白百合のような人だと、つくづく思っている。
「……なに?」
 生徒会室の窓の外からしとしとと響く雨音を聞きながら、退屈しのぎにぼんやりと眺めていると、わたしの視線に気付いた佐伯先輩がノートから顔を上げて眉をひそめた。
「特に用事はないです」
 そう答えると眉間の皴がますます増える。
「なにもないのになんで見るの」
「見ちゃいけませんか?」
「そうは言ってないでしょう」
 屁理屈を捏ねる私に、佐伯先輩は呆れるような溜め息を吐いた。
「視線を感じると落ち着かないの」
「なら劇も反対すればよかったでしょうに」
「それとこれとは別問題よ」
「そうですか?」
 首を捻る。どうにもわたしには理解し辛い主張だ
「劇は劇。勉強は勉強。前提が違うのよ前提が」
「そんなもんですかねぇ」
「劇は最初から他人から見られることが前提じゃないの。勉強は自分の頭に詰め込むから集中したいの」
 わたしの場合、そもそも一挙手一投足に大勢から注目されるから人前に立つのが苦手で、一人だと気が散って集中できないから勉強の時は他の人の目がある方がありがたい感じだから、正反対だ。
「そうですか」
「そうなの」
 そう言って佐伯先輩は再びノートと教科書に向き合う。空いた時間に授業の復習をしてるらしい。
 沈黙を雨が流していく。まだテスト前だからと置き勉していた私にとっては手持ち無沙汰が続いて、どうにも居心地が悪かった。
 先日のささやかで俗な食事会以来、少しは話しやすくなったとはいえ、佐伯先輩と無言で二人きりという空気にはまだ慣れそうになかった。
「白百合みたいだなって思っただけですよ」
 だから、他愛のない会話を続けようと試みた。
 当然、勉強していた佐伯先輩からは不満を示すようなしかめ面で見られる。
 でもきちんと反応してくれる辺り、この人の優しさがにじみ出ていた。
「急になに?」
「佐伯先輩見てたらそう思ったってだけです」
 美しく淑やかながらも凛とした気丈夫さが佐伯先輩を連想させるからか。
 ただ、本人的にはしっくりこなかったらしい。
「……そうかしら?」
「イメージです、イメージ」
「そう」
 佐伯先輩はノートから視線を離して、考え込んだ。
「なら小糸さんは、姫百合かしら」
 姫百合と聞いて、ついさっきまであった古典の授業が思い出された。万葉集の歌。
 ちくりと胸が痛くなった。
「どうしてです?」
「イメージよ。色が明るいし、小さいから」
「ひどい」
 幸い、佐伯先輩には思い至らず、また気付かれなかったらしい。小さな安堵とからかいへの苦笑に表情が緩む。
「花言葉的には佐伯先輩のような気がするんですけど」
「ふーん」
「興味なさそうですね」
「社会通俗として必要な時に調べればいいもの」
「わぁ、夢がない」
「ロマンじゃ食べていけないのよ」
 フィクションはそんなに好きじゃない、と言ってたけれど花言葉とかもそこの枠に入るのだろうか。ちょっと気になる。
「七海先輩、遅いですねぇ」
 そこから見えるわけないというのに、私は窓の外を見る。
「またなにかしら押し付けられてるんでしょ」
 佐伯先輩の言葉を聞きながら、私の視線はすっかりと雨の描く鈍色の世界に吸い込まれていた。
「夏の野の 茂みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものそ」
カット
Latest / 64:22
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
やが君ワンライ⑥
初公開日: 2021年06月26日
最終更新日: 2021年06月26日
ブックマーク
スキ!
コメント
お題 梅雨or百合