『梨花。今日の仕事はどうでしたの?』
 無機質なディスプレイ越しに、聞きなれた沙都子の声が響く。
 私が今居るニューヨークは夜の10時。ハードワークをこなして疲れた体を引きずりつつ自分の住まいに戻り、少しだけ支度を整えた後、沙都子とのリモートお茶会を楽しんでいる。
「ええ。……いつもどおりね。こちらの人はとても話が通じやすいけれどシビアな一面もあるし、中々大変よ」
 私はずいぶん前から堂々と飲めるようになったワイングラスを傾けた。
『梨花らしくありませんわ』
 しゃんとなさいませ、という沙都子はあまりお酒が好きではないのでジュースを飲んでいる。……まあ、日本は午前11時頃だから、お酒を飲むのに適した時間とは言えないが。
「ありがとう、沙都子。……沙都子のほうはどうなの?」
『どうもこうもありませんわ。いつものように家事をこなして、少しだけ請け負った仕事を片付けて……、梨花ほど変化に富んだ日々ではありませんもの』
 少しだけ拗ねたように言う沙都子に、私は苦笑する。
 理系学部に進み、興味を持ったプログラミングを生業にしてもう長い沙都子はなかなか腕利きだと評判だが、あまりたくさん仕事を請け負うことはしない。本人曰く、私を待って家事をしている方が性に合うということで……可愛いことを言うじゃない、と、私は沙都子がかわいくて仕方がなくなるのだった。
「私だって、毎日がエキサイティングってわけじゃないのよ? 仕事って地道なことの積み重ねでもあるものね……英語のほうではやっと苦労しなくなったけれど、こちらの習慣に合わせるのが大変なこともある」
『仕来りっていうものは……どこにいってもあるものでございますわね』
 沙都子が少しだけ暗い顔をしてため息をついた。過去のことを思い出しているのだろう。私は努めて明るい声を出して言う。
「沙都子、……私たちはもう、大人です。どこに行っても、何をしても、文句を言われることはないのですよ」
 私と話しているときだけ過去の口調に戻る沙都子につられて、私も昔の言葉遣いになる。
『梨花……雛見沢も、変わりましたものね』
「悪いことばかりじゃないわ。雛見沢も観光地化されて、新しい風がたくさん入ってきた。……一度は雪でつぶれてしまった私たちの家だって、ささやかなものだけど建て直して沙都子が今住んでいる。そのままリモートで仕事だって出来るじゃない」
  それに、と言葉を継いで私は笑った。
「こんな風に沙都子とお茶会だってできるしね」
『梨花ぁ……』
 意地悪しないでくださいまし、と泣き出しそうな顔をした沙都子が、ぐっとこらえたような表情で、
『……そう、そうですわね。直接会えなくたって、わたくしはちっとも寂しくなんてありませんのよ? こうやってリモートお茶会だって出来ますし? 梨花は飲み過ぎないでくださいまし!』
 介抱出来るわたくしが傍にいないんですから、と沙都子はむくれながら言う。確かに、明日はまだ仕事だ。お酒が残らないよう節制しないといけない。
「そんなに飲まないわよ……べろんべろんになってしまったら、沙都子とお話できなくなってしまうでしょう?」
 所在なさげにグラスの淵を指先でなぞっていた沙都子は、
『……でも、早く会いたいですわ』
 と呟いた。
「……会えるわよ。またすぐに。夏のバケーションだってすぐそこだもの」
『100万キロメートルも遠くに……梨花が行ってしまうなんで、思っても居ませんでしたわ……』
「沙都子。一緒にいます」
 私は画面越しに真っ直ぐに沙都子を見つめて言った。おっと、画面に視線を合わせるよりも……カメラを見つめた方が相手からは目が合っているように感じられるのだった。それを思い出した私は、照れくさいけれどカメラを見据える。
「遠く離れていても。何があっても。私たちは一緒なのですよ、沙都子」
『一緒にいて……でも、別々の道を歩んでいるだけ。そうですわよね、梨花?』
「そうよ、沙都子。またお土産をたくさん持って……雛見沢に、帰るから」
『ええ、梨花。待っていますわ。……最近では、雛見沢に新しく入ってきた人たちとも仲良くしてますのよ? 観光で来る人も増えましたの。魅音さんも、わたくしに雛見沢の案内を任せてくれたりしていますし』
 少しだけ嫌な予感がして、私は訊いた。
「沙都子……裏庭を案内なんかしていないわよね?」
 それを聞いた沙都子は、ころころと笑いながら、
『そんなことは致しませんわよ……ちゃあんと、合掌造りの説明をして回っていますわ』
 と、楽しそうに返した。
「すっかり旅行ガイドみたいなことが板についてきたじゃない……私もついて行ってみたいな。地元のことって、知っているようで案外知らないものよね」
 そうぼやいた私に、沙都子は優しく微笑んで言う。
『……もちろんですわ』
 私たちは高校時代に、大喧嘩をした。……小さいようで大きなすれ違いの積み重ねのせいだったけど……こうして今も円満にいられるのは、一種の奇跡なのかもしれない。
 ふと、誰かの視線を感じた気がした。よく親しんだもののような気がしたが……『古手梨花』である私にはもう関係ない世界の住人だろう。
『……梨花?』
 沈黙を訝しく思ったのか、沙都子が問いかけてくる。
「……なんでもないわ。沙都子、ありがとう」
『こちらこそですわ!』
 沙都子は……何の曇りもない笑顔を浮かべ、私の心もほぐれていくのだった。
***
『……へえ、こんなカケラもあるのね?』
『またまた、ベルンは素直じゃないんだから。……今日はお祭りだからって、カケラの海を何度も何度もわたって……奇跡みたいなカケラを見つけてきたんでしょぉ?  理御の時みたいに』
 ラムダデルタは口の端を歪めて、くくっと笑った。
『一体何回カケラを巡ったの? 理御みたいな回数じゃ足りなかったでしょう? 一千万回……それとも一億回……いいえ……』
『野暮なことは言いっこなしよ。……最高の手土産でしょう? 浮かれている観劇者たちに、ほとんどない可能性を見せつけるなんて?』
『本当にそう思ってるの、ベルン? 本当は……あの古手梨花になりたいんじゃないの? このカケラを……夢見ていたんじゃないの?』
『……まさか。魔女のハラワタを掻き出せない平凡な人生なんてまっぴらよ』
『……そう。じゃあ、わたしたちもそろそろ行かなきゃね、ベルン?』
『ええ。……少し前になき始めたあれが……またなきそうなんだから。……私たちは。魔女よ。……過去も未来も現在にも価値はない。……ただ、ゲーム盤の駒を弄ぶことが仕事』
『その割に、あの子たちには手を出さないのね?』
『だって面白くないもの。あの子たちはもう、仲たがいしない。あんたなら分かるでしょう、ラムダ?』
『……ええそうね。彼女たちは「絶対に」これからも、永遠に、仲良く一緒に過ごしていく』
 ほんの少しだけ名残惜しそうな顔をした二人は、一瞬のちには作り物のように冷たい表情になり……次のカケラへと旅立つのだった。
 
 
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07thスペシャルワンドロ
初公開日: 2021年06月06日
最終更新日: 2021年06月06日
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