今日はなんだかKimが不機嫌だ。
放課後のカフェテリアで、教科書の範囲で指定された問題を解きながらちらりとKimの様子を見て、やはり、とWayは再度頷いた。
Kimは普段ニコニコと微笑みを絶やさず、困っている人を放って置かず、どんなに損な役回りを押し付けられても怒ることはせず、温厚で、冗談も通じて、非の打ち所がない優等生──そんな風に思われているらしいが、Wayからすればそんなことはまったくない。冗談は通じたり通じなかったりするし、存外表情が顔に出るタイプだし、負けず嫌いで、褒められたがりで、嘘が下手で、よく食って、よく賭けをして、人をからかって、1回キレると人の家の窓だって割ってみせるとんでもないやつだ。優等生だなんてとんでもない。それがWayの評価だ。そしてそんなKimがWayは好きで、友人として好ましく思ってる。気取っていない彼は、逆に自分を色眼鏡を通して見ることはしないから一緒にいて気楽なのだ。
話を戻そう。そんな素直な気持ちが顔に出るKimは今日は不機嫌だった。学術コンクールが近いのかと思ったが、そんなことはないらしい。また弟にいらついているのかと思ってしばらく見ていたら、どうもWayの方をチラチラ見てはため息をついて自分の勉強に戻る、その繰り返し。つまり今回のKimの苛立ちの原因はどうやらWayにあるようだ。
(なんかしたっけ)
特段思い当たる節はない。少し前にKimの喧嘩はしたが、もう思い出せないような些細なものだった。それこそ目玉焼きはソースか醤油かレベルの、終わらない上にどうでもいい議題のような。
いつまでもWayに対する不満を引きずるようなKimではない。つまり、この不機嫌は今日、どんなに長引いていても今朝からのものということだ。
そういえば今朝Kimに「変わったことはなかったか」という妙な問いかけをされた。けど、まったくそんなことはなかったから「別に」と返したのだった。思えばそれからKimはやたらソワソワし、そしてだんだん不機嫌になっていったのだ。
とはいえ、時系列が分かったところで不機嫌の理由は分からない。これでは勉強どころではない、そう言い訳してWayは「なあKim」と声をかけた。
「問題解けたのか。小学生でも出来る問題だぞ」
今日のKimは一言多い。
「解けてねえけど、それより」
「じゃあ先に解けよ。俺は飲み物買ってくるから──」
「いや待てって」
立ち上がり去ろうとしたKimをWayは足を壁につけて邪魔する。所謂足ドンの体制で邪魔をされたKimは眉をひそめて「なんだよ」とWayを睨む。
「なんでそんな不機嫌なんだよ。言いたいことあんならちゃんと言えよ」
「別に言いたいことなんてない」
「あるだろ。顔に書いてあんだよ」
「バカか?顔に気持ちが書いてあるわけ」
「お前国語の点数だけは低いのか?比喩表現ってやつ、小学生でも知ってるぞ」
「……俺と舌戦しようってのか?」
「話題変えんな。朝からなんでそんな不機嫌なんだよ」
理由話すまで離さねえぞ、WayがKimを睨むとKimも数秒睨み返し、は、とため息を吐いてWayを避けた。別にWayの足をどうにかしなくても、Wayの後ろ側から回ればいいだけなのだ。
「おいKim!」
「なんでもねえし不機嫌でもねえよ。じゃ」
「……なんなんだよ、あいつ」
飲み物を買いに行ってくる、そう言ったはずのKimはそのまま荷物をまとめて帰ってしまった。残されたのはWay1人。
「なんなんだよ、あいつ!」
残されたWayは心底面白くなさそうに机を乱暴に叩く。やけに響くカフェテリアには、もう誰も残っていなかった。
「っは、おもしろくねーの」
家に戻り、風呂上がりの格好で八つ当たりのようにダーツをするWay。だが苛立ちが影響しているのか、今日は全然ブルに当たらず、それどころか盤にすら当たらない。
「ちっ」
Wayは早々にダーツをやめ、邪魔な位置に転がっていたバッグをベッドに投げる。チャックが開いていたそれから勢いよく中身が飛び出て、さらにチャックが開いていたペンケースの中身まで飛び出してしまった。
「くそっ」
今日は苛立つことばっかりだ。Wayがイライラしながらペンケースの中身を拾い集めていると、普段中に入っていないはずの紙が入っていることに気づいた。
「あ?なんだこれ」
四つ折りになっているシンプルな紙だ。Wayはどっかりとベッドに腰を下ろしてその紙を広げて……くすりと笑った。
「なんなんだよ、あいつ」
本日何度目かの同じセリフ。だが、カフェテリアの時とは言い方がまるで異なっていた。
短く、シンプルだ。『いつもありがとう』だけの、手紙とも言えないような手紙。だが、Kimの素直じゃない性格を知っているWayからすれば、この『いつもありがとう』にどれほどの勇気と愛情が含まれているのかがよく分かって、思わず吹き出して笑ってしまう。
この手紙に気づいて欲しくて一日中うずうずして、この手紙に気づかれなくてイライラしていたのだ、Kimは。なんて子供で、なんて可愛いのだろう。
Wayは思わずLINE通話でKimを呼び出す。数コール後にKimの気だるげな「なんだよ」という声が聞こえて来た。
「筆箱あけたらラブレターが入ってたよ」
『……そ。俺には関係ねえよ』
「せっかくもらった手紙だし、返事を出したいんだけど、どこに送ればいいかな」
『知らねえよ。……同じようなとこでいいんじゃね』
第一ラブレターじゃねえし、それと吐き捨てるKimにWayはクツクツと笑う。ダメだ、これだからこの親友は一緒にいて飽きないのだ。
『なんだよ?』
「いや……俺Kimからもらったなんて言ってないのに、なんでKimがこれがラブレターじゃねえって分かってんのかなって」
『なっ……別に、俺が手紙渡したとか言ってねえし!彼女がいるお前の筆箱にラブレター入れれる生徒なんていないだろ。確率の話だ』
「はいはい、じゃあそういうことにしとく。……じゃあ俺はこのラブレターに返事書くから、また明日な」
『ん。また明日』
通話を切って、カバンを片付ける。もらった手紙は、そうだな、Phingphingに見つかっても厄介だし、誰にも見つかりたくはない。宝物のように大切にしまっておくにはどこがいいだろうか。棚を探すと、小学生の頃に母親に買ってもらってずっと使っていなかった豚の貯金箱が見つかった。
「……これにすっか」
誰も貯金箱の中に手紙を入れるなんて発想にはならないだろう。念には念を、木を隠すなら森。もう声もほとんど覚えていない母親が「あらあら」と笑ってくれているような気もして、Wayは頬を緩めてその貯金箱の中にKimからの大切な気持ちを入れたのだった。
「……はあ」
やっぱ急に手紙なんか書くもんじゃない。Kimは手紙を出したことを少し後悔し、赤くなった顔を冷ますべくリビングへと降りた。水分を摂ろうと思ったのだ。
そもそも、Wayがサボった国語の授業が事の発端だった。直筆の手紙は、デジタルの画一的なフォントで書かれたメッセージよりも時として思いが伝わることがあると。たまには手紙を出してみたらどうかという導入だったのだ。誰にも手紙を書いたことも、貰ったこともないKimは最初は遠い世界の話だと思っていた。今時直筆の手紙なんて誰が書くんだ。そんなの全時代的だし、非効率的だし、読みにくい。そんな感情を抱いていた。
だがその授業の導入はしばらくの間もKimの中から出ていってはくれなかった。
思えば、昔から誰かにきちんと気持ちを伝えたことがなかった。
誰かに気持ちを伝えることも、誰かに期待することもずっと諦めていたKimにとっては縁のない話だったから。言ったって無駄だ、だから言わない。それがKimの常だった。
でも、とKimは授業にきていないWayの席を見た。
生まれて初めて出来た友達。絶対に守ってやりたい、たった1人の大切な人。Wayにとっては数ある友人の1人だろうが、Kimを優等生としてではなく、ただの少年として扱ってくれて、いつも助けてくれるWay。そんな彼に一度だってちゃんと気持ちを伝えたことがあっただろうかと思ったのだ。
1回くらい書いてやってもいいだろうと最初は便箋を買ったのだが、如何せん何を書いていいのかが分からない。
『お前と出会ったのはバイクで通学中、お前が急に煽って来たあの日で──』
そこまで書いて、いや馴れ初めから書くって重すぎるし長いと便箋をぐちゃぐちゃに丸めて捨てた。
『お前は自分のこと不良だと思ってるだろうけど、俺にとってはいつもまっすぐでかっこいい奴だと──』
いや、こんなことをWayに知られたら恥ずかしさで死ぬ。この手紙は墓場まで持って行こうとKimはそれをビリビリに破いて捨てた。
『初めて出会った時からお前のことが──』
「うわあああ!?」
ラブレターかよ!あいつには彼女がいるだろ!ていうか俺はあいつをそういう目で見ていたのか!?混乱で叫び出したKimにびっくりしたKhetが「どうしたんだよ!?」と部屋に入って来て更に驚いたKimが「勝手に開けるなって言ってるだろ!出て行け!」と必要以上に怒鳴ってしまったのは言うまでもない。
そうして便箋を全て無駄にしながら完成したのがメモ用紙のようなサイズの紙に書いた『いつもありがとう』だった。そしてWayはKimのその文章が、Kimが精一杯絞り出した文章であることを見抜いている。こんなに恥ずかしいことがあるだろうか。
「はぁ」
キッチンで水を飲んでいると、Khetも降りて来て鉢合わせした。
目をそらしてコップを持って自室に帰ろうとした時に珍しく物音以外の音が聞こえた。
「ねえ、P'Kim」
「……」
なんで話しかけるんだよ。いつも話しかけたりしないくせに。
「熱ない?大丈夫?顔赤いしもし熱あんなら俺」
「──お前には関係ない」
顔の赤さを指摘され、Kimは思わず遮って足早にキッチンを去る。
Khetがもう物を頻繁に壊したりしないことは頭では分かっているが、Khetと関わるのは、まだ怖かった。
翌日、あんな大口叩いていたWayから特に手紙をもらうこともなく、Phingphingとデートすると先に帰ったWayを見送り、Kimは1人駐輪場へ向かっていた。
(昨日の電話はなんだったんだよ)
少し期待していて、人に久しぶりに期待したなとKimは自嘲気味に笑う。やっぱり期待するから落胆が生まれる。期待なんてしないほうがマシなのだとバイクにまたがり家に帰る。ドアを開け、キッチンで水をコップに入れ自室に入ると、机の上に見知らぬ封筒が2つ置かれていた。
「……Khetか?」
勝手に部屋に入るなって言ったのにもう忘れたのかと思い封筒を裏返すとそこには『Way』という文字が書かれていた。
「Way?」
開けば中には小さく折りたたまれた紙が入っており、中を開くと『こっちこそ、お前のお陰で初めて学校が楽しいって思えたわ。退学しても構わねえって思ってたけど、お前がいるなら一緒に卒業したいし、一緒にL.Aの大学にも行きたいって思ってる。こんな親友はお前以外にいないよ。ありがとな』と素直な気持ちが入っていた。Kimにはない、Wayのいいところはこういうところだ。
『お前みたいに筆箱に入れようと思ったけど、入らなさそうだからお前のNongに預けることにした。ちゃんと届いてなかったらぶっ飛ばしといてくれ』
追伸にはこう書かれていた。なるほど、だから部屋にあったのかと納得する。仕方がないから今回の不法侵入については不問にしてやろう。
2つ目の封筒を開くと、これはKhetの文字だった。
『勝手に部屋入ってごめん。昨日言いかけたことだけど、熱があるなら俺が看病するって言いたかった。本当に熱がないならそれでいいけど、あんたは人に頼るのが下手だし、風邪引いたときくらいは俺をいいように使いなよ。冷蔵庫の中に夕飯入れておいたから、好きに食べて』
「……ほんと、悪い奴じゃないんだよな」
KhetもWayも、素直でいい人なのだ。眩しすぎるくらいに。
そう、2人はKimには眩しすぎる。
「手紙なんて、書かなきゃよかった」
素直な気持ちを伝えた結果、自分の影が露呈する結果になったとKimはしゃがみこんで震えていた。
自分はWayにふさわしくない、こんな気持ちも、手紙も持っていちゃいけない。自己嫌悪の波が襲って、Kimは手紙を破り棄てようとした。いつもみたいに。でも──
「……っ」
出来なかった。どうしても、できなかった。
「ごめんなさい、ごめん、ごめん……」
テスト問題の窃盗に、偽りの彼女に、隠した心。こんな醜い自分なのに、綺麗な手紙を捨てることも出来ないで、すがってしまう。
「ろくな死に方しないんだろうな」
ポツリと呟いた言葉は、誰にも聞こえなかった。
それでもいい。ただ、今は少しだけ、優しい気持ちに甘えさせて。
ただの、ちょっとズルを覚えた少年の涙を拭う人はまだいない。
まだ、Kimは涙を拭って、許してくれる人の存在には気づくほど、大人ではなかったのだ。
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ワンライ0919
初公開日: 2020年09月21日
最終更新日: 2020年09月21日
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手紙でWayKim