時間も夕刻となり、通りを急ぎ早足で歩き去る人や友と談笑しながら歩く学生たちの姿で溢れていた。
足早に歩く人の靴音、談笑の楽しそうな声、立ち並ぶお店のショーウィンドウの数々は人目を惹くカラフルな色で煌めいている。
その色々な音で賑わう風景に耳を傾けながら桐ケ谷は約束の目的地へ向かう。
『駅前の貸しスタジオ』。それが今の行先。
通りをもう少しばかり歩くと、目的の場所に到着した。
スマートフォンで現在の時間を確認し、ついでに連絡用アプリのマインも確認してみたが前日交わした内容で既読のまま、特に追加の連絡の様子も見当たらなかった。制服のポケットにスマートフォンを入れ直したあと店内に入り今日予約していた名前の「刑部」で貸しスタジオの一室に入る。
エアコン1台、スチール製の譜面台が3本、テーブル1台に丸形のスツールが3脚並べられている防音の個室。そこそこの広さはあるし、育ち盛りの男子学生が2人はいっても不便さはない。
テーブルの上にスマートフォンとトランペットケースを置き、トランペットを取り出し手に取った。
切れ者の生徒会長と素行の悪い不良生徒。
学校でお互いがこのレッテルを貼ってある立場上、多く会話を交わすことも隣で笑いあう事すら難しい。
時折こんな風に「トランペットを一緒に演奏する」ために駅前の貸しスタジオを借り、入室する時間をズラして待ち合わせをすることにも慣れてきた。
この約束をした日は前日から日付が変わるのが楽しみになる。
「……遅いな」
しばらく一人で音を出して時間を潰していたがいつもより遅い気がする。いつもなら入室から15分ほどズラす程度なのに。
テーブルに置いてあるスマートフォンで時間を確認すると入室から30分と少し過ぎていた。
連絡用アプリにも何も通知はない。
何かあったのかとメッセージを送ろうとアプリを開こうとした瞬間に部屋の扉が開いた。
「遅くなってすまない 急に入った生徒会の会議が長引いてしまって」
待っていた、人影。
「生徒会長様は大変だな」
何もなくて良かったと安堵の表情と少しのからかいの声が混じる。
「あんまりからかうなよ」
軽く笑って返される。
「時間が気になって向かう途中で連絡するのも忘れていた」
笑いながらテーブル上の先にあるトランペットケースの隣に自分の持ってきたトランペットケースを並べたあと中からトランペットを取り出す。
よく見れば少しだけ息が上がっているようにも…見える…
刑部もこの僅かな時間を楽しみにしてくれてるのかもしれないと思うと顔が綻んでしまう。
「なぁ!早く音合わせようぜ」
トランペットを持ち、隣同士肩を並べて音を重ねる。
あの頃は当たり前だった。これがお互いの場所なのだと。
今は………
今。 これは自分たちが決めたことだ。
最後までやり通す。俺らならできる。
それがひと段落ついたなら、また気兼ねなく二人で演奏できる。
出会ったあの頃から、ウロボロスで演奏してた頃も、全部含めてお前の隣にいるのが日常だから。
音が流れてあふれ出る。
ウロボロスで一緒に演奏してたこの曲が好きだ。刑部が隣に居るこの曲が。
音を重ね合わせている時の刑部の表情は涼し気でありながら柔和で。
その顔が、その表情が、重ねる音が好き。
二人しかいない防音の個室で奏でる音は今ここにいる二人にしか返ってこない。
「あー…もうそろそろ時間だな 俺先に出るわ」
トランペットをしまったケースを持って扉に向かう。
音合わせの合間に近況を笑いあいながら話してるとあっという間に時間は過ぎる。
マインで連絡も取りあうし通話もできるが直接あって顔を合わせて喋ることが今は特別になってしまった。
「じゃあ ――」
「ああ ――」
帰り際、扉が閉まる前に短い挨拶を交わしたあとスタジオを出た。
「終了の時間だな…」
帰るための手荷物はすでに準備済みの状態で時間を確認して受付に向かう。
桐ケ谷がスタジオを出てから約10分ほどたった頃合いだろうか。
今日は予定外に時間が押してしまったのは残念だが、ほんのこの僅かな時間でも一緒に音を合わせられるのはとても大切な時間だ。
あの頃からずっと隣にいるのが当たり前で、これからだってそう思える。
今、やるべきことをやり遂げてからなら。
…桐ケ谷は自分がトランペットを演奏している時の顔がどんな表情をしているのか知っているのだろうか。あの、何かを想い、柔らかく慈しむ優しい表情を。
優しい微笑みで満ちているあの顔をするのが、俺と…二人での演奏だからだと思うのは自惚れだとしても。もう少しだけ、そうさせてくれ。
店外に出ると夕刻が更に深くなり、通りのショーウィンドウの照明は明かりを増し、車のライトもちらほらと。トランペットケースを握りしめ、帰り路を歩いていく。
明日。また会う顔が生徒会長と不良生徒だとしても。
《今はこれでいい》
【次はアイツの好きな〈コーヒー〉・〈カレーパン〉でも手土産に持っていこうか—】
帰り際に渡したらその帰り路の間も自分の事を考えていてくれるだろうか…
一人街中を歩きながらそっと零れる微笑みは柔らかく空気に溶け、二人のそれぞれの足元の靴音に優しく重なった。
――――――――――また、明日。
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◇2021.03.19 現 泣いてる 全体的になんかこういい感じに変換してほしい
◇2021.03.20 3:08 TwitterUP済
◇2021.03.20 12:12 pixivUP済
作業用BGM:30分耐久カチューシャ(プラウダ高校)