二学期が始まって少し過ぎた夏の終わり、ボクと類は高校の屋上でアイスクリームを食べていた。
 類が去年作ったアイスクリームマシンのアイスクリームがまた食べたくなって、類にリクエストしたのが一学期の期末テスト前。夏休みが始まる前になんとか予定を合わせて一緒に食べて、夏の間にもう一回くらい食べたいねってことになって、実現したのが今日だ。
 アイスクリームマシンは相変わらずガタゴトとやかましい音を立てていたけれど、フレッシュフルーツがミックスされたアイスクリームは学校で食べるには贅沢な美味しさで、ボクは屋上の空を見上げながら幸せに浸った。
 座ってるだけで汗が流れるような暑さの中、みんなが授業に勤しんでる間にサボって食べるアイスクリームは格別だ。
「はぁー、美味しい!最高!」
「そんなに喜んで貰えるなんて光栄だよ。もう一つ食べるかい?」
「次はマンゴーがいいな」
「了解だよ」
 類はクーラーボックスからジップロックに入った冷凍のマンゴーを出してマシンにセットした。またガコンガコンとやかましい音が響き渡って、思わず笑ってしまう。
「そろそろ夏も終わりだね。瑞希、今日は暦の上では白露と言うそうだよ」
「白露?」
 聞き覚えのない言葉に、ボクは首を傾げた。
「そろそろ夜が涼しくなって、早朝になると草木の先に露が出来る季節という意味らしいね」
「露?まだそんなに涼しくなくない?」
「昔の日本はそれくらい涼しかったのだろうね」
「昔とは気温が違うんだから、まだ夏休みでよくない?ボクはまだ真夏の気分だよ」
「フフフ。そうだねぇ。はい、出来たよ瑞希」
 類は笑って、ボクに次のアイスクリームを差し出した。
 まだまだ暑いけれど、きっと類とここでアイスクリームを食べるのもこれで最後だろうなと、マンゴーのアイスクリームにスプーンを差し込みながらボクは思った。
 アイスクリームマシンはちょっと嵩張るし、準備も必要だし、せっかくなら何種類か食べたい。そうすると昼休みだけでは時間が足りなくて、必然的に最低一つは授業をサボる必要がある。
 類は司先輩と同じクラスだからそう何回も授業をサボれないだろうし、ひと夏に二回くらいが限度だ。
「もうこのアイスも食べ納めかな。全種類制覇したかったのに残念!」
 こみ上げてきた寂しさを誤魔化して、ボクはわざと明るく言った。時間的にもお腹的にも一回で食べられるのはせいぜい3~4種類なのに、サービス精神旺盛な類は十種類くらいのフレーバーを用意してくる。お気に入りの味は毎回食べたくなるから、ボクはまだいくつか食べてないフレーバーがあった。
「今年食べられなかった分は来年のお楽しみにすればいいさ」
 類があっさりとそんなことを言うから、ボクは驚いて類を見上げた。
「いやいや、類ってば自分の学年分かってる?来年はもういないじゃん」
「おや、これは心外だね。僕がそれを分かっていないと思うのかい?」
 類は余裕の笑みでそう言ったけれど、ボクを見るハチミツ色の瞳は真面目だった。
「……そんな迂闊に言質を取らせちゃっていいの?類のことだから、日本にいるかどうかだって怪しいんじゃない?」
 類たちは最近どんどん活動の幅を広げている。今までだって日本のあちこちに公演に行っていたし、あと一年もしたらどこでどんな活動をしてたって不思議じゃない。
「一年後、僕がどうしているかは僕も分からないけれど――」
 類は未来に思いを馳せるように、一度空を見上げた。
「最近ますます暑いからね。六月から九月末くらいまでは広義の夏と呼んでもいいんじゃないかと思うんだ」
「……つまり?」
「四ヶ月もあれば一日くらいは瑞希にアイスクリームを振る舞えるんじゃないかということだよ。どこにいたとしてもね」
 類は微笑んで、ボクをじっと見る。ボクは言葉に詰まって、類を見返した。
 類が中学を卒業する時、ボクらは何も約束しなかった。ボクも類も触れてはいけないことのように、卒業のその先の話をしなかった。
「さて、瑞希。来年の夏に向けてご希望のフレーバーはあるかい?追加しておくよ」
「――また追加するの!?いつまでたっても全種制覇できないじゃん!」
 ボクは自然に笑えていただろうか。出た言葉はなんだかぎこちなかった気がする。
「フフフ。簡単に制覇できると思って貰っては困るよ」
 ボクの動揺を見透かしたように、類は機嫌よく笑う。
「それで、リクエストは決まったかい?」
 重ねて聞かれて、ボクは気づいた。
 類はボクと約束しようとしているのだ。また来年なんて曖昧なものじゃなく、日付は決められないけれど、明確な形で。だからボクからちゃんと返事を引き出そうとしてる。
 中学の時のボクなら適当に誤魔化してしまったかもしれない。ここで答えてしまったら、ボクはきっとこの約束を忘れられない。もし実現しなかったら、リクエストまで聞いたくせにって類を恨めしく思ってしまうだろう。そんな風にはなりたくないから。
 でも――――。
「ボク、オレンジ味がいいな。さっぱりしてそうだし」
 一年後のことなんて何も分からない。あの時、リクエストなんてしなきゃよかったって思うかもしれない。でも、ボクは三年越しで類が伸ばしてきた手を取りたいと思った。
「来年の夏までに美味しいオレンジフレーバーのアイスクリームが出来るように研究しておくよ」
 類は真面目な顔で、誓うようにそう答える。ボクは嫌な予感がした。類は興味を持ったものは深掘りするタイプだ。下手したら当日までに完璧なオレンジフレーバーを作るべく、徹夜で研究しかねない。
「いや、そこは究めなくていいから、類はスケジュール調整頑張って」
 念のため釘を刺すと、類はどこかうれしそうに笑った。
 
 第一稿 終
カット
Latest / 162:02
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
屋上ワンライ 『夏の終わり』『約束』『終わらない』『白露』『オレンジ』
初公開日: 2024年09月07日
最終更新日: 2024年09月08日
ブックマーク
スキ!
コメント
屋上ワンライ書いてました。