ルーナノッテはどうやら冬が嫌いらしい。
そう気付いたのはいつの頃だろう。はじめは、夏の方が嫌いだと錯覚していた。夏になると彼女の悪辣非道ぶりはいや苛烈さを増して彼を襲うので。
けれど、そうではない。そうではなかった。彼女が静かに口を閉ざすとき、その心中に巣食っているのは穏やかさでなく冷たさと痛みなのだ。
***
夜中。佐古田は眠りの浅い方ではない。それでも目を覚ましたのは何かの虫の知らせとでもいうべきものか。いつも彼のベッドに我が物顔で潜り込んでいるルナが、その横顔に月の光を浴びて窓辺。独りで佇んでいた。
「寝れねーのか」
振り向く。瞳が揺れていた。赤色のまなこが、月の中で艶やかさを増す。無彩色な視界の中、赤色だけが彼にまっすぐ、その孤独を伝えてくる。それは、彼では埋めることの能わない、原初の喪失。はじまりの痛み。気高さゆえの孤高。自らの意思でもってヒトと異なる生き様を選び、だから、どこまで行ってもヒトである佐古田とは交わらない生き方。
「吸血鬼は、元々そんなに寝る必要もないのよ」
幼子をあやすような口ぶり。いつものことだ。成長することのない幼女の顔形をして、そのくせこちらのことを見下してくる。傅くことが当然だと、見上げるのが当然であると、彼女は声なき声で語る。それが彼女のアイデンティティである、と分かっていてもむかっ腹が立つものは仕方がないだろう。ただ、今日はいつもの調子が出ないようだった。口ぶりこそ常の通りだが、言葉尻がわずかに湿り気を帯びている。手の中のぬいぐるみが抱きつぶされて、くたりとその首を落としている。
「なら、ちょっと付き合えよ」
目が覚めてココアが飲みたくなった。そういう気分になったことにした。ほんとうの良い子なら夜中に甘いものを呑んだりしないだろう。けれどここに居るのは”良い””子”ではない。二人は、使命のためとはいえ十分すぎるほど赤に手を染めてきたし、その経験が二人をこの夜辺へ連れてきた。
冬の寒い夜。ココアを飲むくらいで叱ってくれるような”ママ”はもう、どこにも居ない。
だから、佐古田はココアを作る。自分のために、相方のために。煎るところから丁寧に。ミルクを入れて、少しずつ練る。香りが鼻をくすぐる。砂糖をたっぷり入れたとびっきりの甘いやつ。冬の寒さを忘れてしまうくらい。自分たち二人だけのために用意した、温かい飲み物。
出来上がったココアを差し出す。赤い瞳を伏せた貴種は、無言でそれを受け取った。普段なら憎まれ口の一つとして数えてもおかしくないような礼を放ってよこすのに。今日はよほど寒さが身に応えたらしい。しばしの沈黙。佐古田は、自分の分を口に運ぶ。ミルクで練って作ったココアは、手間をかけただけあって美味い。
「俺が寝れねーとき、付き合えよ。また」
「手のかかる下僕ね」
やっと口を開いて、ルナは赤い瞳を細めた。月のように弧を描く目は、見るものに狂気を抱かせる蠱惑の色を帯びている。うつくしい笑いが、少女のあどけなさに溶けて混じる。
「良いわ。その時はココアを作らせてあげる」
甘い香りが鼻をくすぐった。だから、佐古田はその誘惑に抗わないことにした。カカオの香りと砂糖の甘みと、それを溶け合わせるミルクの稚気は、彼女によく似ている。