朋美の髪が金髪になっていた。そのびっくりするほどの金色は、時代が時代ならオシャレに見えるのだろうが、今は流行っていないせいで変な風に浮いてしまっていて、まるでついさっき遠い国から帰ってきたばかりの人みたいだった。しかし、その日本の今を生きていない感じがするのは元々で、見た目は浮いていないのに言動は浮いてしまっている、というのが朋美らしさだったりする。
 私を見つけた朋美は、黒いキャップから伸びる透き通るほどの金髪をなびかせ、小走りでやってきた。
「待たせてごめんね。先に行っててくれて良かったのに」
 一緒に買い物をする約束で待ち合わせをしているのに、一人で行っても意味がないだろう。その辺をわかっていないのが朋美らしさでもある。朋美は、買い物に誰かを付き合わせなくても楽しく過ごせるタイプだ。
 私たちは並んでファッションビルへ歩き出した。私の目は朋美の髪に釘付けだった。昨日までは手を加えていない黒髪だったというのに。
「ああ、これ? ブリーチ三回したら限界で、色は今日の夜入れてもらうことになったの。だから今日は一日ドキンパ」
「何色になる予定?」
「ピンク。ジミンみたいにするの」
「えー、やばい。絶対可愛いやつじゃん」
「世菜もハイトーンやればいいのに。白いから似合うよ」
 うーん、と唸りながら、毛先をつまんでみる。今はまだ髪色を変える気分ではないが、ハイトーンはいつか挑戦してみたい。いつか、なんて言っていたらあっという間に社会人になって、髪色も化粧も自由にできなくなるのだろうけれど。
 流行にそぐわない朋美の金髪は人目を引いた。早足で通り過ぎていく人は振り返り、向こうから来る人は朋美をじっと見つめている。それなのに朋美は気にしていないようで、好きなアイドルのコンサートチケットが当たっても中止になる、ということが続いている事態を嘆いている。仕方が無いだろう、そういう時代なのだから。
「ほんとコロナさいてー!」
「たぶんみんな同じこと思ってると思う」
「儲かってる連中は思ってないでしょ」
「コロナ利益ってどれくらい出てるんだろう?」
「さあ。世菜、調べてよ」
「やだよ、めんどくさい」
 適当に喋って、適当に笑う。そうやってなんとなく過ごせるから気楽に付き合えるし、朋美も私の買い物に付き合ってくれるのだろう。私だって、朋美以外を誘おうとはあまり思わない。でも、今日は失敗した。タイミングが悪かった。朋美の金髪は目立ちすぎて、本人は気にしていなくても私が落ち着かない。こういうとき、朋美のマイペースさが羨ましくなる。
「そういえばさ」
 朋美は私の肩を抱いて顔を近づけてきた。
「ポストの中身勝手に見られてるっぽいって言ってたあれ、どうなった?」
 内緒話の声量で言われたが、思い出した憂鬱が重すぎて、思わず朋美の肩にしなだれかかった。
「まだ続いてる」
「まじ? 警察行くなら付き合うよ」
「いや、でも別に他には何もないんだよ。変な電話とかもないし、ピンポンダッシュもないし」
「えー、でもさあ……」
「すっごいお年寄りのおばあさんちとポストが隣同士だから、間違えて開けちゃうのかもしれない」
「それはちょっとかわいい!」
 必要な郵便物が届かないとかいった迷惑はかけられていないので、同じ建物に住んでいるかわいいおばあさんのことを思うと、このまま平和に過ごしていきたいのが本音だった。何より、大学にアルバイトに恋にと忙しいのだ。何もせず、何もされず、自分のことだけやっていたいという気持ちが大きい。
 なんとなく朋美と寄り添ったまま歩いていて、これが祐介だったらいいのに、と思った。祐介は大学の先輩で、先週一緒に映画を見に行った。慣れない靴で足が痛んだが、絆創膏を持っていたのでなんとか楽しく過ごすことができて、近々シリーズものの新作が上映されるから一緒に行こうという約束をしてある。ラインの返事もきちんと返ってくるので、デートをしてからますます好感度が上がり続けていた。
 しかし、隣を歩くのは金髪の眩しい朋美である。
「あーあ、早く夜にならないかな」
「買い物してたらあっという間でしょ」
「んー、でも今月髪に投資しちゃったから服買うお金あんまりないし」
「見るのも楽しくない?」
「見てると欲しくなるじゃん」
「でも私と一緒にいるの嫌いじゃないでしょ?」
 朋美の顔を覗き込むと、彼女はちょっと目を細めて「まあね」と笑った。
「世菜は可愛いから、見てるだけで楽しめるんだよね」
「メンクイかよ」
「可愛いってのは否定しないのか! 少しは謙遜しな! 日本人でしょ!」
 今の日本を生きている気配が少しも感じられない見た目の朋美に言われるには、面白い台詞だった。きっと明日からは、綺麗なピンク髪になってアイドルを気取るようになるのだろう。それを傍で見ていたら、日本人らしい黒髪を保っていくのもいいと思ってしまいそうだ。白い肌とのコントラストは可愛いのだ。せっかく美白に気を遣っているのだから、それを楽しむのもいいかもしれない。
 私たちは上機嫌で、ファッションビルの入り口を通り抜けた。
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