昼休みがミーティングだった。だから、各自昼食を持ち寄って体育館に集合した。
 いつものように桜井はかわいいキャラ弁(デコ弁?)を作ってきていたし、青峰はそれを狙っていた。諏佐と自分は購買で勝ち取った総菜パン数種。ほんとうは白米が食いたいが、おにぎり如き二つや三つでは全く足りないので仕方がない。若松は二段構えの弁当。羨ましいことだ。
 さて、と目をやる。問題は目の前で黒焦げの何かをピンクのかわいらしい弁当箱にぎっちぎちに詰め込んで持ってきたマネージャーだ。同じくピンクの紙パック――こちらは買ったものらしいいちごオレ――と対比してその黒色はあまりにも禍々しかった。
 普段からあのダークマターを食しているという話は聞かない。単にミーティングの時は別の人間が作っているか、今日の我々と同様に購買を利用しているか、とにかく今まで気に留めたことはなかった。それが、本日になっての唐突なこれである。
 一体どういう心境の変化か。もしあの暗黒物質の矛先がこちらに向かったなら、と考えるとミーティングどころの話ではない。今週末の対戦相手より今この瞬間の自分の胃袋の危機である。
「それで、今週末の茂分高との練習試合ですが」
 口火を切ったのは桃井だった。それ以外の誰にも、この緊張を断ち切れる存在は居ない。いや、緊張はまだ続いている。皆が戦々恐々と見守る中、彼女ひとりそれを知らずに話を進めていく。
 弁当箱の中身は開かれたまま、箸を付けられる様子がない。自然、誰も昼食に口をつけられる状況ではなくなってしまった。自分のどの挙動でターゲッティングされるか分からないのだ。一口交換、なんて女子同士のやり取りではあるまいが、何か差し入れされてしまう可能性はあり得なくもない。
「先日、情報収集してきました。エースは二年生の山田くん。身長こそ175と少し物足りないですが、よく飛びます。プレッシャーに対する負けん気も強い。ただ、ムキになる癖があるので、この負けん気を利用してあげるのが良いでしょう。諏佐さんなら十分抑え込めますし、とくにこれぞという対策は必要ありません。いつも通りに攻めていけば、勝手に自滅してくれます。
 主将は三年生の松井くん。素直なPGです。周りをよく見ることができてチームプレイもできますが、バランスを取ろうとする節があります。全員に平等にパスを出したがるので、次のボールの行方が読みやすいです。傾向はこっちの別紙にまとめました。
 あと注目株としては二年生の因幡くん。彼は山田くんと違って目立つタイプでもないですが、イヤなところに入るのが上手です。若松さん桜井くんは気を付けてください。こちらのミスを誘ってくるタイプですね。ただ、本人のスキルは大したことないです。加えて、三年生にパスを渡すとき、力みがあります。結果として山田くんにパスを出す率が高くって読みやすい……」
 淡々と述べられていく、対戦相手の情報。きれいに腑分けされた内情が陳列されてゆく。こういう時の桃井の表情は透き通ってつめたい。感情の薄いまなざしは、彼女の顔かたちが整っているということを嫌でも思い出させる。まるで人知を超越した存在のようにすら思える。
 普段青峰に振り回されているときには思い至らないが、彼女もまた、一種の天才なのだ。
「フーン」
 一通り聞き終わったころ、青峰が鼻を鳴らした。気が付けばその手の中には空の弁当箱がある。あの状況下で、一人桜井の弁当を強奪し、完食していたらしい。自身の昼食を奪われた桜井が泣き出しそうになっていた。
「青峰は来んのか」
 それで張りつめていた空気が少し和らぐ。若松が声を上げた。ようやく弁当の蓋に手をかけての台詞である。白米が現れ――そして肉で茶色いおかずが顔を出した。あれこそが弁当の理想的な姿だ。男子高校生であるところの自分と諏佐は密かに若松に嫉妬した。総菜パンは腹持ちがやはりよくない。やはり次回からミーティングは体育館ではなく食堂にするべきか。あそこはあそこで喧しく、話し合いをするには向かないが――。
「それは勝手だろ」
 若松の問いに、青峰は笑って答えた。そもミーティングに来たこと自体奇跡のようなものである。試合に出る、と言っても後半から、あるいは第四クォーターからしか来ない可能性もあるし、それでも大量得点をもぎ取ってしまえるのがキセキの世代、青峰大輝だ。
 そのまま軽い身のこなしで体育館を出ていく。夏の風のような速さで、誰も彼を止められなかった。
「もー、青峰くんてば!」
 桃井がプリプリと怒る。透徹さの抜けた瞳は体育館のライトの光をよく受けた。まるい瞳は、もう、可愛らしい女子のものだ。たとえその手の中にあるのが人を地獄に落とす凶器だとしても。
「まーま、青峰がここ来ただけで奇跡みたいなモンやろ」
 なだめる姿勢を作る。そういう動きは得意だった。しゃーない、と言ってみせれば桃井も肩をすくめ、「そうですね」と答える。
「怒ったら、お腹すいちゃった」
 彼女が箸箱をあける。誰かが唾をのむ音がした。誰の緊張だろうか。先ほどとは種類の違う寒気がする。試合の緊張とは全く異なる感覚。彼女の一挙手一投足に、この場に居る全員が注目していた。――さっさと逃げおおせやがって――若松の声ならぬ声が聞こえた。先ほどの青峰への呪詛だ。幼馴染ゆえにその被害に遭うことも多少あったのだろう。故の判断の素早さ。
 さすがは青峰。こちらは胸中で呟くに留めておく。余分なことを言って聞きとがめられることが最悪の選択肢だった。
「っていうか青峰くんがゴメンね? 桜井くん、おひるごはんある?」
「ッ……!」
 桜井が硬直する。助けを求めるようにゆらゆらと瞳がこちらを向いて、伏せられる。スミマセンが言えても助けてくださいは言えないタイプだ。更に真実に近い言葉で言うなら、助けてください、は言いたくないタイプだ。これはバスケに限る話かもしれないが。しかし、桜井にとって主要な軸の一つであるには違いない。また、先輩後輩ということもあるだろう。仲良くワイワイやる機会があったわけでなし、言いづらいのは仕方があるまい。助けを求められるか否か、咄嗟に観察モードに入ってしまった今吉は沈黙した。
 代わりに口を開いたのは、若松と諏佐だった。台詞が被る。
「「ちょっと俺の分を分けてやるよ」」
 なんとも優しい先輩の挙動であることだ。若松は、多少青峰に対して思う所があっての言葉かもしれないが、それでも、助けようとしたことに違いはない。
「あっ、じゃあ私もあげる。
 ちょっと失敗して、作りすぎちゃったんだよね。食べきれないし、でも捨てちゃうのもなんだから、食べて食べて!」
 ただ、桃井の次の台詞を読み切れなかったことだけが悔やまれるが。
 それはごく自然な流れだった。特に、青峰に取られた弁当であるなら、桃井がそのリカバリーをしようとするのは当然だろう。助け舟を出したつもりが完璧なキラーパスを決めてしまった二人は二の句を告げず、桜井は今度こそ瞳に水をいっぱいに湛えた。
「のー、桃井」
 だから、まぁ、仕方あるまい。別に何がどうというわけでなく、話の流れがこうなってしまっただけの話。
「桜井は小食やし、そっちはワシに分けてくれんか。総菜パンだけやと足らんしな」
 話の流れがそうなっただけだ。今吉は実際ほとんど沈黙していたし、話の流れをコントロールしようと思った覚えもない。だから、今回の事件の決着について、全く関与していない。少なくとも今吉自身はそう語る。
 結果的に、桜井は若松と諏佐に対する信頼を深め、桃井は「うまいで」と笑ってみせた今吉への好感度を少し高め、今吉は午後の授業を半分魂を飛ばした状態で受けることになった。
 ただ、それだけ。
 
味噌煮の今桃は「触らないで」、「ゴミ箱」、「パック」をテーマに小説・漫画を創作しましょう。
#shindanmaker
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てんつくてん
初公開日: 2021年06月02日
最終更新日: 2021年06月02日
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黒バス今桃