周りよりも体格のいい小学生だった。運動神経だって決して悪くなくて、そしてそのような小学生の何割かが体験するようにバスケやバレーに誘われて、もとからの友人がやっていたのもあってバスケットボールを始めたのだった。背が高いからボールもとれるし同じように背の高い子供とだって当たり負けしない。得意だから楽しい。勝てるからたのしい。俺にとってバスケとはそう言う性質のものだったのだ。
負けたって次やったら勝てるかもしれない。今は勝てそうもなくても練習すれば次こそは。意識しなくてもそれが根底にあって中学までバスケをしていた。自分で言うのもなんだか優秀な選手だった。客観的な評価だってあった。でも青峰大輝に負けた中学二年生の夏の日に、いくらやっても勝てない相手が存在するのだと知った。野生的な本能とでも呼ぶべき肌を刺す感覚。そして勝てないバスケというものを突きつけられた時に進めなくなってしまったのだった。夏の日に青い閃光に魂ごと連れていかれてしまい、ぼんやりしているうちに秋が来て冬が来て、そして春になった。バスケ仲間の何人かは、何人かというのはかなり控えめな表現だがバスケを続けなかったと聞いた。気が進まないのでバスケ部には入らず、かといってほかに心惹かれることもなかったのでそのままなににも属さずにいる。下校する際に外周に出ている運動部の姿を見ると、どこかに連れて行かれてしまったはずの魂がちりちり泣いている気がする。でもバスケはやりたくなかったし、他の運動部だってそうだし、文化部にだって興味がなかった。踏み出さねばならないと思っている両足がぴったり地面に縫い付けられたようになって前に進むことも後ろに下がることもできず全てが目の前を過ぎ去っていくのを見ているような感覚の毎日。幸い机に向かっているのは苦ではないし勉強もできない方ではない。これで勉強もできないのだったら目も当てられない。そういえば、とあの日バスケというものを突きつけていった少年の姿を思い起こしかけてかぶりを振る。彼なら勉強ができなくたって困りやしないだろう。バスケは辞めたのに同世代のスター選手としてどうしても噂が聞こえてくる。圧倒的な才能の、傲慢な暴君。記憶にある姿からはイメージできないその像を頭の中に結んでみようとしてうまくできずにため息をつく。あの時自分が呟いたように隠していたけどずっとそうだったのか、それとも才能を手にして変わってしまったのかもう確認する術はない。しかし、もしかするとその姿を見ないで済んでいるというのは不幸中の幸いなのかもしれない。悪夢は悪夢でもまだ綺麗な悪夢の方がいい。ここから進めなくてもその方が。
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