「東さん今何か欲しいものありますか?」
「特にないから、気を使ってくれなくて大丈夫だ」
「だから言っただろ、東さんはこう言うんだって」
 と言うことがあったんですよ。東は風呂上がりの髪を拭きながら、そう締めくくった。
 東隊の未成年たちは今日の午前が年内最後の防衛任務で、次に隊長と会うのは来年三日、隊長の誕生日。まず小荒井が「プレゼントといえばサプライズ」と言い出したのが発端だそうだ。当然のように奥寺が「必要のないものをもらっても困るだけだろ、聞いてからの方がいい」と主張し、小荒井は「事前に聞いても、遠慮して何も教えてもらえないに決まってる」と反論した。結局人見が「とりあえず聞いてみて、具体的に『これが欲しい』って言われなかったら私達で決めればいいんじゃない? それはそれで中身はサプライズになるし」と折衷案を出した。
 俺にとっては、誕生日プレゼントにまつわるそれら一連の流れまでが東に丸ごと伝わっているということが、大層ほほえましい。
「慕われてるなあ」
「笑いごとじゃないですよ。そりゃ気持ちは嬉しいですけど、未成年にあまり身銭切らせたくないんです」
 東は呟きながらソファに腰を下ろして缶ビールのプルタブを立てる。それを戻しながら軽い溜息をひとつ。
「親御さんから渡されてる小遣いの範疇なら、『交際費のやりくりも社会勉強のうち、そういう教育方針の家庭もある』とか思えるんでしょうけど。あいつらのは本当に身銭なので、気が引けます」
 東はそんなことを、珍しく歯切れの悪い口調で一通り吐露した。開けたまま持っていた缶に、ようやく、浅く開いた唇をよせる。一口ごくんと音を立てて飲みくだし、そのあとはゆっくりこくこくと、もう二口ほど。
「髪、先に乾かせよ」
「汗引いたらやります。もう少しだけ……」
 何かを誤魔化すように、言い切らないうちから東はまたビールに口をつける。火照った顔と、遅いまばたき。少しのぼせたようになっていた。確かに今日は普段より長湯だった気がするが。
 何か思うところがあって教え子のことを話題に出してしまったということは薄々察しがつく。
抱え込みすぎるな、と余程言ってやりたい。が、そんなことは東が一番よく分かっている。分かっていてもどうにもならないことが起きてしまったから溜息をついている。それでも東は心の底を明かそうとしないまま俺の隣に座る。だから俺も何も探らない。
 黙ったのは一瞬だったはずだが、その間に東はたっぷりと時間をつかったまばたきを二度している。視線をからませて訊いてきた。
「冬島さんは欲しいものありますか」
「子供たちから?」
「……ずるいでしょ、その返しは」
「お前に言われたくないね」
 言ってやれば、東が肩を竦める。
「俺から、なら?」
「肩叩き券」
「殴りますよ」
「叩いてくれよ」
 また一口ぶんのビールで口を湿した東が、本気ですか、と囁いた。
「本気だよ。後輩たちには良く育って楽させてくれーって思うけど、お前を更に頑張らせたいわけじゃない」
「そうじゃなくて、物欲はないんですか」
「ない。こともないが、欲しいものは自分で買うから『他人からもらいたいもの』となると、無いな」
 お前もそうだろ。
 指摘すれば、東は渋々といった顔で頷く。納得したわけではなさそうな、不機嫌さがにじみ出ている顔。
 そんな東の目から目を逸らさずに、強いて言うなら、と舌に載せた。
「自分で買えないものってなると、安定した休日、とか。そのための世界平和、とか」
「一人で欲しがる規模ですか? それ」
 俺も連名にしようかな。物欲のない男は言った。
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向き
ワ冬東「小を兼ねる現状維持」
初公開日: 2020年09月22日
最終更新日: 2020年09月27日
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