<An UNHAPPY NEW YEAR!>
 年始の特番は、だいたいが年末のうちに収録を終わらせてしまうものである。今茨が司会をしている新年バラエティもその一つで、クリスマス前にもかかわらず袴を着て新年の挨拶を述べていた。にこやかにクールに司会をこなし、雛壇の芸人に話を振り、今年の占いに一喜一憂する。よくあるバラエティ番組であり、芸歴を多少積んできた茨にとってはハードルもあまり高くない、はずであった。黒い羽織りを着た自分の横に立つ、真っ白な…縁起物の鶴のような袴を着たもう一人の司会、伏見弓弦が横に立っていなければ。
 最初、この番組は本当に大したことのないものであったはずだった。横に立つはずの司会はコズプロの売り出し中の新人であったし、その新人には隣に立って笑顔でいれば良いと伝えてあったはずだった。それがなんだ。横に立って笑っているのは蛇すら丸呑みにしてしまいそうな化物である。…高熱が出たと泣きそうになりながら連絡してきた新人を病院に放り込めば、祈りも虚しくインフルエンザの診断。世は年の瀬、年始の番組も年始の番組も全てまとめて収録するため、アイドルたちは恐ろしいスケジュールに身を置いているのでコズプロ内で代替えも見つからない状態。しかも不幸なことに、いくらEdenの茨といえ、自分一人でなんとかしますとはとてもじゃないけど言えないほどの大御所がゲストにいる。早めの冬休みを与えた凪砂からは、いまにほんにいない、と簡潔な連絡が返ってきた。
 これは詰んだ、無理、と茨が頭を抱えたとき、どこから話を聞きつけたのか「スタプロに一人急遽スケジュールの空いたアイドルがいるがどうか」と天祥院からメールがあった。まさに"天"からの祝福と思われる提案ではあったが、天祥院に借りを作ることとまだ猫の手を借りた方がマシなのではないかと思われるアイドルとも呼べない新人と仕事、天秤はどちらにも振れないほど追い詰められた状態である。茨が天祥院からのメールを見ながらうんうん唸っていると、テレビ局から電話があった。「天祥院さんより、司会にぜひ伏見弓弦さんを使って欲しいと連絡があった、番組的にはその路線で行きたいがコズプロ的には問題はないか」というプロデューサーの声が頭の中を何周も駆け巡る。いうなら、司会に穴を開けてしまったのはコズプロのミスである。それを同じESのスタプロがフォローした形にプロデューサーの目には映っただろう。さぞ、青年同士の、美しい友情に映っただろう。しかも、コズプロの新人アイドルよりスタプロの…BIG3のfineに所属する伏見弓弦が出演した方が、番組的には美味しいに決まっている。…それに対して茨がどんな感情を抱いても、8時間後に始まる収録に連れて行ける代打は見つからないし、インフルエンザは治らないのだ。茨は少し涙目になりながら電話向こうへ敬礼する。全然問題ございません!!先に猊下が連絡してしまうとは!あの人もせっかちですね!!ええ、ええ、伏見さんなら自分も安心です!!明日は任せてください☆…正直、何も安心はできないし、電話を切った瞬間茨はソファーへ体を倒した。自分がインフルエンザになりたい。あまりの出来事に弱気になってしまった自分を、茨はなんとか激励する。大丈夫、さすがに収録中は邪魔するようなことはしてこないだろうし、これはfineファンにEdenを見てもらうチャンスだ、弓弦なんか、頭から一飲みしてやればいい。初めてテレビ番組に出るときの緊張以上の緊張に、茨は一つ身震いをしてから、心配そうにこちらを見つめてくる光や翠に挨拶をし、早々に不貞寝をしてしまうことにした。
 さてさて、茨を身震いするほど恐怖させた弓弦との司会業だが、今のところは拍子抜けするほど穏やかに進んでいた。茨が主に口を回し進行をして、弓弦が隣で笑顔で立ち、しかし必要な時はコメントをするしイラストを描いて場を盛り上げる。相手が伏見弓弦でなく、天祥院の貸しでないのなら、こんな楽な仕事はないのではないかというほど順調だった。
 照明が照っているスタジオは、冬にもかかわらず熱気が籠る。厚めの和服を着せられた茨は少し汗ばみ、カメラに抜かれていないであろう箇所で首筋をタオルで拭い、水分を補給する。横では弓弦も同じ判断をしたのか、お立ち台の下に置いてあるペットボトルを持ち上げていた。ペットボトルから結露した水分が滴り落ちる。それと全く同じタイミングで、弓弦の短く切りそろえられたうなじからも、汗が滴り落ちた。照明に照らされたそれがキラキラと落ちるところに目を奪われていると、ふと弓弦がその視線に気がつく。ニタリ、とテレビや坊ちゃまの前では決して見せないような邪悪な笑みだ。茨はグッと殴りかかりたくなる気持ちを抑え、カメラへと向き直った。
 お疲れ様でしたー、と気の抜けたADの声が響く。例の大御所に弓弦と一緒に挨拶をし、二人ともよかったよ、またよろしく、とありがたいお言葉を頂戴する。いえいえ!こちらこそ急遽変更となってしまいご迷惑をおかけしました!またぜひ!!はっはっは!!と白々しい挨拶を済ませ、他の雛壇に居た者にも挨拶を済ませる。ここを蔑ろにしては、今後の仕事はない。茨の半歩後ろで静かに微笑む弓弦と一緒に丁寧に挨拶を済ませ、スタッフにも大声で一言挨拶をし、重い体をようやっとの思いで楽屋へと押し込んだ。弓弦とは廊下でも一言も会話せず、隣の楽屋へと引っ込んでいった。
 一息ついて、鏡を見て髪を少し整えながら汗を拭ったところで楽屋のドアが急に開かれた。通常、挨拶や打ち合わせに人が来るときは必ずノックがあるため、茨は楽屋の鍵を締めていなかった。すわ敵襲かと振り向くと、そこにはまごうことなき天敵がすごいスピードで接近していた。天敵…弓弦は茨のタオルが握られていない左手を掴むと、そのまま近場の壁へと叩きつける。あまりに急な動きに、完全に気を抜いていた茨はついていけない。なにするんですか!と声を荒げながら睨み付けると、髪から汗を滴らせたままの弓弦が"あの"笑顔でこちらを見る。
「収録中、わたくしのことを見ていたでしょう?」
「はぁ?急にどうしたんですか。変なものでも拾い食いしたんです?そりゃあ同じ番組に出たら見ることだってありますよ。」
「そうではなく。」
 ドンドン、という壁を叩く音がする。弓弦と反対側の隣の楽屋は、あの大御所の楽屋ではなかったか。自分が壁に押しつけられた音が向こうまで響いて、何かあったと思われたり正しくこの状況を察されてしまうのは非常にまずい。身をよじり、弓弦の腹部を抑えて剥がそうとするが、如何せん向こうのほうが多少ガタイが良い。うんともすんとも動かない弓弦は、余裕の表情で茨の耳元にささやく。あなた、わたくしで欲情していたでしょう?
 うわあ、と自分の叫び声で目が覚めた。体は汗だく、最悪の目覚めだ。少し離れたところで寝ていたはずのつむぎはドンドンと強い力でノックされるドアを目をこすりながら開けに行っている。ドアを開けると、そこには満面の笑みの光と申し訳なさそうに縮こまった翠が立っている。
「青ちゃん先輩、ありがとうなんだぜ!!」
「すいません、二人とも鍵を忘れて外に出てしまって…」
「大丈夫ですよ。オートロックなの忘れちゃいますよね。でも光くん、ドアが壊れちゃうので今度からはケータイに電話してくださいね。」
「あっ、電話の存在忘れてたんだぜ〜!!ごめんね青ちゃん先輩!!次から気をつけるんだぜ!」
「本当にすいません…七種先輩も起こしてしまって…」
「あっ、本当だ、サエグサ先輩もおはようなんだぜ!!」
「えぇ…おはようございます…」
 翠が申し訳なさそうに再度目礼をする。そういえば昨日は、年越しを同室の四人で光と翠秘蔵のお菓子やらジュースやらで祝っていた。最初、茨は仕事を理由に断ろうとしたのだが各事務所である程度可愛がられている後輩や実質ニューディの権力者のつむぎが揃う場だ、少しくらい顔を出しても良いだろう。そこで食べ尽くしてしまったお菓子や飲み物をコンビニに買い足しに行っていたのであろう若い二人…いうて年齢は一つしか違わないはずなのだが…は、元気に冷蔵庫に飲み物やらアイスやらを仕舞い込みに走っていく。
「青ちゃん先輩、サエグサ先輩、アイス買ってきたんだぜ!一緒に食べよう!」
「いいですね、冬に暖房の効いた部屋で食べるアイスって美味しいですよね」
「わかります…あったかいぬいぐるみを抱っこしながら食べるアイス…いいですよね…」
 三人がキャッキャキャッキャとスプーンとアイスを持ってテレビの前へ集まる。茨は、自分もせっかくなら…と思い、立ち上がろうとして慌てて布団に戻った。ダメだ、これは外に出られない。なんてことだ。初夢がこの内容で、こんな、こんな。
「あれ?サエグサ先輩どうしたんだぜ?風邪でも引いた?」
「ダメですよ光くん。男の人にはどうしても布団から起き上がれない瞬間があるんですよ。」
「逆先氏の気持ちがよ〜くわかりました。つむぎ陛下、覚えておいてくださいね!」
 頭に?を浮かべている光と顔を少し赤く染めている翠を横目に見遣り、布団を頭まで被って茨は不貞寝を始める。瞬間、汗の滴る首筋と、壁に追い詰めてくる幼なじみの顔を思い出す。う〜〜〜、と呻き声がこぼれるが、もはや気にする余裕も茨にはなかった。そうだ、あんな芸人がいっぱい出るようなバラエティに自分が率先して司会をする訳がないのだ。アイドルがインフルエンザになったって、代わりのアイドルだっていくらでも出せるくらいにコズプロだって人材が潤っている。そんな違和感に気づかなかった以上に、恋仲でもなければ恋心を抱いてもいない相手への感情にしては少しおかしなその気持ちを、茨は夢の中で全て受け入れていた。弓弦に見惚れる自分に何一つ違和感を覚えなかったことへの羞恥に、今年は頭から最悪だ、と、茨は泣きたい気持ちになるのであった。
<メモ>
年始の番組
首筋が見える
制服でも私服でも見えるけどなんか色っぽい
楽屋に行くと着いてくる
なに見てた?あんな顔して。
自分の襟にも手を入れられる初夢
バラエティなんて出るわけないじゃないか!
みちゅになんで布団からでないんだ?って聞かれてつむぎに男には布団から出られない時があるんですよって言われる。絶許。
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201223_ワンドロお正月_いばゆ
初公開日: 2020年12月28日
最終更新日: 2020年12月28日
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