明日
 明日が必ず訪れるなどと誰が保証してくれるのでしょうか? 私が今夜眠りについた後、もう二度と目を覚まさないかもしれないのに。本当に? 明日は私に訪れるのでしょうか。仮に訪れたとしても、そのときの私は本当に私なのでしょうか。じつは私は眠りにつくときに死んでいて、寝ている間に別の私にすり替わっていて、明日を迎えるのはその「私」なのかもしれない。保証することなんて、証明することなんて、誰にもできやしないのではありませんか。
 それなのに、明日のことを考えているのは、些か滑稽であるかもしれません。今考えていることがすべて無意味になるかもしれないのに。一寸先は闇と言いますが、いつもそうです。私が今こうしてテキストライブで自由連想文などやっているこの瞬間でさえ、本当に連続しているのかどうか、私自身がそれを錯覚しているのだとすれば、本当は連続した時間などなくて、たった今世界が生まれたばかりで、そしてもうすぐ世界が滅びてしまうのだとしたら、それをどうやって否定すればいいのですか。
 明日。明日が怖くなる時があります。本当に今日が今日で、明日が明日なのでしょうか。実は今が明日だったのではありませんか。私の主体はどこにいますか。書き記された日記をただなぞっているだけの「自分」でないと、本当に断言できるのですか。私が夜明けの後に迎える明日は、本当に私の明日ですか。
 明日のこと、そんな先の話はわからない。目が覚めたら、何もなくなっていたらどうしましょうか。そんなことを考えるのは無駄でしょうか。では、何もかもがすべて、いつも通りにそのまま存在していたらどうでしょうか。そんなことを考えるのは無駄でしょうか? 無駄ではない。そのはずです。現在がそのまま連続して、約束された明日が私を迎えに来てくれる。そう考えることが自然なのでしょう。きっとそうです。そうであってほしいものです。
 明日を不安に思いたくない。せめて安らかに眠りにつきたい。死ぬとかそういう話ではなくて、毎晩の安眠の話です。ああでも死の話でもいい。できることならば穏やかに息絶えたい。心を乱すことなく、患うことなく、ただ静かに、穏やかに、眠るように。
 眠るように? 本当にそれでいいのですか。睡眠って本当に幸せなことですか。いつ眠りについたのか、私自身にはわからないのに。
 睡眠の連続性、睡眠によって分断される、意識の連続性。私は、私の場合は、眠りにつく瞬間というものは正しく知覚できた試しがありません。いつも気付いたら眠りに落ちていて、気付いたら目覚めています。本当にそうなのか、今となっては確かめる手段もありません。
 過去が確実に存在していたことを、どうやって証明すればいいのでしょうか。日記。日記をつけたところで、ここに存在する日記帳が、本当に私自身が書いたものであると、私の記憶以外に証明してくれるものがあるのでしょうか。世界五分前仮説。興味深いと思います。反証は存在するのでしょうか。
 今だけが真実です。どれだけ迷ったところで、今ここでこうしてキーボードを叩いている私自身の存在だけは、間違いなく真実です。今の私が、それを証明する証拠であり証人なのです。
 ほんとうに?
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05「明日」
初公開日: 2021年06月02日
最終更新日: 2021年06月02日
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