「ねぇヴォルフ! 見て、塩の華!」
 高く通る声が俺を呼ぶ。両手に掬ったのはきらきらと煌めく砂粒のようで、よくよく見れば確かに花のように見えなくもない。(最も、俺は立方体が有機的に組み合わさったようにしか思えなかった。華、と主張するなら頷いてやれるが、自分自身でそれに華を見出すことはないだろう)
 俺たちは旅をしていた。枯れ果てた世界で、二人きり。バイクの向かうまま、道のある時は道なりに、道がなくなれば無理やりにでも、ただ、棒を倒した先にそのまま進むような旅だった。
 それをしたい、と言い出したのはゼロで、拒まなかったのは俺だった。時間がないことを、二人ともが分かっていた。ゼロの胸の植物はしっかりと根を張り、しっかりとその領分を広げているようだった。
 俺のなじみの医者は匙を投げた。そもそも、病気一つしない大男が怪我の時に消毒と包帯だけ巻ければそれでいい、と利用するような闇医者だ。まともな病やけがの治療ができるような、高等な教育を受けた男じゃない。
「分からんよ。このまま切除してこの子が無事かどうかすら、分からんね」
 素人と同じ結論を出して、すまないな、と眉を下げたなじみの医者は、さらに重ねた。
「たぶんだけどね。これが分かるやつはいないよ。この子ね、人間とはちょっと違うみたいだから。普通の怪我だって、普通の風邪だって、普通に治せるかどうか分からんよ」
 結論だけは同じでも、過程は随分違うようだった。ヒトと違う、がどう違うのかは説明してもらったがよく理解しきらなかった。血液凝固がどうの細胞壁がどうの神経がどうの、つまり人間じゃなくて植物と人間の混合生物である、らしい。
 ほかの医者に見せることも考えないでもなかった。もっと著名なセンセイ様、それこそあのクソッタレ科学者のように上等な奴らなら、もしかして、と。
 しかし、残念ながらそんな伝手はどこにもなく、繋ぎを取るために何人の人間を経由しなければならないのか――考えただけでも気が遠くなる。もし、その途中の誰かから噂が広まったら? この世界の植物がどれだけ希少か。人の命と天秤にかけてそれがどちらに傾くか、考えただけでもぞっとしない。
 だから、俺たちは旅に出た。風の向くまま気の向くまま、見たいものを見られるだけ、聞きたいものを聞けるだけ、食べたいものを食べたいだけ。そういうやつをやろう、と決めた。
 塩の湖はかなり良かった。緑の水は正直不気味だったが、ゼロの赤い髪がよく映えた。貴重なフィルムを使って写真とやらを撮った。画を残したいと言ったのもゼロだった。俺はそれを受諾した。
 用心棒をして溜めた金は、旅をするのにも、彼女の願いをかなえるのにも十分なほどあった。
 あれほど、自分が金にがめつくて良かった思うことはない。塩の塊をきらきらと両手に纏わせた彼女ははしゃいでいた。笑っていた。こちらを向いて、見て、花の咲くように満面の笑みを浮かべていた。
 もうその片目は殆ど意味をなさないのだと、知っている。よく見れば、緑の濃さが違うのだ。右目は深く、光を通さなくなっている。胸から伸びた植物がゼロの身体を奪っていっているのが、水晶体を通して透けて見える。
 
 見てくれるな、と思う。その目で俺を見るなと思う。しかし、ゼロは見ろと言う。この様を残せと言う。体を植物に奪われながら、その様をこそ残せと言う。
「だってね、今が一番私が”私”であるときなのよ?」
 ゼロは言う。この先どんどん、自分が自分でなくなるのだから、今この瞬間を残せと、ゼロが言う。だから、俺は、写真を撮る。ゼロを見つめる。塩の海。緑の水。笑うゼロ。碧の瞳、緑の右目。
 いなくなっちまえ、と何度願ったかわからない。眠るゼロの裸を見ながら、なんどその植物をむしり取ってやろうと思ったかわからない。それで例え彼女が命を落としたとしても、これ以上植物に冒されて、ゼロのかたちが無くなってしまうなら、その前に、と。
 けれど、ゼロはそのたびに怒った。見ろ、と言う癖に。写真を残せ、と言う癖に、進行する植物について、それを止めていのちを止めて、そういう風に背負おうとするのは許さない、と怒った。
「私はいつか植物に全部変わっちゃうかもしれないけど、最後までずっとヴォルフが好きだよ。私がヴォルフのことを好きな時間を、だから、めいいっぱい楽しませて」
 ゼロはそう言った。俺は、それを――受け入れた。
 だから俺たちは旅をしている。ゼロはだんだん体も利かなくなるだろう。そうなったら、俺の身体に括り付けてでも旅をしてやろうと話している。 
 俺がそう言った。ゼロは笑って答えた。
「最後まで一緒に居てね」
 それは許しの言葉だった。
あなたに贈るネタは【バッドエンド】【略奪愛】【見るな】【消えていなくなれ】【その眼が怖い】を基にしたヴォルゼロです。
#shindanmaker
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システムグリーン
初公開日: 2021年06月13日
最終更新日: 2021年06月13日
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202108010808
夕立をテーマにアイデア出しから書けるところまで
髙 文緒
30「かえりみち」
頭に浮かんだことばをひたすら書いていく。自由連想文ってやつをやります。目安の時間は10分。今回のはじ…
ヤギチュール