ブルーベリーチーズケーキ
 きっかけは些細な出来事であった。一晩たった今ではすっかり原因を思い出せないような言い合いは、年末進行で茨のストレスが溜まっていたことで容易に燃え広がった。弓弦は持ち前の冷静さもあり、これは話し合っても今は無駄だと早急に判断し「帰ってください、今晩はもう顔も見たくありません」という茨の一言を素直に飲み込み、一泊する予定だった茨のアパートを振り返りもせずに立ち去ることになった。
 よくある、と言うには些か向こうに余裕がなさすぎた今回の揉め事は、弓弦にも多少の苛立ちを残した。年末進行、ええ存じ上げております。年始の特番の撮影、ええ存じ上げております。でもそれは全て、茨の都合でございましょう。わたくしに関係ないことでわたくしに当たり散らすのは幼稚がすぎるのでは?…少し言いすぎたとは思うが、やはり弓弦からしたら間違っていることは何も言っていない。もちろん、なぜ彼がこのような恐ろしいスケジュールに身を置くこととなったのか、正しく理解はしている。あの七種茨が、クリスマスイブの夜を開けていて欲しいと自分に連絡してくるのに、どれだけの緊張と葛藤を押し殺したのかも想像に容易い。…しかし、それで弓弦本人と喧嘩していては、本末転倒なのである。
 fineとしてのクリスマスライブが今年は無かったため、弓弦はこの二日間のスケジュールをポッカリと空けていた。何も気にせずにゆっくり茨の面倒を見るために…どうせ洗濯物や洗い物が溜まっているだろう、と思っていたし、実際その通りではあった…年末の大掃除や冬休みに出されるであろう課題の類の前倒しは全て済ませてある。主人は…桃李はBrancoの打ち上げ兼同級生たちとクリスマスパーティーを行っている。準備を全て買って出ようとした従者は桃李に「クリスマスくらい自由にしたら?」と言われてしまっていた。何一つ報告はしていないが、何か感づかれているのだろうかと肝を冷やしたのが半月前。茨からクリスマスイブの夜を開けて欲しいと連絡があって、絶対にそんなことはないとわかっていながら「坊ちゃまに何も言っていないでしょうね」と問い詰めてしまったのが一週間前。「そんな急に言われましても、何も用意できませんよ」という弓弦の言葉に器用に耳だけ真っ赤にしながら「…別に…何もいらないです。」と言った顔を思い出す。付き合って半年、恋人として何一つ甘いことをしていないように思う。もちろんお互いにそう言った類のことにあまり興味が深くはないのも大きい要因の一つであるし、お互いに気恥ずかしさが勝っているのもまた一つの要因で。クリスマスくらいは素直に甘えてくれば良いのですが、という願いは嫌な形でかなうこととなってしまった。
 星奏館に戻ってきたは良いが、やはり自室には誰もいなかった。廊下の向こうから楽しそうな笑い声が聞こえてくる。…もちろん、桃李は今から弓弦が「予定が無くなりまして」と言えばパーティーに混ぜてくれるだろう。適度に仕事を振り、適度に食べさせ、休ませ、弓弦にも楽しかったと思わせるパーティーにしてくれるであろう。しかし、それでは桃李が心から「友人とのパーティー」を楽しめなくなってしまう。それでは本末転倒でございます。避けなければ。弓弦は一人呟きながらエプロンを手に取り、冷蔵庫の中を物色する。イライラした時には掃除か料理に限る。掃除は茨のために前倒しで大掃除を済ませてしまったためする場所があまりない。わざわざ掃除する場所を探す時間も惜しいほど、弓弦は今ストレスの吐口を求めていた。
 パーティーで料理が足りないと桃李に泣き付かれた際にすぐ出せるように下ごしらえを終わらせておいた鶏の骨付き肉を見つける。1つ1つは大きくないが数が大量にあり、大人数で少しずつ食べられるであろうそれをボウルに移し、醤油や生姜を落としていく。少し揉み込んで味を染み込ませている間に揚げ鍋へ油を注ぎ、温める。普段だったらカロリーや体のことを気遣ってソテーやオーブン焼きにするところだが、弓弦は本当にイライラしていたのだ。こういう時にがっつりしたものを食べてストレス発散するのに代わって、弓弦は大量にガッツリとした料理を作りたくなる。今日は、食べ盛り育ち盛り、ブラックホールのような胃袋がワンサカあるのだ。少しぐらい多く作ったってバチは当たらないであろう。
 15分ほど味を染み込ませたあと、棚から小麦粉、片栗粉、上新粉を出して適度に振るう。あまり衣をつけるとカロリーが上がってしまうため、周りを薄ら雪化粧する程度に抑え、ぎゅっぎゅっとボウルの中身を混ぜていく。粉が少し溶けた液体まみれになった手を綺麗に洗っていると、コンロからピーと油が温まった音がする。菜箸を油に少し浸し、パチパチと小気味の良い音を確認。ドロドロで持ち上げにくい鶏肉をボウルから持ち上げ、静かに揚げ鍋へと落とす。ジュワ、と食欲をそそる音と香りがするキッチンは、今、弓弦の他に誰もいない。
「……余ったら、持っていって差し上げますか。」
 全く仕方がない。最後に吐息のように出た言葉は、揚げ物の音にかき消されて消えていった。
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 先ほど2時間ほどかけて作ったチキンは大好評、育ち盛りの男子高校生等の手によりあっという間に平らげられていた。同じ色、形をした二対の「なぜお前が今日ここにいるのか」という視線をスルーし…あとで茨にキツく言わなければ…タッパー1つ分しか残らなかった"予備"のチキンを紙袋に、昨晩、イライラした心のまま駆け下りた階段を登っている。お腹がすいたでしょう?どうせ何も食べていないのでしょう?…弓弦はここにきて、結果、今自分が茨の家に戻ったところで相手を怒らせるようなことしか声をかけられない気がしていた。なんであの男はよりによってわたくしなんかと恋仲をやっているのでしょうか。…いや、あれも大概でございましたか。軽い現実逃避を決めながら、弓弦はドアの前に立つ。家の中から気配はするので、家主は在宅しているようである…とはいえ、事務所にもスタジオにも寮の部屋にも戻ってきていないことは確認してきたのだが…鍵穴にあまり音を立てないように鍵を差し込んで、かしゃん、という音を静かに聞いた。ステージに立つ時も、こんなに緊張することはない。坊ちゃまではない何かにここまで心を揺さぶられていることに弓弦は小さな苛立ちと少しの気恥ずかしさを感じる。少しだけの手汗を見なかったフリしながら、ドアを静かに開けた。
 廊下には電気はついておらず、リビングも寝室も物音がしないようだった。気配を辿ると、目的の相手はリビングのソファの上で丸まっている。寝ているのか、と電気をつけずに近くと、テーブルの上には小さなケーキが二つ食べかけで置いてあった。あまり甘いものが得意ではない茨は、食べられる最大甘いものが何も乗っていないプリンである。弓弦もあまり甘いものを食べないので、ケーキは買わない、とお互いに約束をしていたはずだ。昨日の夜、買ってきた飲み物を入れようと冷蔵庫を開けた時には確かにないことを確認している。
 多めに食べられたレモンタルトは茨のものであろう。さっぱりしたものを好む茨らしい、爽やかな香りのするケーキ。その隣には、二口だけ口をつけたブルーベリーのチーズケーキが置いてあった。弓弦はため息をつく。謝るタイミングを失っていたのは向こうも同じらしい。こんなところばっかりになくたってよかったのに!
 泣くのを我慢する時に寄る眉間のシワにキスをする。こんなに部屋で動き回って寝ていられるほど繊細な神経をしていないことはお互い知っているはずだ。そんなことも知らない薄い関係ではない。一緒に過ごすためにどれだけ頑張ったかも、それを伝えるのにどれだけ勇気を出したのかも、ケーキすら当日に準備する余裕がなかったことに対して、どれだけ自分で自分にイライラしていたことも。結局、どんな阿呆だったってこの男を愛おしく思うようにできているんだなぁと弓弦は一人納得をした。そんな一般的な恋人の枠にハマろうとしなくたって、十分この男を愛おしく思っているのに。
「狸寝入りもいいかげんにしてくださいまし。チキンを持ってきましたから、その食い止しと一緒に食べてしまいましょう。」
「…一緒に食べてくれるんですか。」
「一緒に過ごすと言ったのはあなたでございましょう。」
「…愛想、つかされたかと思ったので。」
「バカですね。……こんなので愛想を尽かしていたら、今頃茨の側になんかいられませんよ。」
そうですか、と眉間のシワを深くしながら茨はソファで丸くなる。こんなに自分自身に追い詰める前に、わたくしに甘えられるようにしないといけませんね、と弓弦が呟くと、茨は居心地が悪そうにみじろぎをした。いじらしくて可愛らしくて、今度はこめかみに口づけを落とすと、弓弦は少し冷めたチキンを温め直すためにキッチンへと向かった。
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<ちっちゃいケーキを用意して部屋で丸くなってる茨の話>
 →クリスマスイブの夜、他愛もないことで喧嘩する
   →付き合っては居るんじゃないか…?
 →喧嘩内容は売り言葉に買い言葉、弓弦は一切気にしてないのに茨が忙しさでイライラしてたのが相まって大爆発
   →帰ってください、今日は一緒に居たくありません。
   →承知いたしました、わたくしも子供の相手をしているほど暇じゃありませんので。
     →弓弦がここまで言うかはチョットわからん
 →次の日も一緒にいる約束をしていたが、弓弦は桃李のパーティーに混ざるわけにもいかずちょっと手持ち無沙汰。
   →クラスメイトとかBrancoの打ち上げも兼ねてる。自分がいない方が羽が伸ばせるだろうってわかってる。
   →でも桃李も自分が暇だって何も用事なんかないって言えば混ぜてくれるのもわかってるから言い出せないし言い出さない。
 →年末の大掃除をしようと思うが、まぁ、終わってますよね (自業自得)
 →…あれの機嫌を取り繕うのも癪ですが、忙しかったみたいですし労わりますか。
   →クリスマスのチキンを作って茨の家へ
   →寮設定を活かせる日はくるのだろうか…
 →部屋はまっくら。リビングにはソファで丸くなってる茨とローテーブルの上に食べかけのケーキが二つ。
   →二人とも甘いものは量が食べられないので小さいサイズのケーキ
   →茨が好きそうな柑橘系のさっぱりとしたタルトと、弓弦が何が好きかわからなくて色で選んだのであろうブルーベリー系
   →昨日の夜冷蔵庫に入ってなかったから、今日買ったんだろうなぁ
     →朝、謝る口実作りに買いに行ってはみたものの、連絡する勇気は沸かなかった
     →おやつの時間まで待とうって思ったけどこなかったから二人分食べる
     →ブルーベリーのがチーズ系で甘くて途中でリタイア
     →レモンのさっぱりしたのを間に挟んだんだろうけど…力尽きた感じ…
 →泣くのを我慢した時にする眉間のシワが付いてて、なんか急に茨ちゃんが愛おしくなっちゃう弓弦の話。
 →起こさないでチキンを温め直す準備をする。だってどうせ狸寝入りだもの。
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201223_ワンドロクリスマス_いばゆ
初公開日: 2020年12月23日
最終更新日: 2020年12月24日
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