目の前に広がるのは木々が無造作に根本から折れて倒れている景色。
 まるでなんかの災害が通っていったような跡。
 森だった場所が一夜にして荒野になったような、そんなちぐはぐな印象だった。
 明らかにさっきまで居た場所とは違う。
「双子の星……」
 神話で読んだ双子の星の神が起こす「竜巻」の跡が、まさにイメージにぴったりだった。
 後ろの青白く光っている洞窟が、アレだ。前に本で読んだ、神の加護を持ちしものだけが、渡ることを許されるという惑星と惑星をつなぐ道……。
「我が、同胞よ」
 いきなり響く声に身構えた。
 視界に捉えた姿には、見覚えがあった。真っ黒なフードに身を包んだ男――羊の神に矢で打たれて倒れた、あの人間―――それと同じフードを被っていた。
「…………」
「怖がらなくて大丈夫だよ。私は、君と同じ蛇遣いの加護を受けたもの」
 男がそう言うと、フードの下を軽く持って首の近くに空間を開ける。その隙間からちらりと光る鱗と細長い舌が顔を出した。蛇だ。
「お、俺は好きで加護を受けたわけじゃない!!」
 拒否するように一歩後ろへと下がった。嫌な汗が頬を伝う。
 できることなら、元の世界に戻りたい。ヘレに会って牡羊の加護を受けたことの祝福をしたい。加護をもらうならオフィウクスの加護ではなくて……牡羊の神の加護が良かった。
 胸のくすぶった気持ちに、思わず奥歯に力が入りギリッと嫌な音を立てた。
「加護は、神が選び与えるものだ。人間に選択権はない」
 男の淡々と紡がれる言葉は衝撃的だった。「選択権はない」たしかにそうだ。でも、それがたしかなことだとしてもショックが大きかった。
 だって、っていうことは、俺はアリエスには選ばれず、オフィクスに選ばれるような人間だったってことだ。あの、消えた13番目の惑星の神になんて選ばれるような……。
「何も残念がることはない。我々は選ばれたのだ」
「それが、イヤだっていうんだよ。消された13番目の星の神の加護になんの意味がある? 連れ去られて二度と元の場所には戻れない……」
 知らない、どこにも逃げられない場所に連れていかれる。それが、教えられたオフィクスの話だ。
「それは、羊の星に伝わるオフィクスの話か?」
「そうだ」
「はは……ははははは!!」
 俺の言葉に心底面白そうに男が笑い声をあげた。俺は、ぎょっとして、恐怖からまた一歩後ずさる。
「な、なにがおかしい!?」
「はぁ……無知。無知だな、君は」
 男は口元に手を当てて、笑いをかみ殺すと、顔をあげる。初めて燃えるような赤い瞳と目がかちあった。褐色の肌と薄い銀糸のような髪にあいまって、より一層赤みが強調されている。
「閉鎖された空間での話に真実がどれほど含まれているのか。誰かに得になるように組み替えられているに決まっているだろう?」
 男の言葉に困惑しかできず、言葉の意味をうまく呑み込めない。いや、いままで聞いた神話の中に「嘘」が含まれている。そのニュアンスだけは読み取れた。
「安心しろ。オフィクスの加護は『知識』。使いこなせるようになれば、世界の真実が見えてくる」
 男の首元に潜んでいた蛇がするりと銀色に輝く体をうねらせて、フードから顔を出す。男と同じ真っ赤な瞳が俺を捉える。
「君は――」
『「知ることだ。すべてを」』
 途中から二つの低い声が重なって聞こえた。真っ赤な目四つが俺を見ている。体がすくんで震えた。
「さて、君の状況は把握した。まだ加護を得てから間もなく、何の説明も受けていない。そして、加護の力をまだ発動できていないようだ」
 男は柔らかな笑みを浮かべる。人を安心させるようなその表情に、少しだけ俺の緊張も和らいだ。
 まだ、オフィクスの加護を受けたことを受け入れられないのはたしかで、いきなり声をかけてきた相手に恐怖心はぬぐえない。しかも、あの蛇がずっと睨んできているからなおさらだ。
 でも、目の前の彼は俺と同じようにその加護を受けている。しかも、そのことについていろいろ知っているようだ。それなら、話を聞いてみたい。いや、聞くしかない。だって、縋る相手が俺には他にいないのだから。
 オフィクスの加護がある限り、牡羊の星には戻れないのだから……。
「……俺はアリエスが降り立った今日の祭りで、オフィクスに加護を与えられた。アリエスがそれを目撃して、俺を攻撃してきた。だから、必死に逃げて、今。ここにいる」
 できるだけ簡素に、今までの出来事を辿って話した。男は静かに話を聞き、頷いた。
「なるほど。よほど気に入られたようだ。普通は神から説明を受けて加護を受ける」
 たしかにアリエスも、ヘレにちゃんと言葉をかけてから加護を与えていた。俺のような場合は、どうやら珍しいらしい。
「それで、君はどうしたい?」
「どうしたいって……加護を解いてほしい」
 いきなりの質問に戸惑うも、素直に答えた。そうすれば、元の生活に戻れる。
「なるほど。知らないからこその選択か。できなくはないよ」
「ほんとうに!?」
「ああ、オフィクスの神に直接会って話をすればいい」
 期待に胸が沸いて、一瞬にしてしぼんだ。神に会うって、アリエスが出てくるのだって数百年ぶりなのに、どうやって会えばいいんだよ……。
 さっと血の気が引いた俺の顔を見て、男は楽しそうに目を細めた。
「蛇遣いの星に行けば必ず会える」
 断言された心強い言葉に、俺は思わず食いつく。
「どうやって、行けばいい!?」
「すべての星の加護を集めれば行ける。だから、人手を集めているんだ」
 男は、俺に手を差し伸べた。
「私と一緒に行かないか?」
 穏やかな声は、信用してしまいそうになる。けれど、なぜか俺はその手が取れなかった。もやもやとした奥底の何かが、踏みとどまらせてくる。
「まあ、今じゃなくてもいいけど。どうせ、そのうちオフィクスの加護自体が話しかけてくるだろうし、そうしたらきっと私が言ったこともわかるだろう」
 加護自体が話しかけてくる……?
 疑問を口にする前に、男がいつまでも握り返されない友好の証に差し出した手を引っ込めて、代わりに一歩距離を詰めてきた。
「じゃあ、最後の助言だ」
 男はさらに俺に近づいき、間近で顔をまじまじと眺められた。居心地が悪い。今度は、何を言われるのだろうか。
「君は、自由を手に入れたいと思わないか?」
 瞠目した。予想外の言葉に。どう答えていいかわからず、視界が揺らぐ。しかし、男は俺の返答を待たずに言葉を続けた。
「オフィクスの神は人間の自由を望む。なぜなら――」
 次の言葉に、俺の思考は完全に真っ白になった。
「オフィクスの加護を受けし者は神を殺すことができるのだから」
 やっと頭が動き出したかと思えば、どういうことだ? その疑問が頭を埋め尽くす。
「私たちは、人間を自由にするために選ばれたのだ」
 もう男は俺のことなんて視界に入っていない。自分の言葉に酔いしれて、
「さあ、すべてを知った暁には、共に人々を自由にしよう」
 赤い瞳は恍惚に染まっていた。
「――っ」
 拒絶で反射的に、相手を突き飛ばそうと手を伸ばす――
「そこまでだっ!」
 けど、それはからぶった。横からの鋭い声とともに、金色の髪が舞う。男と自分の間に割って入ったのは、金色の長い髪を靡かせ、甲冑を身にまとった女性だった。剣を男の喉元へ向け、睨みつけている。
「見つけたぞ、オフィクスの手先め!」
「おやおや、これは……乙女の騎士殿」
 男は一歩下がって切っ先から離れると、落ち着いた声で彼女へと話しかけた。
「貴様は、私が屠る!」
 しかし、乙女の騎士と呼ばれた女性は、男に有無も言わさず切りかかった。男もそれがわかっていたのか、すぐに身を翻してその剣を避け、遠くまで飛びのいて距離を取った。
「待て――!」
 逃げる男を追いかける乙女の騎士。あっと言う間の出来事に、茫然とするしかなかった。
 その時、
『オフィクスのことを知れば、自ずと私たちが正しいとわかるだろう。待っている、同胞よ』
 先ほど男の声と重なった低い声が、耳元で聞こえ、体を冷たい何かが這う。すぐに、夢の中の感触と一緒だとわかり、それがなんなのかを理解した。
 感触が去って、俺はその場に崩れ落ちる。震える手が、冷たい汗が、体から恐怖が染み出して……。
「大丈夫か!?」
 肩を揺さぶられた。
「…………」
「しっかりしろ! あいつに何をされた!?」
 ガンガンと響く高い声に、揺らされる体に、頭がぐるぐると回る。
「……きもちわる……」
 手で相手の肩を押して、やめてほしいという意思表示をする。彼女は慌てて俺から手を離して、心配そうに顔を覗き込んできた。青い色の澄んだ瞳はキレイで、いままでの恐怖が和らぐようだった。
「すまない。大丈夫か……?」
「はい……」
 頷くと、ほっとしたように息を吐き、乙女の騎士は微笑んで俺の背中をさすってくれた。
「あの、追わなくてよかったんですか?」
「ああ、逃げ足は速いから、最初の一手を読まれた時点で捕まえるのは無理だった」
 彼女はよく、あの男のことを知っているようだ。
「それより、何か言われなかったか? あいつはオフィクスの加護を受けているから、近づくのは危険だ」
「それは……」
 幾分平常心を取り戻したものの、彼女の質問にはどう答えるべきか悩んでしまった。オフィクスの加護を受けていると言っていいものか……。
「一緒に行こうと言われたか?」
 的確な言葉に思わず息を呑む。
「やはりか……あいつらはそう言ってオフィクスの星に人を連れて行くんだ。だが、ついて行って帰って来たものはいない。ついて行かなくて正解だったな」
 大丈夫だ。とあやすように頭を撫でられた。子ども扱いに、急に羞恥がわく。
「あの、俺。子どもじゃないんで……」
「ああ、すまない。助ける時はだいたい子どもが多いから、癖で撫でてしまった」
 苦笑いをして、彼女は体を起こし俺に手を伸ばした。俺はその手を取って立ち上がる。
「多いって、何度かこういう場面に?」
「あいつとは乙女の星からいくつかの星を渡っている最中に何度か顔を合わせている。子どもの方が誘い出しやすいのだろう、貴方の歳で誘われているのを見たのは初めてだ」
 口には出してないけど、「何か特別な訳でもあるのだろうか?」と目が物語っている。たぶん、オフィクスの加護を受けたせいだ。でも、それは言えない。
「そうだ、名前を名乗っていなかったな。乙女の星ペルセポネの加護を受けたスピカだ」
 俺が黙っていれば、彼女はそれ以上聞く事もなく名乗った。俺もそれにのっかって名乗る。加護の部分は伏せて。
「あ、牡羊の星から来たアスクです」
「そうか! ちょうど牡羊の星に行こうと思ってたんだ。案内してくれ」
 スピカの申し入れに全力で首を横に振った。俺は、戻れない。
「いや、ムリですっ! 俺、ちょっと諸事情で戻れなくて……!」
「ああ! そうか、すまない。使命を受け取っていたのか。それなら優先はそちらだろうから、仕方ないだろう」
 慌てる俺に、スピカは勝手に納得してくれた。使命ってなんだろう。とは思いつつ、聞けば裏目になりかねないので、そこはぐっとこらえる。いつか、聞こう。
「では、アスクはアリエルの加護を受けたのか?」
「いや、それは俺じゃなくて……幼なじみのヘレが……」
 正直にしゃべってから、はっとして口を塞いだ。じゃあ、どうして俺がここにいるんだ? って話になってしまう。
「なるほど。先の偵察か。従属の者だな」
 また知らない言葉だ。どうやら、本当に俺は無知らしい。知ってることが少なすぎる。とりあえず今はスピカの盛大な勘違いに乗るしかない。
「ま、まあ。ソンナトコロ」
「ふむ。やはり、オフィクスについてか? あいつが加護を受けてから、どこの神も星の人間に調査させているという噂だ」
 オフィクスの名前が出て、さっきの男の言葉を思い出す。蛇遣いの星に行くには「すべての星の加護を集めれば行ける。だから、人手を集めているんだ」と言ってた。
 騙すのは申し訳ないが、星の加護の集め方について教えてもらえるチャンスだ。
「そうです。蛇遣いの星へ行くために、他の加護を集めるように……言われています」
「なるほど。私と同じというわけか。ならば、加護を持つ人間と帰属の契りを交わすのがいいだろう」
「帰属、ですか?」
「そうだ。属するには、従うか、共に同志としてお互いを認め合うかの二択だ。従属か帰属をちぎる事で、加護の影響を受けることができる。ほんの少しだがな」
 なるほど、自分が加護を受けずとも、従属か帰属になればその力に属することができる。すべての加護の力を集めるにはそれが簡単そうだ。
「だが、残念ながら会う確率は非常に低い。私もいくつかの星を渡っているが、出会ったことがあるのは水瓶の星で一人だけだ」
「そうなんですか……」
「獅子の星にも加護を受けた者がいるという噂は聞いたことがあるが、会えなかった。他にもいろいろな噂はあるが……どうもあいつが情報を操作しているようで確実性が薄い」
「じゃあ、だいぶ難しいんですね……」
 はなからわかってはいたけど、やっぱり加護を全部集めるとか、無理難題以外の何物でもないんじゃないか? 疑問と脱力感に襲われる。
「そうだな。神に会えたなら、直接加護を授かった方が早いかもしれない」
「加護はいくつも貰えるんですか?」
「わからない。私はまだ一つだけだ。会った事ある人にも一つだけだった。そもそも、神々も己の星の民に加護を与える事が普通らしいから、他の星で加護を授かれるかどうかもわからん」
「そうですよね……」
 星を守っている神が与える加護なのだから、それが自然だ。
「いや……この星ならあるいは授かれるかもしれん」
 彼女の言葉にはっとした。
 双子の星の神は残酷だ。自分の星の民を竜巻で困らせて、それを愉しむ。そして、他の世界から来た人間には”遊び”を請う。遊びの勝者には望む物を与え、敗者は未来永劫この星に囚われる。だから、いくら民が苦しもうが構わない。いなくなるのであれば、他から補充するのだから。
「双子の星……」
「ああ。牡羊の星の後に、私もこの星の神に挑戦してみよう」
 彼女は俺の背中を軽くたたく。意図が読めずに、俺は聞き返した。
「え、でも、もう乙女の加護をもらってるんですよね?」
「ああ。だが、可能性は多い方がいい。だから私は――すべての加護を一人で手に入れようと思っている」
 力強く言い切る彼女の言葉は、本当にそれができてしまうような響きを持っていて。でも、俺は信じられないと、目を見開いてさらに食い下がってしまった。
「そんなこと、できるんですか?」
「やってみなければ、わからないだろう?」
 風が吹くように爽やかに笑う彼女は、自信に満ちていて、綺麗で、そして格好良かった。ドキっとして心臓がうるさく鳴り響く。
「何もしなければ、良くも悪くも先に進めないからな」
「……そう、ですね」
 後ろを振り向かないで、前だけを向いて進んでいる。そんな彼女が眩しくて、俺は目を伏せた。羨ましかった。自分も、同じように歩んでみたいと思った。できることなら……。
「だから、ちょうど星に顔を出している牡羊の神、アリエスに話を聞きたい。あの人は温厚と情を持つ神だ。もしかしたら2つ以上の加護を手に入れる方法を教えてくれるかもしれないからな」
 そう言って、スピカは俺の背後の洞窟へと視線を向ける。
「アスク。貴方が先に双子の神の加護を受け取ってくれることを願っている。可能性は高い方がいいのだから」
 スピカは俺の頭を軽くポンっと撫でると、洞窟へと歩み始めた。俺は、彼女が洞窟の青い光の中へ消えるまで、何も言えず見送った。
「……子どもじゃないって言ったのに……」
 遅いスピカへの言葉を、俺はこぼした。
ーーー
(……どうして、こうなったんだ?)
「救世主様ーー!」
 地下にある洞窟の祭壇に座らされ、俺はなぜ数百人規模の人間に崇められているんだ。
 スピカにあった後、俺は双子の神の手がかりでも見つかればいいな。と、この星を探っていた。そこで、見かけた人間に声をかけた結果がこれだ。
 声をかけたヤツは、興奮を露わにして、説明もせずにその細い腕で俺をこの地下の建物へ俺を連れてきた。そして、粗末な食事を出され、祭壇に座らされ、同じようにやせ細った人々が集まり――俺を「救世主」として祭り上げた。
(でも、なんとなくはわかる。この状況を見れば……すがりたくもなるだろう)
 俺を崇めている人間たちは、服ともつかない茶けた布をまとい、髪の毛も延び放題。見た目でわかるのはせいぜい大人か子どもかぐらい。ガリガリの手を地面につけて頭を上げ下げしている。
 これが、この星の民たちだ。
 双子の星の現状は、神話で聞いていたよりもずいぶんとひどいようだ。あの洞窟の周りはまだ木々が倒れているくらいだったが、少し歩けば何もない荒野が広がり、食べ物なんか幾ばくもない。
 ここにいる人は、やっと生きながらえている。それもこれも……。
「救世主様! 長老からお話しがあります!」
 よりいっそうやせ細り、腰の曲がった長老が俺の前に進み出た。
「救世主様、この荒れ果てた双子の星『ジェミニ』によくぞ参られた。」
「双子の星『ジェミニ』……」
 そうだ。この民たちの現状はすべて、双子の神ジェミニのせいだ。
 スピカと話した時に覚悟はしていたけど、やっぱりジェミニは気まぐれで、よく竜巻を起こしては民を困らせているようだ。
「この星にはもう、何十年も他の星から人が寄り付かないのですじゃ。誰も私たちを助けてはくれない……」
 そりゃあ、そうだろう。ここの神は、他の世界から来た人間には”遊び”を請い、遊びの勝者には望む物を与え、敗者は未来永劫この星に囚える。リスクが高すぎるのだから、よほどの自信がない限り来ても素通りする。
「しかし、やっと救世主が現れた! あの方たちは私たちの話など聞きませぬ。外から来た方の話しか聞かないのです」
 そこまで徹底してんのか双子の神は。本当に民のことは一切気にしていないらしい。
「お願いします! どうか、あの方たちを説得してください!!」
 興奮する村長に、何を聞くべきか悩んで口を挟まずに入れば、話が思ってもない方向に進んでしまった。
 いや、待て。民の話も聞かない神を説得って、どう考えても難易度高くないか? これはもしかして、ものすごく、ややこしいことになるんじゃないか?
「お願いします、救世主様!!」
『いいだろう』
 断ろうと開いた口が、声を発することはなかった。答えたのは俺じゃない。
「ありがとうございます、救世主様!」
「さあ、宴の準備をせよ! 救世主様に感謝の気持ちを!」
「おーーーー!!」
 しかし、まわりは俺が返事をしたと思い込んだらしく、「誰だ?」と問い返した声はかき消され、大歓喜の声が響いた。
 ちがう、それは……俺じゃない。
(……どうして、こうなったんだ?)
 ただ、双子の神の情報が欲しかっただけなのに。
 もやもやとした俺の気持ちとは裏腹に、双子の星の民の宴は始まるのだった。
 
ずる……ずるずる……
 何かが近づいてくる。
ずる……ずるずる……
 これは、『蛇』だ。
 わかってる。こいつは、俺の中に入ってきた『オフィクスの使者』だ。
ずる……ずるずる……
 『汝に加護を与える』
 耳元で響くあの声。この声はやはり『蛇』だったんだ。
 体を這いずる冷たい感触――
フシュ―
 耳元で鳴る蛇の鳴き声。
『加護よ。目覚めよ』
 目の前に金色の瞳が見開かれた――
「うわっ!!」
 自分の大声で飛び起きた。
 鳴り止まない動悸に、胸を押さえる。荒い息が耳の奥で、蛇のような音を鳴らした。
(夢か……。いつもと同じように蛇の夢だった。でも、加護よ。目覚めよって……)
「加護が話しをしてくれるはずだと、あの男は言ってたけど……」
 全然加護の気配はない。っていうか、加護って結局どんな感じのものなんだよ。オフィクスの加護は『知識』とか言ってたけど、だったら、双子の神について教えてくれよ。
 結局何もわからないまま、考え過ぎでのぼせた頭を振って、視線をあげる。辺りは暗かった。そして、思わず腕をさするほど、冷え込んで……。
(なんでこんなに寒いんだ…?)
 さっきまで夢のことを考えていたせいで、状況がいまいちつかめない。俺は、辺りを見回した。夜空が、荒れ果てた荒野が、目の前に広がっていた。
 いやいや、宴会は地下の建物内でやってただろ。なんで、外にいるんだ?
 かさりと地面に置いた手から音が聞こえた。よく見ると、寝ていた場所には藁が敷き詰められていて、明らかに人の手に寄るものだった。
 これは――
『わあ! こんなとこに珍しいのがいるよ、兄さん!』
『本当だ。今度はどうやって遊ぼうか』
――神への生け贄。
 寝た俺を双子の神ジェミニの通り道にでも置き去りにしたんだろう。憶測の域なのになぜか”確信”があった。
 頭の中の”確信”のせいで、緊張が体を縛る。
 できれば、もう少し情報を得てから出会いたかった……。絶望に近い感覚に体が反応をして、ひゅっと息を呑む音が耳奥に響く。
『ねー、君! あそぼー!』
『そこの君だよ!』
 元気よく声をかけてきて、宙を舞いながら近づいてきたのは、二人の少年。彼らは顔から髪型まで、何から何までそっくりだった。違うのは服装の色だけ。左は緑、右は青だ。
 二人は同じ笑みをにっこりと浮かべ、俺を見下ろす。
「…………」
 またことりと喉が鳴る。
『あれ? 怖くて声もでない?』
『もしかして言葉がわからないとか』
 少年たちは、不思議そうに顔を近づいてくる。手を伸ばされたところで、俺は反射的にその手を払った。
 やっぱり神を目の前にすると恐怖が増して、牡羊の俺を見たあの目、加護を与えるといった蛇のあの目が頭にちらつく。
 だから、何かされるんじゃないかと思って、手が出てしまったんだ。
『なんだこいつっ!?』
 ムッとする緑の服の少年が、俺を睨みつけてくる。
 咄嗟に叩いてしまったことで、怒らせてしまった。何かをこたえなければならない。何を言えばいい? どうすれば、この四つの瞳から逃げられる?
「お前たちは……双子の星の神か?」
 混乱した頭から、なんとか振り絞ったのは、相手の存在を確認するものだった。もうわかっているのに……。なのに、どうか、こいつらが神ではありませんように。と、願う気持ちが拭えない。
『あ、しゃべれたんだ』
『そうそう! この星の神だよ! 君は? 見かけない顔だよね? どっから来たの? 何が目的? これからどこに行くの? ねぇ?』
 手を叩かれなかった方の青い服の少年が、早口で自己紹介をしたかと思うと、目を輝かせて質問を次から次へとしてくる。
「…………」
 俺は、めまいを覚えた。双子の神の悪評が、何度も何度も湧き上がってくる。
 ――他の世界から来た人間には”遊び”を請い、遊びの勝者には望む物を与え、敗者は未来永劫この星に囚える。
 この星に永住なんか、したくないっ。
 いますぐ逃げたかった。
『少しくらい話してよね!』
 緑の服の少年がいらだって催促してくる。風が荒れるように吹く。
 逃げよう。
 足を引いた時、なぜか、乙女の騎士の言葉が耳に繰り返される。
「――アスク。貴方が先に双子の神の加護を受け取ってくれることを願っている。可能性は高い方がいいのだから」
 俺には目的があるんだ。と、そういわれた気がした。
 目的を思い浮かべれば、自然とヘレの笑顔が頭をよぎって、ふぅっと俺は息を吐いた。
 気持ちが少しだけ落ち着いて、考える猶予ができた。
 迷ってたら、きっとまた恐怖に支配される……。
 すっと息の吸い込んで、俺は双子の神に言うというよりは、自分自身に言い聞かせるように言い切る。
「……俺の目的は、蛇遣いの星へ行くことだ」
『『えぇ~~~!?』』
 重なった甲高い声が耳に痛い。盛大に驚きの声を上げ、目をまん丸くしている双子の神の周りを風が暴れ始める。
『まってまって、蛇遣いの星は、もう当の昔に消え去ったんだよ?』
『まさか、神話の話も知らないの?』
 そんなわけない! というように、ずずっと俺に迫ってくる双子の神たち。
「知って……る。けど、その消えた星の神オフィクスからの加護を受けた人間がいる」
 俺のことは伏せた。大丈夫だ、他にもいるから嘘じゃない。何か逆鱗に触れないか、双子の神の一挙一動を見ながら、激しく鳴る胸元の服をぎゅっと握り込む。
『『えぇ~~~!?』』
 甲高い声に耳が痛い。あからさまに片方がものすごくイヤそうな顔をした。何か違和感を覚えて、聞き返す。
「知らなかった……のか?」
『うるっさいな~! いいんだよ、どうせこの遊び場から出るつもりないんだから!』
 イヤそうな顔をした方の神が、怒り任せにまくしたてられ、強い風が顔を凪いだ。
 しまった。
 俺は焦りに一歩下がる。しかし、
『そうだそうだー!』
『もう、オフィクスには関わりたくないしね!』
『そうそう、それに遊んでる方が楽しいもん!』
『『ねー!』』
 二人で交互に話していれば納得したらしく、笑顔に戻った。気分屋すぎて、まったく行動が読めない。まるで、本当に子どもを相手にしているようだ。そう思うと恐怖よりも、どっと疲れが出た。
『そんなことより、早くあそぼ!』
『うんうん。蛇遣いの星に行きたいなら僕らの加護がないとダメだしねー』
『最近、遊んだ人たちはみーんな僕らに負けたから』
『加護を持ってる人、いないもんねー?』
『ねー』
 暗に、逃げられないと言われた。くすくす笑うくせに、言っていることは残酷で、それはさらに子どもっぽさを浮きだたせていた。
『『ねぇ、僕らと遊んでくれる?』』
 無邪気な笑みは、再び俺に恐怖を思い出させる。こいつら、人のことをおもちゃだと思ってる。
「…………」
 さっきまでの気持ちは萎んでしまい、声がでなかった。けど、今度は彼らは急かない。じっと俺を見据えて答えを待っている。
『「……遊ぶ」』
 恐怖で動かないはずの口から自然と出たのは、俺の声に何かが混じっていたからだ。低くて暗い声。聞き覚えのある声。
『ほんと!?』
 パッと明るくなる二つの顔。
『じゃあじゃあ、鬼ごっことかくれんぼ、どっちがいい?』
『「かくれんぼ」』
 頭の奥でその声はどんどん大きくなっていく。
「かくれんぼだね! 鬼とかくれるほうどっちがいい?」
『「鬼」』
『わかった! じゃあ、僕たち隠れるから、日が昇ったら探しに来てね!』
『リミットは日が落ちるまで! 日が落ちても見つけられなかったら、今度は僕たちが鬼!』
『鬼ごっこに付き合ってもらうよ!』
『じゃあ、お兄さん! 頑張ってね~!』
 双子の神は一通り捲し立てかと思うと、まだ暗い空へと風と共に去っていった。
 けど、それを気にしてる余裕なんかない。さっきまであいつらとしゃべってたのは、俺じゃない。
「誰、なんだ……?」
 俺の中の声に話しかける。けれど、返答はなくて……。
「いったい、何がどうなってるんだよ……!」
 さらに言い募れば、代わり頭の中に乙女の騎士の言葉やヘレの笑顔がまたフラッシュバックする。と、同時に、俺の中には見た事もない景色、言葉が浮かんでは消えてを繰り返し始めた。
「なんだ……これ……」
 初めはゆっくりだったのに、それはどんどんと速度を増す。
 その速度に合わせて、頭が割れるようにいたんだ。どんどん痛みが増していく。見た事もないものが頭に流れ込んでくる。
 痛い。
 目の前がふらついて、強制的に流れてくる映像や言葉は暗闇に沈んだ――。
 眩しい……。
「……っぅ……」
 痛む頭のせいで急激に目が覚めた。ガンガンと響く頭を片手で押さえながら、起き上がる。
 場所は意識を失った前と変わらない。変わったのは、空だった。月ではなく太陽が俺を照らしている。
「……なんだったんだ、あれ……」
「やっと目ェ、覚ましたか。」
 聞いたことがない少し高めの声が耳に届いて驚いた。慌てて振り返れば、フードを被った男が焚火をしながら座ってこちらに黒い瞳を向けていた。
「だ、誰だ……?」
 フードは昨日遭った蛇遣いの男と同じような感じだったけど、背丈は低く明らかに別人だ。
「見張り」
「はっ?」
「師匠に気に入られたからッて図にのるンじゃねェぞ!」
 男が息巻いて勢いよく立ち上がると、フードがとれ、瞳と同じ黒く短い髪がさらりと風になびいた。
 意味がわからない。
 意図が察せられずに、俺は口をぱくぱくと何度か動かした。
「ったく、いきなり加護暴走させやがッて、落ちこぼれじゃねェか」
 男はふんっと鼻を鳴らすと、座りなおした。
 初対面でなんでそこまで言われなきゃいけないんだ。
 イラっとした気持ちのまま睨めば、男は目を細めて睨み返してくる。
「ンだよ、加護も実体化できないうえに、暴走させて知識の波に意識もってかれたンだろ?」
 ってことは、昨日のあの頭に流れ込んできたのは加護が与える”知識”だったってことだ。
「はあ? 加護のせいかよっ!」
「フンッ。そンなこともわからねェのかよ。オレが暴走を押さえてやッたンだから、感謝くらいしろよな」
 感謝するべきだろうが、相手の態度のせいで感謝の気持ちは湧いてこない。
「くそ、好きで加護もらったわけじゃないんだよ!」
「はァ!? お前、この加護がどンだけすげェかわかッてねェのかよ!?」
「わかるかよ! 説明もなんもされてないんだぞ、こっちは!」
 イラ立ちに我慢できず、こっちも喧嘩腰で言葉を募らせた。
「…………」
 だが、男はそれ以上言い返さずに黙り込んだ。顔をしかめながら、思考している様子に、俺はとりあえず隣に腰を下ろした。
 口は悪いし態度も悪いけど、暴走から助けてくれたみたいだし、そこまで悪い奴じゃないように思える。いや、”確信”があった。
 日が出ているとはいえ、早朝のようで肌寒い。火の傍は暖かかった。指先に力が戻るのを感じると、ふぅっと息を吐く。
「……認めてねェけど、落ちこぼれに死なれてもこっちは困る。朝飯でも食え」
 男はそういうと俺の目の前に木の実の入った袋と、水の入った革袋を投げてよこした。俺は遠慮なくそれに手をつけた。酸味の強い果実が頭をはっきりさせる。
「……俺は落ちこぼれじゃなくてアスクだ」
「……マルフィク。オマエを見張ッてろッて、師匠から言付かッてる」
「師匠って、褐色で銀髪、赤眼か……?」
「そうだ。あの人はオフィウクスの加護の師匠だ」
 マルフィクは、落ち着いたのか普通に会話を続けてくれた。見た感じ年も近そうだし、親近感がわいて、俺もさっきの粗暴な振る舞いへの怒りは薄らいでいた。
 師匠が俺に興味を示したから、ムカついてただけみたいだ。子どもの嫉妬みたいだな。
「ってことはマルフィクもオフィウクスの加護を受けてるのか?」
「ああ、こいつが証拠だ」
 マルフィクが腕を上げて袖をまくると、黒い鱗が太陽に照らされ、真っ黒な瞳を持つ小さめの蛇が顔を出した。
 そういえば、蛇って夢で出てきたイメージで金色で金目だとばっかり思ってたけど、マルフィクの師匠の時も、マルフィクの蛇も色が違う。
「なんで、蛇が加護の証拠なんだ?」
「オフィウクスの加護が実体化したものだからに決まッてンだろ」
「実体化って、なんだよ」
 わからん。と主張するように、眉を寄せてみせる。
「はァ……加護はもともと神のもンだから、人間に馴染づらいンだよ。だから、外で形をとッて、与えられた力を使いやすいように、援助してくれンだ」
「それで、加護が話しかけてくるってことか」
「そうだ。援助してくれッから、本当だったら特に問題もないンだけど、与えられた加護が小さすぎたり、人間の耐性が低すぎたりすると、加護が形を作るのに時間がかかるンだよ」
 俺が稀なんだということを知る。まあ、実体化するってことは蛇を連れ歩かなきゃいけないだろうから、しない方がいいかもしれない。
「あとは、馴染みが良すぎてッて場合も……いや、こいつに限ッて……」
「なんだよ?」
 ぶつぶつと小さい声で言うから内容がよく聞こえない。はっきり話すように促すも「なんでもない」とマルフィクはその話を終わらせた。
「それより、どうすンだよ」
「え、何が?」
「はァ? 双子の神と”遊ぶ”ンだろ? 対策あンのかよ?」
 マルフィクに言われて、はたっと思い出した。イヤなことだから、忘れたままが良かったのに……。
「ない。というか、”遊び”たくない」
 素直に吐いた。あの時は、加護の暴走も手伝って出た言葉だ。まだ、俺の心は迷っていた。本当に双子の神の”遊び”に挑戦してまで、双子の神の加護を得たいのか? このまま永久にここに住まなきゃいけないかもしれない。そんな危険を冒してまで、俺は勝負に挑みたいのか?
「ない。ッて自分の星にでも逃げ帰ンのか?」
「……帰ったところで、俺の居場所はないし」
 蛇遣いの神の加護のせいで、自分の星には戻れない。牡羊の星での蛇遣いの神に対しての評判は悪すぎるから、よしんば帰ったところで、前みたいな生活は送れないに決まってる。
「じゃあ、別の星に行けばいいンじゃねェの」
 マルフィクは、別に俺が双子の神と”遊ば”なくてもいいようで、あっけらかんと言い放つ。
 まあ、見張れと言われただけだから、俺が双子の神の加護を得ようが得まいが関係ないんだろうけど。
「そうなんだけどなー……」
 でも釈然としない。
 やっぱり乙女の騎士の生き方を知ってしまったからだろうか? あの強い意志を宿した瞳と、嘘偽りのない凛とした言葉。羨ましいと思った。自分もそう生きてみたいと憧れた。
 あの人が、俺に双子の神の加護を取れと、少なからず期待してくれた。その言葉に、俺でもがんばれば少しはできるかもしれない。ヘレが言ったように、したいことができる自分に、近づけるかもしれない。
 そう期待が沸き上がっていた。
 だから、逃げ出したいはずなのに、目の前のチャンスに手を伸ばしてみたくなってる。掴めるかもしれない。と。
「……やる」
 自然と口をついて出た言葉にすとんと胸のつかえがとれた。
「結局やンのかよ」
 マルフィクは、結論だけの言葉に何をするのかわかったらしく、ふんっと鼻を鳴らす。
「やるよ。双子の神との”遊び”」
 もうとっくの昔に、俺は答えを出していた。神の加護を自分で掴んでみたかった……だから、この世界にとどまって双子の神を捜したんだ。
 あの時から、もう決めていた。
「やるとして、何か対策打たないとダメだよなー。ここ最近、双子の神は負けてないっつってたし」
 はーっと俺は息を吐いて空を見上げる。やるって決めたはいいけど、まったくどうしていいかわからない。
「本当だッたら、加護でどうにかできたンだろうけどな……なんか、暴走する前に特別なことなかッたか?」
 やると決めたからか、次の行動に迷っている俺に、マルフィクは真剣に答えてくれた。
「特別なことって言われても……知らないはずなのに”確信”があったり? あとは俺の中から別の声がして、それにしゃべらされて……あとは頭の中にしらない景色や言葉がずらーっと」
「ふーん。やっぱオマエ、耐性がない方っぽいな」
「わかるのか?」
「オマエができるのは”確信”つまり、無意識に知識を引き出して本当のことがわかる。ってとこまでだ。その後の声は、加護がオマエを吞み込もうとしてたンだな。暴走したおかげで逆に吞み込まれなかッたッてところだ」
「よかったのか、悪かったのか……」
 いまいち判断できず、眉尻が下がる。
「運は良かッたンじゃねェの。暴走してもたまたま見張りがいたしな。悪運つえェのか?」
「わかるかっ。俺は……平和に過ごしてたんだから、悪運なんて使うところなかったんだよ」
「ンじゃあ、これから使いたい放題じゃねェか」
 マルフィクは会ってから初めて楽しそうに笑った。こっちはまったく楽しくないというのに。
「はぁ、悪運強くてもなぁ。ただ生き延びられるだけじゃ意味がないだろ。双子の神の”遊び”に勝たなきゃいけないっていうのに……」
「ンー。せめて、その”確信”で、双子の神の弱点に繋がる何かがわかればいけるンじゃねェかな」
「何かって、なんだよ。マルフィクの加護でどうにかならないのか?」
「加護ッてのも万能じゃないンだよ。人によッて特性が大きく偏るンだ。オレの加護は、人の位置の知識に特化してッから、人捜しには向いてッけど、他はてンで使えねェ」
 肩をすくめるマルフィク。加護って受けた人によって違うのか。それには素直に驚いた。
「だから、どうにかしたいンならオマエの”確信”をどう使うか考えろ」
 それだけ言うと、マルフィクはそれ以上は助けないとでも言うように自分も木の実を食べ始めた。
 俺の”確信”を使うって、どうやってだよ……。まず、その”確信”がなんなのかわからないっていうのに……。
ーーーー
 緑豊かな土地で行われた祭りの跡で、一人の少女と羊の姿をした神は向かい合っていた。
「お願いします! アスクを捜しに行かせてください!」
 少女は、高い声で必死に懇願する。
「そうは言っても、昨日から夜通し捜して見つからないんだ。これ以上捜したところで……」
「アスクは生きてます!」
 羊が濁した言葉を悟って、少女ははっきりと自分の意見を口にした。羊の顔は明らかに困ったような顔をしていた。
「あのね、君は僕の加護を受けたんだ。これからはこの星のために働いてもらわなきゃ困るんだよ」
「役目は、果たしますっ。星のためというなら、アスクーー星の民を助けるのは、加護を受けた者の定めかと」
「民は一人じゃないんだ。大多数を取ってもらわないと」
「一人一人を大事にしなければ、大多数を幸せにすることはできません」
 羊も少女も一歩も譲らない。
「君は、そんなに彼が大事なんだね?」
 羊の言葉に一瞬言葉を失って、少女は頬に手を当てて答える。
「……は、はい。幼なじみでずっと傍にいたので」
 絞りだした言葉は、心なしか尻すぼみになっている。
 羊は彼女の様子に、いろいろと合点がいってしまい、思わず頭を押さえる。
 そんな羊に対して彼女は意を決し、芯の強い目を上げて言い切った。
「私は、アスクを……大事な人を守りたいんです」
 曲がらないであろう彼女の視線に、羊の頭の痛みは増す。言いたくはなかった。それは、とても残酷なことだと知っていたから。
 けれど、彼女の気持ちに敬意を払うべきだろう。そう羊は導き出した。我が認めし、牡羊の加護を与えた少女に。
「……残念だけど、あの子はきっとオフィウクスに連れてかれたよ」
「オフィウクスに……?」
 羊は仕方ないと、今まで伝えなかった蛇遣いの神の名を口にした。少女は驚いて口を押える。
「そうだよ。あの日、彼は蛇に守られてた。蛇はね、オフィウクスの使いだ。だから、彼はオフィクスに魅入られたんだと思う」
「……じゃあ、蛇遣いの星に行けば――」
「無理だよ」
 希望を打ち砕くように、牡羊の神は少女の言葉を切った。
「なんで……ですか?」
「あの星に行くには、12の星の神の加護が必要だ」
「それなら、すべての星を回ってみせます……!」
 少女の言葉に、牡羊の神は、肩を落とした。
「それが無理なんだ……」
 どうして、そう理由を聞こうとした少女よりも先に、凛とした声が割り込んできた。
「その話、私も混ぜてはくれないか?」
 綺麗な金髪が風によってたなびき、意志の強い青い瞳。乙女の騎士が二人を見つめていた――。
ーーーー
 考えた結果。”確信"がいつ使えるのかを試すことになった。
「マルフィク。何か、真偽になることを言ってみてほしい」
「約束だからな。一度師匠に会ッて話するッて」
「わかってる。ちゃんと約束は守るよ」
 マルフィクに協力をしてもらう代わりに、彼からの要望を一つ叶えることにした。師匠に会って、さっさと仲間になれって言われたけど、とりあえず会うだけの約束をした。
 俺だってあの人に聞きたいことがあるから、会うのはかまわないんだけど、仲間になるかどうかは知らないことだらけの中で決めたくなかった。
 素直に話せば、マルフィクは舌打ちと共に了承してくれて今に至る。
「師匠の加護は目が赤い」
「それは知ってる情報だ。本当だって知ってるんだから、意味ないだろ!」
「知ッてる情報じゃ、”確信”は感じねェのか?」
「え?」
「知ッてても、加護の知識と照らし合わせられるンだッたら、オマエの知識とは別に真偽が”確信”で伝わッてくンじゃねェの?」
「なるほど。たしかに"確信"はしなかったな。ってことは、知ってることは加護の知識を引き出すことができないってことか」
 マルフィクは、加護を持ってるだけあって、加護には詳しいようだ。
「じゃあ、次を頼む」
「ああ、オレの生まれは蛇遣いの星だ」
「……」
 どうなんだ? マルフィクの生まれは蛇遣いの星なのか……?
「わかんないなぁ……」
 頭に繰り返し問いかけてみても、正しいという”確信”も、違うという”確信”も感じない。
「なンか、条件があるみたいだな」
「条件かぁ」
「”確信”を感じた時のこと覚えてッか?」
 マルフィクに言われて、俺は記憶をゆっくりと反芻する。
「村の人たちが寝た俺を双子の神ジェミニの通り道に置き去りにしたと理解したことと、マルフィクが悪い奴じゃないって思ったことだな」
「少なくねェか?」
「だってなー、その後暴走したし」
「だッたら、暴走の時のことでもいい。無意識が反映されてッから、思いだせよ」
「んー……そうだな。暴走の時は、言葉が勝手に出た。”確信”が意志を持ったみたいに、双子の神と会話して、遊ぶ内容を決めたんだ」
「ンじゃあ、その言葉も”確信”じゃねェか」
 そうなのか、あれも”確信”だったのか。たしかに、間違った返答はしてないという”確信”がある。
「あとはそうだなぁ……暴走してたのかはわからないけど、双子の神が怖すぎて逃げ出したくなった時……ある人の言葉が耳元で再生されて、俺には目的があるんだ。って言われた気がしたこととかなぁ」
 あの騎士の言葉「――アスク。貴方が先に双子の神の加護を受け取ってくれることを願っている。可能性は高い方がいいのだから」。あの言葉に、俺は双子の神の加護を得たいと思ったんだ。
 暴走で答えた言葉も”確信”だったわけだし、これも関係ある……気がする。
「目的ってなンだ?」
「双子の加護を得る事だけど」
「それと、さっきの二つと暴走のときのヤツは何か繋がンねェのか?」 
「そうだなー……」
 ”確信”したのは、村の人たちが寝た俺を双子の神ジェミニの通り道に置き去りにしたと理解したこと、マルフィクが悪い奴じゃないって思ったこと、暴走の時に双子の神と会話して遊ぶ内容を決めたこと。
 それと双子の加護を得たいって気持ちは……全部繋がる。
 ジェミニの通り道に置かれて、オレは加護を得たい双子の神ジェミニに会えた。
 マルフィクと話が出来て、双子の神の加護を得るための”遊び”の対策ができている。
 双子の神と遊ぶ内容は、たぶん加護を得るために”遊び”に勝つための遊びの選択。
 もしかしたら、自分がしたいと強く思ったことへの”道標”にのみ、『知識』を引用できるんじゃないか……? 
「……ンで? 何かわかッたンだろ?」
 黙り込んでいた俺に、マルフィクが促すように問いかけてくる。
「ちょっと待って、やってみる。まだ確証がないんだ」
 いや”確信”があった。
 俺は自分が遂行したい目的を反芻する。「双子の神の”遊び”に勝つ」でも、これだとたぶん遠い。マルフィクと会った時、確信したのは「話ができる人間」ってだけで、曖昧だった。
 だから、これからどうすればいいのか明確にするには、もっと近くの目的を設定して、じょじょに『知識』を引き出していかないとダメなはずだ。
 どんな目的がいいだろう……「双子の神について知りたい」これくらいからか?
「双子の神について知るには、どうしたらいいと思う?」
「あぁ? 本人たちに聞くか、知ってるヤツに聞くか……」
「それだ!」
 知ってる人に聞く。それがたぶん一番正しい。”確信”がはっきりと感じられた。
「どれだよ」
「知ってる人に聞くんだよ! ”確信”がある!」
「……へェ。どうやッたかしらねェけど、掴めたンだな」
 それで、その知ってるヤツはどう捜すんだ? という質問が矢継ぎ早に飛んできて、俺はにんまりと笑いマルフィクを指した。
 彼の加護が使える。そう”確信”して。
ーーー
 マルフィクの後について荒野を抜けた先にあったのは、小さな家だった。
「ここに、双子の神を知る人が?」
「ン。どういうヤツかは知らねェけどな」
 さすが人捜しが得意と言ってただけはある。力を貸して欲しいと言えば、わかっていたように淀みなく案内してくれた。
 家は、大きな崖にくっつくように石を積み上げて作られている。外観は古めかしく、砂埃によって色褪せていた。
「どうする? 双子の神より怖そうなヤツが出てきたら」
「脅かすなよ」
 冗談をいうマルフィクに目を細める。彼は肩をすくめて、早く行動を起こせと促すように、扉に視線を向けた。
 俺はいったん深呼吸をすると、扉へ近づき手の甲でコンコンと叩いた。間を置き、部屋の中から物音が聞こえた。人の気配に、息を呑む。
 本当に、人がいるんだ……。
 マルフィクの加護の力に感心した。
「どなた様ですじゃ……?」
 扉が開き、顔を出したのはひとりの老婆だった。
 この人が双子の神を知る人……?
「えっと……」
 どう名乗ろうか? そういえば何も考えてなかった。本当の名前を名乗るべきか、目的を言うべきか……。
「見たところ、この星の人間じゃなさそうじゃが……」
 悩んでいると、訝しげな老婆の視線が俺に刺さる。
 やばい、不審に思われてる……!
「あ、アスクです。実は、双子の神と“遊ぶ“ことになって、双子の神をよく知るあなたに、話を聞きたくーー」
「ぷっーー」
 慌てて早口で口にすれば、横から吹き出す音と共に噛み殺した笑い声が耳に届く。
 隣で笑っているマルフィクの顔には、「なに、あけすけに話てンだ」と如実に書いてあった。
「……そうでしたか、わしのことをご存知で……?」
 老婆も戸惑ったように、聞いてくる。そりゃあ、そうだろう。なんで別の星からきた人間が、この星の神の事情を知ってるんだ。って話だよな。
「えぇと……まあ、ちょっと訳ありで……」
 どう話していいのかわからず、今度はぼかしてしまう。
「……まあ、立ち話もなんですじゃ、どうぞ中へお上がりくだされ」
 同情に満ちた目を向けられ、室内へと促された。横からの笑い声がいっそう大きくなる。
 哀れむ目やめて……!!
 俺は、八つ当たり気味に怒りの矛先を横にいる人物に向けて、肘でどつく。不意をつかれたのか、マルフィクはよろめいた。
 俺は少し気が晴れて、老婆に頭を下げると促されるまま室内へと足を踏み入れた。不服そうにマルフィクも俺に続く。
 部屋の中は、質素な石の机に木の椅子が3つ。壁は片面だけ岩、他は土壁で、窓はひとつだけあった。部屋は狭いが、一人暮らしには十分だろう。
 老婆が立ち止まり、椅子を勧めてくれた。頭を下げると、老婆はキッチンだろうか、鍋などが置いてある石の台の方へと向かう。
 俺は勧められた椅子に腰をおろすーー
「ーーっ」
 一瞬視界が揺らいで、尻に衝撃が走る。座ろうとした椅子がなかった。
 横で「ざまァみろ」と笑っているマルフィクは、さっき俺の方にあったはずの椅子に腰掛けていた。
 仕返しされたのか。
 怒りよりも呆れのが強くて、目をすぼめて抗議だけすると、別の椅子へと腰かけた。
 老婆は俺達二人の行動は見てなかったのか、淡々と茶と茶菓子を三つ机に並べて、最後の椅子へと座った。
「あなた方は、ジェミニ様と”遊び”を約束した他の星の方々ということでよいですな?」
「はい」
 老婆の確認の言葉に頷く。老婆は茶と茶菓子を食べるよう動作で指し示し、自分も茶飲みに口をつける。
 出されたものを断るわけにもいかず、俺も老婆にならって茶を。マルフィクはためらいなく茶菓子を口に運んだ。
「では、きっと私に双子の神の”遊び”に勝つための方法を聞きにきたのですな?」
「ま、まあ」
 勝てる方法自体を知ってるとまでは知らなかった。もしかしたら、簡単に勝てる方法が聞けたり……。
「私の事をどう知ったのかはわかりませぬが、お教えしましょう」
「え、いいんですか?」
「ええ。聞きに来た者に、星やジェミニ様のことを答えることが私の役目の一つなのですじゃ」
 老婆の言葉に衝撃を覚えた。役目というからには、本当に教えてくれるんだろう。こんなに簡単にいっていいのか……?
 浮足立ってから、不安がちらつく。
「まず、勝負をする際には必ず『かくれんぼ』を選択し、『鬼』をやることじゃ」
 あってた。よかったという安堵が俺を包む。
 頷いて、老婆の話の続きを促す。
「そして、わしの家の岩壁にある扉から洞窟へと入るのですじゃ」
 目を向ければ、岩壁の方には、星の飾りが散りばめられたかわいらしい扉が鎮座していた。
「そうすれば神が住むといわれる洞窟の罠、すべてを抜けた先へとでますじゃ。その先にはジェミニ様たちの家があって、いつもかくれんぼはそこで相手を待っております」
「ンじゃあ、その扉を抜ければ、ほぼ確実に双子の神を見つけられて、勝負に勝てるンだな?」
「はい。普通は洞窟を見つけるのが定石なわけですが、こちらは裏道になりますじゃ」
 マルフィクの確認に、老婆は頷く。
 とっても簡単だ。これで、俺はかくれんぼに勝って、双子の神の加護をもらえる……!
 期待で胸が膨らんだ。加護をもらえるという実感が、これほど気持ちを高揚させるとは思わなかった。
「へェ。ずいぶん簡単だな。アンタの役目と、何か関係でもあンのか?」
 気分が高揚して、すぐにも立ち上がりたい俺を制するように、マルフィクは老婆に話の続きをと問いかけた。俺も気になりはしたので、おとなしく座って老婆の答えを待つ。
「……はい。わしの役目とは、ジェミニ様に仕える事なのですじゃ」
 老婆は目を細めると、壁にかかっている仲良さげに遊ぶ子供の絵を眺めた。
「話始めるととても長くなるのですが、ジェミニ様は昔はとても優しい子だったんですじゃ……」
「優しい……?」
 老婆の言葉に、やせ細った住人達の姿を頭をよぎって、俺は顔をしかめた。
「そうですじゃ。何千年も昔、この土地も豊かじゃった」
「まるで見て来たように話すンだな」
「見てきました。わしは、何度も産まれてはここで彼らに仕える使命を受けた者ですじゃ」
「加護か……」
「そうですじゃ、不死の加護を授かってるおりますじゃ。不老ではないのでいささか不便ではあるのですが、年老いて体が死ねばその場で新しい命に産まれ変わり、また一生をこの星で過ごしますじゃ」
「なるほど、それで双子の神のことをよく知ってるのか」
 不死の加護か、死んでも生き返れるなら、それはそれですごい力だな。喉から手が飛び出るほどほしい人間はいるだろう。
 そっか、だから、あんな怖い噂の双子の神に挑戦する人間がいるのか。老婆がここに来た人に話をする使命を受けているというなら、双子の神がわざと不死の加護の話を公言しそうだ。そうすると、噂も広まりそうだし……。
「今のあいつらは、性格悪いよなぁ」
 思わずつぶやく。
「はい、ある事件が起こってから、ジェミニ様は荒れ狂い、土地も荒れ果てましたのじゃ」
 老婆はそこで言葉を一度止めた。
 そして、ゆっくりと俺とマルフィクを交互に見る。
「この話は禁忌とされておりますが、ここまでたどり着いたあなた方であれば聞く権利もあるかと」
 うんうんと頷き、老婆は――
「禁忌の――続きを聞く覚悟はおありじゃろうか?」
 俺達に最後の通達をした。
ーーー
 俺は、これを聞いて本当に良かったのだろうか――。
 老婆の話が頭にこびりつく。
 老婆は話終えたあと、もう話すことはないからと、食料を捜しに外へと出て行ってしまった。
 残された俺とマルフィクの間にしばらく沈黙がおちる。
「……あれが本当だとしたら、この遊びになんの意味があるんだよ……?」
「意味? 腹いせにしか見えねェけどな」
 絞りだした俺の声に、マルフィクは不機嫌に返してくる。俺に聞くな。というのがヒシヒシと伝わってきた。
「腹いせ……こんな遊びを繰り返しても、過去は変えられないのにっ」
 吐き気がする。簡単だと思ったことがすべてひっくり返った気分だ。勝って、加護をもらうだけならあの裏口の扉を開けて進めばいい。でも、それだけじゃこの星はどうにもならない。
 それを、俺は知ってしまった。
「知らなきゃよかった……」
 知らなければ気にする事なんかなかったのに。知らなければ、簡単だと歓喜してすぐに裏口に走って行けたのに。知ってしまったばかりに、俺は今、進むことができない。
「オレもだ……」
 マルフィクも苦い顔をして残りの茶を煽る。
 老婆から聞いた話。それは、双子の神『ジェミニ』の片割れ――兄『カストール』を殺した男。オフィウクスの加護を得し『神殺し』をした人間についてだった。
 まさか、双子の神のうち一人が殺されていて、それに固執した弟が加護を兄そっくりに実体化させ、暴れているなんて……。
 聞きたくなかった。
 オフィウクスの加護に久しぶりの嫌悪感を覚える。受け入れようと思った矢先に……こんなのってあるか。加護を使ってることに自己嫌悪が沸き上がってくる。
「……神を殺せるって本当だッたンだな」
 マルフィクの呟きに、背筋がぞっとした。この星で初めて会った男の言葉を思い出す。
「オフィクスの加護を受けし者は神を殺すことができるのだから――」
 これのことを言ってたのか。
「だからって、本当に殺すなんて……」
「神は人間より上の存在なンだから、上を排除しないと、オレたちに自由はない」
 まさかマルフィクからの、神殺しへの肯定。
 何言ってんだ? やっぱりお前も『神殺し』の人間と一緒なのか?
「でも、だって、神殺しが起こらなきゃ、この星は平和だったんだろ? それまで仲良く豊かに暮らしてたって言ってたじゃん」
「結局、神のせいで人間の生活が振り回されたンじゃねェか」
「その前に壊したのは俺達人間だろ!?」
「過去のヤツがひとり殺り損ねたから、いけねェンだ!」
「いや、殺す前に話し合うとかすればよかったんだよ!!」
 マルフィクは反論してくるが、どこか感情を殺しているようでよけいに俺の神経を逆なでした。本気で言ってんのか!? という思いが強くなりすぎて、思わず机をたたいて立ち上がり、大声を出した。
 マルフィクは一瞬瞠目したが、ぎりっと奥歯を鳴らし俺を威嚇するように机をドンっとたたき返してきた。
「話し合いで済むんだッたらッ、神殺しなンか誰もやらねェ!!」
 俺よりも大きな声と、怒りに満ちた怒鳴り声。さっきまで隠されていた感情がむき出しになった彼の黒い瞳に、今度は俺が唖然とする番だった。
 マルフィクは一度口を引き結び、俺を睨み上げる。
「だから、過去のヤツも師匠も間違ッてなんかねェ」
 はっきりと言い切った。俺との考えの決別を突き付けられて、足元がふらつく。机に手をついて体を支えた。
「……お、お前は、本当にその言葉の通りに思ってんのか?」
 振り絞った俺の声は喉がからからで唸り声に近く、マルフィクは応えるように怒りのくすぶる目を俺に向けたまま
「……思ってる。オレは神にないがしろにされている人間を知ッてッから……自覚もなく飼いなされてる人間も知ッてる」
 淡々と自分の持論を曲げずに紡いでいく。
 何を彼は見たのだろうか、知ったのだろうか?
「だから、師匠がしようとしてることは信じられッし、納得できる。過去のヤツもきっと知ッたんだ……と思う」
 わずかに悲しみを滲ませた声色を最後に、彼はフードを目深にかぶり顔をそらした。
「…………」
「…………」
 重い沈黙。
 俺は、いままで助けてくれていた彼が、やっぱり自分とは相容れぬ考えを持つ”オフィクスの加護を持つ人間”なんだと認識させられて、怒りよりも虚しさで立ち尽くしていた。
 マルフィクの言ってることは理解ができない。俺は、双子の神も人間もどっちも悪かったと思ってる。だって、もし、『神殺し』の男と初めに話ができてたら? もし兄を失って怒り狂った双子の神が民の話に耳を傾けることができてたら? もし、”遊び”に関わった誰かが双子の神と心を通わせられたら? どこかで、何かが違ったかもしれないのに。どちらも歩み寄ろうとしていない。
 でも、マルフィクの中では人間が振り回されたことが何より許せないようだった。
 俺は諦めたくない。マルフィクが知っていることは知らないけど、この星のことを知ってしまった。だから、この星を諦めたくなかった。
 俺は、落ち着くために席に座りなおして大きく息を吐いた。
「……たしかに俺は、お前が知っていることを知らない」
 知ったら知ったで、また知りたくなかった。って言ってしまいそうだけど。
「でも、”今の俺は”あの話に出てきたジェミニも、この星の人間も、昔みたく仲良くできたらと思うんだ」
 俺は後悔したくない。何もせずに後悔して、ずっと気になってるけど無視してしまうような、前の俺に戻りたくない。いまの双子の神の片割れのようには、なりたくない。
 だから、俺は自分の意見を言った。これから、どうしたいのか。
 意見は正反対でも、マルフィクはまだ話を聞いてくれるはずだ。だって、彼も俺を説得したいだろうから。
「……過去なンだから、いまさら変えらンないだろ」
 マルフィクは顔をそらしたまま小さな声で静かに応えてくれた。表情は読めないが、的確な反論にぐっと喉が鳴る。
 神殺しが起こらなければ、一瞬でも話し合いができていれば、と後悔しても今が変わるわけじゃない。
 わかってる。
「オマエは加護もらうのが目的なンだから、この星のことなンか関係ねェじゃンか」
 そこまで同情してどうすンだよ。と、マルフィクがため息を吐く。
 彼の言葉はさっきから俺の心に刺さる。
 関係ない。その一言は重くて、なぜか納得できなかった。俺は、この星の惨状を、民の悲痛な叫びを知っている。それが、ひどく胸にひっかかって……。
「俺だって知ったから……この星の現状を……」
 こぼれた。
 この星で出会った民たちの姿が頭にちらつく。ぼろぼろでやせ細った彼らを、助けを求めていた彼らを。
 思い出しただけで胸がぎゅっと掴まれたように痛み、放っておけるわけがないと痛感した。
「……ンなに悪かッたのかよ」
「ああ、いつ死人が出てもおかしくないと思う……」
「……俺はまだ、神殺し教えられてないかンな」
「その選択肢はないから……!」
 フードからちらっと覗いた鋭い視線に、慌てて止める。そうじゃない。俺がしたいのはそっちじゃない。
「俺は、双子の神も助けたいと思ってるから」
「……好きにしろ」
 マルフィクの言葉は意外だった。驚いて見やれば眉をひそめて、睨み返してくる。
「……実際に見てないけど、師匠が偵察した結果は聞いてる。ここの人間にアイツを恨ンでるヤツはいないッて」
「えっ?」
「実際、飢えがひどいのは数年に一度の時期だけ。そンで伝承として、昔の神と神殺しの話が語り継がれてる。別の星の”救世主”によって昔の神が戻ってきてくれる。とも言われてるらしい」
 マルフィクは一度言葉を止めて、眉尻を下げた。
「それをずッと信じてンだそうだ。昔のアイツがいつか戻ッてくるッてな」
 なんだか、心が温かくなった。そうか、この星の人たちは今も自分の星の神を信じているのか……。
「なんとかしたい……」
 やっぱり俺は、この星を昔のようにしたい。
 この星の人たちのことと、兄カストールが死んで時間が止まってしまったジェミニのことを、どうにかしたいーー
「アスクなら、できると思うけど……」
 突然、ヘレの声が耳に届いた。すぐにそれが、この星を昔のようにするための”確信”だと気がついた。
 だから、あの時のことをゆっくりと反芻する。
 あの言葉が、あの時は素直に認められなかったけど嬉しかった。もしかしたらいつかはっていう希望が少し心に湧いたんだ。
 その小さな希望が大きくなったのは、乙女の騎士に出会って「アスク。貴方が先に双子の神の加護を受け取ってくれることを願っている。」と言われた時だった。まるで「できる」と背中を押されたようだった。
 だから神を知り、神の加護を受け入れたいと思えるようになって、双子の神を捜したんだ。
 ヘレの言葉はきっかけで、乙女の騎士の言葉は背中を押すものだった。
 止まったままだった俺の時間は二人の言葉で進み始めてる。こんな風に何かをしたいと思える自分は、羊飼いでいた時よりも数倍好きだ。
 もし、双子の神にも何かしらそういうきっかけがあったなら、彼の時間も動いてくれるだろうか。
「きっかけがあれば、できるかもしれない」
 ”確信”は傍にあった。
「きっかけェ?」
「そうだよ。きっと今、彼に俺が話し合おうと提案したところで、きっと心に寄り添うことも、話を聞き入れてくれることもないと思う」
 これには”確信”がある。
 オレの方が双子の神の過去に共感したことを話したところで、彼からしたら何を言ってんだこの人間はと思われるに違いない。
「だから、双子の神の心を開くきっかけがほしいんだ」
「人間を憎ンでる神に心を開けッてか?」
「んー……誰か双子の神が信頼している人とかいればいいんだけど」
 言って、何かひっかかりを覚える。
――キィ
 もう少しで何か、というところで、表の扉が開いた。
「おや、まだいらっしゃったんですな」
「あっ……そうか!」
 彼女の顔を見た時、壁にかかっている仲良さげに遊ぶ子供の絵を眺めていた彼女の優しそうな瞳を思い出す。光明が射したような気がした。
 彼にも支えてくれる人がいるじゃないか――
「お願いがあります!!」
 俺は老婆の手を取った。
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※三万文字までが限度だそうなので、02に移動して続きを執筆します。
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オフィウクスの謎―加護を受けたと思ったら存在しない神だった―1章
初公開日: 2021年02月28日
最終更新日: 2021年09月01日
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牡羊の星から逃げ出したアスクが洞窟を抜けると、そこは双子の星―ジェミニ―だった。アスクは新たな神に出会う……。