日常を忘れないで。
貴方が人であり続けられるように。
ハインはダ・ヴィンチの描いた海の絵画を眺めつつ、一人で静かに座っていた。波の穏やかな広い水面には小さな漁船が浮かび、晴れやかな空に白い帆が映える。初夏の訪れに浮かぶ大きな入道雲は、山よりも大きく空にそびえていた。
人がいないギャラリーは、ハインのお気に入りの場所だった。いつもこうして海の絵画を眺めつつ、何をするでもなく座っているのだ。足を組み背もたれに体を預けて、まるで吟味でもするかのように絵画をじっと見つめる様は人を寄せつけなかった。
そんな海兵の隣に、マスターが腰を下ろす。
手にはマシュマロの浮かんだココアを持ち、えへへと笑っている。ハインは組んでいた足をそっと戻すと、ココアを受け取って笑みを返した。
「ハインさん、この絵をよく見てるよね。懐かしい?」
「懐かしいと言うより、考え事がしやすい環境なので。」
静かなギャラリーの奥まった場所に飾られている絵画に、壁に隠れるような位置にある席。一歩ギャラリーから出れば賑やかな日常があるが、ここに来たら途端に静かになる。
「落ち着く?」
「はい。」
「そっか。」
「…何かご用でしたか?」
マスターが態々隣に来る程だ。素材集めか何かでも行くのだろうか?とハインはココアを手に尋ねる。するとマスターは慌てて首を振って、そうじゃなくてね、と訳を話し始める。
「ハインさんの話を聞きたいなぁって思って。昔海に出てたんでしょう?どんなことをしてたのかなぁって。」
「海軍と言っても警察のようなものですよ。無法者を追いかけて捕まえる。困っている人を助ける。そういう活動が主でした。」
ふんふん、と相槌をうつマスターはココアを飲みつつ先を待っている。ハインは少しばかり言葉を探して、能力者や特殊な島について話すことにした。戦友は煙の能力者だったこと、とても広大な砂漠があること、水飴の海や、雲の海があること、などを話してみせる。
マスターは興味津々な様子で耳を傾け、思ってた海賊とまた違うなどと笑っている。
「ハインさんは?」
「私ですか?」
「そう!武勇伝みたいなのが聞きたくて!」
サーヴァントとは英霊だ。名だたる英雄が集うこの場の環境を思えば、マスターが当事者からの話を聞きたがるのも当たり前だろう。伝説でしか聞けないはずの話が、当の本人から聞けるのだ。
ハインも他者の伝説を聞いたし、それがとても面白かった。なので話を聞きたがるマスターの気持ちもよく分かる。
が、どうやって話せばいいのか分からなかった。
「…私の話はただの戦争です。混み合う事情も多いので、言葉で話すのは難しいですよ。」
「あー分かる。私も現状をどう説明すればいいのか分からないもん。」
こんなにも英雄が集まっている状況をどうやって他人に説明すれば…と悩み始めるマスターは、すぐに顔を上げていつもの明るい笑みを浮かべた。
「ある意味大戦争。でもとても賑やかで、とても楽しいよ。」
「…マスター。一つだけお願いをしてもいいですか?」
急にハインは声のトーンを落として、笑っているマスターの目を見つめる。ついつい背筋を伸ばしてしまったマスターは、真面目な話だと悟って頷いた。
「この環境に慣れないで下さい。」
戦争に慣れないでください、とハインは呟く。
世界各地の英雄や神々が集まり、戦い続けているこの環境が日常だと思わないように。血の赤さに、武器を構える人に、鎧のぶつかる音に、火薬の匂いに、粉塵に。
「慣れないで下さい。戻れなくなりますよ。」
生活の影に争いを感じるようになり、せっかく戦争が終わったのに気が気ではなく。日常がどのようなものだったのか分からない、なんてことにならないように。
「常に人でいて下さい。戦争と言うのは人間性を捨てる行為です。慣れないでください。この環境は異常だと、忘れないで下さい。」
周りにいるのは人ではないと、この状況は異常だと。
「過去を悔やむ、私からのお願いです。」
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マスターに願いを一つだけ
初公開日: 2020年09月17日
最終更新日: 2020年09月17日
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コメント
FGOってこんな感じか?で少しだけ。続くことはない軍人の願いの話。
特殊依頼、河川工事
奥川原町で起こった境界線の歪みを直したい話。
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だから、俺は旅をした。
ハービンジャー。だから俺らは先を行く。下を示されたなら下へ下へ。星の屑となろうとも、俺らは先駆け。 …
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