他寮生から恐れられるディアソムニアの寮内に、マレウスのリリアを呼ぶ声が響き渡っていた。
 これはなにかあったのだろうかと、威厳ある風格のその空間にピリピリとした緊張が走った。中でもセベクは「若様!! このセベクが!」と内容を知りもせずに解決策を出しましょうと率先して身を乗り出していた。
「なにを騒いでおるのじゃ」
「僕はとんでもない失敗をおかしてしまったのかもしれない」
 マレウスの感情は天候をも揺るがしてしまう。なので、空模様がどんよりと分厚い雲に覆われて、今にも雨が降り出しそうだ。
 セベクの「若様が失敗など犯すはずがありません! どのような結果になろうとも、それは必然なのです!」というセリフが、マレウスの心にざっくりとトドメを刺したのだが、本人は良いことを言ったとドヤ顔をしている。ついに空から大粒の雨が降り注ぎ、窓をガンガンと叩き始めてしまっていた。
「なぜそんなに落ち込んどるんじゃ? 話してみよ」
「……いい」
 傍目ではわからないが、マレウスは完全にヘソを曲げた。マレウス命、マレウス至上主義なセベクが放った「必然の結果」がかなり効いたらしい。
 むすっと頬を微かに膨らませて、不機嫌そうに眉を寄せているのだが、それに気づいているのはリリアだけだ。リリアは心の中でウケる。と腹を抱えていたが、それをいじるとより拗れてしまうので、大人として我慢をした。ワシ偉いな。と自分を褒めながら、マレウスに歩み寄るように、優しく語りかけ、セベクを黙らせた。
「……くふふっ、検討はついておるよ。あの子のことじゃろう? なにをしてしまったのか、わしに話してみよ。そうすれば、なにか解決の糸口を見出せるやもしれん」
「…………………それが」
 マレウスははぁとため息を吐き出して、リリアに話した。正直このまま誰にもこのことを言えず、抱え込むのは良い判断ではないことはよく理解していた。
 
 荊の谷の長い長い歴史の中で、あれほど騒ぎになったのは、敵国が攻めてきた時でも、リリアの煮込み料理があたり一体に激臭を放った時でもない。
 マレウスは……というより妖精族は眠りを必要としない。眠らずとも良いというだけで、眠らない訳ではなく、マレウスは戯れ程度によくうたた寝をしていたのだが、ついうっかり眠り過ぎてしまったことがあったのだ。
 うっかりのレベルが長寿の妖精族でさえどよめくレベルというだけで、マレウスのお茶目な失態がどれ程影響を与えてしまったかは想像にかたくはない。
 ちなみにその時のリリアは「良き夢を見とるのじゃろうて」とケラケラしていた。
 そして今回。マレウスの犯した失態なのだが、これは本人的には冗談のつもりだったのだ。
 オンボロ寮の談話室にある一人がけのソファーに座って、マレウスは目を閉じていた。長い睫毛が震えることもなく、ただ静かに時間が過ぎる。
 監督生は初めこそ「あ、寝ちゃった」と思っていたのだが、戯れにじっと見つめようが、軽く体に触れようが、勇気と好奇心を持って立派なツノに触れてみても、ピクリとも動かない。
 監督生は段々と不安が確信に変わり、そうっとマレウスの左胸に耳を当てたのだが……
 鼓動が聞こえなかった。
 監督生は知らなかったのだ。妖精族の心音は人間の耳にははっきりと聞こえないということを。
「死んでる……?!」
 よろよろと立ち上がり、顔面蒼白になりながらなんとかしないととスマホで自分の元いた世界の緊急車両呼び出しコードを押して「違う、ここは、」と焦りながらも、誰かに連絡しなくては、じゃないと……と震える指で操作していたのだが、パニックに陥っている耳に「ふはは」という笑い声が聞こえてきた。
 その後のことは想像にかたくはないだろう。「妖精ジョーク」と自分発信の冗談でからかったのだと言うマレウスに、監督生は顔を真っ赤にして大激怒した。「全然笑えない! 顔も見たくない!」と追い出され、マレウスはもう意味がわからなかった。
 だってこれは冗談であり、生きる時間があまりにも違う種族に対しての親愛の証でもあったからだ。
 本来不必要な眠り。それは大切な人との瞬きに近い時間を奪うものである。しかしそれでも眠るという行為を自然とできるのは、同じ時を刻みたいと言う意思でもあるのだ。
 これはマレウスがうっかり長い眠りについた事件を受けて、後からつけられた俗説なのだが、マレウス自身に逆輸入された。異種族婚が当たり前になりつつある昨今、この親愛の証明方法は若者の中でよく流行っていた。
 なのに……
 マレウスは目に見えるほど落ち込み、項垂れていた。リリアは吹き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。肩を震わせながら「それは誤解されたやもしれん」とできうる限り神妙な顔で、落ち着いた声でマレウスに言った。
「誤解を解けるだろうか」
「それはお主次第じゃろうな……あの子はマレウス、お主が死んでしまったのではないかと相当心配しとったんじゃろう? お主はきちんと自分の言葉で説明するしかなかろうて」
「しかし僕は今人の子に顔も見たくないと言われて」
「あ〜、だめじゃなぁ〜そんなんじゃ全然だめじゃ」
「どういう意味だ」
「いやよいやよも好きのうちという言葉もあるんじゃよ」
 勿論本気の嫌だもあるけれどというのは置いておいて、
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初公開日: 2021年06月12日
最終更新日: 2021年06月12日
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冗談が冗談に聞こえなくて喧嘩するマレ監