「というわけで、なんか玄人っぽい、いかにも映画好きーっぽい映画なんか教えてくれよ。これは俺と相手だけの勝負じゃないんだよ。お前と相手の勝負でもあるんだよ」 
「ちょっと。奈緒崎くんの品の無い勝負に僕のことを巻き込まないでくれる? それ本当に最低だからね」
 嗄井戸は毛布に包まったまま、俺の視線を避けるようにソファーに倒れ込んだ。背もたれを防壁にするこの体勢は、こいつが遺憾の意を示す時に使われるものだ。遺憾の意をいくら示されようと、特に気にしてやるつもりもない。何せ、こいつの協力が無ければ今回の戦いには勝てないのである。俺が答えられる映画なんて、一緒に観た超有名所くらいだ。それでは、到底瀬越さんのことをぎゃふんとは言わせられないだろう。いや、映画の知識マウントで同僚をぎゃふんと言わせるのが正しいのかはともかくとしてだ。でも、嗄井戸だって俺に映画の知識をぺらぺら話すのが好きっぽいし、こういうちょっとした対抗心みたいなのの気持ちはよく分かるはずだ。多分。
「あのね、そうやって映画をどれだけ観たか、本数をどれだけ稼いだか、マイナーな作品のタイトルとあらすじをどれだけ言えるかで争うなんて心が貧しい証拠だよ。そんなものは映画好きでもなんでもない。数が増えるのが楽しいなら、交通量調査のアルバイトでもすればいいんじゃないの?」
「いいじゃんそんな面倒臭いこと言わなくても。だから映画好きは色々なところで敬遠されるんだぞ」
「は? 映画好きが敬遠されるわけないでしょ。あれは万国共通の趣味だよ。どんな人間とも映画を通して仲良くなれるし、初対面の時の話題作りにも貢献してくれる。僕は映画を人と人とが繋がる為のツールだと思っているよ。たとえば、遠い過去に封切られた名作だって、今の僕達が観られるわけじゃない。そうして時空を越えて、人生を繋げてくれるのが映画なんだよ」
「へえ。でもお前、この間映画批評サイトでレスバトルしてたじゃん。繋がりはどうした」
「あの映画の良さが分からない人間とは繋がる必要がないからだよ。あれを理解出来る素養も無い人間とは口も利きたくない」
「うーん。お前はそうだよな。うん」
 どう考えても人格に難がある面倒臭い映画好きであるところの嗄井戸高久なんだから、こういう不毛で品の無い戦いに駆り出されて然るべきだろう。ちょっとタイトルの入れ知恵をしてくれるだけでいいのだ。誰も害しない優しくてふんわりした対決である。
 それにしても、映画が人を繋げる……というのは確かに一理あるのかもしれない。俺だって、瀬越さんと最初に話したのは映画の話だ。まあ、レンタルビデオ店の短期アルバイトに応募しているくらいなんだから、映画が共通項になるのは当然だろうというのはさておくとして。もし俺が嗄井戸に出会ってなくて、映画について何も知らないままだったら、瀬越さんとも何を話していいか分からなかっただろう。そもそもレンタルビデオ店でアルバイトをしようと思っていたかも怪しい。
 そういう意味で、映画は人を繋いでいる。というか、嗄井戸高久との関わりですら、俺が適当に答えた劇場版ドラえもんから始まっているのだ。引きこもりが口にする真理としては悪くないものなのかもしれない。
「はーあ、奈緒崎くんがレンタルビデオ店で働くと聞いた時はそれなりにわくわくしたものだけど。どうして僕の知識を使って映画マウントに勤しもうとしてるのか」
「マウントじゃない。これは真剣勝負だ」
「いいじゃないか。君は『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』を心から楽しんでいるし、それが好きなんだろ。あの名作一つで勝負すればいい」
 嗄井戸が面倒臭い映画好きには似合わない正論で俺を殴る。確かに、俯瞰して見ればその言葉が正しいことは分かっている。映画は誰かと勝負する為のものじゃない。瀬越さんのあの言葉は、単に話題を広げるきっかけを作ろうと思っただけなのだろう。俺がガチガチに嗄井戸の力を借り、その上であわよくば彼を倒そうとしている……というのは頂けない話だ。大人げない。年下だけど。
 でも、引っかかったのも確かなのだ。瀬越さんが口にした映画好きになったきっかけが、俺のものと殆ど同じだったから。友人に映画好きがいて、その友人に勧められて観るようになった。世に映画好きが十人いたら四人くらいは同じきっかけを口にするのかもしれないが、それでもとにかく気に食わない。……なんとなく、こっちのきっかけと、嗄井戸高久の方が特別であってほしい。そういうことなのかもしれない。妙な対抗心だ。
「俺さー、小さい頃にドラクエのバトエン集めてたんだよな。あのブームめちゃくちゃ短かったから、低学年の時に触ったくらいなんだけど。次に流行ったのがムシキングで、次いで恐竜キングってなんか魔進化したやつが出てくるんだけど」
「え? 何の話?」
「まあ、ああいうのが好きだったんだよな。自分のお気に入りのものをさ、戦わせる系のやつ。俺、クラスの上位三人の中には入ってたんだよ。一位のやつはえげつないくらい研究してたからそこまでは到達出来なかったんだけど」
「な、なに……? 僕に対する友情バトル的な……? お前はどうせそういうのやったことないだろって思われてる……?」
 背もたれに隠れていた嗄井戸が、ひょこっと頭を出して衝撃に震えている。まあ、こいつはどうせやったことがないだろうし、何なら鬼ごっこもかくれんぼもドロケイも怪しいと思ってるが、本題はそこじゃない。
「最初にも言った通り、これは俺の戦いだけじゃなく、嗄井戸の戦いでもあるんだよ! なー、なんか気の利いた映画無い?」
「文脈が分かった。勝手に僕を虫とか恐竜にしないでくれる?」
「……あ、もしかしてお前、大して思いついてないんだろ」
「は?」
「そこらのシネフィルにギリギリ知られてなくて、その上で面白いマイナーな名作。思いつかないんだろ」
 嗄井戸の対抗心を煽るように、わざと笑顔を浮かべて言う。嗄井戸は今や背もたれから覗くどころか、ソファーの上に立ち上がらんばかりに身を乗り出していた。
「まあいいよ。お前、ずっと映画好きと話したりしてなかったもんな。この部屋に来るのも俺とか束だけだろうし。そういった映画を通したコミュニケーション? プレゼン能力? が育ってなくても仕方ないって。仕方ないから、俺はウィキペディアを飛びまくって適当にタイトルを見繕うわ」
「待ちなよ、奈緒崎くん」
 黒い毛布を被った嗄井戸が、とうとうソファーの上に立ち上がる。体幹がしっかりしていないからか、ふわふわのソファーの上でよろめきながらも、しっかりとこちらを睨んでいた。
「思いつかないわけないだろ。今会話しているだけでも、いい塩梅の映画を百本以上思いついたよ。随分舐められたものだね。古今東西を探しても、僕以上に映画を愛している人間はいない。それこそ沽券に関わる」
「ま、言うだけタダだし?」
「いいだろう、奈緒崎くん。この天才の友人として、君を一端の映画好きに仕立て上げてあげるよ。勿論、これは貸しだからね。今度何らかの対価を払って貰うから」
「黒魔術みたいで怖いな。で、タイトルは? あー、突っ込まれた時用にあらすじと、その映画が何で名作っぽいのかだけ教えてくれ」
「そんなの意味無いよ。言葉に尽くせるものじゃないからね。というわけで今から三本ほど観て、その上で君の肌に合うものを見繕おう」
「いや、タイトルとあらすじだけでいいんだって」
 俺の言葉が聞こえていないのか、それとも敢えて無視しているのか、嗄井戸は勢いよく自分のコレクションを崩し始めた。まさか、今からしっかりと観ることになるんだろうか。バイトと大学で結構へろへろなのに、たかがちょっと見栄を張りたいが為に? 既に手痛いしっぺ返しを食らったような気分で、嗄井戸の揺れる背を見つめる。
「そうだ。そのバイト先のシネフィルさんの好みの映画は? そういうのを踏まえた映画の方がいいかもしれないし」
「あー……なんだったかな。結構意外な映画だったんだけど……あ、そうだ。『オズの魔法使』だったか」
「ああ……なるほど」
 そう言って、嗄井戸がふと手を止める。
「それ、僕はあんまり好きじゃない映画なんだ」
「お前でもそういうのあるんだな。やっぱ子供っぽいの? あとは単純につまんないとか?」
「いいや。あの時代にあの名作が生まれたことが信じられないくらいだよ。君は少し退屈に感じるかもしれないけれど、注目すべき点を押さえていれば、とても楽しめる映画だ。何より、キャストが全員魅力的でね。全員でお伽噺を再現しようという気概に満ちている」
 嗄井戸は振り返らず、少しだけ背を丸める。
「じゃあなんで嫌いなんだよ。むしろ好きそうじゃん」
「僕はね、主演のジュディ・ガーランドが大好きなんだ。彼女の夢そのもののような演技も。でも彼女は、スターで在り続ける為に、観客にとっての理想のドロシーである為に人生を食い潰された女の子なんだよ。それから数十年間、彼女は苦しみに纏わりつかれながら生きてきた。一人の人間の犠牲の一端が、この傑作なんだよ。だから多分僕は、あの魔法の国が素直に楽しめなくなってしまった。エメラルドシティの裏側にあるものが何なのか知ってしまったから」
「何か、人に勧めてもよさそうなおすすめの映画は無いか」
 暢気にクッキーを頬張っている小鳩に対し、俊月は真面目な顔で尋ねた。
「どうしたの? 急に。もしかしてレンタルビデオ店の店員さんって、手書きPOPとか作るの? それならそんなにマイナーなところにいかなくてもいいと思うし、君が好きな『ジュラシック・パーク』とか、この間観て色々思うところあったらしい『セッション』とかその辺りを勧めたらいいんじゃないかな」
「いや、そうじゃない。これからそういった仕事を任される可能性はあるだろうが、今のところは業務外だ」
 そう言って、俊月は事の次第を説明した。同じレンタルビデオ店で、殆ど同時期に短期アルバイトに入ってきた同僚がいる。聞けばその同僚はなかなかの映画好きで、映画の話を出来る人間がいて喜んでいるのだそうだ。そして彼は、俊月におすすめの映画でバトルする映画版ビブリオバトル──シネフィルバトル? を挑んできたのである。友人の少ない俊月には知らない文化だが、映画好きが二人集まればそういったレクリエーションで遊ぶものなのだろう。
「だが、相手は一端の映画好きだ。恐らく、お前に影響されて有名どころを観ているだけの俺では太刀打ち出来ないだろう。それに、相手だって興ざめのはずだ。折角俺のことを見込んで話を持ちかけてきてくれたのに、このままでは申し訳ない。どうか、映画を沢山観ている人間でも楽しめるような名作を教えてくれないか」
「理由は分かったけど、つくづく瀬越って真面目だよね。そんなもの雑談の延長線上なんだよ? 知ってる映画を適当に言って、あーそれ好きだの嫌いだので適当に流すのが正解なんだって」
「そうだったのか」
 だとしたら、こうして小鳩に頼ってまで、人に知られていない傑作を推薦しようというのは無粋なのかもしれない。相手は映画に詳しいことをやけに誇っていたから、本当に隠れた名作を口にされるのは嫌だ、という気持ちもあるのかもしれない。だが、コミュニケーションの正解が分からないなら、なるべく自分が労力を割き、相手に酬いられるようなやり方で応じたいというのが俊月の考えだ。長時間煮込んだビーフシチューは相手の口には合わないかもしれない。だが、鍋に火を掛けて様子を見ながら四十時間を費やした、というのはそれだけで真摯に相手に向き合ったことになるのではないだろうか?
「だが、俺は真面目に相手と向き合いたいんだ。実を言うと、あの店で俺に何の偏見も無く接してくれるのは、その大学生だけなんだ。……それがどれだけ希有な存在なのかは言うまでもないだろう」
「確かにね。……珍しいな。相手にとことん興味が無いとか、周りのことをそんなに見ていないとかの可能性が高そうだけど。瀬越を遠巻きにしないだけで、かなりいい相性の相手みたいだよね」
 小鳩がサクサクとクッキーを口に運びながら、嬉しそうに目を細める。嬉しそう、というのは俊月の主観なのだが、寿いでくれているのならありがたい、とは思う。それにしても、クッキーの消費ペースが速い。クリスマスに向けての前哨戦のつもりで焼いたクッキーなのだが、それは主に小鳩ではなく歳華の為のクッキーだ。ジンジャーを利かせたバニラクッキーが好きな歳華の為に、それだけ多めに焼いたのだが、何故かその一番多いクッキーを優先的に食べている。もしかしたら、歳華の味の好みと小鳩の味の好みは似ているのかもしれない。
「……おい、その本の形のクッキーは食べるな。それは歳華ようにアイシングをしたものなんだぞ。それ以外ならまだリカバリーが利くが、アイシングは材料が足りないんだ」
「あ、なるほど。歳ちーの為のものだから本の形だったんだね。てっきり『映画の原作本』って意味合いで僕に向けたものなのかと思った」
「超解釈で妹のクッキーを奪うな。第一、それは歳華の小説をモチーフにした本だと一目で分かるだろう」
「あー、だからキリンなんだ。なんか、こういう細やかな気遣いが瀬越の愛情深さを表しているようで泣けるな。歳ちーが特に小説家の夢を叶えていないところも含めて。ところで、僕用のアイシングクッキーはないの? 歳ちーばっかりずるいよ」
「お前までクリスマスにアイシングクッキーを求めるつもりなのか……」
 子供じゃあるまいし、と思ったが面倒なことを言われそうだったので黙っておく。どうせ本番のクリスマスには改めてアイシングクッキーを作らなければならないのだ。なら、小鳩の分も見込んで作ってやればいいだろう。
 
 
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