##クラン・ドゥイユ 視線・跳ねる・檸檬
 今にも降り出しそうな鈍色の空に、ほんの一瞬だけ留まって、また落ちてゆく黄色い果実。吸い込まれるようにアーサーの手に戻り、再び放たれる。久々に街に出たアーサーが、気まぐれに買ったものだった。ニューオースティンにも秋の兆しが訪れようという今、それがこの辺りで手に入る、今年最後の檸檬だろうとジョンは思った。
 寛いだ様子でスラムの市場をぶらつく彼の姿を、ジョンは少し離れた物陰から見ていた。十五時の鐘が鳴ったら、また落ち合うことになっているにもかかわらず。
 サンドニに出向くと自分から言い出したことが意外で、違和感に裏付けされた警戒が抜けない。この街をひっくり返すような騒ぎを起こしてから十年以上経っているから、心配しているのは法執行官のことではない。たちの悪い賞金稼ぎに出くわす可能性はなきにしもあらずだが、それにしたって尻尾を掴まれることはまずない。他の連中ならともかく、ジム・ミルトンとタキトゥス・キルゴアなら、そんなドジは踏まない。
 心配なのは、アーサー自身のことだった。
 ||っ《ヽ》|て《ヽ》来てから、アーサーの都会嫌いにはますます磨きがかかった。無理もない。結核で死にかけたアーサーにとって、都会の腐った空気は一番に避けたいもののはずだ。そもそも、アーサーは『文明』ってやつを嫌ってる。いや、『文明化』という看板を掲げて、何かをぶち壊していく連中のことを憎んでいるのだ。そんな奴が、どうして今回に限って街に行くなどと言い出すのか。しかも、別行動を申し出て──まあ、それはめずらしいことでは無いが──たったいま、彼が入っていったのは曰く付きの故買商の店だ。ジョンを安心させる要素はどこにもなかった。
 まさか、俺に黙って新しい仕事を始めたのだろうか? 牧場での生活に飽き飽きして、刺激が欲しくなったとか?
 派手に儲けて、消える。数ヶ月もすれば、俺たちは新天地で一からやり直せる──ダッチが唱えていた、あの魔法の呪文のような言葉を、今でも不意に聞くことがある。実際に聞くのではなく、頭の中でだ。荒削りな希望を目の前に描き出してみせる彼の、あの熱情を掻き立てる声の抑揚に至るまで、鳥肌が立つほどはっきりと。
 やきもきしながら、アーサーが出てくるのを待つ。だが、もうじき約束の時間になるという頃になっても、アーサーはまだ故買商から出てこない。
 ジョンは、半ば祈るような気持ちで呟いた。
「まさか本当に、『派手に儲けて、消える』わけじゃないよな……」
「誰が消えるって?」
 後ろから声をかけられて、心臓が喉元まで跳ねる。ふり返るとすぐ後ろに、顔をしかめたアーサーが立っていた。
「お前、絶対に探偵の真似事なんかするんじゃないぞ」そして、堪えきれずに笑い出した。
「なにがおかしいんだよ、クソ」
「グリズリーに尾行されてるのかと思った」アーサーは最後まで言い切らないうちに吹き出し、ジョンの背中を派手に叩いた。
「あんた、酔ってるのか?」ジョンは無愛想に言い、話題を変えた。「妙な真似をしないように、見張ってただけだ」
 馬留めに待たせておいた馬に跨がると、馬たちは早く帰ろうと急かすように小さく嘶いた。
「妙な真似ってなんだ。もったいぶらずに話せといってるだろ、ジョン」
 ジョンはため息をついた。「だから、あんたが牧場の仕事に嫌気がさして──」
「『派手に儲けて、消える』なるほど」アーサーは頷いて、大げさに笑った。「ハッ!」
 笑い事だと思えるのは……たぶん良いことだ。こうまで馬鹿にされる覚えはないが。
 汚物と雨で泥濘む裏路地を抜け、ごく短い舗装路を過ぎる。嫌なにおいのする川を渡って再び赤土の道に出ると、ようやくまともに息が吸えるようになった。
 ジョンはため息をついて、一番最初の疑問を素直に投げてみた。
「じゃあ、こんなところまで何しに来たんだよ? 街に出るのは嫌いだろ」
 馬上から、アーサーはジョンを見た。見たと言うより、目配せのようなものだった。ほんの一瞬視線を投げただけ。
「さあな」
 彼は言い、しゃくに障る──だが決して抗えない、あの訳知り顔で笑った。そうして、今年最後の檸檬を二つに割って、片方をジョンに投げて寄越した。
 その日、アーサーの鞍袋の中に入っていた指輪のことをジョンが知るのは、今日のやりとりをすっかり忘れた頃だったのだが、それはまた別の話だ。
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【クラン・ドゥイユ】 視線・跳ねる・檸檬
初公開日: 2020年12月06日
最終更新日: 2020年12月06日
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リクエスト頂いたCPとパレットに指定された単語を元に、短いお話を書いていきます。
CP:ジョンアサ(from RDR2)
ワードパレット制作:@Wisteria_Saki 様