※注意
・魔法があるタイプのパロディ
・百年以上前にエースのご先祖←監♂、デュース→監♀だった表現があります
・どっちも未成立
・エース←モブ女子回
・モブ同士の百合表現
・最初ちょっとだけ捏造兄ッポラが喋る
・その他モブがいっぱいコレクション
・現在想定してるラストが取りようによってはメリバ
(ACE)
トラッポラの家はオレらの代で潰そう、とは、前々から兄貴と話し合っていたことだ。
潰そうと言っても積極的に会社を倒産させたり資産を全部手放したり、そういうことではない。トラッポラの名前を次に繋いでいくのをやめよう、という話だった。
つまりオレも兄貴も、結婚して子供を作る気が全然さっぱりないのだった。大企業の社長夫人やってる母さんが苦労してるところを見上げて育ったせいもあって、「好きな人にあんな苦労させんの嫌じゃね?」というところで意見の一致を見ている。あと子供の人生の責任を取りたくない。その他、うちの親戚類がクソウルセーとか、そもそもオレと兄貴の女の好みがちょっとアレとか、いろいろ理由はあるのだが、とりあえずオレも兄貴も「結婚したくない」という気持ちだけは前々から持っていた。
ふとした時に「オレ独身貫くつもりなんだけど孫の顔は兄貴に任せていい?」と訊ねて、「エッオレはお前に任せるつもりだったんだけど」と返されたときの沈黙ときたら。お互い相手が100%本気だということがわかってしまったし、絶対譲る気がないことも兄弟の絆(笑)で伝わってしまったので、二人して頭を抱えることになってしまった。いやもう、オレ常々兄貴似だとは言われてきたけど、ここまで一致させなくてもいいじゃん?
これはヤベェと緊急兄弟会議が開催され、ちょっとガチで話し合った結果「もうめんどくせえからトラッポラ潰そうぜ」「さんせー」そういうことになった。
「だってしょうがねえじゃんな……オレもお前も好きになる女みーんな、絶対オレらのこと好きになってくれなさそうなのばっかだもんな……」
「うるせーやめろ言うな……」
好みのタイプまで似通っている兄弟は、揃ってソファに沈んだものだ。
前を向いて、胸を張って、迷わず歩いていく女が好きだ。必要とあらば牙を剥き出して、相手を殺す勢いでねじ伏せる女が好きだ。姿勢がよくて声に張りがあって眼力が強い女が好きだ。他の誰でもなく自分のために、信じた道を歩いていく女が好きだ。脇目も振らず、一心に。
おまけにまるでオレに興味がなかったらめちゃくちゃ興奮してしまうので、兄貴と二人面倒な性癖をこじらせてしまったと肩を叩いて慰めあったものだ。
「なんつーかさ……これはオレ個人の意見ではなく次期社長としての意見なんだけど、もしこういう女が社内にいたら、無理に家庭に入らないでぜひオフィスで活躍してほしーなって思うんだよね……」
「いやそれもう個人の意見でいいじゃん。絶対バリバリ仕事こなすところ好きになったじゃん。ウッカリ惚れられたら冷めるやつじゃん」
「ウーン否定できねぇ」
客観視すると死にたくなるので、個人の感情は横に置いて「できるだけ社員に迷惑をかけずにトラッポラを潰す方法」の意見を出すなどして夜更けまで話し込み、眠気でふらふらしながらベッドに直行して就寝した。
好きな人のやりたいことを愛や恋を理由にして邪魔するような男にはなりたくない。そしてトラッポラというやたら古い家は、個人でやりたいことをだいたい邪魔するようにしか働かないと思う。だから無理に結婚という形で相手を縛りたくはないし、もし相手があっさりと了承なんてしようものなら、自分がすぅっと冷めてしまうような予感があった。ねぇそれ、そんなに大事に持ってたはずなのに、オレへの「好き」であっさり捨てられちゃう程度のもんだったの?
恋というより憧れに近い感情なのかもしれない。どこかへ向かって真っ直ぐに歩いていく背中を、ずっとずっと眺めていたい。だからもしも相手が振り返ったら、オレは失望してしまうかもしれなかった。冷めるのが嫌だから振り向いてほしくないなんて、大概馬鹿馬鹿しい話ではあるのだけど。
結婚なんてしたくなかった。自分が重くなるのも、他人に重荷を背負わせるのも嫌だった。自分の荷物ひとつだけを持って、ふらふら歩いてなんとなく死ぬのがオレの人生なんだろうと思っていた。
いつの間にか荷物が一つ増えていると気付いたのは、本当に最近のことだ。
記念パーティが終了し、その後の後始末の手配で何やかんや忙しかった日々も今日でようやく終わりだ。先方担当者との最後の打ち合わせ。当日の反省点の洗い直し、改善点の確認、それから「今後ともよろしく」のご挨拶。お互い署名のいる書類なんかも持ち寄って、それでもパーティ前よりはずっと短い時間で最後の会議は終了した。
「はい、お預かりしました。改めておつかれさまでした」
「おつかれさまでした! すっかりお世話になってしまって」
「こういうのはお互い様ですから」
まぁ苦労した点がないではないが、全部終わったねってほっとしたとこで言うようなことでもない。
綺麗に巻いた髪を揺らして担当者が笑う。瞳孔が開いて濡れた目と、チークをつけなくてもふんわり赤い頬が高揚を示していた。にこっと笑って返して、「下まで送りますよ」と書類やタブレットを鞄にまとめる。本当は重たいから鞄とか持ちたくないんだけど、書類にシワを寄せたくないからって見せつけるように魔法で浮かせて運んだりすると、後々噂になって面倒くさい。大人しく普通のビジネスマンに迎合してた方が楽なのだ。
同じように手荷物をまとめた担当者が、立ち上がりざま「あの」と声を上げた。余韻が震えて不格好な発音だった。
「本当に、トラッポラさんにはお世話になっちゃって……お礼がしたいんです。今日、お時間ありませんか」
記念パーティが終われば契約終了、もう会う機会などほとんどないだろう。多分何としても、ここでオレと仕事以外の接点を持っておきたいはずだ。だからこういうことを言ってくるだろうことは予想できていた。できていたので、オレはもう、彼女に何を言うのかを決めていた。
「――申し訳ないんですが、あなたのためにプライベートな時間を使うつもりはありません」
仕事は終わった。あとのことは自己責任。もうはっきり言ってしまってもいいだろう。どうせ今後会う予定もない他人なのだし。
相手も馬鹿ではない。「え、」と呟いたきり言葉は出ないようだったが、上気した頬がみるみる色を失い、爪先立ちだった体はしゅんと縮こまった。可愛らしい女性だと思う。でもそれだけだ。雑誌のモデルが綺麗な顔をしているのが当然であるように、「そういう姿をしている」という認識以外を持つことができない。
ややあって、それでもオレから目を逸らさなかった担当者は、震える喉を抑えつけて言った。
「……どうしてって、聞いてもいいですか」
「聞いてどうするんです?」
「直します。努力します。あなたが隣に置いてくれるような、あなたの好みの人になれるように」
あなたが好きなんです、と言われた。
「あなたが好きだから、あなたが好きになってくれるような人間になりたいんです。教えてください、何が気に入らないんですか。服ですか、話し方ですか、仕事が遅いのが気に障りますか」
ぜったいに克服します、と続ける声は、もう可哀想なくらい震えていて、ここで慰めてやるのが優しい男ってやつなんだろうなと思った。そうしたいという気持ちが欠片も見つからないのはちょっと面白いくらいだったけど。
「そういうところです」
「……えっと」
「オレの好みに万事合わせるようなところが、駄目です」
オレは笑顔を崩さないままで言った。
正直に言わせてもらえば、オレの好みをリサーチしてきてる時点でもう駄目だった。オレも人間なので、ぶっちゃけ男なので、ぐっとくるポイントの一つや二つや十や二十はあるし、それを殊更隠してはいない。そこまで特異な趣味を持ってるつもりもない。だからちょっと周辺を探ればオレの好みなんていくらでも拾えるだろう。
それを武器にしてこられるのが嫌だった。オレの好みは好みであって、それに合わせて自分を変えようとしてくるのが嫌だった。そんなに自分に自信がないのかって思うし、オレを落としたいなら正面から、自分が一番魅力的だと思う自分で勝負をかけるべきだと思うし、そもそもそれってオレを落とすための変化であって、オレと付き合えることになったら元に戻んの? それともずっとオレの好みで居続けようと努力し続けんの? オレの好みが変わったらそういう風にまた自分を変えるわけ? そんなことをずっとずっと、もしかして一生続けるつもり?
そんなの自分を殺してるのと変わんねぇじゃん。オレを理由にして自分をいじめるとか、ほんとやめてほしい。不愉快。そんなの全然オレのためじゃない。スキなヒトのために努力してるジブンに酔ってるのと何が違うの?
ただまあこの本音を全部ぶちまけるとあまりにもオレが外道だという自覚はあるので、オレはもうちょっと外聞のいい別の理由を持ち出すことにした。
「うちの実家がそこそこでかい家だってのは、当然ご存知だと思うんですけど。まあ古い家なもんで、面倒なしがらみだの何だのが山程あるわけなんですよ」
血が繋がってる人数だけでもわりと膨大なのに、親父が世話になったところ、じいちゃんが世話になったところ、母親の実家、ばあちゃんの実家、ばあちゃんの弟が役員やってる会社、取引先、取引したくて目をつけてる会社、三代前まで敷地の面倒を見てくれてたメイド派遣会社、その他いろいろ。ざっと上げるだけでも目眩がするほどの人数が、それぞれの思惑でもってうちを取り巻いている。オレは当然トラッポラ家の利益を守らなければならないので、そういう面倒くさい縁を偏らせず、切り捨てず、付かず離れずを保ちながら維持していくことに腐心しなければならない。
楽しくないことはたくさんある。楽しくないことの方が多い。古い家柄なんてそんなもんだ。これから先ずっとそういうことと付き合っていかなきゃいけないのに、オレへの気持ちだけでそういうところに飛び込んでこようなんて子、危なっかしくて連れていけやしない。
「ぶっちゃけオレも年頃なんで、今お付き合いを始める人は、当然結婚とか視野に入れます。そういうとき、トラッポラの男が考えなきゃいけないのは、『相手が家を守ってくれるかどうか』なんです。スゲー詰め寄られたりなじられたりなんかワケわかんねぇことで追い詰められたりします。そういうとき、オレらは『家の利益』を考えないといけないんです。個人の利益じゃないです。オレは幸い次期社長なんてポジションに座らずに済んでますけど、それでもそれなりに背負わないといけないもんはあるんですよ。そういうときに、オレを守ろうとする人を、オレは選んじゃいけないんです」
オレはオレを愛してるだけで結婚したいと思う人とは結婚できないんです、と言った。オレが公的な配偶者を迎えるとき、その人はオレの妻ではなく、『トラッポラの妻』になるからだ。オレがトラッポラの不利益になるときはオレを切り捨てられる人でなければならないし、同じようにオレも配偶者がトラッポラの不利益になるなら、これを切り捨てなければならない。
「だからオレは、オレを好きだって言って、オレのためならなんでもできるって言う人とは結婚できません。オレと結婚する人は、トラッポラのためになんでもできる人じゃないといけないんです」
お気持ちは受け取れません。すみません。腰を折って頭を下げた。謝罪会見に無理やり連れてこられて代表扱いされる人はこんな気持ちなのかなと思った。
この子がオレを好きなのはこの子の責任であってオレのせいじゃないのに、なんでオレが謝らなくちゃいけないんだろう。
そこそこに外道なことを考えていた自覚はあるし、下げた顔は随分な表情を作っていたと思うけど、担当者が見える範囲内では一応それなりの表情を取り繕えていたと思う。違うな、取り繕ってるって気付かれた方がいいのか。「お前は顔を作らないといけないような相手」だっていうことが伝わりやすいかもしれない。まぁもう二度と会う人間じゃないし、どうだっていいけど。
見送りはいらないと言われた。まぁそうだ。部屋を出る際、担当者は一度だけ振り返って質問した。目元が真っ赤で声もガタガタなのに、涙を堪えきっているところだけは尊敬できた。
「……トラッポラさんは、好きな人ができたとき、その人と結婚されないんですか?」
オレは仕事中と同じ愛想笑いで答えた。
「公的な伴侶としては、どこにも紹介できないでしょうね」
それが最後の会話になった。オレの仕事は全部終了、手続きも残ってるものはナシ。あの担当者との縁が、完全に切れた瞬間だった。
最後の最後、彼女はオレを見て憐れむような表情をした。
可哀想? とんでもない。オレは今から、目一杯幸せになる予定なのだ。だって一生手放すつもりなんかないんだから。
いつかも言ったかもしれないが、顔がよくてそれなりに人当たりがよくて金持ってて地位がある年頃の男なので、オレはまぁモテる。アイドルみたいに熱を上げるやつ、金目当て、実家のネームバリュー、単純な「カレシ」っていうアクセサリー。いろんなやつが声をかけてきて、まぁ乗ってみた時期もあるんだけど、正直誰相手でも面白くなくて最近は全部お断りしてた。遠回しにやんわりと、通用しなかったら正面からきっぱりと。直接言わないとわかんねえやつが一番めんどくさかったな。絶対に自分にチャンスがあるって信じて疑ってくれねぇんだわ。無理ですやめてください諦めろっつってんだろ。けっこうきつめに釘刺さなきゃ諦めなくて、そういうやつほどロクでもないセリフ吐いていくわけだ。まぁ何言われても何とも思わねぇんだけど。
わりと最近、「てめえみてえな不能相手する奴なんざいねぇぞ孤独死しろこのXXX!」って捨て台詞吐いて消えたやつがいたんだけど、オレは「ヤダーおくちがきたなーい排水口かなー?」とか思うだけでノーダメージだった。
だってオレにはデュースがいるし。
ここでデュースが出てくるのはおかしい。ってことに気付いたのは帰宅した後だった。帰って自分の部屋で「ただいま」「おかえり!」っていつものやりとりしてシャワー浴びてる最中。孤独死なんかするわけねぇじゃんデュースがいるのに、ってザーザー温水浴びながら思って、そこで初めて違和感を覚えた。
一生交際も結婚もできないって意味の「孤独死」って言葉に、デュースを当てはめて反論するのはおかしいんじゃないか。
(……いや別に、実際デュースは妖精だし、オレは手放すつもりねぇし、代々引き継がれてったこともあるらしいからオレが死ぬまで手元にあって、そんで死んだ後に誰かのところへ行くんなら実際「孤独」ではないわけ、だし)
素っ裸でシャワー浴びながらうっかりむせた。ちょっと笑えないくらいムカついたからだ。肺が内側から焼かれたみたいに、焦げ付くような怒りが立ち上ってきたからだ。
脳内の大混乱を咄嗟に冷水に切り替えたシャワーで鎮めて、正体のわからないそれをなんとか分析しようとして自分の思考を辿って、遡った先にあるものに我ながら呆然とした。
オレは、デュースに、思い出にされたくないらしい。
いつか聞いた、子供を産んだ何人もの所有者たち。百年前の先代で、いくつも妖精付きのマジックアイテムが家にあったという少女。かつての所有者について語るとき、デュースの瞳はいつだってきらきらしていた。大切な思い出であると、今でも大事に思っていると、宝物なのだとその目が語っていた。
そういうふうにきらきらした思い出の一つにされるなんて冗談じゃなかった。
オレはデュースの「過去」になりたくなかった。いつだって最新の、一番の、何がなんでも優先されるものがオレじゃないなんて許せなかった。いつかオレが死んで、デュースが人手に渡って、そこで新しい所有者にオレの思い出をきらきらした目で語られるだなんて、とても我慢できなかった。
(なるほど、オレ、デュースのこと好きなのか)
流石に寒くなって止めたシャワールームの水溜りの中で、オレは自分の感情の正体を受け止めた。
受け止めたはいいがどうすんだよコレ、ってのがまぁ本音。何せ相手は、人間じゃなくて、とりあえず意識は男性で、おまけにあの天然暴走スプリンターのデュース・スペードだ。こいつがオレに恋をしてるのは妖精としての機能だか本能だかで、望んでオレを好きでいるわけじゃない。ただまぁ何せ百年ぶりに他人と触れ合ってるせいで、あとこいつはデュース・スペードなので、所有者と所有物にしてはそこそこ近い距離感でいられているとは思っている。それにしたってそこ止まりだ。友人以上の何かになれるとは思えなかった。何せ現実ってのはおとぎ話みたいにはいかない。
その日はとりあえず寝て、次の日はデュースがクルーウェルのとこに行く日だったから送り出して、オレはオレで出勤。後から後から襲いかかってくる業務をバッサバッサ切り捨てて、ぽっかり空いた時間になんとか一息吐いたところで気がついた。
(え、いや、むしろなんか問題ある?)
何せこちとら諸々の事情により普通の男女間の結婚は諦めている身分である。思い思われ周囲に祝福された幸せな結婚なんて夢のまた夢。万一相手が見つかったって、愛ひとつ携えてれば何とかなるような容易さは、古い家柄のどこにも存在しない。愛を捨て欲を捨て、時には損得まで放り捨てて守らにゃならんのが名家の誇りってやつなのである。クソくだらねぇ。やっぱ好きな子こんなとこに放り込むのぜってーヤだわ。
そこでデュースである。そもそも人間じゃないので通常の婚姻の手続きは踏めない。よってトラッポラと関わることができない。名家に嫁入りして起こるあれやこれやそれやを、デュースはぜーんぶ無視できるのだ。オレがデュースを好きで、デュースもオレを好きなら、誰かに横槍入れられることもなく関係性をずっと維持できる。
(え、は? サイッコーじゃんなんで気付かなかったんだろ。妖精のデュースなら条件全部クリアして恋人でいていい、嫁も子供もいらねぇから恋人やめる理由もない!)
会社の休憩室で、ヨッシャア! と叫んだ。誰もいなくてよかった。もしかしたら警備員室には映ってたかもしれないが、まぁ取引がうまくいったんだろうくらいで受け止めておいてほしい。
正直浮かれた。めちゃくちゃ浮かれた。記念パーティの運営委員会なんて面倒な仕事押し付けられてなきゃ、勢いのまま薔薇の花束とか持って突撃しそうだった。しなくてよかった。とりあえずこれが終わらなきゃ何もできないので諸々終了後にするとして、布石くらいは打ちたいなーと思ってデュースのためにできそうなことを追加で考えた。まぁ印象はプラスにしておきたいじゃん。今更かもしんないけど。
それで自分のスケジュール見直して、仕事以外ほとんどデュースに使ってることがわかって流石に笑った。
朝起きて、おはようって言って、スケジュールの確認して、デュースが暇そうだったらケースに収めて一緒に出勤。暇ができたらカメラのない休憩室で駄弁って、そのまま業務終了までずーっと一緒。会議だか会食だかで遅くなるときも、ジャケットは預けずに手元に置いていた。妖精の視界でオレの周囲を認識してるデュースは、帰ってからあれは何だあの皿がうまそうだったとうるさくて、後日連れて行ってやったこともあったっけ。
デュースが来ない日、クルーウェルの店に行く日か、出された課題が難しくて籠もって考えたい日なんかは、必ず土産付きで帰宅する。デュースは新しい時代の食べ物、特に「冷蔵しないと食べられないもの」に興味があるらしく、今の所一番評判がいいのはプリンだ。基本的に上流階級の持ち物だったデュースは甘いものに馴染みがあるが、それが安価で大量に入手できる時代にいちいち驚くらしい。それこそとろけそうな顔で一口ずつプリンを味わうデュースが見たくて、オレは国内でも評判のいいスイーツ店を何件も回っていた。この時点で自覚してもよさそうなもんである。我ながらちょっと引く。
満月の夜は二人でお茶会を。夏は外で、冬はオレの部屋で。くるくる踊るデュースを見る日もあれば、二人黙って月を見上げるだけの日もあった。星屑みたいな光を纏うデュースに、オレはたぶん、自覚もないまま見惚れていた。
検索履歴には、デュースが喜びそうなもの、喜んでほしいもの、行きたがりそうなランドマークが山程。仕事の履歴に挟まったそれらは随分膨大で、「いやオレめちゃくちゃベタ惚れじゃん」と笑うしかなかった。
月守りのペンダント、そこに宿った妖精。
オレに真名を捧げた、恋を捧げたオレだけの妖精。
未来永劫絶対にオレだけのものだし、名実共に心ごとオレのものにするためだったら、なんだってやってやろうと思った。
帰宅の道を辿る足取りは軽い。今日は徒歩だ。とてもじっとしていられなくて車は先に帰してしまった。たまたま移動販売の屋台を見つけて、ひよこの形のクッキーを一袋買った。今日のお土産だ。
本日まで真面目に業務に当たったエースくんは明日から休暇をもらっている。運営委員を押し付けられて以来のまともでまとまった休暇だ。この期間を目一杯使って、デュースを口説き落とすつもりだ。
(いやまぁデュースだし、全部スルーされる可能性はなきにしもあらずなんだけどな……それでもまぁ、何にもしないよりはマシってやつだし、ワンチャン早めに口説けたら残りの時間は全部デートに宛てられるわけだし?)
ちょっと楽観的すぎるかもしれない予測はオレの歩みを弾ませた。ちょっとくらい浮かれさせてほしい。何せ本気の恋愛なんてマジで久々だし、少なくとも両思いなのは確実なのだ。あとはデュースの心を、機能としてではなく本当にオレに向けさせるだけ。「だけ」がめちゃくちゃ難しいということは今は考えないことにする。
そうやってるんるんで歩いていたのに、オレの歩みはだんだん鈍くなった。
風がだんだん冷たく、強くなっていく。車も人も通らない。鳥の声は遠く、風に揺らぐ木々のざわめきばかりが耳についた。通い慣れた道、ただの住宅街。なのにどうして、こんなに雰囲気が違うのか。
余所余所しい空気にとうとう足が止まった。胸のポケットには、もう馴染んでしまったケースの重みがない。今日はクルーウェルの課題について考えたいからと、デュースは留守番を申し出た。今日あの担当者と決着をつけるつもりだったオレは、丁度いいからとデュースを置いて家を出た。
「……デュース?」
声に乗せて名前を紡げば、不安はいや増した。ようやく踏み出した一歩が早足になり、やがて全速力になるまでに時間はかからなかった。家までの距離は大して残ってはいなかった。
飛び込むように屋敷に入り、そのまま部屋を目指す。階段を駆け上がる最中「エース坊ちゃま?」とか言われた気がするが無視した。つうかとうに成人した男捕まえて坊ちゃま言うな。
廊下の床をけたたましく踏みつけて、オレはドアノブを捻るのももどかしく自室のドアを開けた。
「デュースっ!?」
――既視感があった。
あの日は日が暮れてからの帰宅だったから部屋の中は真っ暗だった。今日はまだ午後のお茶の時間だから、部屋には日が差し込んで明るい。明かりをつけなくたって部屋の隅々まで見渡せる。床に転がしたままの鞄、ちょっと乱れた小物類。記念パーティが終わるまではちょっと本気で忙しくて、終わったらやるからと片付けをいつにも増してサボっていた。
いつもよりも雑然とした自室。
いつも迎えてくれる「おかえり」の声がない。
「……デュース?」
がらん、とした部屋に、無意味に声が転がった。強ばる足を叱咤して、無理やり部屋の中に進む。
(違う、嘘だ、嘘だろ、そんなわけない)
収納の引き出しはぴたりと閉じていた。なぜか無性に乾く喉にごくりと湿り気をやって、引き出しに手をかける。
取っ手を引けば音もなく段は引き出された。
「……は? 何だよ、コレ」
びろうどの箱はあった。デュースの本体、「月守りのペンダント」を収めた箱。
その箱が仄かに光る茨に覆われていなければ、いつも通り、確かにそこにあったのだ。
「……どういうコトだよ……デュース、おいデュース! 聞こえねぇのかよ! デュース!」
茨は半透明で、おかしいと思ったら実体がなかった。魔力で作られた、幻の茨だ。なのに茨に覆われたびろうどの箱はぴたりと蓋を閉じたままぴくりともしなくて、オレがいくら呼んでもデュースは応えない。
茨は呪いだった。オレがざっと走査しただけじゃ、とても構造解析なんかできないくらい複雑で、完成された呪い。とても古い呪いだということがわかった。それしかわからなかった。
「デュース! デュースってば! ――応えろ、『 』!」
いくら呼んでも応えがなくて、焦れたオレはデュースの真名を叫んだ。今まで散々「軽々しく呼ぶものじゃない」と叱られてきた名前。デュースがオレのものである証。「器物の妖精」を最も縛るもの。
――それでも一切の応えがないことに、びろうどの箱を持ったまま、オレはその場に崩れ落ちた。
「デュース、なんで、デュース……」
舌に馴染む音を虚しく響かせながら、オレはうそ寒い喪失感に襲われていた。
(DEUCE)
――昔、たくさんの妖精に囲まれた女の子が、世界一大切だった頃。
装飾品から実用品まで、様々な妖精がいる中で、彼は一振りの剣だった。見た目は無骨だがよい造りの剣で、曇りのない刀身から「シルバー」と呼ばれていた。
「妖精でも呪われるんですか?」
「呪われる。『器物の妖精』は魂があるからな。呪う対象としては十分だ」
頷く瞳は憂いの紫。鋭く光を跳ね返す、刀身と同じ色の髪を持つ妖精は、その家に来た時点で呪われていた。剣ではなくそこに宿る妖精が呪われているのだから珍しい。その呪いとは「眠りの呪い」であり、どこであっても睡魔に襲われ、一度眠り込んでしまうまでは本人には抵抗ができないというしろものだった。言ってしまえばそれだけだが、本当にどこででも眠ってしまうので、剣から離れたその妖精がどこかで眠ってしまうと、どこにいるのか妖精総出で探し回る羽目になるのだった。
「親父殿……ああ、先代の所有者だが。随分不憫に思ってくれたようで、古今東西の呪いについて調べてくれたこともあった。結局、どこの誰が、どういった理由で、どんな呪いを俺にかけたのか、ついぞわからなかったが」
「そうだったんですか……優しい方だったんですね」
「まぁ、優しかったのは事実なんだが。あれはたぶん、自分が旅行をしたかっただけというのも含まれていると思う。妙なものを土産に買い込もうとするので困った」
困った、という割に、普段きりりと吊り上げているまなじりを下げて微笑む先輩は、嬉しそうで、懐かしそうだった。僕にもそれはわかる。いくら今の所有者が大切だろうと、既に遠く時間が過ぎ去っていようと、前の所有者だって十分に大切なのだ。比べられるはずもない。
「呪いというのは、体に異常が出るとか、運気を左右するとか、いろいろな種類がある。それでも結局、対象は『魂』であることが多いらしい」
「魂……ですか」
「そうだ。相手の魂に傷をつくり、鎖をかけ、己のもののようにする。親父殿は『まるで恋か愛のようだ』とも言っていた」
「そんなものが、恋に似ていますか?」
先輩のかつての所有者を悪く言うつもりはなかったが、少なからず気分が害されて、応答は刺々しいものになった。相手の魂を傷つけ、縛り上げるようなものが、僕らが持つ恋と同じようなものだと言われるのは我慢がならなかったのだ。
「恋や愛と呼ばれるものでも、相手を傷つけ、支配しようとすることもある。呪いとの違いがあるとすれば、それは『相手を癒やすことができる可能性がある』ということだ」
「癒やす……可能性」
「あくまでも可能性だ。恋も愛も、扱いを間違えれば容易く呪いに変わる。俺たち妖精は、所有者に恋を捧げるものだ。種族としてそのようにできている。だからこそ、俺たちは己の心の正体について、きちんと知らなければならない」
僕は深く頷いた。かつて僕は、よかれと思って所有者の家族の願いを歪に叶えようとし、結局はその家族を不幸にしたことがあったからだ。僕がその、恋ではないけれど愛だったかもしれないものを、もっと慎重に扱っていたら、あんな風に泣かせてしまうことはなかっただろう。
「先輩、その呪いの話を、もっと詳しく聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
意気込んで訊ねる僕に、優しい気質の先輩は頷いて、「途中で眠ってしまったら叩き起こしてくれて構わない」と前置いてから、愛と恋と呪いについての話を聞かせてくれた。
「これは親父殿が眠りの呪いについて調べていた頃に聞いた話だ。魂を眠らせる、茨の呪いの話なんだが――」
「器物の妖精」は、忘れない。必要がないからだ。脳で記憶を整理する人間と違い、妖精の記憶は魂に刻まれて、消えることはない。
それをこんなに幸いだと思ったことはなかった。ただ一度聞いただけの呪いの作法を、百年経っても忘れずにいられるのだから。
――眠る。
深く。
深く。
深く。
魂の表層からずっと奥。いのちの原初の海に近いところまで。
沈む。
沈む。
沈む。
誰の手も届かない場所まで。
沈んで沈んで――停止する。
浮上する。ゆっくりと。沈んだ速度より、ずっとずっと緩やかに。
僕はぎゅっと縮こまって、自然に浮き上がるのを待つ。流れには逆らわない。そんな必要はない。逆らうなんてできっこないのだから。
魂の奥底から、次に表層へ浮かぶのは――一体いつのことだろう。
いつでも構わない、と思った。
今でないならば、今よりずっと後ならば、今生きている人が誰もいない時代なら。いつでも。
僕は深く深く沈んだところで、ゆっくりと目覚めのときを待った。
誰かが呼んでいる。
誰かが呼ぶ声が聞こえる。
ああ。
でも。
ぼくのなまえは、なんだっただろうか。
【つづく】
【次回最終回】
【前書いたやつと合わせて順番ごちゃごちゃしてから投稿します】
【閲覧ありがとうございました】