そんなものだ。いくら家族といえども、もし最初からその存在さえ知らなければ思い入れなどあるはずもない。思い入れもないし、その縁が何か『へんなもの』を産むこともない。
――よほどのことがなければ。と言いつつ、特捜零課に持ち込まれるもので人間が絡む事象の大半はそのよほどのこと・・・・・・によって起きるのだから厄介である。
「んじゃ、これで証言一、霊力の確認取れず、か」
「そういえばこれ見せて何になるの?」
「まぁ確認やな。仮にこれに霊力やなんかしらのもんが見つかったらまた報告内容変わるやろ。あと頭で遊ぶな。元に戻しい」
はぁい、と言い南は兜付きの首を戻し、改めて全体を見る。高さとしては土台を含んだら一メートル近く。見れば見るほど惚れ惚れするような、LED蛍光灯を反射して美しく輝く甲冑の細やかさ。職人も相当な思い入れがあったのだろうし、家族も相当念入りに手入れをしていたのだろう。これならば付喪神、と言わずとも怪異を宿したりくらいは出来るのかもしれない。しかしその見立ても言わねばわかるまい。北が「一応他の人にも話聞かなあかんから。ほら出ていき」と追い出してしまったことでそれが彼に伝わることは叶わなくなってしまった。
「はい次の人」
さながら医者のような口調で北は告げる。資料保管室に入ってきたコンサルタントの影は――北に思わずうえ、と言わせてしまった。
谷咲アンタかいな」
「なんでそんなことを言うんですか!この私谷咲が美しいあまり目を離せないのはよくわかりますが!しかし確かな目で見てあげるのです、きっと素晴らしい結果が」
「ええからとっとと見い。口より目と手動かせ。首とか外してみてええから」
北が谷咲の言葉をぶった切るようにそう告げると、谷咲はスンッと押し黙り早速人形を見る。並んで会わせちゃいけないコンサルタント三銃士なんて渾名される南と同じような調子で人形の首を掴んであーだこーだと独り言を言いながら鑑定を続ける。その横で何かやらかしはしないだろうか、と北は谷咲を文字通り警戒視していた。
が、その時点で手遅れなのだ。
『しないだろうか』と思った時点で人は『やる』のだということは金言として書いておきたい。
「――この人形、一体どちらで?」
「なんて言うたらええかな、突然死した女の人の家でなぁ。女の人の霊がこのおにんぎょさんに抱きついて泣いてたっちゅうんで押収したん、よ」
ここで北の言葉が詰まったのにはもちろん意味がある。
谷咲はそれを聞くと、少し手を顎にあてて考えた後にその手を包んでいる白い手袋をそっと外し、五月人形の横にある机に置いた。その両手は、やがて天井、いやそれより高いところに向けて伸び、やがて受け皿のようなものを作る。なにか、球体のものを包むような手つきにかわり、それは彼の胸元までもっていかれる。そしてその手を、何を思ったかゆっくりと――両手で作る鉄砲のようなものに変え。
真っ直ぐ、五月人形の兜に指した。
しばらく北はその行動の意味がわからず半分放心していたが、やがて彼がどういう評価を課内で受けているか思い出し。
「何したんやあんた!」
「何をした、と言われますと――その、なんでしたか?資料の中で御家族のお話にございました、流産なされた男の子を呼んでみただけなのですが。何か問題でもございましたか?」
「問題しかないわアホンダラ!!」
大問題である。水子を降霊させるなんて普通考えるところではあるまいし、何より彼の降霊術の成功率はそのまま彼の評価である。一瞬でも目を留めてしまった自身を後悔し、北は慌ててコート(資料室の椅子にかけていた)の中にある眼鏡を取り出してつける。一時的にではあるが霊視ができるそれを、十秒、二十秒、三十秒と視る。しかし、何もない。
「――失敗しとるやないかい!」
「あらぁ。まぁそういうこともありましょう!いくら生まれなかった子供でも私の美しさは理解できるものですから、恥ずかしくて降りるのをやめたんでしょう、きっとそうです!」
「んなこと言っとらんではよ仕事せい。結局この人形に霊験はある?ない?」
「ないです」
「なら出ていく!」
北は無理やり彼を追い出すと、そのまま阿出屋コンサルタントとツマビラ捜査官のバディに資料室の鍵を渡して受け継いだ。彼等が来た目的は五月人形の再調査と別案件の資料を取るためである。押収時に隅から隅まで写真を撮ったが、彼等もやはり不安なのかもう一度探ろうとする。人形を作った人が誰なのかはわからない。本来大型の五月人形にあるはずの作者を記した板がないからだ。台座の裏にも書いてなかったし、関係者に聞いてもこんな人形を作れる人なんていない、と語っていた。疑問は残るが、実際再び調べても異変はない。目的の資料を取って戻るが吉だと、二人は奥の資料室の棚に進む。
結局、自身が感じた違和感がなんなのか、ツマビラ捜査官は掴みかねていた。
資料を見つけて手に取った時に耳にした、ガチャリという金属音が何かを知覚するまでは。
我々が空想で描いて見る世界よりも、 隠れた現実の方が遥かに物深い 柳田國男 
「うわあああ!!」
ツマビラと阿出屋が勢いよく資料保管室を飛び出す。二人の顔面は蒼白でまるで陶器のようだと例えが出るだろう。錯乱した、というよりも純に恐怖した様子で二人は資料保管室の扉を抑えつけていた。阿出屋は自分のポケットに鍵があるのはわかっているのに、今はそんなもので抑えたくないと思わされたのだ。
これを偶然見ていたのは東と十楽のバディ、そして臨時バディを組んだ仕事から戻ってきてたまたま二人と遭遇したアセビと空である。肝が小さいうえに資料保管室に一番近い立ち位置にいた十楽はツマビラと阿出屋の様相に肩を大きく跳ねさせ、残り若い者三人はなんだなんだと十楽の向こうを覗き込む。ツマビラと阿出屋はしばらく肩で息をしていたが、やがて落ち着いたようで、後ろにいる十楽たちなんて気にもせずにそっと扉を開ける。
「……いる」
「マジで!?やばいやばい死ぬ死ぬ死ぬ」
「のう、ツマビラさん」
「いやぁぁ!?」
十楽が肩を叩けば大げさなくらいに声が飛び出、それにまた十楽が驚く。このままでは埒があかないと東が阿出屋をおしのけて資料保管室を覗き込む。その光景に、東もまた目をかっぴらいた。
「どしたんすか東さん。なんかいたんです?」
「えーっとな、人形が動いてるんだ」
「……動いてる?」
「動いてる」
言葉の往復。流石にどうしようもなくなって空も覗き込む。そして彼もまた驚きを得た。
黒光りする約三尺の立派な甲冑。それが立ち上がっている・・・・・・・。がちゃがちゃと音をたてて資料室の棚を漁っている。棚のガラス戸を開けようとするも、それは指が小手の太いもの故に開けることは叶わない。行動自体は真っ当な人間ぽく見えるが、しかしてそれは甲冑であることが不思議にしていた。
「……動いてますね」
「だろ!?これオッサンに見せたら大変なことになるぜ」
「んー見せて見せて。うわ動いてる。ていうかなんだあの甲冑?」
アセビも彼等のやり取りを聞いて気になったのか覗き込み、そして彼等と同じ反応をする。その甲冑はしばらく資料室の棚を漁ろうと試みていたが、やがて半開きのドアに近づいてきた。その様子に東・アセビ・空は身じろいだがやがてすぐに零課の人員らしく襲われるかもしれないと身構えた。やがて甲冑はドアの前で立ち止まり、そして。
「申し訳ございません、資料を取るのを手伝ってもらえませんか?」
「喋れるのかよ!!」
三人は一斉にツッコんだ。
「ありがとうございます。まさか、わたしもこんなことになるなんて思っていませんでした」
甲冑は丁寧に頭を下げた。その丁寧な態度に三人は動揺というか絶句というか、感情の行き所がつかめないでいる。
「……これ、報告事項か?」
「報告すんならとりあえずオッサンとツマビラなんとかしなきゃだけど」
「えと、とりあえず、話聞きます?」
「そうだな。なぁ甲冑。名前なんていうんだ?」
東がそう問うと、資料が入っている段ボールに座っていた甲冑はやがてぼそぼそと述べだした。
「そうですね、自己紹介が遅れました」
「わたしは燕畑エンバタヰド。元は――大学文化人類学部燕畑ゼミで教鞭を取っていたものです」
「燕畑さん!?」
その名乗りに真っ先に反応したのはアセビであった。
「アセビさん、知り合いなんです?」
「知り合いもなにも、うちの書店の常連だったんだよ」
「マジで!?」
「……アセビさん、覚えていてくれたんですね」
甲冑、もとい燕畑は穏やかな声をかける。どこから声を出しているかわからないが、黒い面から声を発していることはなんとなくわかった。アセビもその声に絆され、安堵の声を見せる。
「当たり前っすよ!俺が二十歳になった時も酒くれたじゃないすか!」
その言葉だけでも十分彼等の関係性が穏やかなものであったことを悟れる。二人が思い出話に浸っている間に東・空・十楽はこれからを本格的に相談する。ツマビラと阿出屋は自身の捜査不十分を売れいていたが、燕畑自身がなだめることによって元の調子を取り戻す。燕畑の声は一貫して落ち着き払っており、まるで今の状況に対して狼狽している様子もない。それが彼等を余計混乱させていた。
「でさ、エンバタさんだったっけ?」
「はい」
「なんでアンタ、その甲冑に入ったんだ?」
東の質問は皆が聞きたかったことである。皆思わず前のめりになった。
「わたし自身よく覚えていません。この五月人形に入る前の記憶はといえば死んだ時の記憶ですから……」
「んと、要するに、わからない、ってことすかね」
空もどうしたものかといった歯がゆい様子であったが、間もなく彼等がたむろしているところに、銀縁眼鏡をそのままつけている北と北にずるずると引きずられてきた谷咲がやってくる。
「……なんやねんこれ!! がっつりやらかしとるやないか!」
「お、北さん。何か知っとうのか?」
「知っとるもなんも、こいつが原因なんや」
北は雑に引きずられてすっかり参っている谷咲を放り投げ、疲れと憤慨をうかがわせる仕草で近くの自身のチェアにどかっと座り込んだ。谷咲の罪状、もといやらかしの過去を知っている十楽はうぅん、となんとも言い難い顔で人形を見る。
燕畑は北と情報交換そして経緯を聞き出していた。降霊術によって自身が降ろされたこと、谷咲や今この場にいる人物がどういう人となりなのかなどなどである。一連のことを聞いた彼は、やはり落ち着き払っているままだった。
「なるほど、わかりました。わたしから言えることはいくつか。
まず、わたしは先ほども申しましたように降霊の前の記憶は死んだときの記憶です。しかしこれはわたしにとっては好機です。わたしにとって。理由は後程。
そしてもう一つ、わたしはまだやり残していることがございます。おそらくわたしがまだ現世げんせいに留まっていたのはこれに起因しているのでしょう。わたしが今回の憑依を好機と言ったのはこのためです。
最後に。
わたしの遺書――『穢土語』をご存知でしょうか」
皆々頷く。零課のデータベースで確認できる資料の一つであり、資料が少ない地方部の怪異を探るために大きく貢献しているものだ。元は燕畑の机の上に置いてある原稿用紙の最初に『これらが特捜零課の資料として貢献できたら幸いです』と記されてあり、その遺志を汲み取ったものである。皆の反応を確認して彼が続ける。
「あの中に、書き忘れがありました。その中でわたしは――まだ零課で討伐が確認できていないのであろう、ある『怪異』との縁の清算をしなくてはいけないのです」
その言葉に生者らは息を飲む。討伐が進んでおらず、なおかつかつてコンサルタントとして打診されたほどの怪異に対してのアプローチの能力を兼ね備えている彼が清算しなくてはいけないと言うほどの怪異。想像しがたいものであった。
彼等がその怪異のことを聞こうとした時、資料保管室の鍵を尋ねに一人の捜査官が阿出屋に近寄る。
「阿出屋さん、鍵はお持ちですか」
「西さん。あ、はいどうぞ。使用目的は」
「バディがおれ管轄の資料を取ってほしいとうるさいので。では」
水色の髪と片目、白い肌に赤い左目が映える男。西ニシ終花ツイカであった。鍵をひったくるようにとると、こちらを一瞥するでもなくつかつかと資料保管室にまっすぐに歩いていった。阿出屋は西がどうも苦手なのか、彼が資料保管室の扉をバタンと閉めたのを聞き届けたことではぁっと息を吐き出す。
「あー行った行った。緊張する……」
「阿出屋、マジで西さん苦手っすね」
「苦手なっていうか、こう、怖いんだ。苦手ってわけじゃないというか、なんというか、話しかけがたいというか」
「苦手ってことだろ」
阿出屋とアセビ、東は盛り上がっていたが、その最中空は燕畑の挙動に気付く。じっと、資料保管室の扉を見ている。
「あの、燕畑さん。どうしましたか。なんか取りいきたい資料でもありましたか」
「……皆さん、少しお集まりいただけますか」
「ん?どないしました。人呼びます?」
「そうですね……彼、西さんでしたか。彼に関係する方は、呼んでいただけると」
「俺、おばさん呼んでくる」
東がいち早く反応し、北もそれに頼むで、と簡潔に頼む。しばらくしていると、南が東に引っ張られてやってきた。
「なんだいトラ。ボクこれから群馬だよ?」
「いいから!ちょっとだけ!連れてきましたよ!」
「ありがとうございます。南……というと、南歳星サイセイさんの娘さんでしょうか」
「……喋ってる。っていうか、ボクのお父様のこと知ってるの?」
「音声陰陽師のことで、お話を。その話はまた今度にしましょう」
燕畑は咳払いもどきのような声を出すと、一つかしこまった。
「今見た西という人。彼には警戒してください。わたしが先ほど縁を清算したいと言っていた怪異が、今見えました。
このままだと、彼は死にます。即刻、対処にむけて動いてください」
「それがか?触ってみたところただの甲冑にしか思えないぞ」
甲冑にべたべたと触りながら、竜胆は肌で感じる霊力に意図せず威嚇するような声を出していた。北も流石にいきなり信じてもらえるわけないよなぁ、と髪をマスコット付きのボールペンで掻きながら彼女の様相をじっと見る。
「彼、バディがいるんですよ」
征蓮セイレン竜胆リンドウ。天台宗の娘にして|珠蓮陀スレンダ菊の預かり先。円切様の件の時から西と固定バディを組んでいる。西に取り寄せてもらった資料を閲覧している彼女の視線は視界があらずとも明らかに猜疑的だ。甲冑もとい燕畑は、驚かれやしないだろうかと思いつつ声をあげる。
「竜胆さん。わたしです。あの時、菊さんの取材をさせてもらいました、燕畑です」
「……声でわかった。お前は燕畑だ。人に興味を持ってそうで持ってないそれは間違いなくお前だ」
燕畑の声を聞くが早いが先程まで刺々しかった彼女の気迫は丸くなる。サングラスの下で穏やかになりつつある視線は、再び北を向く。他の面子はと言うと、燕畑の「あくまで皆さまの通常業務を優先したい」「必要になった時にあなたたちの手をそれぞれ借りたい」という意向と、北が今現在担当している事件が現場班の捜査の結果報告待ちであるため暇を持て余しているということと谷咲を野放しにしてしまったことによって燕畑の憑依が起きたという現場監督責任から必然的に燕畑のサポートは北が担うということになっていた。
彼女はしばらく思案した後に燕畑の声がした方をまっすぐ見る。
「燕畑。頼みがある」
「はい。なんでしょう」
「菊に会ってほしい」
思ってもいなかった申し出に、燕畑も北もびっくりしたように竜胆を見た(といっても燕畑の外装は甲冑であるため表情は変化しなかったが)。
「どこにいますかね」
「零課本部の前の自販機だ。ココアと水を買って戻ってくるだろう」
噂をすればとはよく言う。竜胆の言葉が終わると本部のドアは開き、缶とペットボトルを抱えた彼が頭を屈めて入ってきた。そして甲冑を視界に入れると、ぴゃっと驚いた様子で後ずさる。竜胆はそれを見越していたのか特に呆れるでもなくちょいちょいと手招きをする。
「落ち着け。これは燕畑だ」
「……えんばた、さん?」
「はい。燕畑です」
柔らかな彼の声に、菊はやがて涙がじわ、と零れる。屈んでというか最早崩れ落ちるように菊は燕畑の前に顔を近づけ、そして抱きつくのを堪えてぽろぽろと涙を零していた。
「えんばたさん、えん、ばたさんじゃ……」
「ええ。わたしです。いきなりいなくなってしまって、ごめんなさい」
「……おい北。もうずっとあそこに降ろしておくことってできないのか、また戻ると菊が更に泣く」
竜胆の申し出に、どうしようも出来ない北は肩をすくめる。本当に不慮の事態なのだ。どうなったら降りるのかも、そもそも今の彼が|どういう状態なのかも《・・・・・・・・・・》わからないのだ。
――
「怪異でも霊でもない?」
「そうなんだよねぇ。今まで見たことない色してるんだ」
南は営業に行く直前、北を呼び止めて話をしていた。具体的に話は出来ないけれど、と切り出したそれは、そもそも怪異の視認さえ不得手とすっる北にはわからない。
「ってなるとや。燕畑教授はそもそも祓えるんか」
「わかんない。わかんないけど、今言えることとしては仮に終花に関するあれそれが終わった後に彼を祓うとしたらこれまでの方法じゃ難しいよってことさ」
「そこらへんの処遇はあたしが決めるとはわからへんからな。現にわからんし」
「そうだよね。あとさ、あの莫迦に憑いているやつのこと、知ってたりしない?」
「なんでや」
「一応さ」
「あー、いやそもそもあんま話さへんしな。バディがこっち睨んでくること多いから」
「あれ?バディって竜胆ちゃんのことだよね。そんな日がなついてきたっけ」
「え、あいつ征蓮のバディなんか」
「知らなかったの?」
「え、だってほら、
西の奴、いつも後ろに誰か引っ付いとるやろ。着物のおぉきい人」
「……北クン。それ、話がややこしくなるから今は話さない方がいいよ」
「……マジ?」
大マジさ。南は珍しく真剣な表情であった。閑話休題。
――
菊がひとしきり泣き、竜胆に言われて仮眠室まで移動するのを二人と一体は見届ける。竜胆の視線はまもなく彼等を見やった。
「すまないな。我儘に付き合わせて。お前たちの要件はなんだ」
「いえ。彼に会えて嬉しかったですよ」
「ああせやせや。あんたのバディおるやろ」
「西か。あいつがどうした」
「西さんのことについて知っていることがあればお話ししてもらえませんか」
彼女は彼等の言葉をしばらく吟味し、そして置くようにぽつりぽつりと話す。
「……鎌鼬、あっただろう。北、わかるか」
「わかるで。結構な人数割かれたのは知っとる。怪我人が多かったのも」
「その中に、あいつもいてな。……彼奴の負傷した際にガラリと、それこそ人が変わったように口調も態度も変わっていた。
おそらく、強大な何かが憑いてる。憑いてる……というか住み憑いてる、と言うべきか」
確かな口調でそう告げた彼女の表情は明るくない。燕畑と北の目があった。
「教授、これは……」
「そうですね。間違いありません」
「……おい、北。この答えでよかったか」
「最高や。なぁ、征蓮。話があんねんけどな――」
「なるほど。つまり、燕畑を殺した存在と西に憑いている彼奴は同一であると」
「そういうことになるな。合ってます?」
「はい。合っています。我々としては、可能な限り策を講じたい。
そして一つ、わたしは仮説を立てています」
「仮説、とな?」
「教授、それはどういう……」
二人の意識が甲冑に注目した。
「いくつか段階が必要です。まず、
べり
その先は、接着剤がはがれる乾いた音でさえぎられた。
ぶち、べり。ばき、ばき、ばき
音が断続する。接着剤が剥がれる音、糸が千切れる音、胸板が折れる音。
甲冑が、壊れる音の数々であった。
「……おい、北!お前何をしている!」
「いやあたしちゃいますよ!いや、は、ちょおアンタ!何しとるんや!」
竜胆が見る先はどこも暗闇。北が誰に言葉をぶつけているかわかりやしない。しかし、竜胆の鋭い耳は甲冑が壊れる以外の音を拾っていた。竜胆の鋭い鼻は一つの匂いを捉えていた。
ゆったりと決まらない調子で鳴らされる琵琶の清廉な音と、淡くあるいはむせかえるほどに思える甘い花の華。思えばそれが、西と近しい距離でいた時に捉えた感覚と同じであった。
「……なんや、なんやねんあれ」
「北」
「なんや」
「お前、何か見えているのか」
「……やっぱしあれ、おかしいんか」
「私はそもそも見えないからなんとも言い難いがな。お前が見ていたであろうそれは十中八九西に住み憑いているものだ」
「……」
「どうしてかは今はさておいてだ。燕畑はどうなった」
「なんも、聞こえん。なんも言わん。人形が完全に壊れてもうたから、あたしは意思疎通とか取れん。そっち、なんか聞こえんのか?」
「聞こえん。おそらく、甲冑にいる時しか意思疎通が取れないか、あるいは――」
「いや、今は、やめよ。しかし、あークソ!なんやねんあのいけ好かんの!散々壊しよって笑うだけなんて人の事ナメくさっとんのか」
「教えろ。何が見えた」
「……黒ぉい長ぁい髪の着物の人がな、あの人形をバラバラにしよった。甲冑のあの、なんやあれ。プロテクターみたいなん。あれ剥がしたり、小手なんて指の一本一本逆に折りよった」
「……聞くに、相当趣味が悪いようだな」
「せやな。とりあえず、これも含めて話すっきゃないな」
「ああ。……そうだ、北。お前、その壊した奴のことは話すな。突然壊れだしたと言っておけ」
「南も言うとったわ。わかった。せやけどなんで?」
「仮にお前が彼奴を見る条件が『見えることが一定数知れ渡られない』ことだとしたら」
「わかったわ」
壊れた人形は、沈黙を貫く。聞きたかった『仮説』を遺して。残るのは重たい沈黙、そして、花の華。
『蛙鳴蝉噪』 了
『抜苦与楽』に続く
カット
Latest / 340:39
カットモードOFF
05:07
手取川
ちょっと文字を大きめにしました。もしプレビューとかでいきなり大きくなってたらびっくりさせてすみません
09:05
手取川
ちなみにこの二人はモブです。つまびらやかと艶やかから取ってます
29:28
手取川
この二人書く時すごい疲れる
32:49
手取川
谷咲さんどうやって降霊術するんだろう
34:03
ななし@b78346
「この谷咲の美しい姿から目が離せないのはよくわかりますが……♡」てお前は鶴か?みたいな感じで見ないでほしがりはしますね(?)
35:07
手取川
なるほどなるほど
35:19
ななし@b78346
手袋嵌めた手で天からゆっくり対象の額に指を刺す感じで(?)
36:14
手取川
結果:セリフ尺が伸びた
36:23
ななし@b78346
ほんまごめんという気持ち
37:57
手取川
降霊術っておろす霊指定しなくても出来たりしますかね
38:53
ななし@b78346
ガチャなので出来ることもあると思います!!!たまたま資料を読んだ後だったとかで谷咲の記憶or北さんの意識に強く残っていれば確率アップです(ピックアップガチャ)
39:11
手取川
とんだ排出率だな……
42:45
ななし@b78346
モブ捜査官実装はよ
44:43
手取川
100%捏造なんですけどこんな感じですか
45:07
ななし@b78346
コメントでわし誤字ってたや 指差しですぶっ刺さない
45:19
ななし@b78346
大丈夫ですありがとうございます!!考えてもらえて嬉しい
46:03
手取川
ウケるな
58:28
手取川
一回ここまでにしようかな……
59:07
手取川
一回ここで切ります。近いうちに続きを書くという禊
186:40
ななし@9bae71
銀縁メガネの北さんで今一つ国を滅ぼしましたよ森嶋さん
188:04
手取川
笑ってもうた
189:21
ななし@9bae71
男らしい北さんでまた一つ国が滅んだ
196:02
手取川
滅ぶまでが早すぎる RTA?
196:22
ななし@9bae71
天下統一RTA
217:49
手取川
書き終わったらちょっと削る
233:02
手取川
とりあえずここまで
241:29
ななし@dd0e80
タンマ
241:36
ななし@dd0e80
匂わせですか!?
268:11
ななし@dd0e80
野放し でわろとる
268:48
ななし@dd0e80
ここのメンツはみんな呉行に責任を押し付けない 優しい
301:51
ななし@dd0e80
北さん可愛い
336:42
手取川
一段落した……
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初公開日: 2021年08月18日
最終更新日: 2021年08月24日
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