「あー、気持ち良かった! なんだかぽかぽかするな~」
「るっせ……なんでそんな元気なんだよ」
 火照った頭がに元気な声でぐらぐらする。足を止めて頭を思わず抑えると、ディノが慌てて近寄って肩を貸してくれた。覚束ない足取りで用意された部屋に辿り着けるかも分からない。というよりも、部屋まで遠すぎねぇか。あまり見慣れない木の床をぱかぱかとスリッパの音をディノと揃えて鳴らしながら歩く。
「にしても本当にここ凄いや。日本の温泉ってどこもこんな感じなのかな?」
「知らねぇ。あ~……折角このあと日本の酒飲めるっつーのにコンディション最悪じゃねぇか」
「もう部屋につくし、夕飯の時間はまだ先だから冷たい水でも飲んで横になろ?」
 今日は午前中のパトロールを済ませると午後から次の丸一日はウエスト揃ってオフの日だった。このまま店を巡っても良かったが、ディノがブラッドからおすすめされたという最近できた日本の温泉旅館に行きたいと言いだしてあれよこれよと丸め込まれて今に至る。日本酒なんてバーやダイナーで飲めるとはいえ、種類は少ないから惹かれたというのも一つの理由だが、今日は無事に辿り着けるだろうか。そんな不安を抱えながらディノに体を支えられながらゆっくりと長い廊下を進んでいった。
「ほら、ついたよ」
「お~サンキュ~」
 横に扉をひいてスリッパを脱いで一段上がる。畳と呼ばれる日本の床はそのまま寝転がっても文句は言われないようなものだろう。こういう所はいいんだけどなぁ、と適当に部屋の隅で横になっているとディノがどこからか枕を取り出して渡してくれた。それを頭の下に置いて息を吐き出す。
 旅館について早々、温泉というものに連れていかれて流されるまま長い時間浸かっていた。普段シャワーを浴びるだけだから簡単に言うとのぼせてしまった。ディノもオレと同じようなもんだろうになんでそんなにピンピンしてるのかが不思議だ。それよりも日本人というものは皆こういうものが好きなのだろうか。オレには理解できない。
「俺に付き合って長湯なんてしなくても良かったのに」
「……オレの勝手だろ」
 今度は冷たいペットボトルを持ってきたディノが、それを熱くなった首筋に当てながら言葉をかけてきた。ちらりと声のする方に目を向けると申し訳なさそうな顔をしている。いつ上がるか決めたのはオレの意思でディノに付き合ってというわけでは無い。息を吐き出すと体を起こして壁に体を預けながら渡された水を飲んだ。よく冷えた液体が喉を通っていくのが気持ち良くて一気に飲み干すと、気分の悪さも大分どこかに飛んで行った。
「ありがと」
「何がだよ」
「別に?」
 じっとオレの様子を伺っていたディノは静かに隣に座り込んでいて。空になったペットボトルに蓋をしているとぽつりと呟いた。控えめなその言葉に何かまた遠慮してるのだと気が付きはしたが、今ここでは気付いていない振りをする。それで何故かほっとしたように笑うと腕と足を伸ばして立ち上がって部屋を歩き回りだした。本当によくのぼせてねぇな、と一種の感心を抱きながら時計を見る。まだ十七時前だ。部屋に夕飯の準備をしに来ると言っていたのは十八時頃。まだ時間があるからどうしようかと考える。
「ジュニアやフェイスも一緒に来れたら良かったんだけどな」
「おまえが言いだすの急だったし、先約があったんならしょうがねぇだろ」
「そうなんだけどさ~ここからの眺めも温泉の眺めも綺麗だったし、卓球もあるみたいだから」
 ほら、と指さすのは大きな窓の外。陽がゆっくりと落ち始めていて辺りを茜色に染めている光景は確かに綺麗だと思う。それなのにディノの楽しそうな笑みは本当の気持ち半分、寂しさ半分含まれているように見えた。
「なんだ? オレだけじゃ不満だったか?」
「そっ、そんな訳ないじゃん! ただブラッドが少し羨ましくなっちゃったというか……」
 少し意地の悪い問いかけは即座に否定され、後者の意味の理由をもごもごと口にした。サウスは確か四人揃って泊まりをしたんだっけ。よくあのアキラを纏めたよなぁ、とかブラッドの趣味に付き合わされるのも大変だなぁ、とか色んなことが頭に浮かぶ。それ以上にオレでも分かるぐらいに緩んだブラッドの表情が印象的だったから、ディノはそれに心動かされたのだろう。思い付きで行動するから予定が合わないんだろう、と沢山の物事を考えているようで考えていない単純で真っすぐなディノの思考に呆れて小さく肩を落とす。昔から相変わらずだし、そういう所が良い部分なのだけど。
「また来ればいいだろ、四人で」
 あからさまに凹みだして窓の外を見ていた顔が凄い勢いでオレの方を向いた。元から大きい空色の瞳がさらに大きくなっていて、窓から差し込む茜色を取り込んでいく。二十八の間抜け面のはずがたったそれだけでより綺麗なものになって愛おしい感情が生まれていく。
「い、いいのか……?」
「別にゆっくり休みながら酒飲めるならどこでも、誰がいてもいいしなぁ」
「ッ、ありがとうキース!」
 大袈裟だと思う程に嬉しさを隠さないで抱き着いてくるディノを引き剥がす。えへへ、と嬉しそうに笑う表情は本当に同い年とは思えないが、ずっと昔からこの笑顔を見ると全てどうでもよくなるのだからどうしようもない。己に対して呆れの含んだ溜息をつくと、ディノはまた自由に部屋の中を歩き回る。そして何か冊子を見つけると、畳に直接座って開きだしたからそれを覗き込むように隣にオレも腰かけた。
「それにしてもいつか本物の温泉旅館行ってみたいよな」
「日本に行きたいってことか?」
「うん。ブラッドもいつか行きたいって言ってただろ」
「覚えてねぇけどアイツのことだから言ってそうだなぁ」
「ピザも日本にはあるだろうし、沢山食べたいな~」
「結局そこに行きつくのか……」
「だってこことどう違うのか食べ比べてみたいじゃん」
「ならヒーローやめたら、一緒に行くか」
 日本の紹介がされている冊子を捲りながら呟くディノに言葉を返しながら思ったことを口にしていく。オレは日本に対して興味なんて全くないが、なんだかんだ続けているヒーローも適応年齢が過ぎたら辞めるだろう。その後どうするかなんて全く考えていなかったが多分、というよりきっと、ディノの傍にいる。それなら忙しくて今できないディノのやりたいことについていけば良いじゃないか。
「……ディノ?」
「いや、なんというか、そんな先の約束もしちゃっていいのかなって思っちゃって」
 何も反応を返してこないディノを不審に思って、冊子から顔を上げてディノの顔を見る。また不思議な所で固まっているディノの名前を呼ぶと、弾かれたように現実に戻ってきた。とはいってもしどろもどろに、何か信じられないとでも言うような態度でバカなことを口にしている。信じてくれとは恥ずかしくて強くは言えないが、一生傍にいるんだからどれだけ先の約束をしてもおかしくはないだろう。
「別に構わねぇよ。オレはディノが笑ってればそれで良いんだからな」
 だったら、何度だって信じてもらえるように態度で示すだけ。温泉に入ってまだ温かい顔に手を添えて、ディノの唇にオレのそれを軽く合わせた。短いキスをして顔を離すと、ディノはぽかんとした表情のままじわじわと顔が赤くなっていく。
「……間抜け面みたいだぞ」
「き、キース! 誰か来たらどうするのさ!?」
「別に夕飯の時間まだ先だろ」
「~~ッ」
 普段からくっついてくるのはディノの方のくせに、こういったことには未だに慣れないのか面白い反応をする。オレも心臓はうるさいけど、今日は別に構わないだろう。案外、こういった二人きりの時間も悪くないのかもしれない。ガキ共がいてあまり作れないコイビトらしい時間を想像して、日本の酒以上に楽しみができてしまった。
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20210501キスディノワンライ
初公開日: 2021年05月01日
最終更新日: 2021年05月01日
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第9回「お風呂/休暇」