静まり返った室内に、アナログの時計の針が進む音だけが響いている。やけに目と脳がさえ切っていて眠れない。眠りにつきたいはずなのに、今日は夢見が悪そうだと直感が訴えているのも原因だ。そんな勘を無視して寝て、後悔したことが何度もあるからと余計に身構えて神経が研ぎ澄まされていく。こういう時はテレビショッピングを見るのもいいけれど、昨晩注文をしたばかりだ。まだキースにはきっとバレていない。けれど近々届く荷物の量を見て眉を吊り上げるのは分かっているから今は少しでも段ボールの数を抑えておきたい。テレビを見てしまうと買いたい衝動を抑えられる自信は無いからグッと堪えるしかない。
 ゴロンと寝返りを打ってシェルフの向こう側へと目を向ける。幾つかの本や書類、キースのコレクションとなっているお酒や俺のインテリア雑貨の隙間からはキースの寝ている姿が見えた。
「キース」
 名前を呼んでも反応は返ってこない。当然だとは分かっているのに、今すぐにキースの声が聞きたくて仕方がなくて何度も、何度も名前を呼ぶ。
「キース」
「……なんだよ」
 針と俺の声の間に一つ、新しい声が入り込む。それは夢と現の境目が分かっていないもの。何か反応が返ってきてほしいと願ったのは自分自身だというのに、いざそれが本当に起きると驚いてしまう。息をのんで何度も瞬きをしていると、布の擦れる音がしてシェルフの隙間から翠眼と目があった。
「……起きちゃった?」
「そりゃ、何度も名前を呼ばれたらな……どうかしたのか?」
「別に何もないよ」
 眠れないんだと素直に言っても良かったけど心配かけるだろうから唾と一緒に飲み込んだ。キースの瞳は訝し気な色を持って細められ、すぐに「あっそ」という言葉と共に伏せられてしまった。
「さっさと寝ろよ~明日昼間から訓練するとか言ってただろ」
「うん、ごめんな」
「別に謝ることじゃねぇよ……」
 語尾がいつも以上に伸びたキースの声は本当に眠たそうだ。再び眠りにつくために俺の方へとキースは背中を向けてしまう。おやすみ、と小さく呟くもきっと届いていない。今度こそはちゃんと俺も寝ようと瞼を閉じると、静かな部屋へと逆戻りしてしまう。そして何か音を聞いていないと落ち着かない俺の耳は、十分とこの空気に耐えられなかった。
「なぁキース」
「……今度はなんだぁ?」
「そっちで寝てもいい?」
「……今日だけだぞ」
 呆れ交じりに吐き出された声に安堵の息を小さく漏らすと、自分のベッドから抜け出す。眠たそうにしながら毛布を持ち上げてくれていて思わず笑って、遠慮なく作られた空間へと体を滑り込ませた。キースの今日だけはもう両手でも数えきれない程耳にした言葉で、数えるのも忘れてしまった位にひとつのベッドで眠りについたことがある。
 男の体はしっかりとしていて固い。普通ならそんな固いものに抱き着いて眠るなんて考えられないけれど、キースだけは昔から特別枠だった。落ち着かない時、眠れない時にこうしてキースのベッドに潜り込んで眠ってばかりいる。今日もいつものように何故か俺よりも厚いキースの体に腕を回して胸へと顔を押し付けると、当たり前のようにキースの手が背中へと回された。
「キースの心音って落ち着くんだよな」
「そりゃそーかい。ディノも相変わらず体温たけぇよな。ねみぃ……」
 大きな欠伸を一つすると、すぐに寝息が聞こえてきた。簡単に落ちてしまうほど眠かったのに、気遣って起きていたことに申し訳なさと嬉しさで不思議と頬が緩んでいく。
「……キース」
 お願いだから、ここに俺以外の誰もそうやって迎え入れないでほしいな。
 身勝手な願いを心の中だけで続けて背中に回していた腕に力を籠める。キースと一緒に眠ることが出来るのは俺だけだといいのに、なんてぼんやりとした頭で考える。折角買った物を手放したくない気持ちには似ている気がする。けれどどこか形の違うその感情に名前を付けてしまうとこうやって一緒には眠れなくなってしまいそうだからわざと目を逸らす。
 隙間なんてないほどに密着して聞こえる音にほっとして、瞼を落とす。キースの優しい所も、ダメな所も沢山の人に知ってほしいと思うのに、キースの心音と温かさは俺だけが知っていたい。早く脈打つ心音はいったいどっちの物だろうか。分からないけれど、眠りを誘うのには十分な音にゆっくりと意識を手放していった。
 目を覚ますと夢の内容は覚えてなかった。悪夢ではないと言う事だけは分かってホッとして、まだ背中に回ってる腕をそのままにしてキースの頬を叩いて起こすことにした。
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20210327キスディノワンライ
初公開日: 2021年03月26日
最終更新日: 2021年03月26日
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第四回「探偵(助手)/独り占め」