卒業if。何も言わないと決めたエースと、言えることが何もなかったデュース。NRCの卒業式に関してかなり幻覚を見ています。
(ACE)
 長い長いサマーホリデーの前に、ナイトレイヴンズカレッジの生徒には大きなイベントがある。
 卒業式。四年間の課程を終了した生徒が、それを証明され学校の庇護から離れる儀式。もちろん魔法士養成学校であるナイトレイヴンズカレッジのそれは魔法儀式としての意味合いも含まれている。だから長ったらしい儀式をこっそり抜け出して羽を伸ばす、なんてことが許されるはずもなく、オレたちは鏡の間に押し込められて長い時間を耐えなければならなかった。
 そしてようやく卒業式が終わったかと思えば、今度は在校生からの手荒い追い出し行事が始まる。なにせナイトレイヴンカレッジの生徒ときたら、先輩から受けた恩より押し付けられた面倒の方をよく覚えている手合いが多い。最後の機会に鬱憤を晴らすべく、それはもう面倒な報復を数多く手に携えてやってくるのだ。億劫がって式が終わるなり賢者の島を飛び出していく卒業生も少なくない。しかしそういう輩には追尾性の呪いが飛ばされて、毎年呪い返しやら何やらで面倒な手続きを踏まされる生徒が必ず数人いるのだそうだ。そういう話を聞くと、だったら今日のうちに全部憂いを払いきって気持ちよく卒業したい、という考えにもなる。
 オレとデュースは後者のグループで、かわいがってきたはずの後輩たちから知恵を絞って編み出された魔法、呪い、罠の数々を、学校の敷地内を駆け巡りながらなんとか凌ぎ切ったところだ。きちんと襟を正して着ていたはずの式典服はよれよれで、裾には謎のシミがついている。これ洗ったら取れるんだろうな、と思いながら、オレはそこら辺の地面にどかっと腰を下ろした。椅子代わりになりそうなものを探す余裕もない。
「ッだー! クッソ、あいつらお世話になった先輩たちを何だと思ってるワケ!? 今まで散々面倒見てきてやったのに誰一人として感謝の意を示そうともしないの、マジどうかと思うわ」
「言っても無駄だろ、この学校の生徒だぞ……僕たちだって去年までは散々やりたい放題したじゃないか。全部いなされたけど」
「ね、ほんとムカつくわ。腹立ったから全員の魔法、ぜーんぶ避けてやったけどね。ザマァ見ろ」
「こうやって大人げない卒業生が毎年更新されていくんだな……」
 やれやれとため息を吐いたデュースだけど、こいつはこいつで今日一度も防衛魔法を張っていないことをオレは知っている。つまり全部物理で避けたか別の魔法をぶち当てて逸らしたということだ。反撃すらしてこない四年生に、後輩たちはさぞかしむかっ腹が立っただろう。何せ去年までのオレたちがそうだったのだから、想像に難くない。
 デュースもオレの隣に腰を下ろし、しばらく二人の間には沈黙が落ちた。コロシアム裏の木立に人気はなく、遠くからまだ「追い出し会」を続けているらしい生徒の喧騒が微かに聞こえる。見晴らしがいいわけでもない、森とも呼べないまばらに木が植わった場所で、汗だくの男が二人黙って並んで座っている時間が過ぎていった。
 飛び跳ねていた鼓動がゆっくり静まっていく。オレは横目でデュースの様子を伺った。同じく息を整えているデュースは、ぼうっとした、何を考えているかよくわからない顔をしていた。たぶん大したことは考えていない。腹減ったなとか、喉乾いたけど自販機も購買も遠いな、くらいのことだろう。
 オレも何も考えずにいられたらよかった。
「……あーあ、これから寮戻って荷物持って鏡通って帰んのめんどくせーな。卒業式の日に退寮すんのやめとけばよかったわ。今日はもうベッドにダイブして昼まで寝てたい気分」
「そういうわけにもいかないだろう。こっそり居残ろうとしたって、先生方やゴーストに追い出されるのがオチだぞ」
「はいはいわかってますよーだ。言ってみただけじゃん」
 口先だけは実にならない会話をしながら、オレは頭の中のさまざまな感慨を捻り潰すのに忙しかった。
 デュースはこれからどうすんのかとか。
 実家出るって言ってたけど一人暮らしどの辺にするのとか。
 仕事の休みってどうなってんのとか。
 卒業してもまた会いたいとか。
 お前のことだ好きだよとか。
 そういうのを全部捻り潰す。捻じ伏せる。なかなか折り目のつかない厚紙みたいに、折っても折ってもぱかっと開いてくる気持ちを、できる限り小さく小さく折り畳んで隅の方に追いやってしまう。
 普段はもうちょっと大人しいこの気持ちは、どうやら節目の行事のせいで随分興奮してしまっているらしい。卒業して、隣にいる理由がなくなってしまったら、もうデュースと会うことはなくなってしまうだろう。それを寂しがる欲望が、いやだいやだと駄々っ子のように泣き喚いている。
 だって仕方ないだろと、オレは駄々っ子に優しく言い聞かせた。
(お前は誰のことも幸せにできねーんだから、誰にも知られずに死んじゃうしかねーんだよ)
 恋がキラキラして綺麗なものだなんて幻想は随分前に卒業した。相手の全部がオレのためのものであってほしいなんて身勝手な欲求が綺麗であるはずもなく、それを受け入れてもらえる可能性だってゼロに等しい。オレはワガママだから、これを口に出してしまったら、本当の本当にデュースの全部を欲しがって、デュースの人生を好き放題かき回すだろう。ワガママだけど好きな人の幸せを願える良心くらいは持ち合わせがあるオレは、どう考えたってデュースの邪魔になる気持ちを、絶対に誰にも見せないことに決めた。
(仕方ねーじゃん。オレワガママで飽き性なんだよ。デュースのことマジで一から十まで全部オレのもんにしないときっとキレるだろうし、デュースが嫌がったらきっと悲しくて辛くてデュースに当たるし、たとえ両思いになったとしても、いつまでデュースのことちゃんと好きでいられるか、自分のこと信用できねーもん)
 自分がとても褒められた性格じゃないことは十分わかっている。たとえ好きになって、世界の何より大切にしたい相手であっても、きっとお得意の気まぐれとワガママで存分に傷つけてしまうだろうことは目に見えていた。繰り返すけどオレにも良心というものの持ち合わせはあるので、オレからデュースを守るためには、何も言わないでいることが一番だと判断できた。
 だからオレは何も言わないと決めた。何も言わず、ルームメイトでクラスメイトで腐れ縁の友人のまま、卒業してサヨナラすることに決めたのだ。
 デュースが大きく息を吐いて立ち上がった。「腹が減った」という正直な一言に笑いが出る。ほら見ろ、やっぱり大したこと考えてない。
「今日って四年生は食堂使っていいんだろうか」
「いいんじゃね? お前実家戻るの明後日なんでしょ。まる二日飲まず食わずでいさせるほど、流石の学園長もエグいことしねーって」
「一応購買も開いてるから飲まず食わずとはいかないだろうが……あまり持ち合わせもないしな……」
 行ってみるか、と呟いたデュースが、さくさくと歩き出した。オレも立ち上がって、でも後を追うことはせず、よれてくたびれた式典服の背中を見送る。
 振り返ったデュースが、エース? と尋ねてきたとき、オレが眩しそうに目を細めていたことに気付かないでいてくれるとありがたい。
「行かないのか。お前だって式の間中何も食べてないだろう」
「流石に卒業式でつまみ食いできるほど図太くねーって。オレはこのまんま寮戻って実家帰るわ。卒業祝いだーって、親がごちそう用意してくれるんだって」
 そうか、と頷いたデュースが、足を踏み変えてオレに向き直った。
「じゃあ、これでお別れだな」
 そのとき喉元まで込み上げてきたものを、吐き出さずに飲み下しきったオレは讃えられてもいいと思う。
 せり上がってきた欲望が「いやだ」「はなれたくない」「すき」「だいすき」「オレのことすきになって」と騒ぎ立てるのを、ボコボコに殴りつけて縮めて潰して腹の底に蹴り落とす。もうお前の出番はねぇんだよ。消えてなくなってオレが忘れるまでそこで呻いてろ。
「じゃーな、デュース。オレがいなくても、うっかり上司に楯突いてクビになったりするんじゃねーぞ」
「お前こそ。短気を起こしてせっかく決まった就職先をふいにするなよ。一年のとき、ローズハート先輩に先に手を出したのはエースだって忘れてないからな」
「あーヤダヤダそんな昔のことネチネチ覚えてるとか、ほーんと見た目詐欺だわお前。ほら早く行っちまえよ、腹ペコデュースくん」
「言ってろ。もう学生じゃないんだからサボり癖は治せよ、エースくん」
 じゃあな、と言って、デュースは歩き去った。気負いのない背中は真っ直ぐ伸びて、恋の欲目を抜きにしても、とても綺麗だった。
 オレは瞬きを我慢して、その背中を見えなくなるまで追っていた。乾いた目が涙を溢れさせても、オレの恋が去っていくのを追っていた。
(DEUCE)
 エースは最後まで何も言ってくれなかった。
(今日ならもしかして、と、思ったんだが)
 ほとんど無意識に、木の枝や張り出した根を避けながら、僕はぼんやりと思考を巡らせた。歩くために歩いているから進路がふらついていても問題ない。エースは僕が、明らかに校舎ではない方向に歩き去るのを、どんな気持ちで見ていたんだろうか。
(結局最後まで、何を考えているのかわからないやつだった)
 確かにわかっていることは、エースが僕を好きだということだけだった。
 いろいろなことの基礎知識が欠けている僕は、問われていることの意味がわからなかったり、相手の言うことを鵜呑みにして騙されたりすることがよくあるせいで、周囲から「鈍い」「鈍くさい」と言われがちだ。けれども、ミドルスクール時代散々敵意に晒されてきた経験上、人間の視線とその温度については、ある程度の精度で判断がつけられるという自負がある。
 その僕が、エースの視線に気づいた。たぶんその意味も、正確にわかっていると思う。あれは好意だった。それもただの友人に抱くものではない、特別なそれ。エースはきっと、僕が気付いているということを知らないだろう。僕にも、誰にも、知られないように、それは実に密やかに行われていた。
 横顔、もしくは背中に、ほんの短い間だけ当てられる視線。もちろん僕がはっきり視認する前に逸らされはするけれど、それで誰からの視線なのかわからないほど鈍くはないつもりだ。正体を知り、内容も理解して、それで僕がどうしたかというと、何もしなかった。
 どう扱っていいのかわからなかった、というのが正直な感想だ。他人に一定以上の好意を向けられることは久々、もしかしたら初めてで、どう対応すれば正しいのか、調べる方法すらわからなかった。悩んだ挙げ句、エースが隠したがっているなら無理に暴き立てることもないだろうと、半ば投げ出すような形の結論を出した僕は、エースからの視線を無視して日々を過ごしていった。
 何もしなかった僕は、たぶん、待っていた。エースが隠すことなく僕を見て、その視線の意味を教えてくれるのを、たぶんずっと待っていた。待っていたというか、期待していた。エースがそれを説明してくれたら、僕の中にあるこれについても、何らかの意味を持たせることができるだろうと思ったからだ。
 たまに別の部屋に泊まりに行くエースの、無人のベッドが異様に寒々しく見えること。
 他の誰の傍にいるときよりエースの隣に立っているときが一番高揚すること。
 エースにだけは譲りたくない、と思う回数が、他の誰かより明らかに多いこと。
 こいつがいれば何もかもうまくいくと信じられること。
 エースの隣に誰かがいるとき、それは僕の場所だと叫びだしたくなること。
 そういうものを全部、エースが教えてくれれば、説明がつけられる気がしていた。
(でもエースは教えてくれなかった)
 今日のエースは隠し事が下手なようだった。式の途中から僕にじっと当てられる視線は、いつもほんの掠めるだけの温度を保ち続けていた。終了後、在校生からの手荒い「追い出し会」を凌ぐ最中も、高揚した視線からは常よりずっと高い熱を感じていた。
 だから、もしかしたら今日は、教えてくれるのかもしれないと思った。僕はそれを、期待しているのか怖いのか、よくわからない気持ちで待っていた。
 でもエースは、さよならをする時になっても、何も言わないままだった。
(エース。お前が何を考えているのか、僕にはさっぱりわからないままだ)
 その場を歩き去る間中ずっと、エースからの視線を感じていた。その目の温度は変わっていないことがわかった。でもエースは、距離と木の幹に視線が遮られるその時まで、まったく変わらない温度のまま、何も言わずに立っているだけだった。
 言ってほしいと、言うべきだったのかもしれない。教えてくれと詰め寄るべきだったのかも。でもエースは、そう言って迫っても、のらりくらりと躱してしまうような気がしていた。何言ってんのデュース、と空笑いして、矛先を逸らしてしまうだろうと思った。
 おかげで僕は宙ぶらりんのまま、名前のないこの気持ちを抱えていくしかない。どこにもやれない、名前のない気持ちを、僕はたぶんいつまでも持ち続けていくのだろう。時間が経って、持っていることすら忘れても、僕はこれを抱えて生きていくのだろう。
 目を伏せる。もう周りに木はなかった。舗装された道を辿って、僕は校舎を目指す。食事を摂って、寮で着替えて、僕は退寮までの僅かな時間を少数の四年生とたくさんの在校生と共に、学生生活を振り返りながら過ごすだろう。
 そこにもうエースがいないことに、心を小さく痛ませながら過ごすだろう。
(エース。できることなら、この気持ちを恋と呼ばせてほしかったよ)
 今日この日のことは、きっと一生の傷になるだろう。
カット
Latest / 116:13
カットモードOFF
25:44
ゆいな
(ハートを投げ返す仕草)(ありがとうございます)
チャットコメント
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
【エスデュ】一生傷
初公開日: 2021年11月07日
最終更新日: 2021年11月07日
ブックマーク
スキ!
コメント
卒業if。何も言わないと決めたエースと、言えることが何もなかったデュース。
エスデュ短編書く(30mドロ)
執筆過程に需要があると聞いたので出来上がるまでに何考えてるかをできるだけ文章化した後で本文を30分程…
ゆいな
【エスデュ】悪魔ッポラ書く
悪魔ッポラのラビュル伏せ情報回主に「ロウ組織のボスだいたいやべえ」という話をしています。 あとトレク…
ゆいな
ポルナレフのジャケットの秘密
ポルナレフの昔持っていたジャケットをめぐり、一人旅の思い出をジョセフに話します。性的な描写は挿入なし…
PM