さっき地表に落ちてきた金属の塊よりさらに薄い金属でできた……膜だか皮のようなものをまとった、やけに水っぽいぶよぶよしたなにかだった。
それらは「彼女」と比べるとずいぶん単純な形をしていた。肢が2対4本しかない。しかもそのうち2対は体の上の方からぶら下がったままで地面に着いていない。
「へんなのー」
あんな生き物はこの火星では見たことがない。そもそも火星では生き物自体が――。
「彼女」はどのくらいぶりかで心のなかに湧いてきた「面白そう」という感情がくすぐったく、第5肢で前頭部を掻いた。
それらは「彼女」に比べるとずいぶんと緩慢な動きで、自分たちが出てきた金属の塊からいろいろなものを運び出してきた。どうやらここに巣を作っているようだ。
「彼女」の第3脳のあたりが激しく刺激された。
普段は火星環境下での変わらない毎日、変わらない本能的な徘徊行動を行っている「彼女」の脳は情緒的な穏やかさを通り越して活性そのものが低い状態で維持されていた。
しかし、謎の来訪者という想定外の刺激に「彼女」の脳の活性レベルは急激に向上していた。自分以外の生物、しかも巣を作るだけの知能を持つ……知的生物だ!
第1から第24までのすべての肢にパルスが走り、表皮がちりちりと痺れるのがわかった。何周期かぶりに、全身が衝動で動かされる。
火星の赤い酸化鉄の砂を蹴って、「彼女」は思わずそれらに飛びついた。
「やー、ごめんごめん」
そう言いながら「彼女」は第6肢をふりふりしているが、金属の塊から出てきたそれらに伝わっているのかどうかはよくわからない。
言葉が通じないなりに身振り手振りでなんとかかんとかコミュニケーションを試みた結果、どうやら金属の塊から出てきたのは時おり遠くの方に見える青い星(チキュウと言うらしい)からやってきた、「ニンゲン」という生き物らしい。
彼らはどうも薄い金属の膜をまとっていないとこの火星では生きていけないらしい。不便だなーと「彼女」は思ったがしかたがない。
そうして「彼女」はそのニンゲンという生き物としばらく一緒にいた。どこまでも赤い酸化鉄の砂の続くこの火星に、自分以外の生き物がいるのがとてもふしぎでうれしい。ニンゲンのまとった薄い金属の膜に映った赤い荒野も、なんだかいつもとは違って見えた。
そしてしばらくして、人間たちは帰っていった。金属でできた巣はそのままだった。どうやら重い荷物はできるだけ持たないようにしなくてはいけないようだった。
「彼女」は別れを惜しんだけれどしかたがない。ニンゲンたちは、いつになるかはわからないけれどまたここに来ると言った。「彼女」はそれを信じることにした。