頭に浮かんだことばをひたすら書いていく。自由連想文ってやつをやります。目安の時間は10分。
今回のはじめのキーワードは「ラムネ」。
22「ラムネ」
 ラムネおいしいよね。森永ラムネ好き。ところで私食品系のときって毎回「おいしいよね」で始めてるような気がしたけど気のせいかな。気のせいかもしれない。そもそも今まで食品系のキーワードそんなに使ったことあったっけ。もうそれすら定かでない。
 定かでない。って表現好きだな。好きな言葉かもしれない。私の好きな言葉。いったいなんだろう。ひとつだけ確定的に明らかなのは、「道義的慚愧の念」ってやつ。中島敦ね。名人伝。私Civ4名人伝も好きよ。
 諸事情によりちょっと今全裸になりました。諸事情により。人間って服を着ている間は自由ではないと思うの。服という枷から解放されたときに、きっと人間ははじめて真の自由というものを手にすることができるんじゃないかな。そういう意味で、風呂ってのは素晴らしい空間だと思うよ。風呂に入っている間、ぼくたちはどうしようもなく自由なんだ。
 何も身につけなくていいという自由。何物にも縛られることのない事由。自由こそ尊いもの。自由こそ幸福。自由。私は自由が欲しいのだろうか。いや、いや、私は既に自由なのではないか?
 肉体的な自由と魂の自由との間には明確に隔たりがある気がする。仮にすべての枷を脱ぎ捨てて肉体的な自由を得たとしても、魂を、心を、開放することはできないだろう。その、これら二つ、すなわち肉体的な自由と精神的な自由との間には、ものすごく大きな差があるように思われる。どちらも同じ「自由」という単語で表現することは、些か不適当であるように思う。私はそう考える。
 仮に全身をコンクリートで固められていたとしても、魂の自由を得ることは可能なのではないか。やったことないしやろうとも思わないから知らんけど。そもそも今俺は魂の自由を得ているのだろうか。
 わりと自由な気がする。やりたいことをして生きている……いや、やりたいこと「だけ」をして生きているわけではないから、どうなんだろう。
 私は自由ですか? あなたは自由ですか? 自由って何ですか? それは本当にたいせつなものなのですか?
 どこに価値を置いているのだろう。どこに価値を見出せば良いのだろう。自由であること、そうでないこと、縛られていること、落ち着いていること、そもそも自分が求めている者が何であるのかもわかっていないくせに。
 欲求。根源からの。魂が欲するもの。おれは何がしたいのか? おれは何を求めているのか? わからない。おれには何もわからない。どうするべきなのか、どこを目指すべきなのか。この渇きを癒すための水は、いったいどこに湧いているのだろうか。そもそも、おれは今渇いているのだろうか。
 何を求めるべきなのか。何を求めているのか。それは手に入るものなのか、手に入れようとしているものなのか。自分のことが知りたい。自分がどこを向いているのか。どこを見据えているのか。私の目の前に広がる光景は、いやに殺風景ではないか。
 この先に誰がいるのだろう。おれは誰に会いたいのだろう。そもそも俺は他人を求めているのだろうか。渇きをいやすために荒野をさすらって、その果てに干乾びた自分自身に再開したとき、おれはどんな表情をしているのだろうか。
 知りたいことばっかりだ。でも、それを知ってどうするんだ?
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22「ラムネ」
初公開日: 2021年06月30日
最終更新日: 2021年06月30日
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頭に浮かんだことばをひたすら書いていく。自由連想文ってやつをやります。目安の時間は10分。
今回のはじめのキーワードは「ラムネ」。