あの朝霧を見たか 第一幕
夢を見る。
俺は夢を見ている。遠くジャングルから響く動物と鳥たちの鳴き声、ひび割れた大地の裂け目から溢れた僅かな水源から届く湿気た匂い、そしてサバンナの乾いた空気。夢の中で、その懐かしい場所に俺は立っている。伝統などという黴の生えた意匠の凝らされた服を身に纏った俺は、杖を手に歩き出す。月も寝静まる静止の世界で、たぶん、この世で最も大事な者たちの眠る寝室の扉を開ける。兄と、義姉と、そしてその息子。穏やかな呼吸を繰り返し上下する胸元を見つめている。そうしていくばかの逡巡の後に、乾いて血の滲む唇で、俺は彼らに杖を振り上げる。
監督生と呼ばれる少女がある時期を境に、植物園に入り浸るようになったのは、まったくもって現金な理由であった。信用ならない大人代表、学園長クロウリー曰く。
『君が元の世界に戻れる方法が見つかりました。ただし、その場所というのが、夕焼けの草原王室の指定保護区域。王室が保護するような場所、流石の私も一朝一夕で立ち入り許可を貰うことは難しいのです。分かってくれますね。そういえば、我が学園には王室の第二王子が在籍してるじゃないですか!いやあ、また彼が留年した時はどうしようかと思いましたが。こういうのも巡り合わせって言うのかもしれませんね。ところで監督生さん、彼とは親しくないので?』
だそうで、開いた口が塞がらないとはこの事である。よりにもよってたかだか十何歳の、それも異世界から来た小娘に王室とのパイプをどうにかせよと暗に告げるとは如何なものか。正直なところユウにとって、王室という言葉より連想するところまでしか彼らの出自の高貴たるものが想像出来ないのだ。
だってそうだろう。スマホがあるかと思えば、その電力は大型雷魔法発生装置から各施設に送られているので電源にコードを刺せば充電出来る仕組みで云々。体調が悪いということで処方された薬の原材料を調べてみれば、ユニコーンの角に不死鳥の卵をすり潰し練り合わせ云々。ユウにとっては毎日暮らしていくだけで頭痛の種が山積みだ。いっそ何もかも一切の常識が通用しないところだったら良かったものを、この世界はユウの暮らした世界と確実によく似ていて、それでいて決定的に『捻れて』いる。ていうかなんなんだ不死鳥って。そんな風邪薬の原料にホイホイ使われるほど簡単にいてたまるか。故郷にあった漫画の中じゃ、とことん事態を厄介にする鳥だったぞ。
そんな半ば理不尽な憤りをも抱えつつ、結局ユウは学園長から暗に促されたようにサバナクロー寮長、レオナ・キングスカラーと距離を縮めるべく行動を開始した。とはいえ愛嬌だ媚態だので取り入ることははなから諦めているユウである。弱肉強食に生き、警戒・縄張り意識共に強い獣人族である彼らが、そんな下心に簡単に騙されてくれるはずもない。っていうか、それがまかり通るなら彼らに『泳がされてる』ってことだ。怖や怖や。そういうわけで結局のところユウが取ったのは、取り敢えずレオナさんと話す機会を過ごそう。あそうだ、あの人よく植物園でサボってるし、とりあえず私も暇さえあれば通ってみようか?ということである。こういう考え無しとさえ揶揄されるような大胆さこそ、彼女の親友(マブ)であるところのエースとデュースは「俺、たまにお前のそういうとこコワイ」「俺も」と語るのであるが、今この場の彼女はそんなことお構いなしである。
そんなこんなで植物園に入り浸り始めた監督生を、レオナは最初こそ鬱陶しげに(ラギーを使って)追い払おうとしていたが、うんともすんとも言わずに居座る彼女にラギーの方が先に折れた。ハイエナは無謀も無茶もしないのである。案の定二人はユウがなぜここにきて急に彼らと接触を図ってきたか、彼女の腹積もりを良く分かっていた。もちろん彼女の方も隠す気は無い。腹の中が分かりきってる者同士というのは、後ろめたさが無いせいか、どうにも奇妙な居心地の良さみたいなものがあるもので、レオナと監督生、そして時々ラギーという妙な顔ぶれがこの植物園に揃うのが、気が付けば常であるように変わっていった。
そんなある日のことだった。植物園のなかでけたたましく求愛の歌を朗々歌い上げる雄鳥の声がいい加減頭に響いてうんざりしていた監督生は、そんなことも気にせず寝こけるレオナの姿についつい眠気を誘われて、午後の授業をまるまるサボる羽目になる。というのもこの時、ユウの精神とも言うべきものが、レオナの夢の中に入り込んでしまったからである。
ユウの視界いっぱいに、夕陽色に染まったふわふわの『なにか』が広がっている。それが自分を抱きしめる何者かの髪の毛なのだと気付いた時には、ユウは自分が自分ではない何者かになっていることに気付いていた。ここはどこだと身じろぎしてみて、目に入った自分の手の小ささときたら!まさしく紅葉のように小さいその手を、夕陽色の髪の持ち主がぎゅっと掴んだ。
「ファレナ、そんなに抱きしめなくたって弟は逃げたりしないわ」
どこからともなく、呆れたような慈しんでいるような笑い声が聞こえてくる。はてその名前、どこかで聞き覚えがと思った頃にはぐるんと目の前の世界が回って、今度は眼前いっぱいに太陽のように微笑む少年の爛々と光る瞳がユウを覗き込む。あなたは、誰だっけ?そう口にしようとした唇からは、ああ、とか、うー、とか、言葉にならない音が響くだけ。そんなユウを覗き込む少年は、ひどく愛しさの滲んだ声で喉を震わせて笑うと、「兄ちゃんだぞお」とユウのほっぺをうりうりと突き回した。こら、やめてってば。そんな意思表示すら出来ない年頃らしいこの体の持ち主を不思議に思っていたところ、ユウの脳裏に疾った閃きが不意にパズルのピースを繋ぎ合わせた。似ている。レオナさんが毛玉と呼んだ、あの少年に。
はっと目が覚めた時、ユウは植物園のちょうど良い背もたれにしていた木から飛び起きていた。空から落下する夢のなかで浮遊感と恐怖感、そして焦燥感に追い立てられながら目覚めた時の居心地の悪さに似ていた。たまたまだ。この頃妙にレオナさんと顔を合わせることが多かったから(それはユウの意図したところではあったのだが)、偶然知り合いが夢に出てきただけ。ほら、見知った顔って夢に出てきがちじゃない。『知らない人の顔』って想像できないでしょ、そっちの方が夢に出てくる方が怖くない?ホラーじゃない?
そう自分を宥めてはみても、嫌に妙な跳ね上がり方をした心拍数はなかなか下がってはくれなさそうだった。もしも、仮に、この捻れた世界のなんらかの作用で、今視界の先で同じように飛び起きた獣人族の第二王子の何らかの核心に触れる『なにか』を見てしまったのだと言うのなら。それって、見て良いものだったのだろうか。
ユウと似たり寄ったりな様子で、端正な顔になにか信じられないものを見たとでも言いたげな表情を滲ませたレオナは「おい」常の余裕を取り戻さぬまま一方的にユウに言った。
「おまえ、明日から毎日ここに来い」
いやここのところ毎日ずっと植物園に来てたじゃん。そんなお巫山戯が口から飛び出る気分じゃ無くなったのは、彼の深い翡翠の瞳が逃すものかとユウの双眸を射抜いてきたからである。
獅子の君。
麗しきはポムフィオーレの狩人がこの人をそう呼んでいた事を不意に思い出す。獣たちを統べるサバナクローの百獣の王。比喩ではなく、かの草原の地ではまさしく王の血筋である黒い獅子の君。その獅子が、どういうわけか狙いを定めたらしい『わたし』というものの正体が自分でも分からず、一体全体何を求められているのか不明であるその混乱がなんとかユウの喉元からその問いが飛び出すのを押し留めた。
ここから少し先の未来での彼女曰く。
『一体全体、わたしの何を見たんですか?』
翌日、見知った顔ぶれの一年生たちと昼食を共にしながら、ユウはと言えばうんうんと唸っていた。その口にはデザートのヨーグルトを掬い上げた銀の匙が含まれたままだ。輝石の国北方部で酷農家が朝から絞った新鮮なミルクを用いたものらしい。食堂の今日の日替わりメニュー表に『私が育てました』とのコメント付きで笑顔でピースする農家の写真が飾られていた。こういうとこは違和感無いんだよなと思う一方で、相当に離れているはずの農場から毎朝学園へミルクを届けることを可能にしているのが学生食堂行きの流通用魔法鏡によるところだというのだから、頭が痛い。元の世界にこんなものあろうものなら、一大流通革命である。
「さっきから何を唸ってるんだよ、お前は」
いい加減痺れを切らしたらしいエースが、横からそろりと彼の皿へ手を伸ばす毛むくじゃらの手を叩きながら呆れたように溢す。ふぎゃっとあがった悲鳴はグリムのもので、この子の食い意地は今日も絶好調らしい。ついでに向かいの席に座るセベクの大声も絶好調で、両脇に座るエペルとデュースの体にはビリビリと彼の声が響いているようだった。
うーんと適当に誤魔化すことも考えてみたものの、幸いにして今日は隣に頼もしい獣人の友人がいたことを思い出す。何やってんだかと言ったふうにセベクたちテーブルの向かい三人をじとりと見やる彼は、ここ数日マジフト部強化期間で昼も練習に精を出していた我ら一年ランチの会のメンバーである。そしてなにより、あのサバナクロー寮生である。「んー」監督生は少々悩んだものの、空になったデザート皿へ遂に匙を投げ出すと、「ファレナって誰のことか分かる?」と問いかけた。
「お前、それは流石に」と、口の両端を引き攣らせたエース。
「無知にもほどがあるぞ」とはやや引き気味のセベク。
「世話になろうってナワバリの頭なわけだろ」とはデュースで、
「王さまの名前くらいは、まあ…」と苦笑いのエペル。
苦虫を噛み潰した顔で言葉なく彼らを指差してやるも、隣の狼男は「今のは確かにお前が悪い」デュースの言う通りだぞと付け加えるすげない態度である。ああグリム、「俺様はピンの来なかったんだゾ」と宥めてくれる君こそは紛う事なき私の親分。
「しょーがないじゃん、聞いてたって忘れるじゃん、他国の王さまの名前。じゃあ皆はアメリカ合衆国の大統領が誰か知ってるんですかー。覚えられるんですかー」
「人間!幼児のような駄々は見苦しいぞ!」
「てかどこだよ、アメリカガッシュウコク」
「元いた世界のでっかい国ですー」
悪態の応酬に一瞬落ちた沈黙に、あ、やらかした。と内心で自省する。同じ一年生、食堂で顔を合わせればそりゃあテーブルを共にすることはあろうとも、ここまで顔ぶれが揃うことは本来そう無い。それがここに来て毎日のようにこうしてテーブルを囲んでいるのは、言わなくたって彼が私との別れを惜しんでくれていることに他ならないのに。軽率に元の世界の話題なんて出すべきじゃなかったと後悔が脳裏を過った矢先、「どこだっつうの、知るわけねえじゃん。なあ!」悪態を返してくれるエースに少しほっとする。口さがない所もあるが、この男のこういう器用さに救われてきたことは多かったな、とほんの少し思い返した。
「けどよ、夕焼けの草原王室の世話になるってんなら、実際ある程度の知識は知っておかねえとまずいんじゃねえか?最低でも一、二冊、本には目通しとけよ」
「さすがジャック。デュース、また音読してくれない?スマホで録音する」
「またか?!あれ結構喉がガラガラになるんだが………」
「監督生、辞書持ってねえのか?」
「その辞書に書いてる文字自体が読めないんだって」
その言葉に獣人の良き友人の耳と尻尾が意外そうにぴくりと動いた。そうなのだ。不思議な、そして都合が良いことに会話に難が無かった反面、私の目に全ての文字はのたくった未知の言語にしか見えない。さながら自分を取り巻く全ての文字が英語、いや、もっと馴染みの無い何らかの言語で書かれているかのように。この学園に来てクルーウェル先生に尻でも叩かれそうな勢いで最初に猛勉強したのは、ごく基本的なこの世界の文字書きの読み取り、書き取りである。有能な教師であるところの先生にこの世界のエレメンタリースクールで行うような授業をつきっきりでさせたのは今も申し訳なく思ってはいるものの、お陰様でなんとか最低限生活を出来るレベルには持っていけた。グリムという良きパートナーもいれば尚のことだ。ただどうしても、専門的な単語や人名、難解な表現や慣用句の入り乱れる教科書は苦手だったし、分からない単語を辞書で引こうものなら『そもそこに何と書いてあるのか』調べる時間が必要だった。
こうして私はこのナイトレイブンカレッジで下も最下位まで簡単におっこち、それでも彼ら良き友人の協力を得て日々の学びになんとか食らいついていたのである。そのための手段の一つが、読めないなら読める人に内容を読み上げてもらえばいいじゃない、大作戦だったわけである。この作戦は功を制し、まんまとこの日のテーブルから先に逃げ出したエースに代わり結局デュースの喉をガラガラにしたので、私はサムさんのショップにてお礼とお詫びの品に頭を悩ませることになる。
その日は植物園の中のほうがまだマシってくらいうんざりする湿気に包まれた雨の日で、私は大きなガラスドーム状のその室内で軽くティータイムでも出来そうな白い丸テーブルに向かうとスマホを片手に本と睨めっこしていた。開かれたボイスメモアプリからは棒読みながら『お願い』を真摯に受け止め、本の内容を読み上げてくれる親友の声が響いている。彼は自分を要領が悪いとかなんとか言うけど、他人の本気には真っ向から向き合ってくれる。そう、たとえ自分の喉がガラガラのガスガスになろうとも。昨日サムさんのショップお手製の超即効のど飴を姫に傅く王子のような恭しさで捧げた自分と、それをケイト先輩共々スマホでぱしゃりと激写した赤毛の方の親友を思い出す。当然のようにマジカメにアップされたその写真は、一夜とたたずクラス中に広まったのであった。
「うるせえ……イヤホンくらいつけらんねえのか」
視界の端でひくついていた獣耳を敢えてスルーし続けていれば、とうとう耐えきれなくなったらしいレオナ先輩が喉を鳴らして威嚇してきたので、私は内心ふふんと鼻を鳴らした。これでまず、第一歩。
「ハーツラビュルの草食動物の声じゃねえか。お前こんなことまでさせてんのか」
「良い友人でしょ?」
「こんなもん文字読み上げアプリでもなんでもあんだろうが」
「アプリだと変な訳し方が多いんですよ」
「イグニハイドの連中の前で言ってみろ」
それは不味いことになりそう。想像するだに眉を顰める私の手から褐色の筋張った指先が教科書を奪うと、その整った顔が鏡合わせのように同じ表情になった。これが第二歩。
「こんなもん読んでやがったのか」
「ジャックに諌められたんですよ。さすがに本の一冊や二冊読んどけって」
「あいつの言いそうなことだ」
「ね、レオナさん。知ってます?」
「ああ?」
ここで彼の目を見て、にやりと笑ってみせてやる。
駄目押しの第三歩。
「私、夕焼けの草原の王様が誰か、知らなかった」
名前を聞いてもピンともこなかった。
続けてそう言えば、深緑の大きな瞳が一瞬まん丸くなって、くっくと喉が鳴る音ともに意地悪そうな三日月に細められていった。
「悪くねえな。で、お前はなにを企んでる」
彼のこういう話の早い所は良い。まあ逆に言えば私程度の企み、まるっと全部お見通しされてるわけだけど。私は椅子の向きを前うしろ逆に変えると、背もたれに胸を預けて跨ぐように座った。ぎょっとした形相のレオナさんに、意表をつけてちょっと良い気分になる。行儀の悪さが目についたんだろうから、まあ、悪い意味でぎょっとされてるんだけど。さすが留年を繰り返そうと伝統ある王室の王子さま、マナーの面はきっちり教育を施されているらしい。だけどこれが私。魔法なんてないあの元の世界で、学校で、部活で。こうして仲の良い友人たちとちょっと行儀悪くもおしゃべりをして生きてきた、私なのである。
「レオナさんの見てきた夕焼けの草原って場所について、教えて」
おもいっきり顰められたその顔は、別に王家の歴史だの伝統だのが知りたい訳じゃないと弁明するといくらかマシになった。別に言い訳のつもりで言ったんじゃない。本心だった。夕焼けの草原という国の成り立ちなんて、今まさに親愛なる友人がスマホの中から読み上げてくれている。喉を枯らしてまで力になってくれる友人の声を一時停止してまで知りたいのはそんなものじゃなかった。
ツイステッドワンダーランドは未知に満ちている。それは日々の生活、勉強、食事からでさえ。だけどこの世界で歪なまま生きている私が満足に足を運べる場所は、少ない。元の世界へ退去しようという最中、この学園の聳える賢者の島のことでさえ、私にはまだ知らないことが多すぎる。それが島外の外つ国ともなれば尚更のことだ。だったら、そこで生きて、暮らし、感じてきたことの話を聞くしかない。そこから想像するしかないのだ。
あなたの生まれた場所は、どんな所なの。昇る太陽はどんな風に輝くの。暮れる夜の世界で、空気はどんな香りをしているの。鳥たちの声は?羽ばたきの音は?どしゃぶりの雨の気配は、肌をどう撫でていたの。その世界で、あなたの目には何が見えて、何を感じたの。
結局のところ、自分で足を踏み込まなきゃあ、実際にそれをどう感じるのかなんて分かったもんじゃないのだ。分かってはいるけど、それでも生の声を聞いてみたいと強く感じた。それも、この人から。レオナ・キングスカラーという人の口から。そこに、その言葉に、あなたという人の本心とも言うべき欠片が、小さく乗せられているのではないかと思ったのだ。自分でもよく分からない衝動だった。元の世界で、私はこんなにも大胆だっただろうか?多分、あの時から。あなたの過去を偶然にして覗き見た、あの不思議な夢を見てからのことだった。あなたを知りたい。あなたという未知を、もっと知りたい。あなたという人のことを、きっと何も知らなかったのだという漠然とした確信こそが、私を突き動かす。
何も知らないということは、これから知ることが山ほどあるということ。何に心を動かされたって、どう感じたって構わないということ。どう手探りしたって良いということだ。そこには果てない自由がある。つまるところ、元の世界と似て非なる困難まみれのこの世界で、私が読み書きにさえ悶えながら毎日を面白おかしく過ごせているのは、たぶんそういうことだった。
レオナさんは私の目が期待に光っているのを見ると、わざとらしく嘆息した。この植物園から梃子でも動かない私をさんざん見ている彼である。せめてもの当てつけであるのがありありと分かって、私はにやりと微笑んだ。この人は分かりにくいようでいて、きちんと人を大事にしてくれるように思う。
テーブルを挟んで向こうの椅子が、ゆっくりと音を立てて引かれる。緩慢に組まれた長い足のつま先が、心地よい彼の低音に時折微睡んでしまう私の脛を小突きながら、レオナ・キングスカラーは彼の故郷についてぽつぽつと語り始めた。
俺が生まれたのは夕焼けの草原南西部に位置する湿地帯だった。砂漠の内陸部に流れる川によって水源が豊富な土地で……。はあ?草原って言うから一面サバンナだと思った?………お前、本当に生活するだけで手一杯だったんだな。
夕焼けの草原は国土だけで言や最も広い国だ。別に草原ばっか広がってるんじゃねえ。砂漠もありゃあ、滝もあるし、川があるから河口方面にはそりゃ湿地帯ぐらい出来る。お前が想像してんだろうサバンナってのは、たぶんここのことで……いや、長くなりそうだからもう良い。とにかくあの国の王宮ってのは、砂漠のど真ん中に忽然と現れる。その周りを取り囲むように、首都が広がる。王宮のことはどうでもいいから話さねえぞ、ジャックの言う本でも読んどけ。つまるところ、俺が生まれたのは王宮より二回りほど小さい、湿地帯の別邸だったわけだ。
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あの朝霧を見たか 第一幕
初公開日: 2020年12月14日
最終更新日: 2021年01月26日
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