「侑ー、ゴールデンウィークの予定ある?」
 そう言って、七海先輩は嬉しそうに私に伺いを立ててきた。
 いつものように放課後、二人で帰っている時のことであった。
「特にはないですかね。去年みたいにやることもないし」
 ふむ、とスマホのスケジュール表を確認してそう答えると、先輩は意を得たりと言わんばかりの笑顔になった。
「どっか行かない?」
「別にいいですけど」
 勿体ぶるような私の言い草に先輩は首を傾げる。
 いや、いいや。素直に言ってしまおう。
「……お金がですね」
「え? あー」
 私の発言に先輩も心当たりがあるため、目を逸らす。
 私と先輩がそういう関係になってから、半年あまりが過ぎた。
 もちろんその間、二人で色んなところに行ったし、行き先で楽しんだ。
 ただ、私も先輩も、まだ高校生の身分である。
 先輩は成績もいいしお小遣いに関しての愚痴を聞いた覚えはないから不満もないんだろうけれど、私の方はそうもいかない。
 一応細々と家の手伝いで小金を稼いではいたけれど、ここに至って財布の中身には遊びに行くには心許ない重さしか残っていなかった。
 七海先輩の誕生日に奮発していい物を贈ったというのもある。でもその時は大丈夫だろうと思っていたんだけど、二人で出かけると財布の紐が緩んでしまう。気が付けば厳しい状況になっていた。
 なので、折角のゴールデンウィークだけれど、遠出は無理、近場でもあんまりお金をかけずに済むところなら、となってしまい、だいぶ選択肢が狭くなってくる。
「……お家デートとか」
「だめです」
「いいんじゃ、って早い、早いよ」
「だって先輩、家だと自制しないじゃないですか。家に限らないですけど、流石にちょっと」
 あれはバレンタインの辺りだったか。先輩がウチに来る形でやったことはある。
 ただ、その時は自室にいたとはいえ、家族も家にいるというのに散々甘えてきたり色々とねだってきたのだ。
 家族に隠したいわけじゃない。ただ、話すにはちょっと自分の覚悟が必要で、まだ当面その覚悟は固まりそうにない。
 というかそれ以前にそんな姿を見られるのは恥ずかしい。
「う、それは、その、我慢するから」
「先輩のそーゆーとこ、我慢できないって知ってるんでだめです」
「えぇー……私そんなに信用ない?」
 私の物言いに先輩はしょぼくれる。
 むしろ、我慢できないって信用してるんだけど。
「口答えするならきちんと我慢してください」
「むぅ」
 ともあれ、そんなわけでどっか行きたくはあるけれど、どうしたものか。
「……山。とか、どう?」
 考え込んでいた先輩が、ふとそう提案する。
「山、ですか。そういや前山登りしたいとか言ってましたね」
「うん」
 提案に思案する私に、なんでか先輩は嬉しそうに頷く。
「ほら、学校の裏手にあるじゃない。あれなんかいいんじゃないかなって」
「なるほど。いいですね。ただ、登山となると色々いりません?」
 詳しくはないけれど、確か小学校の頃だったか、地域のボーイスカウトの活動に体験で入った時の記憶でそう口にする。この辺りは山に近くて、当の山も子供ながらに登れるくらいの手頃な高さのところもあるから、そんなに必要じゃないかもだけど。
「それもいいけどさ、今回はサイクリングしてみない?」
「サイクリングですか」
「そ。割と自転車で走ってる人も多いみたいなの」
 そう言われてみれば、麓から山中に道路が通っていた覚えがある。
 ママチャリだけど……まぁ、大丈夫、かな?
「あ、でも先輩、家から自転車は遠くありません?」
「いいっていいって」
 /
 当日。天候は晴れ。少し雲も出ていて、絶好のサイクリング日和だ。
 長袖長ズボンと帽子のラフな格好にタオル、スポーツ飲料水と制汗スプレーに虫除けスプレーをバッグに入れて、念のために日焼け止めを塗ってから出発する。
 待ち合わせの学校前に来ると、先輩はすでに汗をかいて待っていた。
「早くないです?」
「ちょっと早く出てたから」
 半袖の先輩はそう笑った。
「それじゃ行こっか」
「はい」
 一通りの挨拶を交わして、私たちは出発する。
 学校から少し先に頂上まで伸びる道路があって、それに乗って自転車を漕いでいく。
 山に入ると、もう季節はすっかり晩春の模様で、桜も青葉を咲かせていた。
 割とこの季節は好きだ。ほどよい気温と、この青々とした景色が、体感的にも視覚的にも心地よくて。
 日陰も多く、涼しい風が肌を撫でていく。
 無言の中、木々のざわめきと、鳥の鳴く声が響く静寂。心が落ち着いていくのを感じた。
「そういやどこまで行きます?」
 山に入って二十分ほどしたところで、先行していた私は少し息を切らして後ろを振り返る。
 先輩は私の声に遅れて反応して顔を上げた。
「え? あぁ、一応上まで行けたらなーって思ってたけど」
「もうちょいしたら休憩しません?」
「いいよ」
 現役時代だったら楽だったろうけれど、とうに引退した今は思ったより体力が落ちているのを実感する。
 とはいえ体力的には余裕はあったけれど、なんだか変な居心地だったからというのもあった。
 それを認めるのも、少し癪な気もするけれど。
 そうしてまたしばらく進むと、路駐のためのスペースがあったので、そこで一度自転車を止める。
 たまたまなのだろう、そこは木々が開けていて、街並みを一望することができた。
「おぉー」
「まだ三分の一くらいかな。それでもすごいね」
 自転車のスタンドを立てて端まで近付き、互いにスポーツ飲料を口にしながら、感嘆の声を上げる。
「三分の一ですか。結構疲れますね」
「だねー」
 私たちの暮らしてる街はこんなに小さいのか、と考えながら眺めていると、
「侑」
 声をかけられて、振り向く。
 先輩の顔が、すぐ傍にあって。
 唇が、重なった。
「……」
 鳥の声がする。山間に大きく響いて。
 風が温度をさらう。でも、顔に灯った熱は、冷めやらない。
「ちょっとしょっぱい」
 少しして顔を話した先輩は、そう言って笑った。
「……なんですか、もう」
「いや、ね。楽しいし、侑の後ろ姿は見てて飽きないなーって思いながら走ってたけど。なんか寂しくなっちゃって」
 まぁ、交通量は少ないとはいえ車も普通に通る道だから、並走しないのは当然ではあるんだけど。
「自分から誘っておいて?」
「う、はい……」
 私の指摘に先輩は気まずそうに身を縮こまらせる。ちょっと考えれば想像付くだろうに、考えるよりも先に動いてしまうのはこの人らしいけれど。
「先輩はほんとしょうがないなぁ」
 私は笑う。仕方なく。
 だって、私も人のこと言えないから。
 先輩が見えないのが寂しい。付いてきてるか不安になる。
 ほんと、私もしょうがない。
「じゃあ、もうちょっとペース落として行きましょうか。話せる程度に」
 私がそう言うと、先輩は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そうだね」
 休憩を終えて、再び自転車で走り出す。
 今度はゆっくりと、他愛のないことを話しながら。
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