※注意
・魔法があるタイプのパロディ
・百年以上前にエースのご先祖←監♂、デュース→監♀だった表現があります
・どっちも未成立
・エース←モブ女子回
・その他モブがいっぱいコレクション
・現在想定してるラストが取りようによってはメリバ
[newpage]
プレゼントをもらった。「僕」がぴったり収まる持ち運び用のケースだ。
二つ折りのケースの中に、丸いペンダントがぴたりとはまる窪みがあり、チェーンを収めるポケットがついている。長財布のようなサイズのそれは、エースのジャケットの内ポケットにすっぽり収まる大きさだった。
エースがクルーウェル先生に注文した品だ。二人して、「こいつを一人にしておくとろくなことをしない」という失礼な方向に危機感を持ったらしい。今の僕には何も反論ができないのだが。
おまけにエースが週に二度はケースに「僕」を入れて外出するようになったものだから、ますます何も言えなくなった。「器物の妖精」にとって、所有者に使われることと持ち歩かれることは至上の喜びだ。おまけにエースは僕の真名を持っているから、僕にとっては恋しい相手と頻繁に外出していることになる。
エースは時々、指先で、ジャケット越しにトントンとケースを叩く。「僕」がそこにあることを確かめるような仕草は、くらくらと目眩がするほどの幸福感をもたらした。好きすぎて、胸の獣すら息ができずに倒れ伏すほど。
こんな日々がずっと続いてくれるなら、何を差し出したって構わないと思った。
当世はどこもかしこも誰かに見張られている場所ばかりだけど、意図的にそうしない場所もある。トラッポラの本社、隅っこの角部屋もその一つだ。
他より少し狭い、ソファとローテーブルくらいしか見当たらない部屋の中で、おざなりに資料をめくるエースの隣に写し身を出す。この部屋なら大丈夫、むしろ出てきてほしいと言われて、この部屋に来たときはなるべくその通りにしてやってきた。もちろん他に誰もいないときだけだ。
とはいえエースは基本的に仕事に追われていて、僕を構うわけでもない。どうやら仕事の話はしたくないが人恋しいときにここへ来ているらしい。始めは僕も手持ち無沙汰だったが、しばらくして仕事ができた。
ちょいと指を一振りして、飛んできたナニカを叩き落とす。ぼとぼとぼと、と落ちたものは、エースに宛てられた「呪い」だ。落ちた、というのは比喩表現で、実際には「どこへも行けないように固めた」という方が正しい。物理的な質量があるものではないので。でもこの方がエースが処理しやすいので、わかりやすく叩き落としている。
「今日も大量だな」
「有能で人当たりもよくて空気も読める大金持ちのイケメンって辛いわぁー」
「言ってろ」
嘯きながら、エースが呪いをほどいていく。普通に弾き返すと呪い返しになって術者が不幸になるが、エースが直接呪いを返したことがわかると「呪われるようなことをしたに違いない」などという不名誉な評判が立ってしまうのだとか。そのためエースは、毎回面倒な手順で呪いを解きほぐしていた。人間をするのはめんどくさそうだな、と思う瞬間だ。山ほどの人間に時間と資材と仕事を割り振るために、繊細に組み上げられた機構を維持して、しかしそのせいで中の人間に歪みが溜まっていく。エースに向けられる妬みや呪いはほんの一欠片だろう。
ちなみに僕がやらないのは、呪いを返せばやりすぎるし、呪いをほどくのは下手くそすぎて任せてもらえないからだ。
丁寧に解かれて、ただの魔力の糸の塊になった呪いの残骸を、今度はエースが僕に渡す。僕は魔力の流れにそれを載せて、空へと流した。灰を水に流すようなものだ。ばらばらになった呪いの残滓は、二度と元の形に戻ることなく、別の魔法に使われる時まで他の魔力と同じく世界を漂い続けるだろう。
「……エースがこんなに、積極的に誰かに呪われてるなんて、知らなかった」
「オレにとっちゃ昔っからだしね。わざわざ言うのも不愉快になるだけだしさー」
べー、とエースが舌を出す。その表情はまったくいつも通りで、本当に何も気にしていないということが伝わってきた。僕はそれがもどかしくて眉を潜める。
若く、有能で、将来有望な、大企業の社長の息子。ただ事実を並べるだけでも羨望の的であるエース・トラッポラという男には、あらゆる喜怒哀楽の感情が押し寄せるらしかった。ただ話してみたいとか、おこぼれに預かりたいとか、そのポジションを譲ってほしいとか、いなくなってほしいとか。エースを自分勝手に評価する人々が、エースを自分勝手に動かしたがって、結果その一部は呪いという手段に出る。
エースは常に呪い避けのタリスマンを身につけていて、常時その身に降りかかる他人の思惑を遮断している。そのこと自体は知っていたし、屋敷の魔術的防御がやたら高いことも、古くから続く家なのだし当然だと思っていた。けれどもそれが、耐えきれず壊れたタリスマンを頻繁に交換しなければならないほどだとは、思っていなかったのだ。僕の所有者は大抵、家を継ぎ家業を担う男児ではなく、家を守る女性だったから。長男ではないエースですらここまで悪意に晒されているだなんて、知らなかったのだ。
「んな顔すんなって。実際助かってるし。安い買い物じゃねぇしな」
タリスマンの交換頻度が下がったと、エースは笑う。笑い事じゃない、と喚くのは簡単だった。けれど喚いたところで、エースがトラッポラ家の人間であることに変わりはないし、エースが誰かに呪われなくなるわけでもない。僕にできることは、エースに降りかかる悪意をできる限り取り払うことだけだった。
最も、悪意とは、限らないのだが。
また新しく飛んできた呪いを捕まえる。どういうものなのか、眺めるだけでわかって顔をしかめた。三つほど飛んできたそれを、跳ね返したくなるのを抑えて落とす。
エースがかっこいい、と思ったことは数限りないくせに、他の誰かもそう思っている可能性を、僕は少しも想像していなかったのだ。
「……熱烈だな」
そこそこ強力な魅了の呪いを床に転がした。声は自然と低くなった。エースには下を向いているせいだと思ってほしいし、違うことがばれてしまっても、どうしてそうなったのかは気付かずにいてほしかった。
エースは僕の所有者で、僕はエースに恋をしているけど、それで何を主張できるわけでもない。誰かがエースのことを好きになって、それに対して僕が何か言えるはずもなかった。エースは僕の恋のことなんて知らないはずだから尚更だ。だから僕は、誰かがエースの関心を自分に向けようとして放った矢について、何か思ったとしてもそれを表に出してはいけないのだ。
「いやーこの方向性はないでしょー。多分金か会社目当てだし、もしオレ個人に対して本気だとしても手段がこれじゃ引くわ。アプローチ下手くそか? お断りだわ」
にべもなく切り捨てて呪いを分解するエースに、後ろめたい喜びを覚えることも、してはならないのだ。
エースは呪いをばらばらにした後、時計を確認して立ち上がった。これから打ち合わせがあるらしい。僕の写し身が消えたことを確認し、身だしなみを確かめて、しかしエースはまず、深々と溜め息を吐いた。
「っはー……いやめっちゃ行きたくねぇ」
流行りのオンライン会議とかでなんとかなんねぇかな、低く呟くも、エースはちゃんと部屋を出て会議室に向かった。
……その溜め息に安心してしまう権利も、僕にはないのだ。
耳の下で切り揃えた髪を、内側に丸めて全体の輪郭を丸く。
オフホワイトのシャツは清潔さを、ふんわりとなびくスカートは軽やかさを。
日に焼けたことなどないような肌は白く、頬はふんわりと薔薇色で、細い指の先で爪がうっすらと色づいていた。
その指先が資料とタブレットを行き来していて、会議室の扉が開くなり、手を止めてぱっとエースを振り仰ぐ。ぱちんと瞬いた目の周りに、きっと丁寧に手を入れたに違いない、びっしりと黒い睫毛。
「――トラッポラさん! お疲れさまです」
色を刷いた頬がますます赤く染まる。愛想だけではないとろけるような笑みに、エースはあくまで相手を不快にしないための笑顔で応じた。
「お疲れさまです。今日も早いですね」
「わたし、あまり要領がよくないので、ちゃんと準備してからじゃないと不安なんです。トラッポラさんはすごくお仕事の手が早いから、お邪魔になりたくなくて……あの、今日の資料、目を通していただけました?」
「はい。印刷はしてないですけど、ちゃんと読みましたよ」
エースはタブレットをスタンドに立てて操作する。送られてきた資料の図解の部分を拡大して、対面に座った女性に画面を向けた。
「ここなんですけど、これだとちょっとコンセプトに合わない気がして」
「ああすみません、ちょっと説明不足だったと思って今日ご説明するつもりでした。今訂正したものをお送りしますね――」
――二人はタブレットと資料を交互に参照しながら、ああでもないこうでもないと議論を交わしている。
トラッポラの会社が今年、何周年だかの記念パーティをするらしい。その運営委員会にエースは所属していて、今日は会場の装飾についての会議だった。会場設営は系列の会社に任せるらしく、エースはその担当者と会議を繰り返している。仕事だ。当たり前だ。
問題はその担当者が女性で、もうあからさまにエースのことが好きだということだ。
最初に会ったとき、ぽうっとした表情で「トラッポラさんて本当に素敵な方ですよね」と言った辺りから嫌な予感はしていた。打ち合わせのために何度かエースと会って、その度に服にも化粧にも気合いが入っていく。そのあからさまな様子に気付かないエースではないが、あくまで控えめに、さり気なく繰り返されるアピールは業務に支障が出るほどのものではなく、やんわりと流す以上のことはしていない。あまり強く拒絶して、余裕があるとは言えないスケジュールを切羽詰まらせてしまうわけにはいかないからだ。もし拒絶して、気不味いから担当を降りますと言われたとき、担当変更の手続きと引き継ぎと改めての意思確認すり合わせ資料の読み込みその他予想される業務の量を考えると、決して記念パーティについてだけではないエースの仕事がかつかつになってしまう。パーティが終わるまで耐えた方がマシ、と結論づけて、エースはにこやかな態度を変えずに担当者と相対していた。
担当者の方もたぶん、躱されていることには気付いているだろう。時々、エースに見えないように、悲しそうな寂しそうな表情をしている。エースの視界に入らなくても、「僕」は目で周りの様子を知るわけではないからよくわかった。それでも彼女はめげずに、少しでもエースの関心を得られるように、服装にも化粧にも気合いを入れて、けれども会議の資料にも手を抜かずに、「きちんと仕事に向き合うちゃんとした社会人」としてエースに向き合っている。たぶんエースの好みをどこかで調べているのだろう。
あくまでも仕事は仕事として。けれども、それ以上の関係性を求めて。彼女はアプローチをやめないし、エースはそれを躱し続ける。
いくつかの提案と訂正をお互い持ち帰ることにして、会議は終了した。担当者は「そろそろ休憩じゃありません? おなかすきませんか?」と社外に出ることを仄めかしたが、エースは「すみませんが、父がやかましいので一旦報告に上がらないといけないんです」とやんわり拒絶した。
微かに花の香りを残して、担当者は帰っていった。
再びの隅っこの角部屋。だらしなくソファに寝そべったエースは、声帯をサボらせたような声で「ぁあー……」と呻いた。
「全ッ然諦める気配ねぇんだけどマジなんなのあれ……小出しにしてくんのマジしんどい……いや一気に来られても困るこの時期に担当変更マジ困るやめて本当……仕事だけしてくんねぇかな……」
「追い払おうか?」
「お前がやると加減効かねぇで縁切りになっちゃうじゃん。それだと困るんだってば」
あうあう呻くエースは、「こんなにモテたくないと思ったの生まれて初めてだわ……」と後ろから刺されそうなことを言いながらソファに沈んだ。
【終了します】
【閲覧ありがとうございました】