##金星 いちばん・繋ぐ・泡
これが俺の|終|わ《ヽ》|り《ヽ》か、と思う。
銃火が目を眩ませるたび──硝煙が鼻を焦がすたびに。弾丸によって引き裂かれた空気の声なき悲鳴を聞くたび、温かい波のような諦めが、背後からドッと押し寄せる。押し流されるのは容易い。ただ身を任せてしまえば良いのだから。
当たり所の悪い鉛玉ひとつ。それで全てが終わる。波に呑まれて消える泡のように。終わりを想うのは苦痛ではない。
鼓動が鈍り、眠りに落ちる直前のような、あの心地よい倦怠感に包まれる。
──ウンジャダカ!
記憶に頬を殴られたような気がして、はっと目を見開く。
弾丸──弾丸は、エリックが背にしていた木の幹を抉った。飛び散った破片が頬に突き刺さる。アドレナリンの再供給。一瞬の間に、弾道に残った熱の余韻まで知覚することができた。息を吹き返した心臓が、肋骨を内側から殴りつけるように鼓動しはじめる。
悪態をつきたいが、そんな隙さえ命取りになる。
濃厚な影を纏う、密林の底。互いの殺気が、まるで纏わり付く熱そのもののように充満し、時の流れを滞らせていた。ほんの一瞬前にそこにあった銃火の残像めがけて、思考よりも先に、本能が引き金を引いた。二連バースト。心臓の鼓動のように、魂に刻まれた|反動のリズム。
一呼吸の間、あたりは静寂に包まれた。そしてようやく鋭敏さを取り戻した聴覚が、誰かが頽れる音をとらえた。
素早く周囲に視線を走らせ、他に誰もいないことを確認する。敵影は無し──他の誰かの気配も。当たり前だ。もちろん、奴がここにいるはずがない。
下生えを蹴散らして、敵を確認する。弾丸は、首と左の頬に命中していた。最後の息と共にどろりとした血を吐き出して、男は死んだ。四十二時間に及ぶ追いかけっこが、これでようやく終わった。
木々の間から見える星を頼りに、密林の果てを目指す。アドレナリンを使い果たした身体は重く、足取りは緩慢だ。そうして歩きながら、エリックはぼんやりと考えていた。この命は何なのだろうか、と。
一度は死んだはずの自分がこうして息をして、別の誰かの命を|間|違|い《ヽ》|な《ヽ》|く《ヽ》終わらせていく。まるで執行猶予の最中にこっそり悪事を働くような生。しかも、世界でいちばん|質の悪い保護観察官がついている。それでも、あの声が無ければ、今頃冷たくなっているのは俺の方だったはずだ。
──お前はよくやっている、ウンジャダカ。
揶揄うような声音を、また聞いたような気がして、|頭を振る。
「きっと、我々は等しく罪人だ」いつだったか、彼が言っていた。「それでも、正しさのために戦うことは許されるはずだと、わたしは思う」
ジャングルを抜けると、どこまでも広がる海と暮れかかる空──そして、輝く金星があった。思えば不思議なことだ。宵の明星と明けの明星が、どちらも同じ星だなんて。
「お前もわたしも、望みは同じだ。誰かの命を繋ぐこと」
そう、彼は言った。
どのくらいの間、波打ち際に立ち尽くしていただろう。残照さえ消えてしまった頃になって、ようやくエリックは小さな笑みを浮かべた。それから、さっきつき損ねた悪態を呟きながら、|合流地点を目指して再び歩き始めた。きっと、彼の|保|護|観|察|官が、そこで待っているはずだった。