自由連想文。なにかといえば、これである。やることは読んで字のごとく。自由に連想したものを、とにかく書いていく。推敲とかそんなのはどうでもいいんだ。かいてることがめちゃくちゃでもいい。気にするな。とにかくかけ。書けばいい。あっ変換ミスったとかそういうのもいいんだ。とにかく戻らずに、後戻りはせずに、まあ、するなとは言わないけど、なるべくしないようにして、とにかく書く。ひたすら書く。己の脳味噌にただ従って、とにかく思いついたことをどんどん書いていく。脳と脊髄と指先を直結させて、言葉を溢れた先からとにかくエディタにたたきつけるのだ!
……みたいなやつが、自由連想文です。はじめるときは、最初にキーワードを用意して、そこから連想したり、なんとなく、なんか流れで頭に浮かんできたことを、とにかくこうやって書いていく。ひたすら書いていく。考えずに書く。思考を置き去りにして書く。まずもって普段はやらないような感じになるけど、まあそこは気にしないで書くのだ。
文章の体裁とか、そういうのは気にしてはいけない。何故ならそれこそが重要だから。理由は知らない。もしかしたら重要じゃなかったかもしれない。だって私が自由連想文のこと知ったのって結構前の話だし。たぶん二年かそれ以上は前なんですよ。そのときは、たしかトリクルっていうアプリを使ってスマホで書いてた気がする。フリック入力の練習も兼ねて、だったかな。もしかしたら余年とかもとい四年とか、そのくらい前だったかもしれない。定かじゃないです。ちなみに私嫁もとい余命はけっこうあると思いたい。アラサーだけど、まだ人生の半分も消化していない。はずだ。知らんけど。消化と言えば最近は腹の調子があんまりよろしくなかったりします。下痢か便秘のどちらか、というか交互に繰り返しているような。できれば毎日快便でありたいものですが、なんともままならんものです。
とにかく気持ちの良いことは良いことです。きもちいいに越したことは無いんですよ。排便もそう。快便が一番。ゆるかったり固かったりするのは本当にいただけない。トイレくらい気持ちよく済ませたい。でっかいやつがヌルっと素直に出てきてくれるのは本当に快感です。最高。常にそうであってほしい。うんこって大事なんですよ本当に。ええ。ちゃんとうんこできないと死にますからね人間。私常々思うんですけど、本当にうんこは大事だぞ、と。
人生生きているといろいろ悩むこともあるかと思いますが、それらの大半はうんこよりも優先順位下です。いやほんとに。だってうんこはしなかったら死ぬんですよ。いままでの悩みで、解決しなかったら死ぬレベルの悩みがどれだけありましたか? もしもそれらの悩みが、命にかかわらないものであるならば、それはぶっちゃけ排便よりも優先度の低い悩みです。悩む時間でうんこしてた方がよっぽどマシってものです。
うんこすればなおるよ! とはいいますが、これってつまるところ、ああいえ、すみません。正確には「おいしいものたべて、うんこすればなおるよ!」でしたが、これはつまり裏を返せば、美味しいものが食べられなくなったり、うんこができなくなったりすると、もう治らないってことです。
味覚とお腹の調子には気をつけましょうね。健康を判断するための重要なバロメーターです。あれバロメーターって単語この使い方でよかったっけ。あとで調べよう。そんなことも書いちゃうよ自由連想文だもの。
そうこうしている間にはいそろそろ配信開始から十分経過。今しましたね。それでは今回の自由連想文はここまで。一応これから毎日やろうね頭の体操にちょうどいいからね。
おわり。