雨が降る日の紅陽は、いつだって憂鬱そうだった。
時折頭を抑えてうめいたり、笑い声に覇気がなかったり、珍しく愚痴をこぼしたり──。
太陽が隠れる日はいつも、紅陽は憂鬱そうだった。
「蒼星は平気なの?」
金曜の放課後から降り続く雨は日をまたぎ、土曜の午後になっても止む気配を見せない。窓ガラスを叩く雨粒はたんたかと踊り奏で、空はぼんやり重いまま。天気予報によれば、この空模様は日曜日いっぱいは続くらしかった。
リビングのソファに倒れて転がっている紅陽は、いつものとおりに体調が優れないらしい。クッションに顔を埋めて平常時と変わらぬぼくを見上げては、恨めしそうにうなっていた。ローテーブルに温かいミルクココアが満ちたマグカップを二つ置いて、紅陽にすすめる。が、彼は気分じゃないのか「あとで」と告げ、新たなクッションを手繰り寄せるだけで動かない。
「そうだね、平気。特別いやな感じはしないよ」
「それはなによりでしたー。くそー。蒼星も雨に負けろ」
「えと、また今度……ね? それよりココア、温かいうちに飲んで」
ええ。とあからさまに表情をゆがめながら、緩慢な動作で起き上がった紅陽がマグカップを手に取る。温かなカップの温度を手のひら全体に馴染ませるように転がして、一口。……ほんのり、彼の顔がやわらいだ。
それに倣うようにカップを手にとってココアを飲んで。ぼくにとっては甘すぎるそれを嚥下する。
「そういえば、あのふたりは?」
「確か、親戚に呼ばれてどうのこうのって言って出掛けたよ。明日のうちに帰ってくるって」
「てことは、今日ふたりともいないの? ラッキー。そのまま帰ってくんな」
「……一応、両親だからね。言い方が良くないよ」
「どーでもいいよ、あんなヤツら。節穴じゃん」
ハイペースにココアを飲みきった紅陽が、再びソファに沈んでいく。肘掛け部分に首を預けて天井を見つめぼんやりしているが、飲む前に比べればいくらかマシな顔色だ。
チクタクと時計の秒針が駆けていく。紅陽が「頭に音が響くから止めて」とダダをこねる。「電池でも抜こうか」と提案すれば、「冗談と本気くらい見分けてよ」と笑われた。
たんたか。チクタク。たんたか、チクタク。言葉がないのに、今日はなんだか賑やかだ。
雨の日は体調が悪くなる。頭が痛くなる。かったるくなって、気分が落ち込む。温かいものを飲んで目を閉じると、少しだけマシになる気がする。──いつだか、紅陽本人がそう言っていた。
ならばそれをしっかり見て、写し取ろう。いつかぼくが“紅陽”になるとき、違和感が出ないように。周囲から見た彼になれるように。ちゃんと、演じきれるように。
すっかり寝入った様子の紅陽にブランケットをかける。
ぼくのカップに残ったココアは冷めてしまったようで、ぬるい甘さがよく香る。
たらたら、ぱらぱら。軽い雨粒が窓を叩く。
秒針がせかせかと動く音が、部屋に響く。
──そこでようやく違和感を覚えて、そろりと“目を開ける”。
真っ先に目に入ったのは、灯がついたままの天井。背中がバキバキと固まった感覚があり、ゆるりと体を起こす。どうやらソファに横になっていたようだ。肘掛けに頭を預けていたせいか、首筋が痛む。カーテンを締め切った窓の向こうでは雨。ローテーブルの上には青いマグカップ。中には冷めきったココアが入っている。
──ああ、寝てたのか。
ずきずきと痛む頭に、秒針の針がチクチク刺さる。雨音が体に積み重なって重たい。雨の日は、いつもこうだ。じわりじわりと広がるように、体調が崩れていく。
これがいつからなのかはもう覚えていない。ぼくの元来の体質だった気もするし、紅陽からもらったものだったような気もする。先程まで見ていた夢も、記憶なのか空想なのか判断がつかない。看病されていたのは、ぼくだったか彼だったか自信がない。
「……ああもう、めんどくさ」
マグカップに残った冷たいココアを一気に飲み干して起き上がる。
今日はもうだめだ。確か、雨は明日まで続くはずだ。
ならもう寝てしまおうか。一日くらい、のんびり休んだって良いはずだ。
マグカップをシンクに置いて、自室に戻る。
願わくば、夢も見ずに深く眠って、起きる頃には突き抜ける青空が広がっていればいい。