「~♪」
ご機嫌な鼻歌がリビングから聞こえてくる。その主は少し前まで愛しの「兄ちゃん」との電話をしていたのだから、機嫌がいい理由なんて尋ねなくても分かってしまう。嬉しそうにしてるおチビちゃんを見るのは好きだ。けれど時々、心の中に生まれるモヤはいったい何なのだろう。最初はまっすぐに育ってきた姿を見ていら立ちを覚えていたのにその時とは違う何か。俺がいるんだから俺と話をしてくれればいいのに、なんていう面倒くさい思考が自分の中にあることから目を逸らして、俺のことを全く認識していないであろうおチビちゃんの背後へと回り手に持っているスマホへと視線を向ける。
「おチビちゃん何見てるの?」
「ぴっ!? とつぜん何して……て、あっ、おいこらクソDJ! 人のスマホ勝手にのぞき込むな!」
「写真?」
液晶画面の中にいたのは俺には滅多に見せてくれないような笑顔をした今よりも小さいおチビちゃんと、今のおチビちゃんと同じぐらいの男の子。どこか似た雰囲気を纏っているツーショットはすぐにお兄さんなのだとすぐに分かった。
「見んな、ばか!」
「はいはい。そんなに怒らないでよ。愛しのお兄ちゃんとの思い出?」
「なんか言い方むかつく……けどまぁそうだよ。さっき電話で昔の話をしてて懐かしくなってさ」
「へぇ」
隠すようにスマホをしまい込んで吠える姿はまるで威嚇する猫のようだ。前から猫みたいな反応をする子だけど、最近は威嚇モードはすぐにとける。懐いてくれてる、と思ってしまうのは仕方ない。不思議と緩む口元を自覚しながらソファの正面に回ると俺が座れるように端につめてくれた。
「アカデミーで寮に入って、そのままタワーに来て一緒に過ごしてた時間って案外少ないからさ。一緒の写真も小さい頃のばっかなんだよな」
「確かにそうなるよね」
「オフの日やバンドの時とかに顔を合わせたりはするけど、そういうのってわざわざ写真撮らねーじゃん? だからおれが大きくなってからのって本当に少ないんだよ」
伸びをして天井を見ているおチビちゃんの横顔はどこか寂しそうに見える。
「もっと会える時に写真撮っておけばよかったな、思い出の記録ってそんなに残ってないんだな、て話になってさ、今度バンドの時に撮ることにしたんだ」
「嬉しそうだね」
「そりゃあな。最高にかっこいいおれの姿を撮ってきてやるよ」
話の途中で見せた表情は一瞬で、すぐに歯を見せて元気な笑顔を向けてきた。切り替えがうまいというか、隠すのがうまいというか。きっと無意識の中で身についているそれはおチビちゃんのまっすぐな良い所の一つだと思う。再び鼻歌が聞こえてきそうな空気に、スマホを取り出しておチビちゃんへと向けた。
「おチビちゃん」
「なんだ、」
名前を呼んで俺の方を見た瞬間にシャッターボタンを押すとカシャリという軽快な音とともに画面上で止まるおチビちゃんの顔。スマホの向こう側では吃驚したのか目を丸くしている本人がいて笑いが込み上げてくる。
「アハ。おチビちゃんの顔かわいい~」
「ふぁっっっく! 何写真撮ってんだよ!!」
「なにって、思い出作り?」
「はぁ?」
「おチビちゃんが言ったんでしょ。写真とか記録は余り残ってないから、作っておけばよかったって」
「……まぁな」
「だからこれも、同じセクターに配属になったルーキー同士の記録の一つってことでいいんじゃない?」
写真の話からわざわざおチビちゃんの姿を残しておきたいな、なんて思ったらそのままスマホを向けていた。上手く誤魔化すように理由付けれているけれど頭がよくまわるな、と言葉を発しているところとは違う場所で思う。俺の言っていることにぽかんとした後、不機嫌そうに眉を顰められる。
「それだとおれだけじゃねぇか」
「ん?」
「同じ配属になった記録ってことなら一緒に撮らなきゃ意味ねぇだろ」
膨れっ面になったお子様の発言に今度は俺が目を丸くする番だった。まさかそんなことを言われるとは思いもしなかった。何故か嬉しいという感情が溢れてくるのにその理由は分からない。しかしおチビちゃんの申し出を断る理由なんて何一つ思い浮かばなかった。
「しょうがないな、おチビちゃんに付き合ってあげるよ」
「なんだよその言い方」
文句を言いつつも、少しだけ嬉しそうな顔をしていることには気が付かない振りをしてあげる。ソファの反対側へと向けていた体を俺の方へとくっつけておチビちゃんはスマホを空にあげる。自撮りモードになった画面に入り込むようにカメラに目をやるけどなかなか上手く収まらない。身長差があるのと自撮りに慣れていないんだろうことがきっと原因だ。
「……案外こっちで写真撮るのって難しいんだな」
「おチビちゃんにはね。ほら撮ってあげるからもっとこっちよって」
「ぴゃっ!?」
肩に手を置いて顔の距離を一気に近づける。揺れるおチビちゃんの腕を固定するようにスマホを一緒に手にしてシャッターボタンを押す。確認するためにおチビちゃんの手ごと下ろしたスマホの中で固まった俺達ははブレることもなく綺麗に撮れていた。ちょっとおチビちゃんが驚いているのも一つの愛嬌みたいなものだろう。
「うん、案外よく撮れてるんじゃない? 俺の方にも送っておいてよ」
「……へっ、あ、ぉ、おう!」
画面から視線を外して見たおチビちゃんの顔は僅かに赤くなっているし、返ってきた声は裏返っていて首を傾げると勢いよく俺の傍から離れて行ってしまう。元のソファの反対側へと戻ったおチビちゃんがスマホを触ると俺のスマホが短い音楽を鳴らす。さっきまでおチビちゃんのスマホにしかなかった写真が俺の元へと送られてきた。
「ありがと」
「……別に」
「また撮ろうよ、今度はキースとディノも一緒にさ」
「そうだな」
おチビちゃんに目を向けると、同じタイミングで笑みが溢れてきた。三年も一緒にチームなんて面倒だなって思っていたはずの時間は案外短いものかもしれない。心地よい場所と時間が永遠の記録として残ることがなんだか嬉しいだなんて、俺のキャラじゃないから口にはできない。おチビちゃんも同じこと考えてくれてるのかな、なんて想像しては胸の内が温かくなるのを感じた。