お題「虹」
 虹の根本には宝物が眠っている。
 いつかの寝物語で教わった内容は、当時名前も知らなかった外国の民話だったか童話だったかの御話。御伽話と呼ぶには少しばかり報奨が即物的過ぎやしないかと今になれば思うが、宝箱の中にこれまでの冒険こそが君達にとって掛け替えのない宝である、だとかの大人に都合のいい誤魔化しが挟まっていないだけ誠実なのかも知れない。
 そんないつかの物語を思い出したのは、虹を見たから。
 雨上がりの空に架かった七色の虹。その色彩を、今、緩く自分は見上げている。
「……果林さん?」
 背後からかかる声。傘を差した彼女が、不意に立ち止まった自分に問い掛ける。
 ああ、別に気にしないで、珍しいものを見たから。
 そう返して自分も差していた傘を畳み、そのシルエットを細く絞る。雨は上がったが完全に晴れ上がったわけでもなく、天気雨のように細やかな雫を幾つか落としてすら。少しばかり傘を畳む機を急いだかも知れない。だが、かといって一度絞った傘をまた開くのもどうにも間抜けに思えて、これぐらいならと許容と受容を己に一つずつ。
 背後の彼女の側もそれに倣うように傘をずらし、すぐに、畳んでしまう。それは少し時期尚早じゃないかしら、とでも声を投げてやりたかったが、他の誰よりもそれを告げる資格が自分にないことは既に承知している。
 だから二人、天気雨めいた晴れやかな空からの雫を、甘んじて受け入れることに。
「虹、ですね」
 彼女もまた、今しがた気付いたような声。
 珍しいものとは呼ばわったが、見ようと思えばそれなりに見る機会はあろうその七色。雨上がりに空を見上げれば、きっとそれは何処かの空に在る。ただ、空を見上げる習慣が自分にはないだけ。わざわざ辛気臭く俯いて歩く趣味もないが、希望だとか夢を胸に空を見上げて歩く趣味も同じように持ち合わせていない。そういったものは、別の誰かに任せてある。
 視線はただまっすぐ前へ。行く先しか、見据えない。
 きっとそれは幾らでも美しい言葉だとか素晴らしい形容で飾れるのだろうけど、要は、視野が狭いだけだろうとも自分で思っている。そのお陰で迷わずに居られるのなら、上等だ。
 そんな自分よりは、きっと彼女の視界の方がよっぽど広い筈。前を見据えて突っ走っていても、希望と夢を胸に空も見上げ、時には足元を見て俯いて、背後を振り返り誰かの存在を確かめ、それでもまた最後には前を向いて走る彼女の方が。
 自分の言葉がなくても、きっと彼女は虹を見つけていただろう。そう思えば余計なことをしたのだろうか、余計なことを言ったのだろうか、なんて思う心もないではないが、所詮はその程度だ。きっとすぐに忘れてしまう。
「虹の根本には宝物が眠っているって話、知ってますか?」
 少し、吐息。
 自分が先に思い出していた事柄を彼女も思い出している。互いの知識を共有している、なんて甘い話ではなく、ただ単純に双方共に似通った寝物語をいつかに聞いていただけのこと。寧ろ、それを同じタイミングで同じ内容を想起するなんて、それこそ似た者同士だと証明されているみたいで眉根が寄る。
 何処でその話を、なんて問い掛けることだって出来たけど、それはしない。
 自分が覚えていないように、彼女もきっと覚えていない筈。そんなところへの信頼は、幾らでも。
 似た者同士だと思われると眉根を寄せる癖に、そんな信頼は決して否定しない自分勝手な彼女への距離感。酷い女だと言われるかも知れないが、何を今更と笑い飛ばす準備だって当の昔に出来ている。
「せつ菜。貴女、金銀財宝とかに目の色変えるようなタイプだったかしら?」
「浪漫、ですよ、浪漫。宝物と聞いて心躍らせない人は居ないでしょう?」
 それはきっと少年の心を持つ人々だけだ。
 彼女の心は少女と言うよりも少年のそれに近い。それも下手をすれば、現在高校生の自分達よりも二階層ほど下の学校レベル。最早言葉を隠さずに言ってしまえば小学生レベル。流石にそれは言い過ぎかと思ったから声にはしないでおいたが。
 浪漫、浪漫、浪漫。三度ほど口の中で転がしてみたが、どうにも実感が湧かない。実感と言うよりは、理解だとか、共感。その言葉の意味は理解できても、どうにも手触りだとか輪郭が定まらない。
 それでも彼女は確かに理解もしているだろうし、その言葉の手触りや輪郭も、非常に高い解像度で捉えているのだろう。
 随分と毛色の違う自分達だ。なのに似た者同士であると呼ばわれる要素には事欠かないのが、色々と度し難い。
「浪漫でお腹は膨れないわ」
「少食な果林さんが言っても説得力ないですよ」
 もしかしたらお腹が膨れてしまうかも知れませんよ、なんてからかうように笑う彼女は、雨上がりの透明な世界に相応しい綺麗さ。未だ僅かに零れる天気雨の斑な雨粒に濡れながらも、その笑みには、曇り一つ沁み一つ見つからない。
 純粋と呼ぶのが正しいのか。それとも、幼いと呼ぶのが正しいのか。
 答えは保留。きっと今暫く。もしかしたらこの先もずっと。
「何にしろ、こんな風に雨が上がってしまうんなら、練習をしても良かったかも知れないわね」
 先延ばしにした問い掛けだとか疑問から逃れるように、話題の矛先を変える。
 雨が降り出したことで中止にした今日のスクールアイドル同好会としての練習。屋外練習が出来なければ室内で、という判断だって簡単だったけど、敢えての休養日に当てたのは日頃の練習の積み重ねが決して生ぬるいものではないから。休める時には徹底的に。そういった点での割り切りは、皆、なかなかのもの。
 だがそれも、雨が降っているから、なんて理由があったから。
 今ぐらいの天気であれば、きっと練習も可能だっただろう。だが、彼女が振り返り、笑う。
「一度決まってしまったことは覆せません。今日は皆さん、オフ日です」
「……随分とお役所仕事な物言いじゃない、せつ菜。それも生徒会長の癖?」
「さぁ、それはどうでしょうか」
 私だってたまには何もない放課後を楽しみたいんです。
 そうですか、なんて彼女の言葉に応えてやりたかったが、その声が出ない。生徒会長。スクールアイドル。彼女はその二つを、ずっと前から続けている。自分が彼女に出会う、ずっと前から。
 彼女に自由な時間なんて、彼女のためだけの時間なんてどれだけあったのだろう。
 いつでも誰かのために、何かのために、彼女は駆け抜けていた。
「―――虹の根本には、宝物が埋まっている」
「……果林さん?」
 まるで巻き戻しのように。先に紡がれた言葉を巻き戻してもう一度紡いだ自分に、彼女が怪訝そうに問い掛ける。
 もしかすればまた何か変なことを言い出したのかとか失礼なことを考えられている可能性も否定できないが、まぁそれはそれで後で問い詰めるとしよう。
 だがそれ以上に今、大切なのは。
「良い機会だし、折角のオフなんだから、宝探しでもしましょうか」
 彼女の大事な時間を、彼女の誰のためでもない彼女の為の時間を、何でもないことに使ってしまおう。
 それも、他の誰でもない。この朝香果林の為に、朝香果林の言い出したことの為に。それこそきっと、酷い女と呼ばわれそうな所業かも知れないが、知ったことか。覚悟は当の昔に決めていると、既に言ってある。
 いつか誰かの寝物語で語られた物語、子供に聞かせる浪漫だとかの見本の話。それを真面目にやってみるのも、きっと、一興だろう。
 ほんの少しだけ見せた虚を突かれたような表情を見せた彼女が、己の言葉の意味を察して笑う。先程と同じように、綺麗に、透明に、無邪気に笑う。
 そして応える声すらなく、己の手を握って走り出した。
 行く先は言葉にしない。それでも、もう、決まっている。言葉にする必要もなく互いに共有出来ている。
 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の九色の内の二つ、赤と青が街を駆ける。
 二人の色を抜いた七色まで、きっと辿り着けもしないだろうし、辿り着いたところで何もないだろうけど。それでも二人、駆けていく。浪漫の輪郭だとか手触りなんてものを、確かめに。
 あの虹の、根本まで。
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テキストライブ配信リアル短編執筆回
初公開日: 2021年01月16日
最終更新日: 2021年01月16日
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コメント
考えるな。感じるんだ。