開演ブザーが聞こえない
プロローグ
 この物語は悲劇ではない。しかし喜劇というには些か悲しみが多く、解釈によっては一概にそうでないと否定することは難しい。
 主演 ヴィル・シェーンハイト
 一ベルはもう鳴っている。舞台袖から中央へと進む。準備はできているのは当然で、この物語の主人公は紛れもなく彼自身。深く息を吸い込んで、その瞬間の最も美しい自分が存在するようにと胸を張る。
 いよいよ舞台の幕が上がり始める。開演のブザーの音が今──
第一幕 最高の目覚めでしょう。
 まばたきを繰り返すと、視界が徐々に鮮明になり始める。ここはどこだろう。ぼんやりとする頭で辺りをゆっくりまばたきしながら、目だけで確認していると、床に溢れているりんごジュースと、中身が僅かに残るグラスがからんと落ちていた。
 ああそうか、また……と深く息を呑み込んで、傍にいるであろう人物を探るようにようやく首を動かすと、オンボロ寮のソファーの縁に腰掛けて、優雅に爪を眺めている美しい人と目が合った。
「あら、もう目が覚めちゃった?」
 ケラケラと優雅に、どこか芝居がかった身振りで肩を揺らして笑う。その表情はさすが俳優とでも言ったところだろうか、本心なのか演技なのか判断が困難であった。
 体のだるさと、複数の感情に重いため息を吐き出して、その美しい人……ヴィル・シェーンハイトが愛する、魔力一欠片さえ持ち得ない、なんの取り柄もない監督生、がようやく体を起こしクラクラとする頭を抑えて「またですか」と呆れたように問うた。
 また、というのはヴィルが監督生にユニーク魔法『フェアレスト・ワン・オブ・オール』をかけたことを意味している。なぜそんなことをしたのか、というところを監督生自身も理解している。しかし重ねてなぜを問う。こんなことは意味を成さないと、どうしてわかってくれないのだろうと。
 お互いを強く想い合う者からのキスでしか目覚めない。これがヴィルが監督生にかける美しき毒の花に等しい愛の試練なのだ。
「アタシはアンタの王子様には絶対になれないのよ」
 困ったように眉を寄せ、わかって? と強請る。唇に残っている口紅を拭いながら、ヴィルはそうやって絆すように、麻酔をたっぷり塗った針で毒を注入していく。
 運命というものがあり、いつか誰かがと歌うのであれば、それに重ねて歌を送るのはきっと自分ではない。無理矢理捻じ曲げて、小指の糸を断ち切った。監督生のまだ見ぬ運命の相手は、ヴィルという悪役によって現れる前に消失したのだ。
 気持ちを試す。というのは建前だ。自分を愛さないのであれば、生涯目覚めることのない眠りについてしまえばいいなんて……
「アタシはね、いじわるなのよ。逃げる子に容赦なんてしてあげない」
 艶やかなりんごに触れるように、ヴィルのきちんとケアされた美しい手のひらが頬を撫で、唇を爪の先がなぞっていく。
「ふふ、嘘ばっかり」
「え?」
「いじわるな人は、こんなに優しい触れ方しないんですよ」
 ヴィルはその言葉でか、表情でか、何をおいても今こうしなくてはならないという脳の指令が感情を凌駕して、自分の両腕で簡単に覆い隠せてしまうような頼りない体を抱き寄せて、小さな頭を大きな手のひらで包むように……というよりは髪を掻き抱くように、些か乱暴に包み込んだ。
「バカなこと言わないで! アタシはね、アタシを捨てていくアンタを許せないし、アタシを選ばないアンタが大キライだし、アタシ……アタシは、アンタの事を信じてあげられない自分自身が一番キライなのよ……」
 痛いくらいの拘束にも関わらず、監督生はヴィルを拒絶したりはしない。この痛みも、切ないくらいの苦しみも全部、彼と分け合うべきものであるのだと理解しているからだ。
 監督生はいつか元の世界に帰る日が来てしまうかもしれない。それが自己意思かどうかはわからないけれど、それだけでも恐ろしいというのに、監督生にとっての運命の王子様はきっと自分のような男ではないという意識が、ヴィルの不安をより募らせてしまうのだ。
 だというのに、彼はただの一度も「帰らないで」と言ったことはない。それがまさしく彼の優しさの証明なのだ。
「何度でも呪ってください。そして必ず目覚めた時にそばにいてください」
 監督生はヴィルの背に腕を回し、ぽんぽんとあやすように、宥めるように叩いた。
 しばらくそのまま抱きしめあって、少し赤く滲んだ瞳を蠱惑的に細めながら「このアタシに目覚ましになれって?」と額を合わせて問えば、花が咲くように柔く微笑んだ。
「とっても最高の目覚めだと思いませんか?」
「フン、贅沢な子ね。でもそんなアンタが好きよ」
 第二幕
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向き
開演ブザーが聞こえない
初公開日: 2021年04月09日
最終更新日: 2021年04月09日
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