寮のキッチンから音がする。たったそれだけの生活音が追加された室内はなんだか居心地が良い。しばらくすると漂ってきたにおいにお腹の音が鳴ってキッチンの方から「でっけー腹の音」と笑いを堪えるような声が聞こえてきて思わず顔が熱くなる。
「しょうがないじゃん、お腹すいたんだし!」
「ちょっと前に菓子食ってたじゃねぇか」
「あれは別腹!」
「あっそ」
顔はこちらへと向けられていないのに、キースは絶対に面白がって顔を緩ませている。直接目にしなくても分かってしまうようになったのはつい最近のことだ。なんだか子供扱いされているのがこちらとしては面白くない。キースが手料理を振る舞ってくれるという事で、その後ろ姿を眺めていたが手持ち無沙汰で正直暇だ。ゆっくりと立ち上がってキースの後ろにピタリとくっついてコンロを見る。
「おい、火使ってるんだからくっつくな」
「キースなら大丈夫だよ」
「なんなんだその自信は」
呆れるように息を吐き出される間も、キースの手が止まらない。事前にオムライスを作るのかは聞いていたが、想像よりも手際が良い。大食いの俺に合わせて二人分だというのに量はそれ以上あるように見える。近付いたことでより空腹を刺激されてお腹の音が止まることは無いが、開き直ってしまえば恥ずかしさなんて何処かへ消えてしまった。
「暇なら卵割っといてくれ」
「はーい」
キースのお腹から手を離して空いているボールに卵を割り入れる。簡単な料理ぐらいなら俺だって勿論出来るからこのぐらいならお安い御用だ。端でかき混ぜていると、横からキースの手が伸びてきて牛乳とチーズが加えられる。そのボールがキースに奪われていくと最後の仕上げにチキンライスが卵に包まれてお皿に乗せられたそれは、空に浮かぶ月のように綺麗なものだった。
「流石キースだな」
「別にどうってことねぇよ」
「俺がやったら絶対に卵割れちゃうもん」
「ま、店に出せるように仕込まれたからなぁ」
当たり前のことを話しながらキースは残っている卵を使ってもう一度半月型のオムライスを完成させる。話を聞く限り、キースの料理スキルはアルバイトで培ってきたものだ。何かやれることを増やしていけばその分シフトを入れてもらえるからというのが主な理由らしいが、それでもお客さんに出せるレベルの物を作れるようになるなんて凄い事だと思う。尊敬のまなざしをキースへと向けていると、残ったチキンライスはひとまずフライパンの上に残したまま、オムライスのプレートに先に作っていたポテトサラダを乗せられていた。
「ほい、完成」
「やったあ! 早く食べよ!」
一仕事終えたように一度伸びをしたキースが、付けていたエプロンを外している姿に何故か心臓が跳ねた。料理をするなら必需品だと、嫌がるキースにエプロンをつけたのは俺だったけど、なんだか不思議な感じだ。原因の分からない胸の高鳴りに首を傾げながらテーブルにつくとその向かい側にキースが座った。「いただきます」と両手とキースの声をあわせて言うとスプーンを持ってオムライスを口に運ぶ。
「ん。美味しい!」
「そーかよ」
キースの手料理は気が向いた時に、気まぐれに何度か作ってくれていたからこれが初めてではないのだけど、いつ食べてもその美味しさに感動する。ブラッドが一緒に居ることも多いけど、こうやって一緒に食事をする時間があることはなんだか幸せだと思う。
「キースはすごいなぁ、良いお嫁さんになれそう」
「はあ?」
ふと、素直に浮かんだ言葉を口にすると、目の前でピタリとキースが固まった。怪訝な視線に変わっていくと、空で止まっていたスプーンを口に運んで飲み込んでから口を開く。
「嫁にはならねぇだろ」
「え~でもお嫁さんになってくれないとキースの手料理毎日食べれないじゃん」
「は、何。オレおまえに一生飯を作らないといけねぇのか?」
本当なら毎日でも食べたいけど、キースはそれは嫌がりそうだと想像してはなんだか面白くて小さく笑う。
「毎日じゃなくてもいいよ。でも定期的に、こうやって一緒に食卓を囲みたいなって思ってさ」
口にしながらもどこか頭の中は冷静で、キースと結婚できないことは分かっている。将来誰か好きな人が出来て、その人とこの幸せな時間を過ごすのだろう。友だちの幸せを想像すると楽しみだという気持ちが大きいはずなのに、何故か胸が痛くなって切なくなる。よく分からないその痛みは気にしないようにするけど、今俺が感じているこの幸せを願って、言葉にして伝えてしまうことぐらいは許してほしい。
「……嫁じゃなかったらまぁ考えてやるよ」
「え?」
寂しさで支配されていた頭は、キースの発した言葉がすぐに理解できなかった。何度か瞬きをしてキースをジッと見るが、わざと視線を合わせないようにしていることに気が付いてしまった。静かになっていた心臓が再び高鳴って、全身の血が熱くなるような気がする。未知の感覚に戸惑いはあるもののまったく不快ではなかった。
「キースが俺のお婿さんかぁ、それもいいな」
「いいんかよ」
「キースが良いのなら、俺は嬉しいよ」
俺が望むことをキースも望んでくれるなら。そんな幸せなことがあっても良いのだろうかと考えながらも、目に映るキースの姿に否定的な部分は見当たらないから期待してしまう。
「なら別に構わねぇよ」
食事の合間に呟かれたその小さな言葉に、思わず頬を緩ませる。まだ子供の、将来なんてまだ分からないこの約束はいつか無くなってしまうかもしれない。それでも俺は嬉しくて、あんなに空腹だったのに不思議と満腹感でいっぱいになっていた。