陽射しが痛い日々が始まりだした。外は勿論、室内でも少し運動をしただけで汗がにじみ出す季節は僅かに嫌な気分になるのは確かだけど、生きているという感じがして好きだった。太陽が昇り出す早朝、まだ部屋の誰もが起きていない内にタワーを抜け出してランニングをして戻ってくる。そんな日課をこなして部屋に戻って来る頃にはTシャツの中は汗でベタベタだ。今日は午前中は特に用事もなく、ジュニアと一緒にトレーニングでもしようか。その前にこの汗は洗い流したいと考えながら扉を潜ると、自室の扉も開いて中からキースが出てきて思わず足を止めた。
「ま~た朝から走ってきたのか?」
「おはようキース。今日はちゃんと自分で起きれたんだな」
「たまたまだ、たまたま」
 大きく欠伸をしながらリビングに入ってきたキースはソファにどかりと腰を下ろす。気を付けないとここですぐ二度寝しそうだな、と思ってキースの隣に座る。ズルズルと体を横にしないように防波堤みたいな役割だ。すると半分眠っていたであろう瞳が丸く開かれた。
「おい、シャワーはいいのかよ」
「キースがちゃんと起きたら浴びてくるよ」
「起きてるっつーふぁ……」
「説得力無いなぁ」
 もう一度大きく開かれた口に苦笑すると小さく「うっせぇよ」という言葉が投げかけられる。汗で服の中が嫌な感じがするのは確かだけど、それ以上にキースと話している時間は楽しいから。口を閉ざさないようにと思い浮かぶ話題の数は一緒に暮らしているというのに尽きない。一瞬、会話が途切れるとジッと視線が向けられていた。もう眠気もなさそうな瞳は何を考えているか分からないけど真剣だという事は確かで、何か話している間に気になることでもあっただろうか。尋ねてみようと俺が口を開くのと同時、キースの手が頬を包むように触れてくる。
「……あっちぃな」
 ぽつりと小さく呟いたその言葉は、まるで自分自身に言い聞かせてるように思えた。
 時々キースは何かを思い出したかのように酷く不安だと訴えるような表情で、声色で俺を見る。その原因は俺自身にあると分かっているから、きゅっと心臓を掴まれたように苦しくなって何も言えなくなる。上がっていた心拍数が元に戻ってきていたのにまたランニングした時と同じように上昇していく。大丈夫だよと口にする代わりに、この心音を届けるようにと大きな手に顔を擦りつける。
「キースの手は冷たいな。冷房付けるのは早くないか?」
「熱すぎると動きたくなくなるんだよ。さみぃんだったら気を付けるけど」
「ううん、大丈夫」
 キースの手が離れていかないように、その手を甲の方からぎゅっと包み込む。キースの冷たくて優しい体温をより感じたくて瞼を閉じた。
「寒くても、冷たくてもキースが熱をくれるなら大丈夫」
 跳ねた指先には気が付かないふりをしたまま気持ち良いキースの手の平を感じていたら大きなため息が聞こえてくる。
「馬鹿じゃねぇの」
「えー、なんでさ」
「オレの手が冷たいんだったら熱はあげれねぇだろ」
「確かに冷たいけどキースの優しさはちゃんと伝わってくるから」
「……ホント、馬鹿じゃねぇの」
 目を開けてキースを視界に捉えると、頬が紅潮しているように見えた。俺の体温がキースへと伝わっていったのかな。なんだか恥ずかしくも感じるけど、決して不快ではない。どうしようもなく緩んでいく頬を少しでも隠したくてキースの手に変わらず顔を押し付けてしまう。
「なんつーか、アレだな」
「アレ?」
「飼い主に撫でてほしくて顔を押し付けてくる犬みたいだな」
「ワンっ!?」
 口角をあげながら口にしたキースは、どんどん面白くなっていったのか耐え切れず笑い出していく。ヒーロー能力のこともあってか時折犬扱いしてくるのはどうかと思うけど、サブスタンスの影響で狼の習性に引っ張られてしまう時があるのは事実だから何も言えない。それでも飼い主と飼い犬の関係に例えるのは、如何せん納得がいかない。ずっとキースの手に触れていた手を離して、今度は両手でキースの頬を包んで、未だ笑っている唇に俺のそれを押し当てた。頬は見た目よりも冷たいのに、ただ触れているだけの唇はとても熱くて、気持ちが良い。もっと深くキスをしたかったけど、ルーキーたちの部屋から何やら話し声が聞こえてきた。残念だけど、ここまでかな。至近距離で見開かれていったキースの瞳を見ながらぺろりと舌で唇を一舐めしてから離れる。
「飼い犬は、飼い主にこういうことしないよ」
「……いや、するんじゃねぇの」
「キース酷い! 俺はこんなにもキースのことが大好きなのに!」
「へいへい」
 精一杯の否定を口にすると、珍しくキースが赤くなっていく。逃げるように彷徨わせた瞳がなんだか面白くて笑っていると、素直じゃないことを口にするものだから思わず声を荒げた。
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20210626キスディノワンライ
初公開日: 2021年06月26日
最終更新日: 2021年06月26日
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第17回「体温/歌」