いつも賑やかなロドスに、いつもより活気が溢れている。どこを通っても、楽しげな声と飾り付けが気分を明るくしてくれる。
今日はハロウィン。病棟の子供たちはお化けに仮装し、ロドスの各部署を練り歩く。そして、大人達に合言葉のような決まり文句を大きな声で。
「トリック・オア・トリート!」
「これはまた、沢山来たね。さあさ、一列に並んで。怖いお化けさんに甘いお菓子をあげよう」
医療オペレーターの付き添いの元、思い思いの仮装をした子供達が執務室へやって来た。用意したお菓子の詰まったバスケットを片手に整列をかければ、みんな聞き分けよく一列に並ぶ。視線を合わせて、一人ひとりに手渡す。
「お菓子を食べたら、忘れずに歯磨きをする事。いいね?」
「はーい!」
全員に行き渡れば、次の部署を目指してお化けの行列の行進が始まる。付き添いのオペレーターにもお菓子を渡し、廊下まで見送った。
さて、と一息を着けば、再びドアをノックされる。
「失礼しまーす......」
「やっほー、ドクター。ハッピーハロウィーン」
開いたドアにはポプカルとカタパルトが、お菓子のバケツを片手に立っていた。
「二人とも、ハッピーハロウィン。お菓子を貰って回ってるのか?」
「うん。ポプカル、ハロウィン、はじめてだから」
「あたしは付き添いだけどね。ところで......。どう? あたし達の仮装!」
じゃーん! と効果音を言いながら、腕を広げるカタパルト。服装は普段と変わらないが、頭には黒い角と腰から細い尻尾が伸びている。おずおずと後ろを向いたポプカルには、頭上には針金で支えられた黄色い輪っか、背中からは可愛らしい白い羽根が生えていた。
「サンクタとサルカズの仮装か?」
「なんとこれ、ミッドナイトの監修!」
「ポプカルのは、アドナキエルお兄さんが、手伝ってくれたの」
「凄いな。よく出来てるじゃないか」
ポプカルの頭を撫でれば、えへへ、と照れ笑いが返ってくる。それに和んでいたのも束の間。二人は顔を見合わせると、息を合わせてバケツを差し出してくる。
「「トリック・オア・トリート!」」
「はいはい、ちょっと待ってて」
仮装して出歩いているという事は、お菓子を貰いに来たのは間違いない。既にハロウィンに乗ったオペレーター達も多く訪れている。問題無い、今日の為にお菓子の備蓄は多めに......。
「......あれ」
いつも甘味を入れている引き出しを覗いても何も無い。予備置き場を見ても何も無い。そっと引き出しを閉めて考える。
そういえば、さっき子供達に渡したので最後だったな......。
オペレーター達の訪問に備えて多く買っていたが、その訪問が予想より多かったのだ。イベントを楽しむのはいいが、本当に楽しんでるな。子供達に問題無く渡せただけでも怪我の功名か。
「すまない、ちょうど切らしてしまったらしい。少し待ってくれれば購買で──」
「ほうほう。つまりドクターは、お菓子を持ってない、という事で?」
怪しげに輝いたカタパルトの目に思わず後退る。トリック・オア・トリートなんて形骸化した挨拶だと思っていたが、そう思っていたのは私だけらしい。
両手をわきわきと動かす二人がにじり寄ってくる。それに合わせて後退を続けたが、それもデスクにぶつかってあえなく断念する。
「ドクター、大丈夫だよ。オーキッドお姉さんに、用意してもらったのがあるの」
「何が大丈夫なのかドクターちょっと分かんないなあ......!?」
「指揮官に二言は無用! ポプカル、しっかり加減して押さえててね!」
「うん!」
「うわ、ちょっ、まっ、アーーーーー!」
◇ ◇ ◇
「随分と楽しんでいるようだな、盟友よ」
「不注意からの不可抗力だけどな......」
ロドスにやってきたシルバーアッシュから書類を受け取りながら、少し疲れた声で答える。ポプカルとカタパルトからの"いたずら"を受けた私は普段の様相からは様変わりしていた。
パーカーと白衣を剥ぎ取られ、Yシャツの上から白い包帯が全身にぐるぐると巻きついていた。仕事に支障を来すので流石に手は勘弁してもらったが、頭からブーツまで関係無く包帯が巻かれている。目には特別厚いものをあてがわれている。これならフードが無くても眩しくないだろう、という心遣いを感じられた。嬉しいが、そこで発揮しなくても。
つまるところ、今の私はミイラ人間になっていた。
「伸びはしてるから窮屈では無いんだがな」
腕を曲げても締め付けられる感覚は無い。仮装用の柔軟な生地らしいが、オーキッドが手配してくれたらしい。いつも忙しくしてしまっているから、今度何か差し入れした方がいいかもしれない。
受け取った書類に目を通しながら、ふと思いつく。今日はハロウィン。そして私は経緯はどうであれ、お化けの仮装をしている。ということは、あの決まり文句を言う資格があるのでは? 軽く思考回路を回しても勝率は低くない。これはいける。
「シルバーアッシュ」
「どうした」
「トリック・オア・トリート」
ソファに腰掛けていたシルバーアッシュは、私の差し出された右手を見ると小さく笑う。
「これは、お前からのトリックを受けられる、という事で構わないか?」
足をゆったりと組み、機嫌良く尻尾を振られ、泰然自若に答えられる。しかし、それは想定通り。お陰で私の勝利が確定した。
デスクの一番下、大きな引き出しを開ければハードカバーの背表紙が並んで見える。しかし、それはフェイク。本を入れたカゴを持ち上げれば、その下にはプラスチックの大きなボトル。蓋を開ければ、竹串に刺さった黒い物がぎっちり入っている。それを一本取り出し、足早にシルバーアッシュに近付いてから、良く見えるように眼前に突き出す。立派な尻尾が少し膨らんだ。
「これは、」
「砂虫の炭火焼き」
「......」
「完食しろとは言わない。三回咀嚼すれば出してもいい」
テーブルにティッシュと屑入れを用意する。私の好物の一つだが、コレが人を選ぶ味をしている自覚はある。それ故の譲歩であり、初心者向けの炭火焼きチョイスだ。最も好きなのはミディアムレアだが、あれは初見では衝撃が強すぎる。
「まさか、カランド貿易の主宰たるお人が、契約を反故にするなんて、あるわけないよな?」
いつまでも手に取らない事を煽れば、片眉が微かに跳ねた。よし、乗ってきた。
シルバーアッシュは、そっと指先で竹串を受け取った。そして、刺さった一番上をじっ、と見つめる。張り詰めた空気の中、形の良い唇が開く。口内に砂虫を一匹だけ差し込むと、徐々に歯を立てる。ぎり、と竹串を食いしばると、そのまま一気に引き抜いた。
一回、顎が動く。ざり、と砂を噛むような音がする。
二回、噛み締める。背後で硬直していた尻尾の嵩が二倍になる。
三回、噛み砕く。ごくん。
あ、飲んだ。
「だ、大丈夫か?」
予想以上の反応に水を入れたグラスを渡せば一気に飲み干された。そんなにか。
シルバーアッシュは濡れた口の端を親指の先で拭うと、長く止めていたかのように大きく息を吐き出した。
「お前はもう少し、嗜好品を、選んだ方がいい」
「はい......」
私のトリックを受けたシルバーアッシュの尻尾は、その余りの衝撃に膨らんだ嵩が一日戻らなくなってしまった。