簡単な話
こんな事を突然と思うでしょう。僕も同じ気持ちです。
手紙の書き出しはこんなところか。皮肉をたっぷり込めた「親愛なる」を睨みつけ、文字を連ねる。
世界はそう。簡単には変わりはしない。争いも、差別も、病も、当たり前にすぐそばにある。それはもう影のようなもの。
知っているのに、往々にして知らないふりをする。それが生きるということ。なにかを奪い、捨て、それを繰り返してこれまで生み出してきた。これは指を刺されることではない。
影を落とした髪を耳にかけ、顎にペンを押し当てながら「はっ」と笑い声をあげた。
説教を垂れても無駄なのに、詰るような言葉を連ねてしまうのは、僕の感情が「捨てられる」ことを恐れているからに他ならない。
僕は奪う側がいい。捨てるのは楽だ、簡単だ。その始末は他所がつけるから。
あの人は人知れずこの世界からいなくなってしまった。僕はそれを人伝てに聞いたのだ。悔しいんだか、悲しいんだか、訳もわからず泣いて、泣いて、泣いて、怒り、そしてまた泣いた。
寝食も取らずにいられたのは立ったの三日程度。少しづつ日常を取り戻し、取り繕い、日々を積み重ね消費した。
たった一人。それもなんの価値もない人間がこの世界から消えただけ。世界はネジを失うこともなければ時の歯車も壊れもしない。ただ当たり前が繰り返されていく。
それがとても恐ろしいと言うことに気がついてしまったんです。
僕の中のあなたは、こんなにも深く傷を与えたくせに、僕もまた日々に呑み込まれてゆくのが常なのだ。
あなたのいない世界は色褪せることもない。世界はいつもと変わらず、カラフルに移ろうだけ。
あなたは満足していますか? これでよかったと、手放しで喜べますか? きっとあなたはそんなこと思ってもいないのでしょうね。
インクが滲む手紙が、続きを待っている。僕はその先になんと書こうかは決めてあった。
あなたと言う自分勝手な人は、こんな僕の感情に同情こそしても決意は揺るがなかったのでしょうね。
あなたを引き止める手段はきっとあったはずなのに、僕はそれをしなかった。当たり前が崩れるのはいつだって突然だ。僕はいまだにそのことを理解できていなかった。ただそれだけ。
複雑な言葉を並べたところで、あなたには伝わらない。伝わっても、はぐらかされるだろう。
だからこれは簡単な話……
「僕はあなたが好きだったんですよ」
親愛なるあなたへ、恨みつらみを返信不要でお送りします。