「な〜〜??レオいいだろ〜?な?な〜〜?」
「だーめーだ。だいたい何考えてるんだよあいつら。絶対行かせない」
「大丈夫だって俺人数合わせだから。俺だってレオと一緒にいたいけど先輩の頼みは断れないじゃんか〜な〜?」
無事レオとフィアットが付き合い始めてから数週間。
特段表立って対応を変えるわけでもなかった2人だったので、付き合い始めたことを知らない人も当然いた。
そもそも友達と自称していた頃からまるで恋人のように触れ合っていた2人だ。特段何かを変える必要はなかったのだ。
だが、今回はそれが裏目に出た。
フィアットは、フィアットしか取っていない授業の先輩に合コンの人数合わせを頼まれてしまったのである。
当然最初はフィアットは断ろうとした。だがその先輩は授業でも同じ発表班であり、なんならフィアットが病院に行っている間レジュメやノートを代わりに取っていてくれていたのもありあまりはっきいと断れないうちに参加が決まってしまったのだ。
こうしてフィアットはならば正直にとレオに参加を打ち明けた結果、予想通りレオの猛反対を受けているのである。
「大丈夫だよ俺ゲイだし、レオにしか興味ないし、だから先輩も誘ったんだと思うよ」
「相手が女子だから嫌とかじゃない。参加者全員知り合いなのか?もしお前に興味ある奴がいたらどうするんだ。それにお前は酔うと──」
「酔うと?」
「……いや、なんでもない。とにかく……はぁ」
だが、いくら止めたってフィアットは行かざるを得ないことはレオにも分かっていた。
レオとてフィアットが知らない交友関係はある。フィアットと同じように授業の関係だ。その先輩の頼みを断りづらいのは同じ学生のレオだって承知している。
むしろこれは今までレオ以外をないがしろにしていたフィアットの成長ともいえよう。レオは今だけは彼氏としての顔を封印し、父親代わりの保護者としての人格を無理やり下ろし、フィアットの肩を掴んだ。
「いいか、一次会で必ず帰ること。酒は3杯までしか飲まないこと。店に着いた時と帰る時は必ず俺に連絡すること。あと俺が迎えに来るまでは店の外で待っていること。知らない人に話しかけられても絶対着いて行かないこと。あとは──」
「いや多いって」
何そんなに心配してるんだよ、とフィアットはむくれる。これでもレオとは同い年である。
「男の参加者は先輩以外知らないけど、先輩の知り合いだし大丈夫だろ。それにさっきも言ったけど俺は女子をそういう目では見れないから。な?安心して?」
「……分かった」
そうして、長い長い交渉の果てに、ようやくフィアットは合コンに参加することを許されたのだった。
「お、フィアットこっちこっち」
「お待たせしました先輩」
金曜の夕方、集合場所にフィアットが行くともうすでにフィアット以外の男性陣は揃っていた。
「君がN'フィアット?」
「はじめましてP'」
軽い自己紹介を済ませ、男性陣は先に店に入る。そう時間の経たないうちに女性陣もやってきて、ようやくフィアットにとってはただの飲み会でしかない合コンがスタートした。
予想通りというか、最初こそフィアットに気がありそうな女性はいたが、フィアットが適当にかわすと早々に別の男性へとターゲットは移った。元々人数合わせだ。自分に興味を持たれても困る為いつも以上にフィアットは酒と料理と携帯に意識を集中させ、会話には必要最低限しか加わらなかった。
『それなりに楽しく飲んでまーす』
ストーリーに写真を載せ、隣に誰もいないことをアピールする。一応言いつけ通りいつもより酒を飲むペースを落としながら退屈そうな顔をしていると、何故だか1人の男がフィアットの横にやってきた。
「好みの子いないの?」
「あー……気にしないでください。僕は今日人数合わせなので、脇役に徹してるんです」
「人数合わせでも好きな子いたら自由にアプローチすればいいのに。可愛い顔してるんだから」
「……実は僕ゲイなんですよ。だから本当に気にしないで、P'こそ楽しんできてくださいよ」
2度と合わないような人にどう思われても興味ない。半端に他の女と関係をでっち上げられるくらいならとフィアットは素直に恋愛対象でないことを告げる。
だが予想に反して男は嬉しそうな顔をしてフィアットにさらに近寄った。
「嬉しいな、俺もゲイなんだよね。N'と同じように人数合わせなの」
「はあ、そうなんですね」
だからなんだと言うのだ。今までのフィアットであればこれ幸いと「なら今夜は」と言っていたかもしれないが、もうその必要はない。今までと同じように言われても困るだけだ。
だから、あえて言外の言葉は気づかないふりをした。つまらない男だろう、会話相手くらいにはなるが、それ以上興味を持ってくれるな。フィアットはそう念じる。だが念力を持たないフィアットの念は通じることはなく、相手の男はぺらぺらとどうでもいいことを話しかけ続ける。
「……僕お手洗いに行ってきますね」
ついに限界を感じ、一時の休息を求め、フィアットはトイレへと席を立った。
自分たち2人以外はそれなりに楽しんでいるらしく、なんとなくカップルが決まりつつあったり、LINEを交換したり、ゲームをしたりと盛り上がっていた。
「帰りたい……」
まだ前半の1時間が終わったばかりだ。座席の時間はまだ1時間も残っている。苦行でしかない。
(バイトだと思って諦めるしかないか)
今すぐにでも帰りたい。早く帰ってレオに抱きしめて欲しい。
だけどレオの反対を押し切ってここに来たのは自分だ。甘えん坊な自分は卒業しなければとフィアットは頬を軽く叩いて席に戻る。
「お、おかえり」
まだいたのか、と嫌そうな顔をするのをなんとか堪えフィアットは元いた椅子に座り、飲みかけの酒を煽る。
「ねえねえ、このまま2人で抜け出さない?」
「はは、ダメですよ先輩に怒られちゃう」
案の定、男はフィアットを口説いて来た。
だがフィアットはわざと何を言っているのか分からない顔をして笑う。そう、今日のフィアットは単位を人質に取られた哀れな──というほどのことではなかったが──学生なのだ。この立場は存分に利用させてもらう。
「あいつなら気にしないって。最初に人数揃ってた時点でN'の仕事は終わってるよ。なんなら怒られたらP'が話つけてあげるよ。LINE交換する?」
「いや、大丈夫です。先輩の言われたことは最後までやりとげたいので」
「え〜本当に大丈──」
聞こえる言葉が急におかしくなった。いや、違うとフィアットは冷や汗をかく。意識が急に遠くなったのだ。
しまった、とフィアットはペンダントを握りしめてどうにかこらえようとする。
(こいつ、薬を……!)
レオの心配がようやく分かった。レオは最初から女性陣とフィアットがどうにかなるなんて思っていなかったのだ。それはそうだ、フィアットがゲイであることはレオだって知っているのだから。
レオは最初からフィアットを狙う男が出るのではないか、もしくは何か犯罪に巻き込まれるのではないかと心配していたのだ。そしてその心配は、最悪の形で現実となった。
「──」
(どうしよう、落ちたくないのに……!)
ここで完全に意識を手放せばどうなるか、それはフィアットだってよく分かっていた。
だって元々フィアットがいたのはこちら側の世界だ。騙したり、騙されたりしながら、嘘に見ないふりをして一夜の戯れに興じる世界。こんな風に薬を盛られたことも、なかったわけではない。ただフィアットもある程度合意していただけのことだ。命と貴重品さえ奪われなければ、まあいいと、そんな風に自分を大事にしてこなかった。
だがもう違う。触られたくない、目の前の男に、いや、レオ以外の誰にも触られたくない。
にたにたと笑う顔が見えるのは現実か、手招きしている夢の方か、フィアットには区別がつかない。
だんだん本格的に眠気が襲って来て、座っていることすら困難になる。
(罰、なのかな)
抗えずに意識を手放しながら、フィアットはこの後自分に起こることを考える。
(今までレオに酷いことしてきた。誰とでも寝た。そんな俺はやっぱり、誰かに愛される資格なんてなかったのかな)
きっとこの後、男は自分を介錯する振りをして抜け出してフィアットの身体を触るのだろう。
そんなフィアットを見れば、レオはきっとまた自分のことを信じられなくなるに違いない。
(ごめんなさい、レオ)
その思いを最後にフィアットは意識を手放した。
「──!?」
朝、目が覚めると予想していた知らない天井ではなく、見知った天井が目に入った。
下手すると実家の自室よりも目にしている天井、レオの部屋の天井だ。
「……え?」
フィアットは起き上がりながら昨日の出来事を思い出す。
昨日はレオと約束した通りお酒はほとんど飲まずに、一緒にいた男に薬を盛られて意識を失ったはずだ。
無事で済むはずがない、とフィアットは自身の身体を見るが、独特なあの臭いがするどころか、服は清潔なパジャマに着せ替えられていた。当然自分の身体に身に覚えのない跡がついていることもない。
「無事だったってことか……?」
あの後誰かが自分の異変に気づいたのだろうか?
フィアットは床に投げられていた自分のカバンからスマホを取り出す。そこに来ていたのは件の先輩からのメッセージだった。
『昨日は本当にごめん。あいつ友達の知り合いで同じように人数合わせで呼んでもらっただけなんだけど、よくよく調べたらやばい奴だったらしい。二度と呼ばないし、ていうかお前を二度と望まない合コンに呼ばない。本当にごめん』
「……」
──状況が読めない。
全く状況が分からない。とりあえず彼がよくない人だったことは先輩も知ったらしい、が、では誰が一体自分をこの部屋に運んで、パジャマを着せて寝かせたのか。そもそも何故未然に防げたのだろうか。
『お詫びに昨日いた子が撮ってたお前の彼氏の登場シーン送ってやるよ。彼氏いたんだな。ごめんな。これ見て惚れ直してちゃんとお礼言っておいて』
というメッセージと共に一件の動画が送られて来た。
『えっ誰?』
途中から撮ったのだろう。急な乱入者に驚いている参加者の顔がぶれながら映り、最後は後ろ姿のレオが映った。
レオが立っていたのは既に意識を失っている俺とあの男の前だ。
『恋人を迎えに来ました』
『え?恋人?マジで?』
『あれ、フィアットだっけ?そんなに酒飲んでたっけ』
『ううん、そんな飲んでなかった気がするけど。お酒弱いって断られたよ』
その女子の声にレオは振り向いて、俺の横にいた男の胸ぐらを掴んだ。
『キャア!』
『ちょ、ちょっと暴力はやめてくださいよ!?』
止める声は先輩の声だ。
レオは素直に掴んだ手を離し、代わりに俺が飲んでた酒を男に突きつけた。
『これ。飲んでください』
『はぁ?それ俺のじゃなくてN'フィアットの酒で』
『もう寝てるんでしょ。ほら、飲んでください』
『あ……』
固まる男にその場にいた人は察したのだろう。口々に「え?やばくね?」と青い顔をしていた。
『……お騒がせしました。彼は俺が連れて帰ります』
とレオが俺をいわゆるお姫様抱っこの体勢で持ち上げ、周囲の女子から黄色い悲鳴が上がる。
『えっめっちゃかっこよくない!?』
『ほんと!マジでやばいよこれ〜えっ撮ってたの!?マジナイスすぎ』
と盛り上がる会場で動画はぷつりと途切れた。
「レオ……」
「……フィアット」
携帯に向かって声を漏らすと、背後から本物のレオの声がして振り返る。
「だから行くなって言ったんだ」
「……ごめん」
立てそう?と手を差し出されてフィアットはその手を掴む。幸い身体に特に異常は感じていない。せいぜいシャワーが浴びたくてお腹が空いているくらいだ。
「なんで来てくれたの?」
「これ」
フィアットが立ち上がった後、レオはスマホを開きインスタの画面をフィアットに見せる。載っていたのは先輩と数人で撮っていた自撮り写真だ。
「この後ろにあいつがグラスに何か入れてるのが見えた。近くにフィアットのカバンが見えたからフィアットのグラスじゃないかと思って急いで迎えに行ったんだ」
「……レオって将来探偵になるの?」
「ならないよ」
あまりの観察眼に舌を巻く。まさか自分以外の参加者のインスタまで確認しているとは流石のフィアットも予想外だった。レオはこれほどまでに独占欲が強かったのだろうか。
「本当に危ないところだったんだぞ。今度は俺がいない飲みには参加しないで」
「あーあー。そういう束縛彼氏は嫌われるんだぞ」
「フィアット」
「冗談だよ。レオになら束縛されるくらいがちょうどいい」
そうだ。無関心よりずっと。
長年愛に植えていたのだ、このくらい愛が重い方がフィアットにとっては好都合だった。
「ねえレオ、寝る直前に何考えてたか教えてあげようか」
「何?」
バスルームまでエスコートされながら、フィアットはレオに上目遣いで甘えた声を出す。
「レオ以外に触られたくないって、こんな奴に触られたらレオに嫌われるかもしれないって怖かった」
「……」
レオはバスルームの扉を開け、何故か自分で脱ぎ出した。
「え?」
「俺だってフィアットが誰かに触られるなんて嫌だし、間に合ってよかったと思ってる。……だから昨日の思い出、全部俺が洗い流す」
「ちょっと?レオ?え、それ、ええ!?」
好きな人と一緒にお風呂に入る、それは子供の頃に行っていたそれとは全く意味が異なるわけで──
「何照れてるんだよ」
「嘘でしょ本気かよ……」
色々覚悟が決まってるレオを前に、フィアットはただ赤面するしかなかった。
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みつき
ありがとうございました。
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