石神千空がそのパズルに対して抱いた感情としては第一に興奮と興味があったのだが、その大きさゆえに、第二に主張していた違和感に気がつくのが遅れてしまった。その小さな綻びはしかしパズルを解き進めるうちに大きくなり、制限時間の半分を超えたあたりでとうとう無視できない歪みとして千空の前に立ちはだかった。
顔が、そぐわないのだ。
パズルにはそれぞれ顔がある。誰が作っても同じものにはならず、解き進めれば進めるほどに、その作者の顔──性格や本質、本性のようなものともいえるだろうが──が見えてくるものなのだ。少なくとも千空にとってパズルはそういうものだった。
けれど、これはちがう。
顔をあげれば、今回のギヴァーたる銀髪の美丈夫と目があった。
突然の来訪者は、その美しい顔になんの表情も浮かべずにただ淡々とこちらを見下ろしている。咥え煙草に火を灯すタイミングを見計らうかのように手元でジッポをいじりながら、しかしこちらの動向から目を逸らすこともない。
くそ、と小さく毒吐きながら、千空は自身の思考を辿って、この違和感の正体を見極めようとした。
今朝は登校した時からひどく騒がしかった。
校庭に突如現れた巨大なオブジェは生徒の注目の的で、好奇心から近寄っていく生徒たちにそこから立ち去るように指示しているのは生徒会の面々だった。
巨大で奇怪なオブジェとくれば、嫌な連想をせざるを得ない程度には、こんな状況には慣れきってしまっている。
群がる人混みを外れたところに立つ2人の友人の姿を目に止めた千空は声をかける。
「こりゃまたお元気いっぱい、好き勝手してくれてんじゃねぇか」
「千空ちゃん!」
千空の声にほっとしたような声を上げたのはゲンだった。
並ぶコハクがひょいと千空の顔を覗きこんで、現状を報告してくる。
「部活の助っ人で朝練に来たらグラウンドがこんなことになっていてな」
「つーことはまた一晩でここまで仕上げてくだすったってことか」
「だろうな。また妙な仕掛けでもあって生徒に危険が及んではいいけないと思い、生徒会に連絡して規制はしてもらっているところなのだが……」
「そうそ、いちおう氷月ちゃんたちにも協力してもらって、生徒ちゃんたちには出てってもらおうとしてるんだけどね〜〜」
「さすがにすぐには難しいか」
生徒会の指揮力をもってしても、マンモス校の学生をすぐに散らすのは至難の技か。今の状況では構内に入るのも難しいなと眉を寄せる千空に、ゲンは首を傾げる。
「……で。やっぱりこれって〜」
「あ゛あ、パズルだろうな。こんな馬鹿げた規模で仕掛けてくる奴らなんざ、POGくらいかと思ってたが……」
しかしPOGとの戦いは一旦収束を迎えたはずだ。パズルを仕掛けてくるにしても、もう学園を巻き込んだことはしてこないと思っていたし、実際氷月たちが事態の収束に手を貸してくれるのならこの状況はPOGとは関係がないのだろう。
全く全貌が見えない。そう呟けば、ゲンが深刻そうな顔をする。
「解けそう?」
「あ゛ー……いや、デカすぎんだろ。まだ全貌が見えてねぇ。せめて高いとこに……つっても、この状況じゃ屋上にも池やしねえ」
「あ〜〜確かにね。龍水ちゃんがいればヘリでも飛ばしてくれそうなんだけどね〜」
「いや、そこまでは……」
「ん? 全体が見えればいいのか?」
そこできょとんとした顔をしたのはコハクだった。
その言葉に、千空とゲンはハッとして顔を見合わせる。
「! そうか、雌ライオンの視力なら」
「ライオンではない!」
「はいはい千空ちゃんもコハクちゃんも落ち着いてね〜っと、はい紙をどーぞ♪」
反射で千空に食いつくコハクに、ゲンはなだめるように割って入る。
ムッとした顔をしていたコハクだったが、紙を受け取るとすぐに近くの木をスルスルと登って、一瞥してから飛び降りてくる。
「縦横8×8」
「……ほおん?」
戻ってきたコハクは端的に告げる。
「升目になっているのだが、升も全体も正方形だな。いくつかのマスに数字が書かれているオブジェが置いてある。それがここと、ここと、……あとは、この端の位置にもオブジェが。これはチェスのナイトの駒のように見えるが」
紙面上に簡易的に記されていく地図を見ながら、千空は指を立てて考え込む。
「……ナイトツアーだな、そりゃ」
「ナイトツアー?」
「あ゛あ。クソほど古典的なパズルだ。ルールは単純、チェスのナイトの駒の動きで盤面を一周するってぇ代物だ。数学的にはグラフ理論のなかのハミルトン路問題の亜種っつー捉え方もできるんだが」
「後半何言ってんだかちょーっとゲンにはわかんないかな〜〜」
「つまり、パズルで間違いない、ということだな」
いくつもの解があるそれは、盤面の形を変えたり、洋の東西を変えれば9×9を桂馬で飛び回るバージョンがあったりと汎用性も高い。いくつか置かれているオブジェと数字が解の限定につながっているのだろう。
“やんじゃん、想定よか早かったな”
不意に、そんな声が耳元で囁かれた。
ハッとして振り返れば、そこにいたのは背の高い美丈夫だった。
銀髪に青い瞳を長い睫毛で縁取った、存在感のある、ともすれば女性ともみまがいそうにもなる青年は、その美しい顔立ちと無に近い表情も相まって怜悧な印象を与えてくる。
「ッ、何奴!」
コハクが素早く千空とゲンを背後に回す。
しかし、その様子を見た青年は面倒臭そうに息を吐いた。
“あー、すまんね。俺は日本語はわかんねぇし……用があんのは、千空ってやつだけなんでね”
鈍りとスラングの混じった英語で告げられたその言葉に、千空とゲンは目を見開く。
「なんだ? あいつは何を言っているんだ?」
「……お客様は、どうやら俺を御所望らしいな」
コハクにそう言うと、千空は彼女の後ろから抜け出て一歩を踏み出した。
「こんな美人にご指名いただけるほどの有名人にいつなったんだか、とんと覚えがねえんだが……あんた、何者だ?」
「あんたが石神千空、ね」
青年は千空をじっと見つめると、すっと手を差し出した。
「あんたを俺のパズルに招待すんぜ」
その手にあるのは招待状だった。黒に金のラインで装飾が施されたそれを一瞥した千空は、耳を穿りながらへらりと笑う。
「名乗りもせずに渡される、クソほど失礼な招待状を受け取る必要がどこにあんだ」
「必要かどうかは問題じゃねぇかんね」
「あ゛?」
「そこに必要性があろうがなかろうが、あんたは解かずにいれねえだろ?」
すっぱりと言い切る彼は、綺麗な顔にうっすらとした笑みを浮かべて続ける。
「なあ、ファイ・ブレインに至る可能性の少年」
その言葉に、千空も、そしてゲンも凍りついた。
その単語を知っているのはPOGだけだと思っていた。目の前の青年の得体の知れなさに拍車がかかる。
「ま、しかし名乗ってなかったのは確かに失礼だかんね。改めて」
千空たちの様子を愉しげに見ていた彼は、そう言うと姿勢を正して一礼をした。
手本のように綺麗な所作だった。胸に手を当てるその仕草は、さながら舞台の上に立つことを生業とするもののようにも見える。
「スタンリー・スナイダー。ピタゴラスの盟約に従い、またオイラーの名に於いて、全てのパズルを解放せんとする者」
顔を上げたその青年、スタンリーは、そうして服の袖を軽く捲って見せる。
そこにあった輝く腕輪の存在に、3人は瞠目する。
「オルペウスリング……!」
「あんたに勝負を挑む。俺のパズルが解けないなんて言わせねぇよ、あんたが本当にファイ・ブレインに至る可能性の少年なら、な」
千空は、自身の腕を抱いた。そこにあるのと同じ腕輪の存在に動揺した。
確かにオルペウスの腕輪が世界で一つしかないなんてことは聞いていない。そもそもそんな貴重なものが学園の裏手にひっそりと存在し続けたのもおかしな話だった。本当にファイ・ブレインの資格のあるものを見定めたいのなら、全世界に同じ腕輪をばらまいて試行回数を増やしまくって、適合者が見つかる確率を上げていくのがセオリーのはずだ。
自分は偶発的に契約したこの腕輪。しかし目の前の相手は、もしかしたらそうではないのかもしれない。
知りたい、と思う気持ちが先走りそうになる。この腕輪がなんなのか。何を目的にしているのか。
あんたはそれを、知っているのか。
しかし、手を伸ばすことで何かまた危険に足を踏み入れるのであれば、そしてそれが学園に関わってくるのであれば独断で進むのが悪手であることも、千空は知っている。
まだ招待状に手を伸ばさない千空に痺れを切らしたのか、スタンリーは千空の制服のポケットにそっとカードを差し入れた。
「あんたの覚悟が決まったら、この招待状の場所に来な。待つのには慣れてっけど、辛抱強いかと言われりゃそりゃ保証はできないってことだけは言っとくぜ? あんたが来なきゃ、別の候補者を探したっていい」
その言葉に千空がぴくりと身動ぐ。それを見とめたのだろう、スタンリーは一層皮肉げに笑う。
手をひらりと振ると、急に風が強くなった。
続く爆音と煽るような強風に目を細めると、スタンリーは上空から降りてくる縄梯子に手をかけたところだった。
「あのパズルに「愚者の」なんて冠言葉をつけんのはナンセンスすぎっけど、挑戦したい奴はいくらでもいるかんね」
その言葉を最後に、スタンリーは上空へと飛び去っていく。
「なっ、ヘリコプタ〜!?!? ってそんなのアリ!?!」
「千空! 追わなくていいのか? 今ならまだ辛うじて飛び移れるが」
ゲンが叫び、コハクが鋭い声で問いかけるが、千空は首を横に振った。
「いや。いい。ご丁寧に招待状で場所まで指定してくださってるんだ。とっ捕まえんならここに行くのが手取り早え」
その言葉に、呆れたようにゲンは笑った。
「……やっぱ行くんだね、千空ちゃん」
「あ゛ー……ま、あそこまで挑発されて行かねえ手はねーだろ」
「だよね〜〜千空ちゃんならそうなるわよね〜〜」
たはは、と困った顔をするゲンに、千空は気まずそうに頭を掻く。
だが、逃げるわけにも行かないのだ。それがこちらの良心を突いた相手の戦略だったとしても、全てを諦めずに救う道を探すことが自分の流儀だったし、目の前にある可能性を検証せずにいられないのも、曲げられない性分だった。
だから、と口を開こうとした。
「はっはー! 話は聞いたぞ! 終盤だけだがな!!」
その瞬間割って入ってきたのは、聴き慣れた張りのある大声だった。
「また面倒なことに巻き込まれているようだな、千空!」
七海龍水だった。周りのざわめきを他所に重役出勤をしてきたらしい彼の存在感に、遅れてやっと安堵する。
「おありがてえことにパズルが俺を逃しちゃくんねえんだわ」
「何が要る?」
「あ゛?」
軽口に間髪を容れずに返した龍水に、千空は目を見開いた。龍水は当然のように腕を組んで不適に笑った。
「お前一人に任せるわけがなかろう。これは学園を賭けたチーム戦だ。違うか!?」
「ま、そーよね! 俺も学園なくなっちゃうと困るのよ〜ジーマーでさ。だから、そうならないように千空ちゃんには頑張ってもらいたいワケ!」
龍水の言葉を聞いたゲンが、乗っかるように続けた。
「パズルじゃ千空ちゃんのお力にはなれないけどね、これでもフーディーニの称号持ちってバレちゃってるわけだし? メンタリストのお力が必要な時はご贔屓に〜ってね」
「だな。わたしもパズルのことは何もわからないが、敵を叩きのめすことには覚えがある」
自信たっぷりに言い切る面々を見渡した千空は、くしゃりと髪の毛をかき上げると小さく笑った。
「……それこそ、お有り難すぎて涙がちょちょぎれそうだわな」
「難しい顔してんね」
不意に、彼が口を開いた。フランクで、ネイティブではあるけれど訛りの見え隠れする英語。ルール説明の時から一貫した砕けた口調はその顔立ちの優美さとは相反しているようで、しかし同時に酷く調和しているようにも思わせられる。まるで芸術品のような男だと、龍水なら言うだろうか。
ち、と舌を鳴らしてから、不適に笑って睨み付ける。
「お綺麗なパズルなこって」
「好きだろ?」
「違いねェ。だが日本なんかに来て、こんなパズルまでご用意くださって、一体何が狙いだ?」
提示されたパズルはとても綺麗なものだった。おおきなチェス盤と、いくつかのオブジェ。用意されたタブレットを操作すれば、自身の駒が移動する。踏破済みのマスは色を変え、通った順番に番号が割り振られており、まだ色の変わっていないマスは残り半分といったところだった。
制限時間の残りは少ない。法則は読み切ったが、ただ読み切ったところで処理が追いつかない。解けないわけではないとはいえ、絶妙にいやらしい位置に置かれるオブジェが思考を分断してくる。
大がかりな仕掛けとシンプルな構造。クラシックなお約束に則りつつ、極限まで余白を削った上で遊びを残す。無菌室的な印象を与えるくせに、攻め手としては挑発的且つ挑戦的。
だからこそ千空も見惚れたし、熱中した。こんなパズルにまた出会えるとは思っていなかったから。
ただ、そんなパズルだからこそ、目の前の青年とは印象がそぐわないのだ。見た目としては確かにしっくり来る。お手本のように美しいパズルはまさに目の前の美術品のような青年にふさわしい。
まるで、彼をもとに作ったパズルであるかのように。
そこまで思い至って、はっとする。
千空の様子にちらと視線を寄越したスタンリーは、煙草に火をつけた。一息煙を吸い込んで吐き出す。
「パズルを解きな。話はそれからだ」
アイスブルーの瞳がきらりと煌く。
「解けないあんたに用はないんでね。建設的に行こうじゃん、少年」
「……あんた、」
スタンリーに向かって問を投げかけようとしたところで、インカムに雑音が混じった。
「千空、聞こえる?」
遅れて聞こえてきたのは、羽京の声だった。遠征していたはずの仲間の声に驚きに目を見張るが、おそらく龍水が呼び戻したのだろう。肯定を返せば彼は続けた。
「遅れてごめんね。それで、あのスタンリーって男が何者か、だけど……あの発音なら、アメリカ南部の訛りかな」
「アメリカ?」
意外な国名が出てきて思わず反芻すれば、羽京は肯く。
「うん、発音だけでいうならね。ただ千空、君が迷ったのはさ」
「あ゛ー……いや、いい。そういうことか」
羽京の発言で、幾つもの違和感が収束していく。
目の前の男の出身地。どこからきたのか。誰なのか。パズルは美しく、その男もひどく美しかった。またこんなパズルに出会えるとは思っていなかった。
また。
千空は一つ息を吐くと、手元のパネルを一気に操作した。残り一手で解に至る、そこで改めて顔を上げた。
「発音はアメリカ南部、その癖してテメェの使う単語にはイギリス英語が混ざり込みやがる。イギリスとアメリカじゃ明確に単語が違う。ただ発音がイギリスのもんじゃねえからな、そこら辺混同してちぃっと時間がかかっちまったが……」
緩く薫る煙草の煙の間に見えるスタンリーはじっとこちらから目を逸らさない。
「あんた、クロスフィールド学院にいたんだろ」
「それが?」
「テメェ、誰だ?」
スタンリーからの質問を無視して、千空は続ける。
千空はこの美しい男のことを知らない。ただ、彼を模したようなこのパズルは、知っているような気がした。
「いや、正確に言や気になってんのはテメェじゃねえ」
最後の一手に手を伸ばす。
「このパズルの作者は、どこにいる?」
パズルが、解放される。
タイムリミット直前で止まったタイマーを仰ぎ見たスタンリーは、しんと静まり返った空間にぽつりと言葉を落とす。
「PUZZLE IS ELEGANT」
その言葉に、千空は目を見開いた。スタンリーはその反応を余所に壇上からひょいと飛び降りた。
「それがうちの先生の唯一で絶対のルールでね」
高所から音もなく降り立った彼は、そのまま千空に一歩ずつ歩み寄る。
そうして歌うように続ける。
「パズルは何よりも美しくエレガントであるべきだ。そしてそれは他の何よりも優先される」
それは、先ほどまでと打って変わった、歯切れの良いクイーンズイングリッシュだった。
背の高い美しい男は千空の顔を覗き込むと、軽く煙を吐きかけ、薄くニヤリと笑った。
「俺は、ソルヴァーだよ。……あんたと同類の、ゼノ先生専属の、な」
「ッ、Dr.ゼノ……!」
スタンリーの言葉に、千空は目を見開いた。
「えっ、なになに、誰?」
モニターとインカム越しに聞こえる会話と、初めて耳にする名前にゲンは眉を寄せた。
千空の指示によって、龍水が用意したのは交通手段と通信機器だった。指定場所の上空で待機しながら、千空に取り付けられた通信機器でパズル中の状況を把握する。
問を投げかけられた羽京も、困ったように帽子の鍔に手をかけながら首を横に振った。
「さ、さあ……僕も知らないけど……話の流れ的には、千空の知り合い、ってことだよね。クロスフィールド学院にいた頃の」
「ていうか千空ちゃんがクロスフィールド学院にいた? ってのもジーマーで初耳なんですけど!」
「僕も初耳だよそんなの! 世界中を転々としてるってのは生徒会の情報で知ってたけど、直前までいたのはアメリカだったみたいだし」
「まあ、あいつのパズル……に限らん、能力の高さからすれば何ら不思議はないがな」
一人納得した様子なのは龍水だったが、その彼にしても額に一筋の汗を滲ませている。
それよりも、と龍水は続けた。
「気になるのは、スタンリーとやらの目的だな。これで終わりではなさそうだ」
当たるぜ、船乗りの勘は。
そう言った龍水の視線がモニターに注がれる。
その様子を見たゲンは、少し考えてから口を開いた。
「……龍水ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど♪」
「あんたの気づいた通り、このパズルの作者はゼノ大先生だ。俺にできんのは解くことだけだかんね」
さらりと言うスタンリーの言葉に、だからかと納得する。本当に彼が作ったパズルであれば、もっと遊びがなかったことだろう。論理よりも直感で正解を選びとる迅速果断で容赦のない苛烈さを、その怜悧な美しさの下に隠しているのが目の前の男なのだと千空は感じている。パズルはあくまで彼に似合うように──その上で違和感が残るように調整されたものだったのだと。
その念入りさは、確かに自分の知るDr.ゼノの印象にはしっくりと来るものだった。
口の端を吊り上げて余裕を演じながら、千空はスタンリーを睨みつける。
「パズルは解放した。約束通り教えちゃいただけませんかねぇ、てめえらの目的ってやつを」
「これで終わりだなんて誰が言った?」
「あ゛?」
がこん、とどこかで大きな音が鳴り響いた。
「このパズル、“デュアル・ナイト・ツアーズ”は2フェイズに分けられている。ファーストフェイズはあんたが今解いたパズル」
薄く笑ったスタンリーが手元のタブレットを操作すると、先ほど千空が解いた盤面が再び光り始める。
同時に、地面が揺れた。ぶれる視界の中で慌てて机に手をつくが、スタンリーは緩やかに口の端を吊り上げて笑っている。
「セカンドフェイズは、あんたが今完成させたこの盤面を使用することになる。ちょっと違う趣向があるもんでね。ゼノ先生のお気に入りだかんな、あんたも気に入んじゃねーの」
「な……っ、おい!」
「話してっと舌噛むぜ? パズルで死ぬ前にそんなんで死んだら笑えねえ」
しばらくの揺れに耐えていれば、唐突に動きが止まった。盤面の色合いに変化があり、千空が通ったナイトの道順として振られていたはずの番号も消えている。
盤面の向こう側、自分と対照的な位置に設けられたポジションに立つスタンリーが淡々と続ける。
「ここからは、あんたと俺の対戦になる。対戦型パズル、最近増えてきてたろ?」
「……あれもテメェらが差し向けてたってことかよ、おありがてえこって」
皮肉な物言いに、スタンリーは鼻で笑う。
そうして数秒手元のタブレットを睨んだスタンリーは、そのまま端末を軽く操作してから、改めて千空に向き直った。
「今からあんたと俺が解くパズルこそが、本当の愚者のパズルだ。負けた方は地獄に落ちる。知っての通りのフェアで簡潔なルールだろ?」
「……てめえはそれでいいのかよ」
あまりに軽く死を扱うその言葉。
ただこちらに愚者のパズルをぶつけてくるだけのギヴァーであれば、その気軽さもわかったかもしれない。何しろ愚者のパズルで命をかけるのはソルヴァーだけだ。ギヴァーはパズルさえ作ってしまえば、あとは高みの見物を決め込んでいればいい。
けれど、このパズルは違うのだ。負ければ自分が死ぬことを知っている。
「ゼノがしたいことに俺は従うだけだ」
千空の問いに、スタンリーは続ける。
「それに、俺は負けねえかんな」
「……へえ」
彼はこちらを侮っているわけでは、決してない。
その言葉に込められているのは、侮りではなく、確かな意志だ。
「俺は、勝つよ」
もう一度、別の言葉で繰り返したスタンリーの表情は凪いでいた。気負うわけでもなく威嚇するわけでもなく、ただ事実を事実として述べているだけだとでもいうかのようなその口調。
「……あ゛ー……」
覚悟を決めるしかないと思った。愚者のパズルから逃れる術はない。そもそも自分が逃げ出したところで何になる? ここでせめて一つでも愚者のパズルを解放することこそが自分のなすべきことではないか。
くしゃりと頭を掻いて、一歩を踏み出そうとした。
しかし、瞬間、千空の腕がグイと後ろに引かれる。
思わず体勢を崩しかけて、慌てて振り返れば、そこにいたのは。
「いやいやいや! そんなら俺を置いてくって選択肢はないでしょ〜ジーマーで!」
ゲンだった。
にっと悪戯っぽく笑っているが、じんわりと腕に伝わる手の温度が高く汗ばんでいる。隠してはいるが、息も多少上がっているのがわかった。
「テメェ、来んなっつっただろうが!」
想定外の相手に思わず声を荒げるが、ゲンは軽く肩を竦めた。
「やー、俺もね、別に来たくはなかったのよ〜? パズルとかジーマーでリームーだし? 怖いのやだしさ〜俺がいてもいなくても、千空ちゃんならこぉんなパズルくらい、ポイポイって解放してくれちゃうだろうしー?」
「だったら」
「でもね〜」
へらりとした表情を切り替えて、ゲンはスタンリーに向けて、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
「この千空ちゃんと地獄に落ちる権利は、優先予約であさぎりゲンが占有してるんで! そこんとこシクヨロね〜スタンリーちゃん!」
からりと英語に切り替えて叫んだ言葉は、スタンリーにも届いたのだろう。
先ほどまで緩やかな変化しか見せなかった表情に少しばかりの驚きと不快感をにじませた彼に、ゲンはにやりと笑って、煽るように続けた、
「横入りってのはさ、わりかしNOT ELEGANT、よねー?」
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dcstファイブレパロ
初公開日: 2021年05月22日
最終更新日: 2021年06月05日
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ドクストのファイブレパロという胡乱なものを生み出します。