人付き合いは苦手だ。元々引っ込み思案でもあるし、自分の意見を話すのは得意じゃない。話し手より聞き手の方が向いていると思うし、自分の考えを語るより話を聞いて感想を伝える方が好きだ。
けれど周りの人と楽しくワイワイしている方が歓迎されると気付いたから。人の輪の中にいる方が他の人と軋轢を産まないと知ったから。興味が無い話にも乗るようにしたし、別に面白くなくても合わせて笑うようになった。なんて、窮屈な世界。
今日も今日とてクラスメイトと他愛ない話をし、切り上げるに切り上げられなくて結局最後まで話に付き合う羽目になってしまった。何だか今日はものすごく疲れた。気管の辺りに何か鉛のような固くて大きいものが詰まったような気分。気持ちが重苦しくて、移動した先に誰かがいたらまた話をしなきゃいけないのかと思ったらものすごく憂鬱だった。
話したくない、放っておいてほしい。廊下を歩けば誰かに話し掛けられて、息をつく暇もない。いつどこで誰に会うか分からない緊張感で頭がおかしくなってしまいそう。もう嫌だ。もう疲れた。けれどそんなことが他の人に知れればどんな顔をされるか分からない。
考えれば考えるほど頭が重くて、気分が塞いで何もしたくない。どこにも行きたくない。それでも部屋に戻ることだけでもしなくてはと足を踏み出した瞬間、頭がぐらりと揺れる。周囲の音が急速に遠のいて目の前がチカチカした。体がガチガチに固まって動かない。上手く息が吸えない。苦しい。呼吸を繰り返しているはずなのに空気が吸い込めている感じがしない。何が起こっているの?私はどうなっているの?
ずるりとその場に座り込んで浅い呼吸を続ける。息が吸えない。肺が広がらない。背中が反らせない。内に、内にと体がひとりでに丸まってしまう。どうにも出来ない。怖い、苦しい。助けて。誰か、誰か……っ
「マリアーヌ!?」
遠くで誰かに呼ばれた気がした。でも誰かを判別出来るような余裕もなくて、ひたすらに吸って吐いてを繰り返す。気管がどんどん狭まってそのまま押し潰されてしまいそう。
こんな失態を他の人に知られるということは失敗作の烙印を押されてしまうかもしれない。あぁ、あんなに無理して取り繕ってやり過ごしてきたのにこんなたった一回の失態で全て台無しになってしまう。どうして私はこんなにも不出来なの。どうして私はこんなにも情けないの。悔しくて、恥ずかしくて涙が溢れる。失態に失態を重ねて私は一体何をしてるんだろう。
「落ち着け、まずはゆっくり息を吸って……くそ、駄目か。誰か……」
いつの間にか傍に来ていた誰かが声を掛けてくれているみたいだけど聞き取れない。あぁ、私の優等生人生も終わったなぁ。もういっそ、このまま意識も何もかもなくなってしまえばいいのに。そうしたら少しは楽になれるのかな……
「聞け、セイレン」
ピシリとした張りのある声が鼓膜を震わせる。強く背が擦られ、体の緊張と硬直が少し和らいだ。
「気分を落ち着かせろ。それから空気を二度吸い、一度吐き出せ。それが出来たら同じことを繰り返せ」
訳も分からず指示された通りに二度吸い、一度吐く。浅い、吸えない。引き攣る喉に情けなさが募る。
「諦めるな。少しずつでいい。さぁ、」
厳しいながらも諭すような声に導かれるように変則的な呼吸を反復する。ひ、ひ、ふー。ひ、ひ、ふー。
「よし、その調子だ」
何度か繰り返し、ようやく通常の呼吸に戻る。気道の狭まりもいくらか落ち着いたようだった。差し出されたハンカチで目元を拭う。クリアになった視界に映ったのは印象的な白黒の配色。クルーウェル先生だった。
「あり…がとうございます、クルーウェル先生」
「Good girl、よく頑張った。これからも繰り返す可能性があるから今の対処法はしっかり頭に入れておけ」
「……はい」
これは繰り返す恐れがあるのか。出来れば二度と起こしたくはないのだけれど。肩をがっくり落とした私の肩に手を置き、先生は言った。
「あまり気に病むな。それと、礼はクローバーに言ってやれ」
「え……?」
促されて後ろを振り向くと、居心地悪そうにしているクローバー先輩がいた。えぇと、先生の言い方だと助けてくれたのはクローバー先輩?
「そんな、俺は何もしてないですよ」
「お前はいち早くセイレンの異常に気付き、俺を呼んだ。十分だろう」
「そんなことないですって……」
決まり悪そうに苦笑いするクローバー先輩の肩を叩いてクルーウェル先生は行ってしまった。
これで終わりでいいのだろうか。ぼうっとした頭でそんなことを考えていると、クローバー先輩が目の前にしゃがみこんで顔を覗き込んできた。
「落ち着いたか?気分はどうだ?」
「あ……はい、さっきよりは大分楽です」
「そうか、よかった」
ふ、と安心したように口元を緩めるクローバー先輩。これは心配されているのかなぁ。あまり向けられたことのない類の対応に戸惑う。
もしかしたら昔は当たり前のように向けられていた感情なのかもしれないけど、もうすっかり忘れてしまった。そこで私は随分と長い間しっかり者で手の掛からない子供を演じていたのだと気付いた。
そんなことないのに。いつだって不安と心配で胸はいっぱいなのに。でも、そんなことを言ったらお父さんもお母さんも心配するでしょう。だから平気。平気な振りをしていなきゃ。辛いこと、苦しいことは全て胸に仕舞い込んで元気な姿を見せなくちゃ。
でもね、本当は辛いんだよ。苦しいんだよ。……助けてほしいんだよ。
視界が滲む。