少し前までにぎやかで楽しい音に囲まれていたのに、ほとんどの人間が眠りについたタワーの中を欠伸をして部屋まで向かう。静かな場所はどこか落ち着かないはずなのに足取りは重いものではなくむしろ軽かった。
「ただいま」
時計の針が天辺を越えたのは数時間前のこと。もしかしたらキースがリビングで酒を飲んでいるかも、と思い帰宅を知らせたが今日はいないようだった。おチビちゃんは当然のように寝ているだろうから何の音もしない。別に何も期待してないけど、騒がしいのがここの取柄なのにな。漏れた息を出入り口に置いたまま、ひとまず飲み物でも取ろうかとキッチンへと足を向けて冷蔵庫を開ける。そして俺のスペースとなっている場所から目的の物を取ろうとして手が止まった。
『ほっつき歩いてんじゃねーよクソDJ! 寝坊したら許さないからな!』
「……なにこれ」
案外綺麗な字を書くんだよねおチビちゃん。普段の騒がしさが文字の大きさに隠しきれてないけど。予想もしていなかったおチビちゃんからのメッセージを見ていると最近練習しているギターの音が聞こえてくるようで自然と口元が緩んでしまう。好ましい音ではないはずのロックが最近では聴いているとすっと内側に入ってくるリズムになっていて不思議な感覚だ。手紙のついた飲み物を取り出して紙を剥がして二つに折る。水分を取りながらカウンターに置いてあるメモ帳を一枚とって短くメッセージを書いて冷蔵庫の中に入ってるレトルトのハンバーグへと貼りつけた。
自室に入ると入り口直ぐのベッドの中で気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。この音も最近は好きだな、とデスクの引き出しに受け取った手紙をしまい込む。苦手だと思っていたはずの音が今では心地良いなんて本当に不思議なものだ。
シャワーを浴びてベッドに潜り込むとシェルフの向こう側から聞こえてくる音に耳を澄ませて瞼を閉じる。数時間後に迎える朝は気分よく起きれそうだと思うと口元が緩んでしまっていたことを、誰も知る人はいない。
*
アラームが聞こえてきて目が覚める。上半身を起き上がらせて伸びをし、まずシェルフの向こう側に山が出来ているかの確認をする。また夜遊びに行くと出ていった後ろ姿に罵声を浴びせたのは数時間前の話。帰ってこない日も多かったけど、最近はこうしてベッドで眠りについてる姿を目にすることの方が多い。それが何故か嬉しくてベッドから出るとキッチンの方へと向かった。
朝飯を用意しつつ今日の仕事の準備をする。そして起きてこないメンターとクソDJを起こしてから仕事へと向かう。いつもと変わらぬルーティンが少しでも変化するようにと昨日仕込んでいたものを思い出した。どんな反応をしたのだろう。想像してみてもクソDJの思考がよく分からないから何も思い浮かばなくて肩をお落としながら冷蔵庫を開けた。
『毎日おチビちゃんが起こしてね』
「はあ?」
思わず漏れた声が室内に響く。起こしてね、なんていうけど仕事に遅れそうだからと大体毎日起こしてるじゃねえか。書いてあることはいつもおれがやっていることと変わらない。改めて言うことじゃねぇだろ。ていうか自分でちゃんと起きろ。呆れてしまうのにしょうがねぇ、なんて思ってしまう自分がいることにも気が付いて溜息をついた。振り回されているという自覚はあるのにそれが楽しいと、居心地が良いと感じてしまうのだからどうしようもない。
張り付いていたクソDJからの手紙を二つに折って後で着替える前にノートに挟んでおこうとポケットへと入れる。すでに出していたものを同じのをもう一つ、悩んで更にもう一つを冷蔵庫から取り出して軽い朝食の準備をする。ここを出るまでの時間に余裕はあるが寝起きの悪い奴等を相手にしてたらあっという間に溶けてしまうから。普段よりも少しだけ早い忙しない時間を想像しては口角が自然とあがっていった。