子を宿してから日課にしている日中の散歩を終えて屋敷に戻ったところで、玄関から出てきた隊士の方達と鉢合わせる。二人とも心咲様に評価されている方達で実績も積んでらっしゃる。階級に驕らず、日々研鑽を積む向上心があって見所のある者達だと先日仰っていたのを聞いた。心咲様をよく訪ねてこられるから顔馴染みとなっている。
「新倉さん、外崎さん、お勤めお疲れ様です」
「あぁ、藤生さん。お帰りなさい。お邪魔しています」
「おっ、藤生。元気そうだなー!腹の子も順調か?」
「お陰様で元気いっぱいです」
 大きく膨らんだお腹を撫でてみせればお二人共優しい笑みを浮かべて声を掛けてくれる。彼らは今心咲様に見送られて出立するところで、簡単には片付かなさそうな任務に出るという。
 なんでも乗客が度々姿を消すという列車があるのだとか。神隠しなのではとの話もあるらしい。消えてしまった乗客に規則性はなく、人数にも頻度にもバラツキがある。不審に思って鬼殺隊から二度隊士を乗り込ませたがどちらも任務中に忽然と姿を消し、以降音沙汰がないという。心咲様が首を振る。
「鴉も丸ごとさっぱりだ。乗車した後何が起きたのかまるで分からないそうだよ」
「それで天方様のお力を借りに来たってわけだ」
「収穫はありましたか?」
「んー、ま、ボチボチだな」
「後は現地で何とか詳細を詰めようかと」
 心咲様の元にも有力な手掛かりはあまりなかったらしい。まぁ何とかなるだろと外崎さんが明るく笑い飛ばす。いつでも前向きなこの方には元気をもらえる。
「良い報告が出来るよう頑張ってきますね」
 丁寧で穏やかな新倉さんからは不安を全く感じさせない安心感がある。流石は歴戦の隊士達だ。このお二人に任せておけば大丈夫だと思える頼もしい方達だ。
「さ、いつまでも話し込んでると遅くなるからね」
 心咲様に促されてそれぞれ頷くお二人に道を開ける。
「あまり無理しないようにして下さいね」
「今度来た時は赤ん坊生まれてたりしてな!」
「お二人共、お気を付けて」
 背を向け門を潜るお二人の背に心咲様が声を掛けた。
「アンタ達、しっかりやるんだよ」
 お二人は揃って目を僅かに見開いた後に顔を見合せ、笑顔を浮かべる。
「これはこれは……ありがたい限りです」
「天方様がそんなこと言うなんて明日は雨だな!」
 外崎さんが言う通り、心咲様は大概情報を求めに来た隊士はそのままさぁ行ってきなと送り出すのみだ。こんな風に見送りの言葉を掛けるのは珍しい。いつもはそんなの当たり前だと言わんばかりの態度をなさるのに。何か心境の変化でもあったのだろうか。
「まったく、失礼な奴だよ。さぁさっさと行った行った」
 追い払うように投げやりに手を振る心咲様に向かってにっと悪戯っぽい笑みを浮かべると、外崎さんは振り向きざまにちぎれんばかりに大きく手を振る。その先でこちらに向かって新倉さんが会釈をするのが見えた。
 お二人に小さく手を振り返し、心咲様を振り返ると眩しそうに目を細めてらっしゃった。やっぱりどこかいつもの心咲様と違う気がする。
「心咲様、どこかお加減でも悪かったりしますか?」
「ヤダねぇ、アンタまで。アタシはいつも通りだよ」
 大袈裟なくらいの溜め息をついて心咲様は私の背を押す。緩やかに追い立てられた私は質問を重ねることも出来ずに休息を取らされたのだった。
 ◆◇
「乗車している間に姿が消えたと……?」
「ああ、心咲様が彼らの鴉と指定した地点での連絡を取っていたらしいが、新倉の鴉が二度目に列車に戻った時には外崎の鴉共々いなくなっていたそうだ。車両を先頭から最後尾まで隈無く探したがどこにもいなかったらしい」
「そんな……」
 数日経っても新倉さんと外崎さんは戻られなかった。任務の最中に今までの隊士達と同様に行方知れずになったままだ。痕跡こそないものの、鬼に襲われたと考えるのが妥当だろうと結論付けられていた。
 お二人共いつも通りに出立されていったのに。またなと底抜けの笑顔で手を振っていた外崎さんも、子供の顔を見るのが楽しみだと微笑んでくれた新倉さんももう戻ってはこない。それなりに面識のあった方達が殉死しただろうという事実は重くのしかかっていた。そしてその状況を受けて指令が下ったのが。
「二人の寄越した情報を元に過去の出来事と照らし合わせた結果、判明したこともある!二人の成果を無駄にしないよう気を引き締めねばな!」
 炎柱である杏寿郎様なのである。
 新倉さん達が消息を絶った後すぐに指令が下り、件の列車に潜んでいるだろう鬼の討伐が命じられた。数日に渡り駅周りを調べ、心咲様も心当たりを端から当たって情報を集めた結果、条件が揃うのが今日だと割り出したのである。
「体の方はどうだ、楽になったか」
「……はい、どうにか」
 ぎこちなくどうにか笑みの表情を浮かべれば、眉を下げた杏寿郎様が腹を撫でる。困ったようでもあり慈しむようでもあるその顔はすっかり父親のそれだ。
「お前達、あまり母を困らせてはいけないぞ」
 撫でた手のひらの動きを追うように内側から肉が押される。そのあまりの力強さに思わず苦笑が漏れる。きっと行動力抜群の子が生まれるに違いない。この子の方はきっと、杏寿郎様のことが好き。
「困った子達ですね。キチンと父上を送り出して差し上げないと」
 トントンと杏寿郎様が触れた方と反対側の腹の表面を軽く叩くと内側から微かに、でもそれと分かる程度の強さで内壁が叩き返される。こちらの子はもう片方に比べて大人しそう。どちらかというと私へ反応を返してくれる。顔を見る前から個性や好き好きが出ていて面白い。内側から偶にドカンと蹴り飛ばされたり力いっぱい押されるのには流石に閉口してしまうけれども。
 今日はいつにも増して腹が張る。普段はなんて事ないのに朝から起き上がれず、何となく吐き気が続いて胸の辺りがムカムカする。極めつけは腹の表面が硬直するようなピリッとした痛みと共に張る下腹部だ。
 具合が悪いと張りやすい気がするからきっと今日もそんな感じなのだろう。或いは杏寿郎様への任務に対する不安に敏感になっているか。外の世界との直の接触もなく、言葉を交わすことはおろか対面すらもしていないのに。この子達は見ているかのように理解しているかのように振る舞う。心の機微に聡いのだろうか。それならば私がしっかりしないと。
「梛杜奈、辛ければ無理せずしっかり休め。今は大事な時期だろう」
「もぅ……ふふ、杏寿郎様は心配し過ぎですよ」
「しかしだな、」
「人間ですもの、日によって体調の善し悪しはありますよ」
 口元に手を当てくすくすと笑えば身を乗り出していた杏寿郎様が元の場所に座り直す。
「君がそう言うなら引き下がるが、もう臨月なんだからな。くれぐれも無理はしないように」
「ふふ、心得ました」
  恭しく頭を下げて了承の意を示せば、漸く杏寿郎様も表情を和らげてくれた。在胎週数も三十八週に入り、もう後二週間ばかりで出産の見込みだ。落ち着きがなくなるのも心配が増すのも理解はするけれど、最近はやたらと過保護だ。それとも私がのんびりし過ぎなのだろうか。
「梛杜奈、落ち着いたかい」
 襖からひょいと心咲様が顔を覗かせる。返事を返せば手伝ってほしいことがあるという。代わりにと膝を立てる杏寿郎様を大丈夫ですよ、と押し止めてゆっくりと立ち上がる。起きた時のようなふらつきも浮遊感もない。
「休んでるとこに悪いね」
「いいえ。朝の目眩のような症状もありませんし大丈夫です」
「じゃあ手早く済ませようかね。大丈夫ならアンタに見てもらおうと思ってね」
 連れてこられたのは土間だった。食材が何種類か用意されていることに首を傾げる。昼は先程済ませたばかりだし夕食の準備には早い。戸惑いながら声を掛けると、心咲様は肩を竦める。
「今回の任務は長丁場と聞いたからね。偶には握り飯でも持たせようかと思ったんだけど、何がいいかと思ってね」
 直接本人に聞いてしまえばいいのにと思うものの、心咲様は素直じゃないから聞きづらいのかもしれない。本当に意地っ張りなんだから。くすりと笑み零しながら声を掛ける。
「僭越ながらお手伝いさせていただきます」
 調子に乗るんじゃないと頭を軽く叩かれてもおかしくなかったのに、心咲様は穏やかに微笑んだ。ここの所の心咲様はやっぱり変。
 言い出したのは心咲様の筈なのに具を決めるのもおにぎりを握るのも私だった。心咲様は私の選んだ食材を使いやすいように整えてくれて、お陰で調理に手間取ることもなくすんなりと仕上げることが出来た。私の体調を確認する心咲様にこれくらい何ともありませんと答えると、ホッと息を吐いて確認するように二度頷いた。
「アンタも上手く調理するようになったね。ここに来た頃とはエラい違いだ」
「心咲様のご指導の賜物ですよ」
「アンタの根気と根性の成果だと思うけどねぇ」
 しみじみと思い返すようにいう心咲様に口を尖らせて抗議する。あの頃は家のことを手伝わせてほしいとただ必死に心咲様を追い回すばかりだった。最終的に根負けした心咲様が少しずつ教えて下さるようになったけれど、今でもあれが正解だったかと聞かれれば曖昧に笑って誤魔化すしかない。正しくはないけど間違いでもなかったのではないだろうか。でもそれは結果論に過ぎないとも思う。でもまぁ、そのお陰で今日があるのだから心咲様について回ってよかったと結論づけてもいいだろう。
 任務のために東京駅へと出立する杏寿郎様を見送るために玄関に立つ。背を向けた杏寿郎様に切火を切り、無事を祈る。いつだって見送りの時には多少なりとも不安を抱えるけれども、いつだって帰ってきてくださったのだから今回もきっと大丈夫。頭を過ぎる嫌な想像を打ち消す。送り出す私が暗い顔をしては心配を掛けてしまう。
 用の済んだ火打石を心咲様に手渡し、代わりに竹皮の包みを受け取る。きょとんと目を丸くする杏寿郎様にお腹の足しに、と差し出すと受け取りながら苦言を呈される。
「ありがたいが無理はするなと、」
「無理はしていませんよ?それに私が用意したかったので」
 本当のことを話せば心咲様は盛大にヘソを曲げてしまうだろうから、真実とも嘘ともつかない理由で押し通す。杏寿郎様の手に渡ってしまえば心咲様もあれこれ言うことはないでしょう。
「そういうことならばありがたくもらおう!」
「ふふ、今日は鰆の西京漬を詰めてみました」
「それは楽しみだ!」
 心咲様が馴染みの魚屋から勧められたという鰆。晩御飯用にと心咲様が用意していたものを拝借したものだ。残りが今日の夕の食卓に並ぶのが楽しみ。
「美味しく召し上がってください」
「うむ!……お前達、良い子にしているんだぞ」
 すぅっと腹の上を滑る手に応えるように左右から内側が押される感覚がする。杏寿郎様も感じたのか、パッと私の顔を見た。自然と互いに笑顔になる。
「良い返事が返ってきたから安心だな!」
「そう願います」
 うむとひとつ大きく頷いて杏寿郎様は「では、」と口を開く。今度こそ出発だ。
「行ってくる!」
「ご無事のお帰りをお待ちしています」
「心咲様、梛杜奈を頼みます」
「あぁ、任せときな」
 了承の意を込めて力強く頷いた杏寿郎様が背を向ける。引き戸に手を掛けた所で不意に心咲様が杏寿郎様を呼び止めた。
「しっかり責務を果たしてきなさい」
 心咲様は矢張り見送りの言葉を任務に向かう隊士に掛けることにしたのかもしれない。いつも厳しい言葉ばかりを投げているからいい傾向だと思う。親しみやすくなったら他の隊士の中にも心咲様を頼る者が出てくるかもしれないし。
 心咲様の言葉に驚いたように目を丸めた杏寿郎様はしかし背筋をピンと伸ばしてハッキリした声で短く返事をした。
「勿論です!」
 炎の羽織を翻し、光の中へと消えた逞しくも頼もしい背中を見たのはそれが最後だった。
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「いってらっしゃい」と手を振って
初公開日: 2021年04月10日
最終更新日: 2021年04月10日
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コメント
鬼滅夢小説。オリジナル夢主、オリジナルキャラあり。
お相手は煉獄さん。
梛杜奈(なずな):夢主
心咲(みさき):夢主の育手。梛杜奈が隊士になった後も自分の屋敷で梛杜奈の面倒を見ている。訳あって梛杜奈を最後の弟子にすると決めている。霊感らしきものがある。
過呼吸の話
夢主の体調不良をトレイ先輩が見つける話。
藤宮
我こそカモミール2
文スト黒の時代三部作夢主編。書かねば書きたいシーンにたどり着かない。
藤宮