「ダイスーー! お待たせ☆」
「おわっ!」
 どん、と後ろから体当たりされて左手に持っていたタバコが落ちる。
「あぁーーー! どーしてくれんだよ! 俺の最後の一本!」
「あははっ。帝統ったらうっかりさん☆」
「おめーだよ!」
 拾って吸おうかと思ったけど、そんなとこ見られたら乱数に何言われるかわかんねぇ。
 俺は泣く泣く落ちたタバコを靴底で揉み消す。
「今日さー、すっごく寒くない? こんなとこで待ってたら凍えちゃうよ」
 乱数は俺の抗議なんてガン無視で、後ろからぎゅうぎゅう抱きついてくる。
「聞けよ!」
 いつものようにその手を振りほどこうと、乱数の手を掴んで驚いた。
 俺の手より一回り小さくて薄っぺたいその手の甲はびっくりするくらい冷たい。
「…… すげぇ冷えてんぞ。手」
「そう! もう感覚なくなっちゃってさ」
「手袋はどうしたんだよ?」
 乱数は寒がりで、この時期は厚手のコートにマフラーをぐるぐる巻いて、分厚い手袋をしている。
「オネーさんにあげちゃった」
 冷え切った小さな手を振りほどくのはなんだか気が咎めて、俺はなんとなくそのまま、その手に自分の手を重ねる。
「帝統こそ、こんな薄着で外にいるクセに、なんでこんなに手があったかいわけ?」
「ここまで走ってきたからな」
「うっわ元気 ……」
「引くな。お前ら遅刻するとうるせーから急いできたのに、来たら二人ともいねーし」
「あははっ。ごめんごめん」
 背中から聞こえる乱数の声は少しくぐもっている。
「帝統の手はあったかいねぇ」
 そんな風にしみじみ言われちまうと、ますます振りほどきづらい。
 少し体温が戻るまでって思ったのに、乱数の手はちっとも温かくならない。
「幻太郎は十分くらい遅れてくるって。打ち合わせが長引いちゃったみたい」
「あー。了解」
 ―― 十分程度ならどこかで時間を潰すまでもねぇな。
 そんなことを考えていたら、急に冷たい風にあおられて、俺は思わず体を竦めた。今日は風が強い。
「さっむーーい!!」
 乱数が叫んで、さらにぎゅうぎゅうと抱きついてくる。
「いい加減離れろって」
 いくら何でもこの体勢は居心地が悪い。
「やだよ。帝統あったかいし」
「俺はカイロじゃねぇ!」
 巻き付いてくる腕に手をかけて、その腕がひどく強張っていることに気づいた。
 腕ばかりか、乱数は体全体をぎゅっと縮こませていて、背中から小さな震えが伝わってくる。
「おまえ、何か凍えてねぇ?」
 包み込んだ手の甲は相変わらず冷たくて、触れ合った部分からはちっとも体温が伝わってこない。
「代官山から歩いてきたからかな?」
「いつもモコモコに着ぶくれてるクセに、今日はなんでそんな薄着なんだよ?」
「オネーさんが薄着で震えてたから交換しちゃった」
「は!? バカだろ」
 胸の奥がざらっとして、思わず背中に貼りついている小柄な体を引き剥がす。
 きょとんと見返す乱数のコートは薄く、言われてみれば確かに女物っぽかった。地味で面白みのない無難なデザインで、まったく乱数らしくない。
 ―― おまえ、最近顔色悪かったじゃねーか。
 仕事が忙しいのか、他に理由があるのか、最近の乱数は顔色が良くない。一緒にどこかに出かけると、だんだん足取りが重くなってくることが増えた。
 何か大きな仕事が控えてるのかもしれない。納期前になるとたまに徹夜で作業してるのも知ってる。
 でも、それにしては期間が長い気がする。
 気になって何回か聞いたこともあったけど、乱数は不自然な明るさではぐらかすばかりで、馬鹿馬鹿しくなってやめてしまった。
「その女が風邪ひこうが熱出そうが、そんなのそいつの自業自得だろ」
「帝統ってば冷たーい」
 からかうように言いかけて、乱数は俺の顔を見て口をつぐむ。
 ―― じゃあおまえが風邪ひくのはいいのかよ。
 そう言ったって、どうせこいつは「オネーさんには優しくしなきゃ」だの「ボクはダイジョーブだよ」だの言うに決まっているのだ。
 乱数がなんでそんなに、自分に群がる不特定多数の「オネーさん」とやらを大事にするのか、俺にはわからない。
 もちろん、風邪をひいて欲しくない大事な相手だっているだろう。
 でも乱数の言うところの「オネーさん」はいつもどこか漠然としていて、特定の誰かを指しているようには聞こえなかった。
 薄着で震えてる乱数の顔色は青白くて、俺はますます膨れ上がってくるイライラを無理矢理押し込めた。
 ―― こいつが誰に何を与えようが、俺が口を出すことじゃねぇ。
 とりあえず俺のコートを貸そうかと思ったけど、俺のコートもたいして分厚くなくて、しかも乱数が着ると引きずっちまう。
 ―― くっそ。早く来いよ、幻太郎。
 強い風にあおられて、乱数が身を縮めて目をぎゅっと閉じる。
「ちっ」
 乱数を正面から引き寄せて、俺のコートで包み込む。
 腕の中の小さな体は冷え切っていて、冷たい。
 せめて多少の風よけになるように、風上側に立った。
「―― 帝統ってやっぱり体温高いよね」
「おまえが冷えすぎなんだろ」
 なかなか温まらない体をさらに引き寄せると、乱数はコートの中で俺の背中に腕を回して抱きついてくる。
「えへへへ。 帝統やっさしいー」
 ぴたりと胸に頬を押しつけられて、ひどく居心地が悪い。
「幻太郎が来たら、コート買いに行こうぜ」
「帝統買ってくれるの?」
「んなわけあるかよ。あいつに買わせりゃいーだろ。幻太郎のせいで凍えて風邪ひきそう!って言えば、上から下までモッコモコにされるぜ、きっと」
 幻太郎は世話焼きなところがあるから、乱数が冷え切ってるのを見たら、手袋だのマフラーだの耳に当てるのだの、すげぇ勢いで買い込みそうだ。
「えぇ? そうかなぁ?」
 コートに埋もれて、乱数は疑わしそうに首を傾げる。
「わかってねぇな。下手したらガチのアウトドアショップに連れて行かれて、雪山並みの重装備させられるかもしんねぇぞ」
「ボクはEmpty Candyの広告塔なんだから、イケてないのは困るんだけど!」
「知らね。乱数がちゃんとあったかくしてりゃ、幻太郎も何もしねぇだろ」
「うううーー」
 多少大げさに言った自覚はあるが、嘘は言ってねぇ。俺が気づいたくらいだから、きっと幻太郎だってこいつが調子悪そうなことに気づいてるだろうし、薄着で青い顔してるところなんて見たら、暖かいところに連れて行って着膨れるくらい厚着させるだろう。
 一回、汗だくになるくらい着込まされたらいいと思う。
 いっそ先回りして幻太郎にタレこんでおこうかと思ったけど、取り出したスマホはとっくに電池切れだった。
 ―― まぁ、俺が何もしなくても、あいつは動くだろ。
 乱数の行動に口を出す気なんてねぇけど、身ひとつであちこち飛び出していく大きくて小さい背中に、分厚いコートを着せてマフラーをぐるぐる巻くくらいはしたっていいだろう。
 
 抱え込んだ乱数の体は、ようやくじわじわと熱を返し始めて、背中に回された手のひらは温かい。
 俺は風の方向に背を向けて、もう一度しっかりとコートを引っ張って乱数を包む。
 なんだか卵を温めるニワトリにでもなった気分だった。
 
「なぁ、タバコくんねぇ?」
「いいよ。一箱買ってあげる」
「マジか!! やりぃ」
「その代わり、幻太郎が来るまでこのままね☆」
「二箱」
「マッサージもつけてくれるなら」
「面倒くせぇ」
 
 人混みの向こうに幻太郎の和服が見えた気がして、俺は片手を上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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北風と木漏れ日
初公開日: 2020年12月16日
最終更新日: 2020年12月16日
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コメント
ヒプマイ二次創作。
らむだいす。リハビリ用に短いのを。