いつから意識したろう。今考えるとタツミなりの気持ちの切り替えだったのかもしれない。
「うん、わかった、あにき」
さりげなく呼び方を変えたのに、リュウジは目立たないなり僅かに表情を変えた。ただその呼び方を常にしたから、成長して変わったと納得したのだろう。
言えないから言えることを利用する。そうして取っていた行動は、次第に想いと深く結びつくようになっていった。
言ってみたいという欲望は、日に日に膨らむ。どうして俺ばかりと思う。
落ち着いた表情に朱がさすことはある。関係に頷いてくれるのに、やはり少し手が届かない特別なところにいる。
そんな風に考えていたから、先を越されたんだ。
言わなくてもわかる。そんな甘い言葉で臆病に隠していたのだ。
集まった時に誰か一人が色恋の話題を持ち込むと、一気に場はそちらへと向く。いるいないに関わらず、興味や状況になる。
そういう時は男の方が乙女だと、にやにや聞いているだけの女史は言う。
言いたくても言えないタツミとしては、そんな女史の言葉もわかる。誤魔化し続けていると、どさくさに紛れて言うことも出来るのでは無いかと考え始めるくらいだ。話題に出していても、肝心の彼女を見たことがないやつだっている。
そういう方向に持っていけるのではと、機会を窺うタツミだって、女史のいう通り乙女なのかもしれない。リュウジがテーブルの一番対角で、素知らぬ顔で座っている時なんて、特にそう思う。
こういう時に話題をさりげなく流し続けるリュウジは、今日は少し変わった絡まれ方をしている。
「俺はいつもモテるリュウジだって、いつか焦る時が来るって知っているしわかっている」
「お前は余裕すぎる!」
「なんだそれは」
タツミとしては焦られても困るし、自惚れているからリュウジが焦ることなんてないと知っている。
少しにおわせれば、こちら側からあの素知らぬ顔色を変えられるのではと、企むくらいだ。
そんな風に考えていたから、同じだと考えなかったのだ。
同じことを考えていて、先を越されるなんて思っていなかったんだ。
「別れていないから次は探せん」
「ちょっと待てリュウジ!」
「初めて聞いたぞそれ!」
リュウジからの爆弾はさりげなく落とされたが、みんな寝耳に水ですぐに拾われた。タツミも驚き、まさかと思い動けなくなった。なにも言えなく、さりげなく聞き耳を立てる。
「どのくらい付き合ってるの?」
「ええと、いつからだ」
呟きながらリュウジの指がどんどんと折られていく。かなりの本数が折られ、止まったところでタツミは息をのんだ。
心当たりがある。ちょうどそのおった分くらいからだ。
「うわー、そんなに知らなかった」
「なんかこれはこれで悔しいぞ、リュウジお前……」
こうなるとタツミは話を聞いて動くしかない。合わせるか逸らすか、後手はタツミだ。
「もう側にいるのが自然だし、俺はなにより愛している」
その場の全員が呆気に取られている隙をぬって、リュウジの視線がチラとタツミへと向いた。一瞬だけ見て、そしてまた素知らぬ表情に戻った。
喉がひりつく。どうして違うと、同じことなど考えないと思っていたのだろう。こんなにも愛おしいのに、どうして応えることが出来ないのだろう。
リュウジの話題だったらと、話は当然タツミへ振られた。
「ちょっとタツミ、お前知ってたろ!」
「知らないわけないだろ!」
言えるわけないだろ、何先に投げ込んでるんだよ、あにき。
普段なにも言わない癖に……。
だからせめてと笑顔を見せた。限られているカードから、返さなければならない。
「え? 俺その話聞こえない仕組みになってる。たまには代わりに聞いといて」
せめて笑顔でもっと聞き出せと促してけしかけた。
ただリュウジの言葉は、そこで止まった。相手がどんなということに関しては、なにも言わなかった。
「そうなると、俺としてはタツミも怪しくなるからな!」
「ええ、俺?」
リュウジからもう聞き出せないとわかると、次の標的はタツミになった。相手がいない組としては、疑心暗鬼になってきたのだろう。
背中に汗が流れるのを感じながら、それでもタツミは笑顔を浮かべた。
ニコニコと一人の名前を出すと、間髪入れずに隣にいた男にスパンと叩かれた。叩き方が上手かったから、いい音だけはした。
「そんな正直な答えは求めてない!」
「タツミお前バカだろ!」
「いや、俺もその気持ちはわかる、あれはいい、いいがお前なあ」
タツミがしれっと出した名は、いわゆるそういう映像でお世話になる娘の名だ。好みはあるが、彼女がいなければお世話になるらしい。興味はなくとも、他の面々違うこういう場合で持ち出す、手札として覚えている。そういう意味ではお世話になっている程度だ。
正直になんて、言えるわけがないだろう。息が詰まる原因に、今日は嬉しさも加わった。
だからこそ、知らぬふりをして笑う。
了