「新しい紅茶が手に入ったんだ」
良かったら飲んでみない? 光忠さんの大きな手の中にあったのは銀色の袋に包まれた袋だった。銀色の袋が揺れると中から葉が重なる音が僅かに聞こえた。
冬の縁側で日向ぼっこをしていた時の事。何時もは誰かしらいるこの縁側も、今日は誰もおらず偶に野良猫が顔を覗かせては背伸びをしながら欠伸をして通り過ぎていく。
「紅茶?」
「緑茶の仲間だよ。西洋の、って言えば分かる?」
「ああ、はいからな」
詳しい事は分からない。なんせ紅茶なんて口にした事が無いのだから。どういう香りかどうか知らないものを口にするのは少々悩むところ。光忠さんの淹れるお茶だから不味いと言う事は無いのだろうけども、口に合わなかったら……などと悩んでいる間にも光忠さんは微笑みながら待ってくれた。
「どうかな? 今日はそういう気分じゃない?」
「いえ、頂きます」
何事も挑戦が大事。頷きながら、銀色の袋を見つめる。
「じゃあこっちおいで」
手招かれるままに差し出された手を取り、腰を下ろしていた縁側からゆっくり立ち上がる。歩みの遅い私に歩幅を併せながら連れて行かれたのは日々の料理が作られる厨だった。
「紅茶はね、袋を開けた時の匂いがとても良いんだ」
厨には無い筈の椅子をわざわざ持ってきてもらい、そこに座らせてもらった。きっと歌仙さんが見たらあまりいい顔をされないのだろうけれど此処は光忠さんの顔に免じて許してほしい。
鋏を持ち、銀色の袋にゆっくりと切り込んでいく。普段持つ刀を持つ手が鋏を持っている。この姿は見慣れないもので、同じ刃物を持つ姿でもこんなにも違うのだなと不思議に思った。
嗅いでごらん。切り終えた銀色の袋の切り口を鼻に近付けてみると、ふわりと甘い果実の匂いが鼻腔を掠めた。今まで嗅いだことのない匂いで目をぱちくりと瞬きを一つしてから光忠さんの顔を見上げると瞼を閉じた微笑みが返って来た。
「手間暇がかかるんだよね、紅茶って」
やかんに水を入れて、火に掛ける間に変わった湯のみと急須が用意されていた。何時もの湯のみは縦に長いけれど、今日のは何だか丸い。急須はあまり変わらないけれどそれでも丸い様な、少し大きい様な気がする。
「それは緑茶も一緒なのでは」
そこには緑茶を入れる時には見られない動きがあった。沸騰したお湯を湯のみと急須に入れて温めるそうだ。再びやかんには水が注がれ、再び沸騰するのを待つらしい。
「緑茶は少しお湯を冷まさないといけないからね。紅茶は、器を温めないと茶葉が開かないんだ」
「それはそれで少し手間が掛かりますね」
「美味しい物には手間が掛かれば掛かる程美味しくなるんだよ」
まあ、分からなくはない。手間が掛かる子程可愛いとはよく言うもの。
「じゃあ楽しみにしておきましょう」
ふふり、と笑うとやかんから悲鳴が沸いた。急須にあったお湯を捨て、その中に新しく沸騰したお湯が注がれる。銀色の袋の中に茶匙で山盛りの茶葉をひとつ、ふたつ掬って急須の中へ静かに落とし込み蓋をされた。
「本当はね、この急須が透明だったらもっと楽しいんだ」
「楽しいとは」
「紅茶が踊りを踊るんだって」
へえ、と声を漏らしながら頭の中では踊るとは、と考える。踊る? 手足が生えるわけでもあるまいし……。
「あは、多分違うこと考えてる。こうね、飛び跳ねるって言った方がいいかな」
人差し指が下から上へ、空でぐるりと円を描いていくのを見つめる。ああ、と納得するとふふ、と笑みを零された。
「こうやって飛び跳ねて、茶葉からいい味が出るんだ。紅茶が良い味が出るまで飛び跳ねてるのを見るのが本当は醍醐味なんだけどね」
「でも急須」
「食器が無いからね。仕方ないかな」
其れなら今度それが見られるように透明な硝子のものを政府に頼んでおこうと思いました。そうしたら飛び跳ねる様子が見られるし、待っている時間も退屈ではないのでしょう。見つめても飛び跳ねる様子が見えない急須を眺めた。
静かに冷蔵庫からは白い液体を片手に持った光忠さんが小鍋に注いで火に掛けていました。
「それは?」
「牛乳。もっと美味しくなるものを作ってあげる」
そろそろかな、と言いながら牛乳を火に掛けるのを止めた光忠さんは茶こしを片手に急須の中身を湯のみへと移した。急須の中に居た茶葉が茶こしに引っかかって湯のみに落ちないのは緑茶も一緒だ。この辺りはなんとなく見慣れている仕草だった。
驚いたのはその先。温めた牛乳を湯のみに注いだのだった。茶色の液体が白い液体に混ざって柔らかな色になる。
「えっ、お茶に牛乳……?」
にわかに信じられないと口元を抑えながら眉をしかめるとあー……と苦笑いが返された。お茶に牛乳とはどういう。
「これがね、美味しいんだよ。多分主も気に入ると思うよ」
ええ、とじろり見つめるとはい、と渡された湯のみを頂く。先程の甘い果実の香りは健在で、牛乳を入れてもこの香りが居たことに安心はした。だがこれは飲み物。肝心な味はどうだとふうふう、と冷ましながら口の中へと入れる。
「! 美味しい!」
「良かった、気に入ってもらえたみたいで」
ぱあっと目の前が明るくなった気がした。甘い香りは健在で、でも口の中に入れると大人な味がする。その大人の味を牛乳が柔らかく丸く抑えて包み込んでいる感じがする。
「大変なものだと思ってましたけど、これは待っている甲斐がありました」
「本当に? それは良かった」
「これは何と言う茶葉ですか?」
もしも政府からの通販とやらで買えるから揃えておきたいと、紅茶を口に含み、転がしているとあー……と両手で顔を抑えながら光忠さんは何とも情けない声を出していた。
「主はさ、西洋の言葉ってあまり詳しくないよね?」
「まあ詳しくは無いです」
未だに清光さんの言う「でこ」も着飾るという意味に理解するのを少々時間が掛かるし。たまにはいからな言葉を使うのだなあと思っている。
「その、ね。主。笑わないで聞いてほしいんだけど。…………ファルファローネ、っていう茶葉なんだ」
「ふぁるふぁろーね」
その意味は? 首を傾げてみると両手で覆った顔をそっぽ向かれてしまった。
「その、伊達男っていう意味なんだ」
君に飲んでほしくてと思ったのは本当。君に美味しいと思ってほしくて紅茶の淹れ方を勉強したのも本当。
「――少し、格好悪いよね」
顔が熱くて、耳まで赤い気がする。だって、自分の一部みたいな名前のお茶を呑ませたいだなんて。
下心が丸見えじゃないか!